乙女ゲー世界の悪役貴族に転生した俺は如何にして絶望するのをやめて隠しヒロインの男装令嬢を堕とすことになったか 作:三月菫
俺達の前に立ったのは、ユースティティア学院生徒会長にして、この国の第一王子、アレクサンダー・スチュアート。
……いい加減、名前が長いな。
アレク先輩でいっか。
アレク先輩は、にこやかな笑みを浮かべながら、俺とセルヴィスを順に見渡した。
「あ、アレクサンダー……様」
セルヴィスはアレク先輩の顔を見つめて、バツの悪そうな顔でつぶやく。
その額に、見て分かるくらいの冷や汗が浮かんでいた。
生徒会関係者を呼んだのは、こいつ自身なんだが、まさか生徒会長が直々にお出ましするとは思ってなかったんだろう。
なにせアレク先輩は、この学院において数少ない、公爵貴族であるセルヴィスよりも
もし、先輩が自分の意に反する沙汰を下したとしても、セルヴィスには反論の余地がないのである。
「アレクサンダー様! はやくこの不届き者を早くつまみ出してください!」
だからこそ、セルヴィスはすがるような声を張り上げる。
「この男は愚かな振る舞いで、ディアナイツを台無しにしようとしている! みすみす見過ごしては学院の名誉を汚すことになります! 生徒会として速やかな処分を学院にかけあって——」
「……グレイ・ブラッドレイくん。君に問いを」
だが、アレク先輩はそんなセルヴィスには一瞥もくれず、俺の顔を見つめた。
「なんすか……?」
「セルヴィスくんに決闘を申し込んだ理由は?」
その瞳は、深淵をのぞくように静かで、それでいてこちらの心を覗き暴かんとするような鋭さを湛えている。
たぶんこの人には嘘や誤魔化しは通用しない。
そんな確信にも似た直感を、俺は抱いた。
「腐った理不尽を——ぶち壊すためですよ」
だからこ、その視線を正面から受け止めて、ゆっくりと息を吐き出すように答えた。
誤魔化しが効かないなら、真正面から本音をぶつけるだけだ。
「ねえアレク先輩。貴方はこの国の王子様なんですよね? つまりはこの貴族の世界のてっぺんだ。悪いけど、この世界腐ってますよ?」
「腐っている、とは?」
「ゴミみたいな奴が、ただ貴族っていう肩書だけで、のさばってる。そいつらは、さも当然の権利のように、自分より立場が下の人間を、踏みにじって、支配して、人生まで奪おうとしてるんだ」
俺はちらっとセルヴィスを一瞥。
「ふざけんな」
小さくそう吐き捨ててから、視線をアレク先輩に引き戻した。
「そんな腐った理不尽の矛先が、今、俺の大切な親友に向いている。ぶち壊してやりますよ。そんなもんは。相手がどこの誰であろうと、邪魔するやつもまとめて全部、この
——たとえそれがアンタでも。
そんな意図を込めて、俺は涼しく言ってのけた。
アレク先輩は俺の言葉をじっくりと反すうするように、沈黙を置いてから、すっと目を細めた。
「気に入ったよ、ブラッドレイくん」
そして踵を返し、事態を見守る観衆の方に向くと、片手を掲げて高らかに宣言した。
「皆聞いてくれ。この決闘——この僕が立会人を務めよう!」
その瞬間、会場は水を打ったように静まり返った。それからどっと歓声と拍手が巻き起こる。
「ま、待ってください! アレクサンダー様……!」
想定される最悪の事態に事が運びつつあることを受けて、セルヴィスは顔を真っ青にして、喉をつまらせるように言葉を吐いた。
「なんだい、セルヴィスくん?」
「お言葉ですが……! 僕はこのクズの茶番に付き合うつもりはございません……!」
この期に及んで、セルヴィスは決闘を避けようとしているらしい。大げさな身振り手振りで必死に訴える。
「そもそも決闘は当事者双方の同意がなければ成立しないはず! このクズの挑発に乗せられて決闘を受けるなど、かえってギルモアの名を汚すだけだ!」
「まあまあ、落ち着いて考えてみてよセルヴィスくん。グレイくんは決闘条件を君に丸投げしているんだ。つまりこの決闘は、舞台も条件もなにもかも……君の好きにできるんだよ? そうまでして相手が君との決闘を望んでいるんだ。ここは公爵貴族として、その覚悟を汲んであげるべきじゃないかな」
「そんなこと知ったことか! 身分の低いクズの我儘に公爵貴族のこの僕が付き合う理由などない! 僕は絶対に——」
「セルヴィス・ギルモア」
まくしたてるセルヴィスを、アレク先輩は小さく笑いながら制した。
「それなら、どの立場で命じれば、君は僕に従ってくれるのかな? 生徒会長として? この国の第一王子として? それとも…………
——え? アルカナクラウン?
今、この人アルカナクラウンって言った?
アレク先輩が、現在のアルカナクラウンなの?
マジで? この期に及んでどんだけ属性もちだよ、この人。
俺は思わぬ事実の明るみに、目をしぱしぱと瞬《またた》かせる。
アレク先輩はにこやかな笑みを浮かべながら、セルヴィスの足元に落ちた手袋を指差した。
「さあ、セルヴィスくん。拾い給え。この僕が決闘の成立を望んでいるんだ。君の言う身分が絶対という理屈に立つのならば、君に拒否権はない」
温和な声色とは裏腹に、その言葉には有無を言わさぬ威圧感が込められてた。
セルヴィスは、その言葉に押し潰されるように顔を歪め、わなわなと体を小刻みに震わせていた。
「……っ、ぐ……、なんで、僕が……」
観衆の期待。
そして、自分より上位の存在であるアレク先輩の意思。
それらの圧力を前に、ついに退路を失ったセルヴィスは、ゆっくりと膝を折った。
顔を伏せ、唇を噛み締めながら、地面に落ちた俺の手袋を拾い上げたのだった。
「決闘成立だ——」
それを見届けたアレク先輩の口元が、満足げに緩む。
「立会人アレクサンダー・シチュアートの名のもと、この決闘を学院の記録として正式に認定する!!」
その重々しい宣言に、セルヴィスは顔を引きつらせ、俺は拳を強く握る。
ここから先は、もう引き返せない。
俺と、セルヴィス。
腐った貴族社会の象徴と、それをぶっ壊したい俺の、真正面からの一騎打ちの始まりだった。
◇
波乱に包まれたディアナイツが幕を閉じたあと。
「さあ、グレイくん約束だよ! 全部、理由《わけ》を話してもらうからね!」
会場を出た俺とアシュレイに、一番に話しかけてきたのはリオンだった。
リオンは有無を言わせぬ勢いで俺に詰め寄ってくる。
「アシュレイくんに突然婚約宣言したのはなんで!? 乱入してきたセルヴィスと決闘するなんて言い出したのはなんでなのさ!?」
「ええと……それはだな」
温和で控えめなリオンが、ここまでグイグイ詰めてくるのも珍しい。
リオンの剣幕を前に、返す言葉を探しながらも、俺はちらりとアシュレイの顔を伺った。
ディアナイツで俺の取った行動の理由を明らかにすることは、すなわち、アシュレイの秘密を暴くことに他ならない。
もしもアシュレイがそれを望まないなら、俺の口からペラペラと事情を話すわけにはいかないのだ。
さて、どうしたもんかね……。
けれど、口ごもる俺に代わって、アシュレイはそっと視線を上げた。
「いいんだグレイ。リオンにも聞いてもらおう」
「……本当にいいのか?」
「ああ。ただ、流石に赤の他人に立ち聞きされたい話じゃない。少し、落ち着けるところで話そう。そうだな……今から君たちの部屋にお邪魔をしてもいいだろうか?」
アシュレイの提案に、俺もリオンもうなずく。
「それじゃあ行こう、二人共」
アシュレイはそう言うと、俺達に先立って歩き出した。
***
廊下を抜けて、マギナ寮の扉をくぐり、自室へと戻った俺達三人。
ただでさえ手狭な二人用の居室に三人が集まると、腰を下ろすにも苦労する。
仕方なしに、二台置かれたベッドの片方に俺とアシュレイが、もう片方にリオンが、それぞれ腰掛ける格好となった。
ベッドサイドに置かれた卓上ランタンの灯りを着けると、淡い光がじんわりと広がって、部屋の空気をやわらかく包みこむ。
その光に横顔をぼんやりと照らされながら、アシュレイは神妙な面持ちでとつとつと語りだした。
——セルヴィスがアシュレイの婚約者だったこと。
——家と家の力関係を背景に、強引に婚約を迫られたこと。
——そのせいで退学の危機に追い込まれていること。
アシュレイは、俺に語ってくれたのと同じように、自身が置かれた窮状を、包み隠さずに打ち明けていく。
その語りを、リオンはひと言も挟まずに聞いていた。
拳を膝の上でぎゅっと握りしめながら、眉を寄せ、真剣な面持ちを浮かべながら。
やがて、アシュレイの告白が終わると——
「そんなのって……ひどいよ……」
ぽつりとこぼれたその短い言葉には、怒りと悲しみ、何よりも親友《ともだち》を思いやる気持ちが滲んでいるような気がした。
「でも……そういうことだったんだね。グレイくんの取った行動の意味、やっとわかったよ。全部、アシュレイくんのためだったんだね……」
アシュレイはうなだれるように、ただ静かにうなずく。
「ま、アシュレイのためっていうか、俺がただセルヴィスのクソ野郎にムカついたってだけだけどな」
俺は、重たくなってきた空気をちょっとでも軽くしようと思って、わざと軽口っぽく言ってみた。
「だから、アシュレイ。そんな辛気臭い顔すんなって。元気だせよ」
「……悪いが無理だ。私の個人的な問題に君を巻き込んでしまったんだ。なぜあのとき、君に打ち明けてしまったのか……自己嫌悪の感情でいっぱいだ」
アシュレイは目を伏せて、膝の上で指を組み合わせながら、言葉を続ける。
「まさか君があの場で
「あんな行動って……セルヴィスの奴に決闘を申し込んだことか?」
「当たり前だ……!」
アシュレイは唇を噛み、俺をにらんだ。
「わかっているのかグレイ? 貴族が貴族に決闘を申し込む行為の重さについて……!」
そう話すアシュレイの目尻にじわりと涙がにじむ。
「もしも決闘に敗れたら、君は…………地位も、名誉も、財産も……命すら! 何を奪われたとしても何も文句は言えないんだ! しかも相手は公爵貴族だ! 勝つためにどんな手を使ってくるのか想像もつかない! それを軽々しく……!」
「軽々しくなんかねえよ」
俺はアシュレイの言葉を制するように、きっぱりと言った。
「俺だって一応は貴族の端くれだ。お前の言う決闘の重さ……理解《わか》ってる」
「だったらなぜ、あんな行動をとったんだ!?」
「だから、セルヴィスのクソ野郎にムカついたんだって」
俺はアシュレイを見つめて言葉を続けた。
「アイツは俺の
「グレイ……」
「アシュレイ。悪いけど、俺はこういう人間なのよ。煽り耐性ゼロって奴? なんせ悪役貴族だからな」
俺はそう言って肩をすくめて笑う。
アシュレイはそんな俺のことをじっと見つめ「ああ、君はそういう人間だ」と小さくつぶやいてから、力なくうなだれた。
「いつだって自分より他者を優先する……分かっていた……分かっていたはずなのに。私は……君に甘えてしまった……なんて弱いんだ……私は……なんでこんなに……」
「あのさあアシュレイ。前から思ってたけど、お前、一人で抱えすぎ。真面目すぎんだって」
俺はそう言ってアシュレイの背中をバシッと叩く。
「人に甘えることの何が悪いんだよ。一人の力で解決できないことでも、知恵と力を持ち寄れば解決するかもしんないだろ? ほら、昔から言うじゃん? 三人寄れば文殊の知恵ってな」
「……悪いがそのような言葉は聞いたこともない」
「ああ、そう? とにかく、俺たちは友達なんだ。しんどいときは、助けあうのは当然だろ?」
「グレイ……」
「それに出会ってばっかりの頃、魔法を使えない俺を助けてくれただろ? あの時の恩を今返さないといけないからな」
「うう……ううッ——!」
俺の言葉を受けて、アシュレイの目から大粒の涙が零れ落ちる。
泣き顔を隠すように、アシュレイは両手で顔を覆ってうずくまってしまった。
「おーよしよし、好きなだけ泣け」
「うっく……やめろ……頭をポンポンするな……ひっく……私は、子どもじゃないんだぞ……」
俺はアシュレイの言葉を無視して、頭をポンポンしながら、リオンに視線を移す。
「つーわけだ、リオン。アシュレイをここまでボロボロにしてくれたセルヴィスを、俺は決闘でぶち殺す。ブラッドレイ家訓——」
「
俺の言いかけた言葉を先取りするように、リオンが不敵に笑った。
「グレイくん。僕も同じ気持ちだ。アシュレイくんのことをモノみたいに扱って……悲しませて……絶対にセルヴィスのことは許せない」
そう呟いたリオンは、ぐっと唇を引き結んだかと思うと、強い眼差しを俺に向けてきた。
「僕も協力するよ。できることはなんでも」
「いいのか? 相手は権力だけは一丁前の公爵貴族だ。ついでに大層、庶民を嫌ってらっしゃる。お前にも、どんな嫌がらせをしてくるか分からねえぞ」
「だからこそだよ。相手がどんな手を使ってくるか分からないなら、こっちも万全の体制で迎え撃たなくっちゃ」
リオンはそう言って、顔の前に指を三本立てて見せた。
「力を合わせて立ち向かおう。三人寄れば文殊の知恵、でしょ?」
「……だな。頼りにしてるぜ、主人公」
リオンらしからぬ、その頼もしい言葉に、俺は笑みをこぼす。
隣でうずくまっていたアシュレイも、涙で濡れた頬をぬぐいながら顔を上げた。
「……ありがとう、グレイ、リオン。君たちに出会えて、友となれて、本当に良かった」
その口元には淡い笑みが浮かんでいた。
なんだか随分と久しぶりな気がするアシュレイの笑顔。
それが見れただけで、重たかった空気が、途端に和らいだような気がした。
「おーし! 打倒セルヴィス! 今日はその誓いの夜だ! あのクソ貴族を俺達は完膚なきまでに叩き潰す!!」
そう叫びながら、俺は勢いよく立ち上がった。
「本格的な決闘の準備は明日から! 勢い余って決闘の条件はセルヴィスの好きに決めていいって言っちゃったからな! どんなクソ条件を提示されるか想像もつかねえ! はっはっはっ! はーっはっはっ!!」
「笑い事じゃないだろう。本当に君はその場の勢いだけで行動しすぎなんだ。まったく……」
呆れたようにアシュレイが言うけれど、もうその目に涙は浮かんでいない。
「……でも、それがグレイくんのいいところ、だよね?」
「……まあ、長所と短所は基本的に裏返しだからな」
「うるせーぞアシュレイ、さっきまでメソメソ泣いてたくせに」
「な……私は泣いてなんか!」
「いや、号泣だったじゃねえか。そこ否定すんのは無理があるだろ。なあリオン?」
「うん、バッチリ泣いてたよ。でも普段とのギャップでなんだか可愛かったなあ」
「ううう……リオンまで。からかわないでくれ」
赤面するアシュレイに、俺たちは、互いに顔を見合わせながら笑い合った
さっきまでの重い空気はどこへやら。
今、この空間には、気が置けない仲間たちとの、和気あいあいとした空気が満ちていた。
この夜のことを、きっと未来で思い出そう。
それぞれが、それぞれの道を歩んだ後も。
それでも変わらない友情の軌跡として。
親愛なる仲間たちと過ごした、