乙女ゲー世界の悪役貴族に転生した俺は如何にして絶望するのをやめて隠しヒロインの男装令嬢を堕とすことになったか 作:三月菫
「と、いうわけで……セルヴィスくんとの決闘条件が確定しました」
ディアナイツから開けて数日後。
俺はマギナ寮の自室にリオンとアシュレイを集め、アレク先輩を通じて受け取った決闘証書を、テーブルの上に広げて見せた。
「日時は一週間後の
俺はお気楽な口調でそう言うが、その決闘証書の内容に目を通したリオンとアシュレイは、揃って表情を曇らせる。
「グレイ……君は本気でこの条件で戦うつもりか……?」
「これって……そうとうグレイくんに不利な条件だよ」
二人の反応も無理はない。
セルヴィスが俺に突きつけてきた決闘の条件は三つだった。
条件一、本決闘においては代理人を立てることができる。その人数は最大五人までとする。
条件二、決闘中、アイテムの使用は禁ずる。
条件三、本決闘において行使できる手段は、
……以上。
「くっくっくっ……この期に及んで代理人戦とか。セルヴィスくんの他力本願ぶりもここまで極まると、逆に筋が通ってるよな」
「笑ってる場合じゃないよグレイくん……」
リオンは声をひそめながら続ける。
「わざわざ向こうから代理人は五人までって指定してきたんだ。きっとセルヴィスは五人揃えるに決まってる」
「そりゃそーだろうな」
「そしたら、どうしたって連戦になるじゃん。その間、アイテムで魔力を回復することもできないわけだから……」
「俺の魔力量だと、十中八九、魔力切れになると」
「うん……そのうえ
リオンの声は段々と沈んでいき、最後には独り言のようにかすれて消えてしまった。
アシュレイは視線を伏せたまましばらく黙っていたが、やがてふっと息を吐き、静かに顔を上げた。
「グレイ……今からでも遅くない。この決闘は辞退するべきだ」
「あん?」
「やはり、私とセルヴィスの問題に、君を巻き添えにすることはできない。こんな理不尽な条件で、君が命を賭ける必要なんて……」
「あのなあ、お前、この期に及んでまだそういうことを言うのかよ……」
俺は深い溜め息をついてから、決闘証書を指で軽く叩く。
「俺の立場になって考えてみ? 全校生徒の前であれだけの
俺がセルヴィスに言った数々の悪口が、まとめてブーメランになってしまう。
悪いけど、恥ずかしくて、この学院にはいられねえ。
「この決闘はもう、俺ごとなんだ。相手に条件を投げた以上、どんなクソみたいなルールを突きつけられてもそれに付き合うしかないんだよ」
「じゃあ、どうするんだグレイ? リオンが言ったとおり、セルヴィスは間違いなく、代理人を五人用意するぞ。それも、かなりの手練れを。金と権力にものを言わせて。グレイに代理人を立てるアテはあるのか?」
「ん……まあ、強いて言うなら、リオンとアシュレイだけだな」
「残念ながら、決闘のしきたり上、私は代理人に立つことができない。
「あ、そっか……そういうもんなのか」
今回の決闘の結果……。
俺が勝ったら、セルヴィスは金輪際アシュレイに近づかない。
セルヴィスが勝ったら、俺は相手の言うことをなんでも聞く。
そういうことになっている。
「もちろん、僕は手伝うからね!」
リオンは飛び跳ねるように片手を上げて、そう言った。
それでもアシュレイの表情は晴れない。
「リオンを代理人に立てたとしても、二対五。いずれにしても不利な状況は変わらない。どうするんだ、グレイ」
「そーねー……」
俺は腕を組んで、天井を見上げた。
正直、原作主人公であるリオンが手を貸してくれるなら、百人力ではある。
なんせこいつは《無限の魔力》というチートスキル持ちだ。
今は本人がそれをイマイチ自覚していないようだけれど、うまいこと俺が原作知識を活かしてリオンを覚醒させてやってから戦ってもらえば、それでジ・エンドな気がする。
ただ、セルヴィスのクソ野郎は、ぜひとも俺自身の手で叩き潰したいところだ。
大観衆の面前で、鼻っ柱をへし折って、嘲笑ったうえで、血祭りにあげる。
それでこそ
俺は悪役貴族としての本懐を遂げたい。
そうなると俺が直接戦うのはマスト。
いくら杖を新調したとはいえ、連戦となったら、そもそもの俺の乏しい魔力量じゃ、ガス欠を起こすのは火を見るよりも明らかだ。
なんかいい作戦は——
いくつもの策が脳裏に浮かんでは消えていった。
そして。
「よし、決まりだ」
俺はパチンと指を鳴らした。
「なにかいい方法が思い浮かんだの?」
リオンが身を乗り出す。
「とびっきりの作戦を思いついたぜ、名付けて——」
俺は底意地の悪い笑顔を浮かべ、その作戦名と、続けて、作戦内容を二人に発表した。
全貌を聞き終えた二人は、俺の悪意に染まった笑みに、引き気味な表情を見せる。
「グレイ、本当に君は……」
「性格、わっる……」
「はっはっはっ、最高の褒め言葉だぜ」
そんな二人の反応に、俺は肩をゆらしながら笑う。
「しかし、グレイ。本当に《そんなこと》ができるのか?」
「ああ、理論上はいけるはずだ。あとは本番までにひたすら特訓だな」
俺はそう言って、勢いよく立ち上がる。
「よし! そうと決まれば、さっそく特訓だ! 決闘まで一週間、時間はないぞ。すぐに演習場にいこうぜ!」
呆れたように息をつくアシュレイと、どこかワクワクした様子のリオン。
こうして俺たちは、本格的に決闘の準備を始めるのであった。
◇
そして迎えた決闘当日。
俺は決闘の舞台である模擬演習場に立っていた。
模擬演習場は、ユースティティア学院の敷地内に設置された屋外施設。
通常は、魔法の実践授業などで使用する場所だ。
だけど、ユースティティア学院では、生徒たちや招待客の前で魔法を披露する公開式の模擬演習が定期的に催される。
そのため、その造りとしては、赤土で踏み固められた円形の演習場を、すり鉢状になった観客席がぐるっと囲む、本格的な円形闘技場《アリーナ》となっていた。
「おーおー、すげえ人だなあ……」
俺はその観客席から周囲を見渡して、思わず感嘆の声を上げた。
決闘開始の一時間前だというのに、観客席はぎっしりと人で溢れかえっていた。
各クラスの生徒達はもちろんのこと、学院の教師たち……だけじゃないな、これ。
「ねえ、グレイくん。なんだか学院の外からきた人が沢山いない?」
俺の抱いた違和感を察したかのように、隣に立つリオンが小さくつぶやく。
観客席の前列周辺には、高位貴族の象徴である羽飾り付きの礼帽を被った紳士や貴婦人が前列で日傘を広げて優雅に腰掛けているかと思えば、その後ろでは騎士団っぽいゴツいお兄さんたちが腕を組み佇む。
他にも、一目で庶民と分かるような労働着姿の男たちや、あまつさえ親子連れまで。
老若男女、様々な人たちが観客席を埋め尽くしてるのだ。
「おい見ろよリオン。賭け屋までいるぜ。ははっ、もう完全に見世物だな」
会場の空気を茶化すように笑ってみせた俺に、すぐ隣から冷静な声が返ってきた。
「……おそらく生徒会の手筈だろう。貴族同士の決闘は滅多に起こることじゃない。見世物としてはうってつけだ」
「なるほどアレク先輩のしわざか」
アシュレイのその言葉に、生徒会長アレク先輩の顔が脳裏に浮かぶ。
あの飄々とした腹黒い笑顔。
こういうことをやりかねない。
「まあ、いいさ。派手なのは望むところだぜ」
俺はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべ、胸の前でバシッと拳を突き合わせる。
それからふっと胸の内に湧いた、一つの思いつきをアシュレイに投げかけた。
「なあ、アシュレイ。せっかくだから、賭け屋で俺に賭けておけよ。どうせ落ちこぼれのクズに賭ける奴なんていないんだ。セルヴィスの勝利が本命だろ? 大稼ぎさせてやるぜ」
「……私は賭け事に手を染めることはしない」
「あっそ、相変わらず真面目だねえ」
俺はその
「うっし、リオン。会場の様子も分かったことだし、ぼちぼち控室にいくか」
「うん」
「じゃ、そういうことでアシュレイ。俺たちはもう行くから。ここで見守っていてくれよ」
闘技場内に入れるのは、決闘者と立会人のみ。
リオンは代理人として立てたから中に入れるけれど、アシュレイは今回は見学側。観客席から見守る形だ。
「グレイ、リオン……どうか無茶だけはしないで。決闘を終えた後、無事に私の元まで帰ってきてくれればそれでいい。私が今この決闘に望むことは、ただそれだけだ」
「なに言ってんだ、アシュレイ。今お前が望むべきは、完全な勝利! それだけだ。セルヴィスの首を持ってここに戻ってくるから、安心しろ」
「……まったく、君というやつは」
俺の軽口に、アシュレイは小さく肩をすくめて、頬を緩めた。
「じゃ、そういうことで、いってくる」
その笑顔を見届けた俺は、リオンと共に控室へと向かった。
***
「あれ……お前は…………?」
控室に入った俺とリオンを待ち構えていたのは、予期せぬ先客だった。
マギナクラスの制服に身を包んだ
後ろで結った紫色の長髪に、文句なしのイケメンフェイス。
なのにその不遜な表情ときたら、まるで世界が自分中心に回ってると信じて疑わないような、そんな面《つら》だった。
「ギャリー……お前、ここで何してんの? 部外者は立ち入り禁止なんすけど」
眉をひそめつつ俺がそう聞くと、ギャリーはじろりと視線をこちらに移す。俺の問いには取り合わないまま、壁から背を離して、こちらに向き直った。
「ブラッドレイ。ありがたく思え——今日の決闘、この俺が手を貸してやる」
「……あんだって?」
クラスメイトの口から飛び出した、思いもよらない申し出に、思わず俺は聞き返してしまう。
「察しの悪い野郎だ。この俺が貴様の代理人に立ってやると言っているんだ」
「いやいや、そんなこと分かってるわ。そっちじゃねーよ。なんで部外者のお前に、突然手助けするとか言われないといけないんだよ。気味悪いわ」
「勘違いするな。俺は別に貴様を助けたいわけじゃない」
「はあ?」
「卑劣な手段を使ったとはいえ、貴様は仮にも、この俺に一度土をつけている。その貴様がセルヴィスに無様に負けたら、俺の沽券に関わるんだ」
ギャリーは鬱陶しげに前髪をかきあげると、相変わらず偉そうな態度で言葉を続ける。
「だからこの俺が直々に手を貸してやる。ありがたく思え」
俺はそんなギャリーの自信満々な顔をじっと見返し、呆れ半分に肩をすくめた。
「悪いけど、間に合ってるんで」
「なんだと?」
ギャリーの眉がピクリと跳ねる。
断られるとは1ミリも思ってなかったんだろうな。
「なんせ俺にはすでにリオンという強力な助っ人がいるからな」
「え、え……!? グレイくん、せっかく助けてくれるって言ってるんだから、ギャリーくんにも手伝ってもらった方が……!」
俺の隣で慌てふためくリオン。
「ほらこのとおりリオンくんはやる気満々だ。お前の助けなんかいらねーってよ」
俺の言葉を受けたギャリーは、リオンのことを値踏みするように上から下まで見つめてから、視線を俺に戻す。
「……ブラッドレイ、貴様本気で言っているのか?」
「ああ、本気も本気だよ。俺はセルヴィスなんかに負けねえから。お前は部外者として、大人しく観客席からポップコーンでも頬張ってろ」
そう言い切った俺のことをしばらく無言でにらみつけるギャリー。
しばらくの沈黙のあと、ギャリーは小さく鼻をならして、出口に向かって歩き出した。
そしてふいに扉の前で立ち止まり、ちらりと肩越しに振り返る。
「もしこの決闘で、無様に地を這うようなマネをしてみろ——そのときはこの俺が貴様を殺すぞ」
「やれるもんならやってみな」
俺がにやりと笑って返すと、今度こそギャリーは去っていった。
「ねえ、グレイくん」
「なんだ?」
ギャリーの足音が完全に聞こえなくなった後、リオンがちょっと不安げな顔で俺を見上げて声をかけてきた。
「よかったの? ギャリーくんの申し出を断っちゃって」
「あんなヤローの手助けは必要ねえよ」
「でも、ギャリーくん、頼りになりそうだったのに」
「バカ! それが罠なんだよ!」
「え、罠? 何が?」
俺はポカンとした顔を浮かべるリオンに向き直り、人差し指を立てて言った。
「あいつに助けられたが最後、間違いなくフラグが立つ」
「フラグ?」
「俺と因縁を抱えた宿敵が、敵を倒すために一時共闘……そんな展開、モロBLじゃねえか。腐女子の格好の餌食だ」
確かにギャリーのスペックを考えると、アイツが手助けしてくれるなら、この決闘はたぶん余裕で勝てることだろう。
しかし、せっかくセルヴィスとの決闘に勝利できても、その結果、ギャリールートに突入にするとかマジで目も当てられない。
だからこそ、アイツの申し出は断ることが正解。
見えている地雷を踏み抜くことを、俺はしないのである。
「とにかくリオン。ギャリーの手助けなんかいらねえよ。事前の作戦どおり、俺達二人の友情パワーでやってやろうぜ」
俺はそう言ってリオンの背中をバシッと叩く。
「頼りにしてるぜ主人公」
「いてて、もう……分かったよ」
リオンは背中をさすりつつ、呆れたような笑みを浮かべた。
その瞬間、控室の外から、パァァンッと高らかに響いたファンファーレが鳴り響いた。
観客の歓声が、地鳴りのように響いてくる。
「いよいよだな、準備はいいか?」
「うん、いつでも」
俺とリオンは目線を合わせて、頷きあう。
「よし、いくぜ!」
そして二人で同時に、闘技場へと続く扉を開け放った。