乙女ゲー世界の悪役貴族に転生した俺は如何にして絶望するのをやめて隠しヒロインの男装令嬢を堕とすことになったか 作:三月菫
というわけで、無事に組み分けの儀でマギナに振り分けられた俺。
組み分けの儀のあと、再び、教師の引率のもと、俺たち一年生は校舎の中を移動した。
たどり着いた先は、マギナの教室。
すなわち、俺たちがこの学院生活の大部分を送ることになる場所である。
古びた教室の扉を開いて、室内に足を踏み入れると、木製の長机と椅子が整然と並んでいる中、とある窓際の一席だけ、ぼんやりと明るく輝いている。
どうやら魔法による仕掛けらしい。その輝いている席こそが、自分の席ということだ。
俺は案内されるまま、指定された座席に着席した。
そして、キョロキョロと自分の席から教室の様子を伺う。
教室といっても、いわゆる俺がもといた現実世界の教室とは、全然、雰囲気がちがう。
黒板には、魔法陣や魔法式やらの図式が書き込まれており、壁には年季の入った魔法書が詰め込まれた書棚が並ぶ。
教室の隅には、薬草やフラスコが並べられた調合台や、大鍋のようなものも置かれていた。
そのすべてがファンタジーで物珍しい。
そんな中、続々とマギナに振り分けられて生徒達が自席へと着席していく。
ここで嬉しいサプライズがあった。
(うおおお、俺の席、アシュレイの隣やんけ! よっしゃ、よっしゃ!、よっしゃ!)
俺の席の一つ右隣。
なんとそこに、アシュレイが着席したのだ。
(
机の上で小さくガッツポーズを繰り返す俺。
側から見たら、その様子は挙動不審そのものだったのだろう。隣の席に座ったアシュレイがチラチラとこっちを見てきた。
アシュレイの視線に気づいた俺は、とびっきりの笑顔で、彼の顔を見つめ返す。
「……?」
しかし、アシュレイは眉をひそめた後、そっと視線を外してしまう。
(まあ、そりゃそうか。俺はこの学園始まって以来の最低最悪のクズ野郎。当然、そんな奴に笑顔を振り撒かれても、いい印象なんてねーわな)
俺は心の中でそう自嘲する。
だけど、全く問題ない。
繰り返すけれども、これは悪役転生ものなんだから。
雑に善人ムーブかませば、周囲の評価なんて一瞬にして手のひら返し――
などなど考えていると、教壇側のドアがガラッと開いて、ローブをまとった先生が入ってきた。
ローブの下には式典用の礼服を着込んでいるようだが、胸元のタイが緩んでいたりと、かなり着崩している。
全体的にルーズな雰囲気ただよう先生だった。
……あ、言うまでもなく、この先生も男ね。
ファック。
「諸君――ユースティティア魔法学院に入学おめでとう。俺はマギナのクラス担任になった、リド・フラジャイルだ。専門は防衛魔法実技となる、よろしく頼む」
リド先生は、教壇に立つなり、そう自己紹介した。
「俺もこの学院のOBだ。卒業してもう十年になる……言うまでもないが、ここユースティティア魔法学院は、創生の三女神の名を冠していることからもわかるとおり、次代の魔法界を担う人材を養成するための、伝統と格式ある由緒正しき名門校だ。諸君にはその誇りと自覚をもって勉学に励んでもらいたい」
リド先生はそう語りつつ、鋭い目つきで俺たちのことを睨み飛ばす。
「もちろん、この学院に籍を置く資格なし――そう俺たちが判断した場合は、容赦無く切り捨てることになる。そのつもりで一分一秒を尊びながら、魔法に真摯に向き合うことを期待する」
先生の発言を受けて、えもしれぬ緊張感に包まれる教室。
そして――
「……ま、堅っ苦しいのはこんくらいにして、だな」
リド先生は首元のタイを思いきっきり緩めると、教壇に添えられていた椅子にどかっと腰を下ろし、足を組んだ。
……おいおい、なんだその不良な態度は。コイツがさっき自分でホザいてた学院の伝統と格式はどこいった?
「――これから三年間、同じ学舎で過ごすんだ。とりあえず、自己紹介だな。名前と経歴……あとそうだな、趣味でも得意な魔法でもなんでもいいから一言。まずは端っこのお前から」
リド先生がそう言って、廊下側の生徒のことを指差す。
そして始まる、イケメンの、イケメンによる、イケメンのための
どいつもこいつも嫌味なくらいに端正な顔立ちで、とてもじゃないが友だちになれそうにない。
当然ながら興味のない俺は、クラスメイトの自己紹介を適当に聞き流していく。
中には原作のメインキャラクター的なポジションのヤツもいたけど、みんな興味ないだろうし、別に説明しなくていいよね?
ちなみにメインキャラかそうじゃないかを見分ける方法はとても簡単だ。
はい、今から自己紹介するイケメンの背景に注目。
ほら、紫色の薔薇が鬱陶しいくらいに咲き誇っているだろ?
間違いなくヤツはメインキャラだ。
そう、この世界では、メインキャラにフォーカスがあたるたびに、なぜかその背景には花が咲き誇るという、怪現象が発生する。
最初は、なにそれ怖っと、いちいち戸惑っていたけど、今では慣れた。
BL世界特有の現象である。
……と、教室のあちこちに花が咲き誇っているうちに、ついにその時がやってきた。
「次――アシュレイ・アストリッド」
「はい」
きた!
アシュレイの番!
俺はさっきまでの投げやりな態度から一転、背筋を伸ばして、傾聴の姿勢を取る。
アシュレイは、組み分けの儀と同様、無駄のない所作で、軽やかに立ち上がった。
その瞬間、ふんわりとした花のような甘い香りが、俺の鼻をくずぐった。
あふうう、いい香りだよおおおお。
自分の隣の席に座った男が昇天寸前になっていることなどつゆ知らず、アシュレイは自己紹介を始める。
その背景に、白い百合の花が咲き誇った。
「私は、アシュレイ・アストリッド。北方のノースフォーク出身だ——」
男性的な口調。しかし、それとはアンバランスな小鳥がさえずるようなソプラノボイスが、優しく耳をくすぐる。
アシュレイは名乗った後、胸下にそっと片手を添えて、周囲に向かって一礼。オフホワイトの三つ編みが、さらりと揺れた。
「得意な魔法は氷属性の《クリオ》。それと馬術。馬は、父の教えで幼少の頃から鍛えている」
なるほど、アシュレイは馬術が得意。
それすなわち、夜の性活において得意体位は騎乗……げふんげふん。
素晴らしい。俺はアシュレイの馬になる準備はできている。
「趣味は、読書。それと紅茶を淹れること。ノースフォークでは、よく自分で茶葉を選んで、茶を淹れていた。もし、興味があるなら、気軽に声をかけてくれ。とっておきの一杯を振る舞おう」
そう言って、ふ、とアシュレイが微かに笑う。
その微笑みが、今までの凛とした空気をわずかに和らげた。
……くそっ、反則だ、それ!
まず笑顔が可愛すぎるし、凛とした佇まいとのギャップも凄まじいし。
それに、紅茶をいれるという、さりげない日常の一コマを自己紹介に含めることで、『わたし、家庭的ですけど』と自然に主張している。アシュレイは、女子力高めのあざといテクニックを無意識に使いこなしているのだ。
飲むよ、そんなの飲むに決まってるよ。
俺。アシュレイの出した紅茶を飲むよ。
ジョッキでもってきてくれよ。
それに、聞いた?
読書も趣味だっていったじゃん。
これは大変なことですよ。
なぜならこれで、文学少女属性も追加されたことになるからだ。
古今東西、ライトノベルをはじめとして、エンタメ作品に登場する文学少女は、真面目な印象とは裏腹に、むっつりスケベであることは必定。
仮に恋人になった場合、身も心も委ねてくれて、どんなアブノーマルな要求も、頬を赤らめながらも受け入れてくれる――そう相場が決まっているのだ。オラ、ワクワクしてきたぞ。
「——この学院で皆と共に切磋琢磨し、多くを学び、家名に恥じぬ魔術師となるつもりだ。どうかよろしく頼む」
アシュレイはそう言って、最後にもう一度、一礼する。
その所作は、まるで長剣を抜いて礼をする騎士のようだった。
教室が静まり返る。
誰もがアシュレイの言葉と佇まいに見惚れていた。
そして——
「……うっ、美しい……!」
「王子さまみたいだ……」
どこからともなく、そんな感嘆の声が聞こえた。
わかる。めっちゃわかる。
アシュレイの凛とした空気、端正な顔立ち、静かに滲み出る気品……どれをとっても、誰もが目を奪われるのも無理はない。
だが、それと同時に俺だけが知っている。
この完璧な
——強い意志を持ちながら、時に脆さを抱え、
——家の名を背負う宿命を受け入れながら、静かに葛藤し、
——そして……なにより、ひとりの少女としての、心と体を持っていることを。
俺は思う。
この世界で、アシュレイをメインヒロインとして見られるのは、たぶん俺だけだ。
「……よし」
俺は密かに拳を握る。
やはり、アシュレイこそが、この腐りきった世界を浄化する大天使だ。
この学院での生活がどう転ぼうと、どんな困難が待っていようと。
アシュレイ・アストリッドという存在を、誰よりも大事にしてやると決めた。
そして俺は絶対に君と結ばれてやる!
そう、固く決心したタイミングで――
俺はふと思い出した。
それはこの腐った世界が俺に用意しているであろう、最低最悪の罠。
仮に俺の目論見がうまくいって、アシュレイと結ばれたとしても、最後に訪れる最悪の展開。
それこそが、原作アシュレイルートにおける、
◇
俺とアシュレイの幸せな未来に立ちはだかる、この腐った世界が用意した最大最悪の壁。
それこそが、原作アシュレイルートのベストエンディングの存在である。
なんとこのアシュレイ。
ベストエンドを迎えると……
封印された古代魔法で、男に性転換してしまうのだ。
……。
うん、みなまで言うな。
わかってるから。
さあ、みなさんご一緒に。
な
ん
で
だ
よ
!
?
いやホントなんでだよ!?
おかしいだろ!?
もともと女なんだから、男女で普通に付き合えばいいわけじゃん!?
そこに性別の壁はないはずじゃん!?
なんでそこであえて男になるって発想がでてくるの!?
わけがわからないよ!
エンディングでは「君は私を男として愛してくれた。だから私は君が愛したありのままの私でありたいんだ」とか感動的な雰囲気を装って、なんかほざいてるけどさ。
大事なことだからもう一回言うよ!?
わけがわからないよ!
いますぐ辞書で「ありのまま」の意味を引いてから、顔洗って出直してこいや。
姉曰く、性別すらも超越してお互いの魂のカタチを愛し抜く関係が尊い、とかほざいてるけどやかましいわ。
頼むから、
ちなみにノーマルエンディングだと、アシュレイは女の子のまま。
主人公はアシュレイの婿養子となり、二人で力を合わせて仲良く領地を経営していくんだってさ。
いや、よっぽどこっちのほうがベストエンドじゃねーか!
逆張りってレベルじゃねーぞ!?
とにかく、これでハッキリわかっただろう。
この世界で俺が進むべきは、アシュレイ君ルート!
だけど、好感度を上げ過ぎると、ベストエンドという名の火の七日間に突入し、後に残るのは腐海に沈んだ世界だけ。
そのため、精緻な好感度管理のもと、ノーマルエンドの世界線を目指すことになる。
道は険しい。
だがやるしかない。
この世界で女の子とイチャイチャするために。
例え火の中水の中土の中、BL世界の中。
アシュレイ・アストリッド――キミに決めた!
***
「次、グレイ・ブラッドレイ――」
などなど、課せられた過酷な運命に対して、心の中で、アタシ絶対負けない宣言をしていると、リド先生が俺の名前を呼んだ。
おっと、いつの間にかに俺の番か。
俺は自席から立ち上がる。
途端、クラス全員から視線が注がれた。
あるものは、好奇と軽蔑の視線。
またあるものは、恐れと嫌悪の視線。
それと同時にヒソヒソ話も耳に届く。
「あれが、悪名高い『
「なんであんなのが入学できるんだよ」
「顔が邪悪すぎる」
「どんな地獄をみてきたらあんな目つきになるんだ……?」
……ふん、好きに俺の悪評を垂れ流すがよい。
BLゲー世界のキャラクターにいくら嫌われようが、俺の
「噂だと、好みの男を無理やり手籠めにして、性奴隷にしちまうらしいぜ」
「実家には、男を鎖でつないで飼っている地下室があるって噂だ」
「ひえ……怖……」
いや、しねえから!
なにが悲しくて、男を性奴隷にしなきゃなんねえんだよ!
百歩譲って、性奴隷にするなら美少女だボケ!
別に俺の悪評がタレ流されるのはいいけどさ、そこにBL世界観を混ぜるなよ!
混ぜるな危険だから!
「おい、グレイ。ぼーっと突っ立ってねえで、さっさと自己紹介しろ」
リド先生が気だるげに俺を呼ぶ。
おっといけない。自己紹介が中断していた。
俺は軽く咳払いをした。
「えー、グレイ・ブラッドレイです! 南方領土、ブラッドレイ家出身!」
まずは爽やかに自己紹介。
「好きな言葉は『ワンフォーオール、オールフォーワン』、モットーは『一日一善』。これから始まる学園生活、早く皆と仲良くなりたいです!」
そして笑顔。
まるで野に咲く一輪の花のような。
自分の中では、そんなイメージで。
「趣味は馬です。馬刺しとか大好きだし、とにかく馬を心から愛しています! 馬術にも興味があるから、誰か得意な人教えてくんないかなー! あと大好物はもちろん紅茶! 紅茶の香りだけでご飯三杯はいけます! あー、どこかに美味しい紅茶を入れてくれる優しいクラスメイトはいないかなー! 親友になれるんだけどなー!!」
もちろんアシュレイにすり寄ることも忘れない。
「とにかくよろしくお願いします! みんな、楽しくやろうぜ!」
どうよこのパーフェクト・コミュニケーション?
極悪非道なクズ野郎が放った、まさかの爽やかで隙のない自己紹介。
さあ、クラスメイト諸君。
俺のことを見直してよいのだよ?
「楽しく殺ろうぜって……? 殺人に俺らを巻き込むなよ……」
「仲良くって性奴隷って意味だろ……?」
「イチニチイチゼンって古代魔導語で、
「あの猟奇的な笑顔を見たか? 人を殺すときも、あんな感じで笑うんだろうな……」
「完全に目がイッちゃってる……」
おかしーなー。
俺の笑顔ってそんなに邪悪?
泣いていい? ねえ、泣いていい?
とにかくこれで、俺の自己紹介も終了した。
あとは、ひたすら麗しのアシュレイを愛でてこの時間を過ごそう。
そう思った矢先――
「次、リオン」
リド先生が、次の生徒の名前を口にした。
(リオン……?)
俺は、体をひねって、自分の席の後ろの方へ振り返った。
素朴な雰囲気をまとったイケメンが、自己紹介のために立ち上がったところだった。
(こいつ、もしかして……)
リオンと呼ばれた純朴イケメンは、爽やかな笑顔をクラスメイトたちに向ける。
その背景には、黄色いヒマワリの花が咲いた。
「リオン、です――えっと、僕はみんなと違って、貴族の出身じゃありません。だから名字を持っていません」
リオンは、少しだけおっかなびっくりと、だけどハキハキした口調で自己紹介を始めた。
「だけど、ユースティティア様の導きで、こうして、この魔法学院に入学することになりました! これから皆と切磋琢磨しながら、立派な魔法使いになれるよう頑張りたいです。それと趣味は料理で――」
リオンが自己紹介をしている間、俺のときとはまた違ったざわめきがクラス中に広がっていた。
それもそのはず。
なぜなら、このリオンという男は、この
別に性格にとんでもなく難ありだとか(俺みたいに)、
親のコネを使って強引に裏口入学したとか(俺みたいに)、
そういうんじゃない。
重要なポイントは、リオンがさっき自分で語ったとおり、ヤツが貴族ではなく、平民出身であるというところにある。
この世界では魔法を行使する力――つまり魔力は基本的に血に宿るとされている。
血、つまりその者の血筋や血脈。
はやい話が、魔法を使えるか否かは、ほぼほぼ遺伝で決まるということだ。
そして、はるか昔に、人類が魔法の力を手に入れてから、魔力を持つものは、持たざる者を支配してきた。
そしてその支配の形は時を経るにつれて、必然、差別と特権階級を生み出し、社会制度に組み込まれる。
そうして生まれたものが貴族制度だ。
つまり、ものすごくざっくりいうと、魔力がある連中が貴族で、魔力がない連中が平民というわけ。
そんな中、リオンは、平民出身なのに魔法が使える。
しかも、平民が魔法を使える場合、ほとんどが、実は貴族の隠し子でしたオチなんだけど、リオンの場合は、身元や生い立ちをいくら洗っても、どうもそういうわけじゃないらしい。
しかもしかも、なんか魔力量の底が見えないぞ?
え、これってもしかして、伝説にもうたわれている
……やだ、リオンのポテンシャル、高すぎ!?
ということで、本来は貴族しか入学できないはずのユースティティア魔法学院に、平民出身の生徒が入学するという、前代未聞の珍事が起きた。
そんなこんなで、リオンはおそらくこの学院に入学した者なら知らないものはいないであろう、結構な有名人なのである。
――と、ここまで語った段階で、懸命な諸君はお気づきではないだろうか。
このリオンの生い立ち。
もっというならキャラ設定。
ピンときた貴方は正しい。
どうやら、悪役転生ジャンルのライトノベルについて、結構な知識をお持ちのようだ。
そう、このリオンくん。
この世界の元ネタ、BLゲー『アルカナクラウン』の