乙女ゲー世界の悪役貴族に転生した俺は如何にして絶望するのをやめて隠しヒロインの男装令嬢を堕とすことになったか   作:三月菫

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第32話 魔杖に託して

 

 闘技場のアリーナは直径50メートルくらいの円形の空間だ。

 

 地面には黄土色の砂が踏み固められ、周囲をぐるっとすり鉢状になった観客席に壁のように囲まれている。

 

 場内の空気は熱狂に包まれており、観客の声援が耳をつんざかんばかりに響いていた。

 

 そのアリーナの中央。

 決闘の立会人であるアレク先輩。

 その奥に、五人の代理人を従えたセルヴィス・ギルモアが、待ち構えていた。

 

「やーやー、おまたせセルヴィスさん」

 

 俺は片手を上げてのんびりとした挨拶をしながら、セルヴィスのもとへと近づいていく。

 セルヴィスは、そんな俺の顔をじっと睨みつけたあと、ふんと鼻を鳴らした。

 

「のこのこと自分から死ににくるとはな……逃げ出さなかったその度胸だけは褒めてやろう」

「逃げるわけないじゃないっすか。こっちはようやくオタクを合法的に血祭りにあげられると思って、昨日はワクワクで眠れなかったんですから」

「相変わらず減らず口だけは一人前だな。だがそんな余裕もすぐになくなるぞ」

 

 セルヴィスはそう言って、後ろに控える五人の男たちに目配せした。

 それを合図に彼らはセルヴィスの前に並び立つ。

 

「僕が揃えた最強の代理人を紹介してやろう——」

 

 セルヴィスは口端をぐにゃりと歪めながら、ご丁寧に五人の代理人の肩書と名前を説明しだした。

 

 曰く、王立魔法研究所所属の錬金術師アナトール。

 魔術騎士団副団長を務めた経歴を持つブリュケット。

 西方国境守備隊の精鋭魔術師クラッソス。

 そして宮廷魔法教師ダリトン。

 

「——極めつけは北方最強の魔術師エドワルドだっ! ふははははっ! どうだ! 僕が揃えた最強の代理人たちは!? 凄いだろう!?」

「いや……どうだと言われても、情報量が多すぎて、肩書どころか名前すら頭に入ってこないっすね」

 

 セルヴィスの勝ち誇ったような高笑いに、俺はやれやれポーズを返す。

 あくまでも余裕を崩さない俺の態度に、セルヴィスは分かりやすくこめかみをヒクつかせた。

 

「ふん、強がっていられるのは今のうちだけだぞ」

 

 セルヴィスは鼻を鳴らしつつ、俺の隣に立つリオンに視線を移す。

 

「この最強の布陣を前に、ブラッドレイ、貴様が連れてきた代理人は、貴族ですらない平民のクズ一匹だけか? ふんっ、既に戦う前から結果は見えているな!」 

「あのねえ、戦う前にいくらほざいたって意味ないんですよセルヴィスさん——」

 

 セルヴィスの言葉を受けて、俺はわざと大げさにため息をついてから、肩をすくめた。

 

「それに、オタクはさっきから他人の肩書きを借りて、さも自分の力みたいに偉そうに威張ってますけど……それは代理人の力であってオタクの力じゃないですからね? そこ勘違いしちゃダメよ?」

「なっ……」

 

 セルヴィスが顔を真っ赤にする。図星だったようだ。

 俺はニヤニヤと薄ら笑いを浮かべつつで、順番に代理人たちの顔を眺めていく。

 

「アンタらも、ご苦労さま。セルヴィスにいくら積まれてここまで来たのか知らないけど、この大舞台でわざわざ俺の引き立て役になってくれるなんて、感謝してもしきれないぜ」

 

 俺のその態度と言葉に、当然のことながら代理人たちは気分を害したらしく、ピリッとした殺気が場に走った。

 俺は内心で笑いながら、さらに相手の怒りを煽っていく。

 

「なんなら、五人一度にかかってきます? 五人もいたんじゃ一人ひとり相手にしてても、時間がかかってダルいでしょ? 確か決闘のルールに一人ずつ戦わないといけないなんてルールはなかったよね?」

「……あまり舐めるなよ小僧」

 

 その言葉に、いよいよ我慢しきれなくなったのか、代理人の一人が一歩前に出た。

 えーと、この人は宮廷魔術師の……いや違うな。

 南方最強……?

 いやいや、北方の錬金術師だっけ?

 

 ま、どうでもいいや。

 どうせ噛ませ犬のモブキャラだし。

 その証拠に、こいつの背景にはなんの花も咲いてない。

 

 ()()()()は鋭い眼光を俺に向けて、唸るように低い声を響かせた。

 

「貴様らこそ、二人同時にかかってきたらどうだ? まとめて潰してやる」

「やる気満々ですね」

 

 睨み合う俺と代理人たち。

 一触即発の空気が張り詰めていった。

 

 

「はいはい、そこまで」

 

 

 そんな張り詰めた空気に水を浴びせるように、間に割って入ったのは立会人のアレク先輩だった。

 

「決闘のルールはあらかじめ定めたとおり。それ以上でもそれ以下でもない。いいね?」

 

 そう言ってアレク先輩は、俺と代理人たちとの間に手刀で線を引いた。そして、互いに引き下がるようにジェスチャーする。

 

「舞台はすでに整っている。これ以上、君たちの間に言葉は無用。さあ、始めよう……決闘を」

 

 俺達が所定の位置まで引き下がったのを見届けたアレク先輩は、高らかに片手を掲げた。

 それを合図に観客席のざわめきが、波が引いたように、すっと収まっていく。

 そして生まれた静寂の中、アレク先輩は一歩前へ出ると、厳かな声で言葉を紡ぎ出した。

 

「決闘者、一人。名を捧げよ」

「クラスマギナ、一年、グレイ・ブラッドレイ——」

 

「決闘者、一人。名を捧げよ」

「クラスウルザ、一年、セルヴィス・ギルモア」

 

 アレク先輩の口上に従って、俺とセルヴィスは、互いに名乗りを上げていく。

 

「グレイ・ブラッドレイ。並びに、セルヴィス・ギルモア。両者は互いの名誉と信念を賭け、今ここにその行末を女神ユースティティアの審判に委ねんとす。条件は決闘証書に記載したとおり。立会人はクラスウルザ、三年、アレクサンダー・シチュアートが務める——」

 

 アレク先輩が、視線を俺に移した。

 

「グレイ・ブラッドレイ。君はこの決闘に何を望む?」

 

 その問いを受けた瞬間、一瞬だけ、俺の胸の奥が緊張でざわめいた。

 それでも視線は逸らさず、まっすぐに先輩の眼差しを受け止めたあと、口上を述べた。

 

「たった一つだけ。俺が勝ったら、セルヴィス、お前はアシュレイ・アストリッドに二度と関わるんじゃねえ」

 

 アレク先輩は俺の口上を聞き終えたあと、今度は視線をセルヴィスに向けた。

 

「セルヴィス・ギルモア。君はこの決闘の果てに何を望む?」

「ブラッドレイ、貴様はこの学院に不要な存在だ。この決闘で敗れたら、即刻退学してもらうぞッ!」

 

俺たちのそれぞれの口上を聞き終えたアレク先輩は、ゆっくりと視線を正面に戻す。

 

「双方の望みを女神ユースティティアの天秤に。この決闘は承認された。これより双方合意のもと、決闘を執り行う——」

 

 アレク先輩はそう言って、そっと俺に目配せする。

 俺はその合図を受けて、静かに前へ歩み出た。

 懐から杖を取り出して頭上へと掲げる。

 

「審判の女神ユースティティアよ、この場に在りて汝の目を見開け——」

 

 俺の言葉のあと、セルヴィスも同様に俺のもとまで歩み寄ると、自分の杖を掲げた。

 

「運命の天秤に賭けるは、尊き血族の、名誉と破滅。今、賽は投げられた——」

 

 俺とセルヴィスの杖が、頭上で交差する。

 その先の口上を、アレク先輩が引き継いだ。

 

「両者、譲れぬ信念を魔杖(まじょう)に宿し、いざ、決闘開始——!」

 

 その言葉と共に、アレク先輩の掲げた手が勢いよく振り下ろされる。

 静寂から一転、爆発したような歓声に包まれる会場。

 

 こうして、俺とセルヴィスの決闘の幕を切って落とされた。

 

 

 

 

 いよいよ開始したセルヴィスとの決闘。

 とはいえ、今回の戦いは代理人を立てた形での戦い。

 

 決闘口上を述べたあと、セルヴィスはそそくさと、闘技場の後方へと引き下がっていった。

 

 俺はその姿を目で追いつつ、リオンに声をかける。

 

「んじゃ、そういうことだから。リオン、とりあえず控えといてくれ。あとは()()()()()()()()()()()()

「うん分かった、気をつけてね、グレイくん」

 

 リオンはそう言って、闘技場後方へ下がっていく。

 俺はリオンを見送ったあと、あらためて視線を代理人五人衆に向けた。

 

「さあて、まずはどいつからだ?」

「……私だ」

 

 一番左端に立っていた男が一歩前に出た。

 

 太陽の光を浴びてキラキラに輝く金髪。

 華麗な装飾が施されたローブ。

 すらりとした長身と、甘いマスク。

 その口元に不敵な笑みを浮かべたいけ好かな……もとい、好青年。

 

「西方国境守備隊所属——焔の魔術師クラッソス……参る!」

 

 名乗りを上げたあと、俺の前に進み出たクラッソスは、ゆったりとした所作で杖を構えた。

 その動きに隙はなく、歴戦の手練《てだ》れ感がビシビシ伝わってくる。

 

 ——でもまあ、こいつはメインキャラじゃない。

 

 なぜなら、背景に花が咲いてないから。

 

 そんなことを考えつつ、俺は杖を構えながら、相手の出方を伺う。

 しばらく互いが互いの動きを牽制しあう膠着状態が続いた。

 

 そして——

 

「動かないなら、こちらからいくぞ」

 

 しびれを切らしたように。先に動いたのはクラッソスだった。

 鋭く杖を振り抜くと、空間に火花が散る。

 そこから生まれたのは、直径はゆうに一メートルを超えるほどの真紅の炎球。

 

 熱風が肌を焼くように吹き付けてきて、観客席からもどよめきが上がる。

 

「燃えつきろッ!」

 

 クラッソスの号令と同時に、炎球がまっすぐ俺に向かって飛んできた。

 

「わおっ」

 

 俺は放たれた炎球を横っ飛びで回避。

 炎球は俺の真横をすり抜けて。その直後、耳をつんざくような轟音が鳴り響き、衝撃波が背中に突き刺さる。

 

 炎球はそのまま後方の壁に激突したんだろう。

 

 爆風で砂煙が舞い上がり、熱と砂の入り混じった空気が、喉をざらつかせる。

 

 その視界の先で、クラッソスは勝ち誇った表情を浮かべていた。

 

「どうだ、私の魔法の威力は。今のは序の口。私はこのレベルの炎魔法を、無詠唱で自在に操ることができる。命が惜しかったら、今のうちに降参したほうが懸命だと思わないかい?」

「いや、全然思わないっすね」

 

 俺は砂まみれのローブを払いながら、言葉を投げかける。

 

「確かに魔法の威力は凄かったけど、結局は火属性魔法《アルデオ》を放ったってだけでしょ? 落ちこぼれの俺だってそれくらいできるし……」

「なんだと?」

「っていうか、アンタの肩書……()()()()()ってくらいだから、もしかして炎魔法しか能がなかったりして? だとしたら敵として、こんだけやりやすい相手はないね」

 

 俺の安い挑発を受けて、クラッソスの眉がぴくりと動いた。

 

「私の炎を侮辱したこと、万死に値するぞ——」

 

 そう言って、クラッソスは杖を高く掲げた。

 その先端に、さっきよりも巨大な炎球が形成されていく。しかも同時に三個。

 

 空気が震えるような熱気が、再び全身にまとわりついてくる。目の前の炎球から放たれる灼熱の圧に、額に汗が滲んだ。

 観客席からも、悲鳴にも似たどよめきが漏れる。

 

 しかし。

 

 俺は冷静だった。

 炎球の放射に備え、自身の杖を眼前に掲げる。

 

 「——《クリオ》」

 

 呟くような詠唱と共に、杖先から生まれたのは、小さな冷気の奔流だった。

 

 それを見たクラッソスは、あざ笑うような声を上げる。

 

「ふん、そんな小さなクリオで……この煉獄の炎を受け止めきれるとでも?」

「思ってるから、魔法を使ってるんじゃん?」

「愚か者め! ならば、消し炭になれッ!」

 

 怒気をはらんだ声が場内に響き渡り、それと同時にクラッソスは杖を振り下ろした。

 

「くらえっ——!」

 

 三つの巨大な火球が俺めがけて放たれる。

 炎球は、地鳴りのような唸りをあげて、同時に迫ってきた。

 

 俺は自身を焼き尽くそうとせん、その炎を見つめ、意識を研ぎ澄ます。

 

 ——臆すな、滾《たぎ》るな、大丈夫。

 ——日々の練習のとおり、自身の()に渦巻く魔力《マナ》を、ただ導け。

 

 俺は炎球の軌道を目で追いながら、魔力を練り上げていく。

 腹の底の底に渦巻く大きな魔力の塊——

 それを意識の奥から一気に引き上げ、杖先へと集中させた。

 

「——っ、いけっ!」

 

 炎球に向かって、杖を鋭く振り抜く。

 その杖先から、音もなく鋭い冷気が迸《ほとばし》った。

 

 空気を裂くようにして放たれた冷気の濁流は、それにさらされた地面を凍りつかせながら、放射状に奔《はし》っていく。

 クラッソスの生み出した炎球をたやすく呑み込み、跡形もなく霧散させた後、なおも勢いを保ったままヤツの足元へと迫っていった。

 

「バカなっ……!? ぎゃあああああああっ!」

 

 あえなく冷気の濁流に飲み込まれるクラッソス。

 氷は容赦なく彼の下半身を包みこみ、地面と一体化させていく。

 クラックスはその場に縫い止められてしまった。

 

「く、くそ……! 動けない……!? こ、こんな……!?」

 

クラッソスは必死に氷から逃れようと必死でもがく。

しかし、その下半身はすでに完全に凍りついてしまっているため、びくともしない。

 

 俺はその様子を冷めた目で見つめながら、氷で軋む地面を踏みしめつつ、ゆったりとヤツに歩み寄った。

 

「ひっ——」

「ダメだよ、クラッソスさん。()()()()()()()()()んだから……」

 

 俺はにやりと意地悪く口角を吊り上げ、余裕たっぷりに話しかけた。

 

「火は風を制し、風は土を削り、土は水を喰らい……そして()()()()()()()――その均衡こそが、世界の理……」

 

基礎魔法の参考書に書いてあった一文を()()で口にする。

 

「バカの一つ覚えで一個の属性に固執してると、そうなっちゃうよ? 基本をおろそかにしないで、ちゃんと全属性満遍なく勉強しないとね。」

「バカな……ありえない……! この、魔法の威力は……! ありえない……! 貴様、どれほどの魔力を……!?」

 

 クラッソスの顔が、みるみるうちに驚愕と恐怖に染まっていく。

 絶望に染まるその顔に、俺は杖を突きつけた。

 

「まだやる?」

「こ、降参だ……」

「はい、勝負アリっと。おつかれさま」

 

 勝敗を決した俺は、杖先を下ろしてから、指をパチンと鳴らした。

 瞬間、俺が魔法で生み出した氷はすうっと溶け、あとには何事もなかったかのように、闘技場の踏み固まれた砂地だけが残った。

 

 一瞬の沈黙のあと、観客席からは、大きなどよめきが生まれた。

 驚愕と動揺が交じり合った空気が、まるで波紋のようにアリーナ全体を包み込んでいく。

 

「グレイ・ブラッドレイ……落ちこぼれだったはずじゃ……?」

「いや、今の魔法の威力、尋常じゃなかったぞ……」

「クラッソスが、一撃で……!」

「あんだけ広範囲を凍りつかせるなんて、どんだけの魔力を込めたんだよ……」

 

 きっと、そんな手のひら返しの意見があちこちでささやかれているんだろう。

 観客席の動揺を背に、俺は杖をくるりと回して肩に担ぎ、代理人たちのほうへと向き直る。

 

 「——さて、お次はどなた?」

 

 不敵な笑みを浮かべて、そう告げた。

 

 

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