乙女ゲー世界の悪役貴族に転生した俺は如何にして絶望するのをやめて隠しヒロインの男装令嬢を堕とすことになったか   作:三月菫

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第39話 転生魔法

 

 リオンの語った意味深な言葉。

 本当は女なのは、アシュレイだけじゃない。

 

「どういうことだ……? リオン……」

 

 俺はそう言ってからハッと気づく。

 そうか、これが噂の原作知識チート!?

 

 リオンは原作ゲーム『アルカナクラウン』をプレイしたことがある転生者なんだから、ゲーム知識を持っていることは想像に難くない。

 

 その場合、アンチBLという宗教上の理由で、ゲームシナリオの知識が皆無な俺と違って、それなりのシナリオ知識を持っていると考えるのが自然だ。

 

 つまりリオンは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()可能性がある。

 

 俺は思わずリオンの背中をバンバン叩いていた。

 

「なんだよもー、人が悪いんだからリオンくんたら。それならそうと早く言ってくれよー!」

「いて、いて! やめてよグレイくん」

「悪い悪い。で、その女の子っていうのは誰なんだよ?」

 

 リオンに向き直り、核心に切り込む俺。

 するとリオンは、ふと目を逸らし、ぽつりと呟くように語りはじめた。

 

「……僕ね、転生する前は、身体が弱かったんだ」

「え? 何の話?」

 

 なぜか唐突に始まるリオンの一人語り。

 

「入院したり退院したりで、学校にもろくに通えなくてね。友だちもいなかった」

「あのーリオンさん? その女の子っていうのは……」

「入院中、時間だけはあったから、親が持ってきてくれた漫画やゲームをずっとやってたんだ」

 

 俺の言葉をナチュラルにシカトしつつ、リオンの独白は続く。

 

 聞くところによると、リオンの両親は実は結構なオタクで、しかも母親は腐女子だったそうだ。

 なので、母親が我が子に与えるラインナップも腐ったものが入り混じり……

 

「中学生くらいになるころには……気がついたら僕も、立派な()()()になってた」

 

 リオンは少し肩をすくめて、どこか照れくさそうに笑った。

 

「あれは僕が高校二年生くらいのときだったかな。やっぱり体調を崩して入院して……そのとき遊んだゲームが『アルカナクラウン』だったんだ」

 

 ……。

 あのー、この語り。

 もしかして結構長かったりします?

 

 はやく、女の子のことを……。

 

「面白かったな〜、僕、あんまりゲームは得意じゃなかったから、難しくて自分では最後までクリアできなったんだ。でも、攻略本とか設定資料集とか買い集めて。それにプレイ動画とかもみたりして……ドハマリしちゃったよ」

 

 そこまで語って、ふっとリオンの表情に影がさした。

 

「……でも、そのあと、体調がどんどん悪くなっていって、僕はそのまま……」

「リオン……」

「それで気がついたら、僕はアルカナクラウンの世界に転生してた。しかも主人公リオンとして」

「そうだったんだな」

「びっくりして、戸惑ったけど……でも、嬉しかった。大好きなゲームの世界だったし、健康な体になれたし、それにユースティティア学院に入学して、今度はきっと、沢山の友だちができると思ったから。でも……」

 

 リオンは言葉を切って、俺に眼差しを向けた。

 

「まさか、グレイくんとこんなに仲良くなるなんて思ってもみなかったよ」

「そりゃ、原作の俺は()()()()のモブだからな」

「でも、本当によかった。この世界で君と出会えて。君と、かけがえのない友だちになれて……」

「そうか。俺もお前とダチになれてよかったと思ってるぜ。ところでだなリオンよ——」

 

 しびれを切らした俺は、強引に話の流れを引き戻した。

 

「お前の生い立ちはよーくわかった。それでな、教えてほしいのはさっきお前が言っていた、本当は女の子なのはアシュレイだけじゃないっていう意味深発言のことなんだけど……」

「うん、だから言ったじゃないか」

「は? 何を?」

 

 リオンはいたずらっぽく笑って、そっと人差し指で自分の顔を指差す。

 

「僕は、転生前は腐女子——つまり()()()なんだよ?」

 

 リオンのその一言に、理解が追いつかず、俺はその場で固まってしまう。

 たぶん今の俺の顔は、鳩が豆鉄砲でも食らったかってくらい間抜けだったに違いない。

 

「……は、え。あ、いや、でも」

 

 どう返せばいいのかわからず、言葉が喉の奥でつかえる。

 ごちゃごちゃになった思考をなんとかまとめて、ようやく絞り出すように口を開いた。

 

「……今のお前は、男じゃん?」

 

 そう、リオン間違いなく男である。

 一緒に風呂に入ったとき、()()()()はしっかり目撃している。

 

 百歩譲ってTS女子ということになるんだろうか?

 ……。

 うーん、TSかあ、TSねえ……。

 それってどうなの?

 

「——最初はね、友だちでいいと思ってた」

「え?」

「グレイくんと、アシュレイくんと友だちになれて、毎日が本当に楽しかったから。これが青春なんだなって。僕にも本当の友だちができたんだって。でも、でもね」

「でも?」

「グレイくんとアシュレイくんがどんどん仲良くなっていくのを見て、ちょっとだけ、心がモヤモヤすることが増えていった」

「モヤモヤ?」

「さみしいっていうのかな……ううん、そうじゃないね。きっとアシュレイくんに対する、()()だと思う」

「嫉妬って……なんでよ」

 

 俺の問いに、リオンは少しだけ目を伏せた。

 沈黙が数秒流れて、そのあと、ふっと顔を上げて、まっすぐ俺を見つめてきた。

 

「グレイくんは、アシュレイくんが好きなんでしょ?」

「え?」

 

 あまりにも唐突な問いに、頭が真っ白になった。

 どう答えればいいかわからず、思わずリオンから目を逸らす。

 

「いや、好きっていうか……だって、アシュレイと付き合わなかったら、BLルートに……」

「本当に、理由はそれだけ? ()()()()()()()()()()——たったそれだけの理由で、アシュレイくんのために、命をかけてセルヴィスと決闘をしたの?」

「それは……」

 

 リオンの指摘を受けて、自分の気持ちを振り返る。

 

 最初は、ただBLルートを回避するためだった。アシュレイを選ぶしか、俺には選択肢がなかった。

 だから、とにかく接点を作って、少しずつ距離を詰めていった。

 そうしているうちに、自然とアシュレイのことが見えてきた。

 

 超がつくほどバカ真面目で、融通が利かなくて。

 子爵家としての誇りを胸に、背筋をぴんと伸ばしている。

 救いようがないくらい方向音痴で、そのことを指摘すると子どもみたいにすぐ拗ねる。

 

 どんな問題も自分ひとりでなんとかしようとして、周りに頼るのが下手くそで。

 弱みを見せないくせに、本当は涙もろくて、寂しがり屋で。

 

 それでも俺といるときは、笑ってくれるんだよな。

 こいつのために、頑張るかって気持ちにさせてくれる、そんな笑顔を。

 

 ……気づいたときにはもう、その全部が、俺にはかけがえのないものになってた。

 その笑顔をずっと見ていたいと思うようになったんだ。

 

 ああ、そうか。

 俺はいつの間にか、アシュレイのこと——

 

 俺のその気持ちを見透かすように、リオンが微笑む。

 

「きっと、アシュレイくんも同じ気持ちだと思う。僕から見て、二人はお似合いだよ」

「リオン……」

「グレイくんとアシュレイくんが結ばれたら、二人の友だちとして、僕は心から祝福できる。それは間違いない」

 

 そこでリオンは、ふっと言葉を切った。

 口を閉じたまま、わずかに目を伏せて、何かを飲み込むような間があった。

 

「だけど——同時に、心の片隅で、きっと一生後悔する。僕も、()()()()()()を伝えればよかったって」

「本当の気持ち……?」

 

 リオンはおもむろにベンチから立ち上がると、俺の方に向きなおった。

 その手がローブの内側へと伸び、懐から一枚の紙を取り出した。

 

「それは……魔符、か?」

 

 俺の言葉にリオンは頷く。

 

「これは、封印された古代魔法の一つ——転性魔法、《レクス=リベラ》」

「封印された……転性魔法って……まさか」

 

 リオンはすっと微笑む。

 

「この魔法の意味。グレイくんなら、わかるよね?」

 

 転性魔法《レクス=リベラ》。

 名前のとおり、使用者の性別を変換してしまう魔法である。

 

 その登場はアシュレイルートのベストエンド。

 BL世界における()()()()にたどり着いてしまったアシュレイは、この魔法を使って、男装令嬢から、本当の男に変更してしまうのだ。

 

 俺にとって因縁の、最凶の魔法である。

 それが、今、リオンの手のもとに。

 

「お前……なんでそれを」

「原作知識チートってやつさ。先回りして手に入れたんだ」

「一体何をするつもりだ?」

 

 俺の問いには答えず、リオンはただ微笑む。

 そして、そっと瞳を閉じて、魔符を持つ手を胸にあてた。

 

「解呪《リリース》——《レクス=リベラ》」

 

 リオンが呪文を唱えた瞬間、胸元の魔符が青白く輝き出した。

 光は胸から全身へと広がり、やがて彼の体全体を包み込むように淡く灯る。

 

 俺はまばゆい光に思わず目を細め、思わず手で目元を覆った。

 

 空気が震えるような静けさの中、光はしばらくその場にとどまって——そして、やがて音もなく消えていった。

 

 俺はそっと手を下ろす。

 

「リオン、お前——」

 

リオンは魔法を終えた自分の姿を確認するように、自分の身体をペタペタと触れていた。

 

俺の目に映るリオンの姿に目立った変化はない。

もともと男にしては線が細くて、中性的なヤツだったから。

 

しかし——

 

リオンは手を動かすのをやめて、ふと俺の顔を見つめた。

そのまま俺の目の前に歩み寄るリオン。

ヤツはおもむろに俺の手をとって——なんの躊躇もなく、その手を自分の胸に押し当てた。

 

むにゅ。

 

柔らかくて、あたかかくて、いつまでも触っていたい。

そんな感触が俺の手のひらを押し返した。

 

こ、この感触は——

まさか、というかやはり……。

おっぱ……。

 

「リ、リオン……お前……!」

「これで僕も女の子だよ。グレイくん——」

「なんで……」

 

 俺は目の前で繰り広げられた光景を、未だ飲み込むことができず、その理由を問うしかなかった。

 

 

「だって僕も——君のことが大好きだから」

 

 

 

 月明かりに照らされたリオンは、俺の問いに淡く微笑んで答えた。




次回、最終回です!
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