乙女ゲー世界の悪役貴族に転生した俺は如何にして絶望するのをやめて隠しヒロインの男装令嬢を堕とすことになったか 作:三月菫
俺とセルヴィスの戦いに完全決着が着いたあと。
「……っはー、つっかれた……」
俺はその場にふらりと片膝をついた。
魔力同調《インタリンク》を使った反動に加えて、全力の四属性魔法を立て続けにぶっ放したせいで、体の中の魔力が空っぽだった。
特に最後の《グラディス》は、ぶっちゃけ自分でも制御ギリギリで、下手したらセルヴィスを完全に地面に埋めて、トドメを刺してた可能性もある。
まあ、そのときはそのときなんだけど……。
とにかく、全力を出し切った俺の身体は、悲鳴を上げていた。
それでも俺は意識を手放すことなく、もう一度立ち上がる。
まだひと仕事、残っていたからだ。
俺はゆっくりと観客席を見渡す。
決闘の最中の熱狂的な歓声はどこへやら、決着のあと、場内は水を打ったように静まり返っていた。
(あーあ、せっかくヒーローだったのに……やりすぎて引かれたか)
それも仕方ない。
俺はセルヴィス相手に、火だるま、水攻め、風でふっとばしたあと、ヤツの命乞いを無視して、土中に沈めたのである。
どうみてもやりすぎ。
公開拷問ショーだな。
うん。ドン引きされても無理ないわ。
——でも、だからこそ。
「悪役貴族として……最後の仕上げだな」
俺は静かにそう呟いた。
そして、杖を天に掲げると、力の限りの大声で高笑いを上げた。
「はーーーっはっはっはっはっ!!」
張り上げた喉に痛みを感じながら、最後の力を振り絞って、俺は道化を演じ続ける。
「見たか愚民ども! これが、
そして、俺は観客席をゆっくりと見渡し——ついに、その姿を見つけた。
彼女はそこにいた。
まっすぐな眼差しで、俺を見つめ返してくれていた。
「アシュレイ・アストリッド! 俺の元に来いッ!!」
呼びかけた瞬間、観客席がざわめく。
その中で、アシュレイが静かに立ち上がった。
彼女はそのまま、闘技場へ、俺の元へと足を運ぶ。
風に揺れるローブをたなびかせ、揺れない瞳でまっすぐ俺を見つめている。
観客が見守る中、アリーナの中心で俺たちは向き合った。
「……アシュレイ」
その顔を見た瞬間、胸の奥に張り詰めていた緊張がふっとほどけて、思わず頬がゆるんだ。
安堵と達成感が一気に込み上げてくる。
でも——それじゃダメだ。
俺はゆるんだ表情を無理やり引き締めると、いつもの悪役貴族として、邪悪な笑顔を作り直した。
「ふっふっふ……これで邪魔者はいなくなったな。貴様は完全に俺のものだ!」
口角を吊り上げ、俺は芝居じみた高笑いの余韻とともに、ゆっくりと右手を差し出した。
そして——この喜劇の幕を閉じる、決定的なセリフを投げかける。
「さあ、この俺と結婚しろ!!」
その瞬間、会場が息を呑んだのがわかった。
全校生徒の前で婚約宣言。
いやー、やってやったぜ。
「グレイ……」
アシュレイは、なんとも言えない顔で、差し出した俺の手をじっと見つめていた。
もちろんこれは、あらかじめ俺達の間で決めていた、筋書きどおりの茶番だった。
セルヴィスの縁談をぶっ潰すためとはいえ、俺はディアナイツの夜に、全校生徒の前でアシュレイに婚約宣言をしてしまっているのだ。
まあ、俺としてはアシュレイと婚約してなんら問題ないのだけど。
アシュレイに迷惑をかけかねない状況である。
だから、最後に、俺とアシュレイの偽りの婚約関係を清算する必要があった。
というわけでこのあとの流れとしては……。
アシュレイが俺の要求を断る。
逆上した俺はアシュレイに襲いかかる(ふり)。
アシュレイ、俺を思い切り叩きのめす。
俺、無様にやられる。
これでアシュレイは俺の婚約宣言をはっきりと突っぱねたことになる。
すべては元サヤに収まり。
ディアナイツから長く続いた、俺が描いたこの喜劇のシナリオに、完璧なるピリオドを打つことになる。
というわけで……。
俺はアシュレイを見つめる。
とびっきりの邪悪な笑みを浮かべながら。
さあ、アシュレイ。
魔法をぶっ放してもいいし、思いっきりビンタしてもいい。
俺の要求を突っぱねろ。
お前みたいなクズはゴメンだ、と宣言するんだ。
それで、お前は完全に自由だ。
……。
ほんとに、よかったね。アシュレイ。
「さあどうした! 返答しろ! アシュレイ!!」
しかし、アシュレイは——泣いていた。
「…………え?」
思わず間の抜けた声が漏れる。
彼女は何も言わず、ただ静かに、俺の胸元へと身を寄せた。
両腕がそっと俺の背にまわされ、そのまま、しがみつくように強く抱きしめられる。
「おま……! 何を……!?」
体温が、鼓動が、互いに伝わる距離で——彼女は小さく、震えていた。
「ありがとう、グレイ」
「アシュ、レイ……?」
「私のために……あそこまでしてくれて……」
その声は、涙でかすれていて、それがかえって胸に迫る。
つんと目の奥が熱くなる。
けれど、俺は必死にそれを飲み込んだ。
「ば、バカ! 台本と違っ……何やってんだよアシュレイ!? 早く突っぱねろよ!?」
「……やだ」
「いやいやいやいや、これ誤解されるって! 観客、めっちゃ見てるから! ねえ、アシュレイさん!? これじゃ、マジ婚約じゃん!!」
「そんなこと、今はどうだっていい」
アシュレイは首をふるふると横に振って、離れるどころか、キツいくらいに抱きしめてきた。
いい匂い……。
そんでふわふわだ……。
ああ……。
溶けるって……。
いやいや!
気を確かにしろブラッドレイ!?
ここできっちり婚約破棄しとかないと、俺、アシュレイと結婚することに……!
……いや、いいのか? それで?
もともと俺の目的はアシュレイと結ばれることであって、この状況間違いなく俺に対する好感度は上がっているわけで、いやでもやりすぎるとベストエンドに突入して、アシュレイは男になってしまうわけで、富良野は今冬なわけで、今の状況はなんだ、これはベストエンドルートなのか、俺はどうすればいい、あーワケわかんねえ頭が——
俺の思考は完全にショートした。
「……アシュレイ……マジで俺、色んな意味で限界……」
心拍がバグる。
急激に顔が熱くなっていくのがわかる。
周囲のざわめきが遠のいていく。
血の気がすうっと引いていくのがわかって、視界の端が青くぼやけはじめた。
頭の中では警報が鳴ってるのに、現実感だけがどんどん薄れていく。
あれ、なんか……全部がグルグルしてきて——
「あ、やべ……」
そのまま俺の意識は、アシュレイの胸の中で、ブラックアウトしていった。
そして完全に落ちる寸前、最後に聞こえたのは。
「私は君が——だ」
天使のような、彼女の声だった。