乙女ゲー世界の悪役貴族に転生した俺は如何にして絶望するのをやめて隠しヒロインの男装令嬢を堕とすことになったか 作:三月菫
しばらく頭を抱えるようにして考え込んでいたアシュレイだが、ようやく顔をあげた。
「グレイ、一つ質問をしてもいいだろうか」
「おう、なんでも聞いてくれ」
「君は、固有魔法《ユニークスペル》は使えるのか?」
「固有魔法《ユニークスペル》……?」
俺は腕を組んでグレイの記憶の切れっ端を探す。
一般魔法の発動の方法については、何一つピンとこない。
だけど……
(あ、固有魔法ってこれのことか……?)
記憶の中に、肌感覚として、この魔法は習得済と実感できる魔法がただ一つだけあった。
「一応、使える……はず」
「なるほど、ということは、魔術回路は問題なく形成されているはず……それが一般魔法《コモンスペル》になると、マナの扱いすら感じられないということは……ぶつぶつ……ぶつぶつ……」
眉根を寄せて、再び考え込むアシュレイ。
その真剣な表情も魅力的だ。
なんてことを考えてたら、アシュレイがまた顔を上げた。
「グレイ、君の場合……もしかしたら、まずはマナの流れを感じることから始めるのがいいのかもしれないな」
「マナの流れ?」
「ちょっと手を出してみてくれるか」
「こうか?」
「両手で頼む」
俺は言われるがままに、アシュレイに向かって両手を差し出す。
「ちょっと、失礼するよ」
「うひょ!?」
なんと差し出した俺の手を、アシュレイが握ってきた。
その不意打ちに思わず変な声が出てしまう。
俺とアシュレイは、間近で向かい合った体勢になった。
(アシュレイ!? ままままさか、君、ここここんな公衆の面前で、俺と幸せなキスをして終了!? 俺とアシュレイの気持ちはすでに通じていたということか!?)
であればイチ紳士として、彼女の気持ちを真摯に受け止める必要が……
「不束者ですが……よろしくお願いします……!」
「ああ、今から私のマナを君の中に流していくぞ」
「へ? マナ?」
「肌と肌を直接重ねた方が、マナの流れを感じやすいんだ」
「あ、そなの?」
「目を閉じてくれたほうが、より感じやすいと思う。いくぞ……」
アシュレイは柔らかい口調で説明しながら、俺の手を握る力をそっと強めてきた。
俺は彼女の言ったとおりに、瞳を閉じる。
「今、私の手を通じて、君の体にマナを通してる。どうだ?」
「なんか、じんわりあったかい気がする……これがマナ?」
「ああ、そうだ。よかった、しっかり感じられているみたいだ」
「おおー」
俺は初めて体験する不思議な感覚に感動していた。
アシュレイの手のひらから、じんわりと温かいものが、まるで血流のようにわずかに脈打ちながら、とくんとくんと俺の体内へと流れ込んでくる。
……なんかちょっとエロいな。
「この感じを、よく覚えておいてくれ」
「お、おう」
「それじゃあ、次は《ルークス》の術式に基づいて、形を整えたマナを流すぞ……」
そう言って、アシュレイが小声でなにか呪文のようなものをつぶやく。
すると彼女の手のひらから、さっきとはほんのちょっと異なる感覚が流れ込んできた。暖かさと共に、ぴりぴりと微弱な電流を感じるような……そんな心地よい感覚だ。
「どうだろうグレイ、さっきとの違いが分かるだろうか?」
「お、おおー! わかる。わかるかも! なんていうかさっきより流れが繊細っていうか……より洗練されてるっていうか……って、うお!?」
俺は目を開けて、思わず驚きの声を上げてしまった。
「俺の体が光ってる!?」
「ああ、杖の代わりにグレイの体を媒介にして、《ルークス》を発動しているわけだからな」
それって大丈夫なの? 体に悪影響とかないよね。
いや、アシュレイを信じよう。
俺は信じて、ただ身を委ねるのだ。
「一般魔法はもちろん術式や呪文でも表されるものだけど、実際に行使する場合は、むしろ感覚的なイメージのほうが大事だったりする。だから、グレイも今の感覚を再現する要領で……術式に落とし込んでいけば、たぶん魔法が使えるようになると思う」
「なるほど、なるほど」
「それじゃあ、まずはマナを体内に流すところからやってみようか」
「オッケー」
アシュレイは、マジ天使だった。
俺みたいな落ちこぼれの相手を、嫌な顔ひとつせずに付き合ってくれる。
懇切丁寧、ステップバイステップで教えてくれる。
そんな彼女のレッスンのおかげで——
「できた! できたぞ!! うはははは! 俺の杖が光ってるぜ〜!」
ほどなくして俺はマナの使い方の感覚を理解すると同時に、《ルークス》を発動することができた。
「ああ、ばっちりだ。おめでとう、グレイ」
アシュレイは、まるで自分のことのように嬉しそうな顔を浮かべ、拍手を送ってくれている。
「いやマジでアシュレイのおかげだよ。完全に置いてけぼりになるところだった。サンキューな」
「気にしないでくれ。私も君の役に立てて嬉しいよ」
「尊敬の念をこめて、これからはアシュレイ先生と呼ばせてもらおうかな~」
「か、からかうのはよせ……」
などなど、アシュレイとイチャついていると、先生が俺たちの様子を見にやってきた。
「ブラッドレイ――どうやら無事に《ルークス》を発動できたようですね。よろしい」
「アシュレイのおかげさまです」
「では次に進みましょうか。それでは今の《ルークス》を発展させて――」
こうして基礎魔法学の授業はつつがなく進行していった。
その間、アシュレイ――いやアシュレイ先生が俺に付きっきりで、愛と友情のマンツーマンレッスンをしてくれたのは、言うまでもない話だ。
ぐへへ、アシュレイからは、いい香りがしたよ。
***
そして、一日の授業がすべて終了した放課後。
俺は寮には戻らずに、一人図書館まで足を運んでいた。
アシュレイのおかげで、魔法の発動に成功したといっても、あくまでそれは感覚的にコツを掴んだだけだ。
まだ知識として俺の体の中には入っていなかった。
なので今日一日学んだことの復習をしておこうと思ったのだ。
本棚から手当たり次第に、一般魔法の参考書を抜き出して、テーブル席に座る。
「さーてやりますか……」
俺は今日の授業で取ったノートを開き、今日一日のおさらいを始めた。
図書館は静寂に包まれていた。
俺は本のページを繰りながら、今日学んだ魔法の理論やマナの流れについて、ノートにまとめ直していく。
「ふむふむ、マナの循環はこうなって……? 魔法回路……? ほーん、魔法が使えるやつには回路が生成されてる……あーこれアシュレイがなんか言ってたやつか? へえ~へえ~へえ~」
参考書と授業のノートを見比べながら、俺はひたすらペンを動かす。
分からないことは、すぐに疑問点として書き留めた。
これは明日にでもアシュレイに質問することにしよう。
しかし、この感覚はなんだろうな。
前世の俺は勉強嫌いだったはずなのに、今の俺は自分でも驚くほど集中している。
知識を吸収することに対するモチベーションが半端ないのだ。
気持ち的には合格ハチマキを巻きたい気分だぜ。
そもそも、魔法を学ぶことが楽しいということがあるけれども、それと同じくらいアシュレイの存在が大きい気がした。
彼女の優しい笑顔を思い出すたび、頑張らなきゃという気持ちが湧いてくる。
現実問題、アシュレイと付き合うことになったとして、それはすなわち、貴族同士の付き合いになるわけだから、貴族として最低限の魔法スキルを身に着ける必要があるからな。
そんなことを原動力にして、俺は勉強に没頭し続けた。
「……はっ!」
そうこうしているうちに、俺の耳に入ってきたのは、図書館の閉館時刻を告げる鐘の音。
顔を上げると、時計はもう夜の十時を回っていた。
「え、いつの間にこんな時間……」
勉強を始めて数時間経過していたわけが、体感としては一瞬だ。
むしろ、まだまだ勉強していたい気持ちがある。
それだけ集中して復習に取り組んでいたということだ。
とはいえこれ以上、図書館にはいられない。
続きは自室でやるかと思い、参考書を本棚に戻すため、立ち上がりかけたそのとき——
「お疲れさま、グレイ」
俺の耳に、やわらかい声が届いた。
声の方を振り向くと、一つ離れた隣の席にアシュレイが座っていた。
彼は手元に置いた本を閉じ、にこやかにこちらを見つめている。
「アシュレイ? いたのか!?」
「ああ」
「なんだよ、声をかけてくれればいいのに……」
「かけようと思ったんだ。だけど、君がすごく一生懸命だったから。邪魔しちゃ悪いと思ってね」
「そ、そうか。なんか悪かったな」
「気にしないでくれ、私は私で授業の復習をしてたところだ」
「そ、そうか……」
なんとなく気恥ずかしくなった俺は、慌ててノートを閉じると、ガタッと派手な音を立てて、席から立ちあがる。
「えーとだな、もう退室しないといけないし、一緒に寮まで戻るか?」
「是非そうしよう」
こうして、俺とアシュレイは、二人でマギナ寮まで戻ることにした。
これはまさか……二人っきりフラグ……?