乙女ゲー世界の悪役貴族に転生した俺は如何にして絶望するのをやめて隠しヒロインの男装令嬢を堕とすことになったか 作:三月菫
「へえ、アシュレイの実家の領地って、そんなに寒いのか?」
俺が興味津々に尋ねると、アシュレイは食後の紅茶が入ったティーカップを両手で包みながら、目を細めて答えた。
「ああ、アストリッド家の領地はノースフォークの最北端だからな。冬の間はずっと雪が降り続けるし、泉も海も寒さで凍ってしまう」
「海まで凍るの!? そんなことあんの?」
俺の驚きの声に、アシュレイは「本当だ」と小さく笑う。
「氷の層が厚くなれば、上を歩くことだってできる。冬の間は凍った湖の上で祭りが開かれたりもするんだ。」
「へえ~、氷の上で祭りって、なんかロマンあるな〜」
「ああ、オーロラのかかった夜空の下、氷上に無数のキャンドルを並べるんだ。風もなくて、澄んだ夜なら、キャンドルの灯りが氷に反射して、まるで星の海に浮かんでいるみたいに見える」
アシュレイの言葉に、思わず息を呑んだ。
「……めっちゃ幻想的じゃん」
「ああ、本当に綺麗なんだ。グレイにも、リオンにも、見せてあげたいよ」
故郷のことを話すアシュレイは、心なしか楽しげだ。
それだけ自分の故郷に愛着を持っているということなんだろうな。
すると、横で話を聞いていたリオンが、口を挟む。
「グレイくんは南方の出身だったよね? どんなところなの?」
「え、俺?」
話を振られた俺は、うーんと腕組をして、はるか遠きブラッドレイ領に思いを馳せた。
「正直、住むにはオススメはしない場所だな」
「え? そうなの?」
リオンが首をかしげる中、俺は軽く肩をすくめた。
「何しろ、魔族の本拠地がすぐ近くにあるからな。のどかな田園風景とか、平和な町並みとか、そんな甘いもんはねぇよ」
「え、待って待って、魔族の本拠地!? めちゃくちゃヤバいじゃん!」
「そう、ヤバい。魔物はしょっちゅう領地に降りてくるとか日常茶飯事だぞ。まじであいつらアトラクション感覚で出没するから」
「普通に死ぬやつじゃん!?」
リオンが全力でツッコんでくるが、まあ実際、笑い話で済まないことも多かった。
「まあ、その分、戦闘スキルが身につくのはいいところ、だと思う」
かくいう俺も、魔法の腕前はからきしだが、そこそこ戦いなれしているほうだと思う。
「グレイくんって、只者じゃないんだね……」
リオンがドン引きしたように顔を引きつらせる一方で、アシュレイはなにか腑に落ちた様子で小さくつぶやく。
「……だから、ブラッドレイ家は『苛烈』だと評されるのか」
「ん?」
アシュレイの声が妙に真剣だったので、思わず聞き返すと、彼女はゆっくりと俺を見つめた。
「ブラッドレイ家は強硬で冷酷な、血も涙もない一族として知られている。でも……そんな過酷な領地で民を守るためには、それくらいの気概が必要なのかもしれないな」
俺は思わず苦笑する。
「気概っていうか……生きるためにやってるだけだけどな」
「そうだとしても、その姿勢は尊敬に値するものだと、私は思う」
アシュレイはそう言って、ふっと微笑んだ。
なんていうか、そんなふうに真正面から褒められると、さすがの俺も恥ずかしくなる。
俺は照れ隠しに笑うしかなかった。
こんな感じで、お互いの身の上話をきっかけに、どんどん打ち解けていく俺達。
おかげで食堂に到着してすぐのときに俺達の間に漂っていた、ぎこちない雰囲気も、すっかり無くなっていた。
アシュレイはもちろん、リオンとも、結構仲良くなれた。
自分でいうのもなんだけど、己のコミュ力が怖いぜ。
そうして会話を弾ませることしばし……。
「やあアシュレイ――随分と楽しそうにしているじゃないか」
ふと背後から、アシュレイの名を呼ぶ声が聞こえてきた。
俺たちは声のした方に振り返る。
ローブ姿の男子生徒が、俺達の席へ近づいてくる姿が見えた。
金髪をきっちり七三に整えて、いかにも育ちの良さそうな雰囲気。
それに、そいつの後ろには、二人ほど、お付きらしき生徒も引き連れている。
「セ、セルヴィス、様……」
アシュレイはそいつの姿を認めると、バツの悪そうな顔を浮かべて、そうこぼした。
セルヴィスと呼ばれたその男子生徒は、そのままアシュレイのもとまで歩み寄るとと、馴れ馴れしい手つきで、彼女の肩に手をかける。
「入学おめでとう、アシュレイ。こうして君と、この学院で会えて嬉しいよ」
「あ、ありがとうございます……セルヴィス様こそ。入学おめでとうございます」
「相変わらず君は、他人行儀なヤツだ。ふふ、君と僕の仲なんだから」
「恐れ多い言葉です……」
さっきまで俺達と話していたときの表情とは一転して、アシュレイの顔はわかりやすく引きつっている。
つーか、この七三はなに気安くアシュレイに触ってくれてんの?
「――だけど、残念だよアシュレイ。まさか君が、
「……ッ!」
セルヴィスの言葉を受けて、アシュレイはうつむく。その唇がギュッと結ばれていた。
マジで何様だよコイツ。
突然現れて気安くアシュレイの身体に触れるだけじゃなく、ナチュラルに人を見下したその物言いはなんだ?
俺は改めてセルヴィスを睨みつけた。
顔立ちは整っているけど、口もとには人を小馬鹿にしたような、ねちっこい薄ら笑いがへばりついている。
きっと常に自分以外の人間を見下しているから、こんな表情になってしまうのだろう。
ローブの胸元に視線を落とすと、蛇の紋章が縫い付けられていた。
これは《ウルザ》寮のシンボル。つまりコイツはウルザクラスに所属する生徒ということだ。
「ん……君は……」
俺の敵意丸出しの視線にやっと気付いたのか、セルヴィスはこちらに顔を向けた。
「彼は同じクラスの――」
アシュレイが俺を紹介しようと口を開く。
「お前グレイだな? グレイ・ブラッドレイだろう!」
……が、その前にセルヴィスは、俺の素性に思い至ったようだ。
「あん?」
「学院一の劣等生で有名なブラッドレイ家の三男坊。ははっ、こうしてお会いできるなんて光栄だ!」
セルヴィスは開口一番、わざと周りに聞こえるような大声で、俺のことを馬鹿にした。
周りで飯を食ってた連中の視線が集まりだす。
それからセルヴィスは、今度はリオンのことを指差した。
「君のことも知っているぞ。平民のくせに学院にまぎれこんだゴキブリみたいな新入生、確か名前はアルとかいったか?」
「え……? ぼ、僕……? えっと、リオンです……」
セルヴィスに指名されたリオンは、びくびくと緊張した様子で応じる。
セルヴィスは、俺のこと以上に、心の底からリオンを見下したような表情を浮かべて、言葉を継いだ。
「まったく学院も何を考えているんだろうか。たまたま魔法が使えるからって、由緒正しいこの学院に、薄汚い平民を紛れ込ませるなんて。君も君だよ。いくら誘いを受けたからといって、ノコノコとこの学院に入学するなんて。本当に身の程をわきまえていないんだね、平民というやつは――」
「あ、いや、その……僕は……」
突然、歯に衣着せぬ物言いでバカにされてしまったリオンは、うまく言い返せずにしどろもどろになってしまう。
セルヴィスは再び視線を、そんなリオンからアシュレイに引き戻した。
「ダメだなアシュレイ……いくら落ちこぼれマギナに振り分けられたとしても、付き合う人間は選ばないと。一人は家柄が悪い問題児。もう一人は
「セルヴィス様。そのような言い方はお控えください。この二人は私の……」
「ん? 僕に口答えするつもり?」
「……ッ! いえ……」
アシュレイの肩が、ほんの少し揺れる。
もしかしたら、言葉を返そうとしたのかもしれない。でも、結局何も言えず、唇を引き結んだまま、うつむいてしまう。
静かに拳を握り込むアシュレイ。その指先が白くなるほど力がこもっているのに、彼の口からは一言も声が出なかった。
まるでセルヴィスの言葉に縛られてしまったようだ。
(……許せねえ)
初対面の相手に因縁ふっかけて、人のことを見下して馬鹿にして……
何様なんだコイツは。そんなに自分が偉いのか?
俺はこういう勘違いしているヤツが一番嫌いだ。
そのうえ俺が愛するアシュレイたんの表情が、コイツが絡んできてから、みるみるうちに曇ってきているんだ。
あいにく最愛の人の顔を曇らされてニコニコできるほど、人間できちゃいないんだよ。
こいつは売られた喧嘩だ。
だったら望み通り買ってやろうじゃないか。
そう思って席から立ち上がりかけた俺を――アシュレイが手で制す。
「アシュレイ……?」
彼女の顔を見つめると、その瞳は『事を荒立てないでほしい』と、そう訴えかけているような気がした。
俺は、アシュレイのそんな視線を受けて、渋々ながら席に座り直す。
アシュレイはセルヴィスの方に向き直って、ぺこりと頭を下げた。
「セルヴィス様……ご忠言感謝いたします。どうかこの場はこれくらいで」
「アシュレイ。君は少し場の空気に流されやすいところがあるからね。くれぐれも、付き合う人間は選びたまえ」
「心得、ました」
アシュレイは、なんとかその場を取り繕おうと、セルヴィスに向かって頭を下げる。
その姿を見て満足したのか、セルヴィスは踵を返した。
「あのー、セルヴィスさん、ちょっといいですか?」
そんなセルヴィスを、俺は呼び止めた。
呼び止めてしまった。
振り返るセルヴィスの視線とかち合う。
(悪いなアシュレイ、我慢しようと思ったけど、やっぱりダメだ。こういうクズには一言だけでも言い返してやらないと、気がすまねー)
俺は心の中で一言アシュレイに謝ってから、セルヴィスに向かって、おもむろに口を開いた。