ζ(Zeta)   作:AllZ:M

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大戸村(おおどむら)の神楽
九層


 

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天地が、けたたましく唸っている。

 

窓外、紺碧の空を蹂躙(じゅうりん)するように立ち昇る、不気味なほどに純度の高い黒煙。

阿蘇本岳の火口群から数十キロ離れた未踏の地表面が、内部からの圧倒的な圧力によって爆裂(ばくれつ)しながら、大気の層を物理的に剥離(はくり)させていく。

 

「何なんだ、此の位相速度は! 諸計算が全く合致しない!」

「南南東の第十四観測点の応答が消失! 通信系統の断絶ではありません、センサーそのものが物理的に沈んだ……と!」

白衣を纏った究員(ゆうしきもの)たちの、悲鳴に近い報告が室内に乱反射する。

彼らは、自らが築き上げてきた堅牢な理論体系が、眼前の凄惨たる事象を一点も予見出来なかった事実に、底知れぬ焦燥と屈辱を抱いていた。

数値という名の信仰(ドグマ)が、現実という暴力によって粉砕されていく光景。

 

「皆々、静観は法度!」

 

号令にも、叱咤(しった)にも等しい声が劈くように響いた。

室内を埋め尽くす電子音の奔流を突き破り――無精髭を蓄え、やや縮れた銀髪をオールバックで固めた男が歩を進める。

 

「乱堂室長!」

白衣の男の一人が、救いを求めるように彼を呼称した。

「私が今朝の現場査察から戻った瞬間に新たなホットスポットの発露。まったく、御大様(しぜん)というのは私に対して仕事を急いているね」

 

――乱堂 好景(らんどう よしかげ)

壮麗たる機敏を感じさせる、彼の名だ。

その言語と所作には、まるで自らを軸に世界が回っていると断じるような、揺るぎないナルシズムが凝縮されていた。

彼は混乱を極めるコンソールを一瞥し、不遜な笑みをその薄い唇に浮かべる。

 

「出来ることから始めていこう。では、端湫(はぬま)くん。既存波形との同調を確認したまえ…、うん。今朝の火山微動との関連性があるかも知れない」

「…はっ!室長殿、承知でございます!」

端湫と呼ばれた若い研究員が、施設の壁に規則的に設置された、この時代にはあまりに不釣り合いな旧式(アナログ)の計器群を弄り始める。

 

「……それにしても、妙だ。先程の震源は今朝の第一火口から離れ過ぎている」

乱堂は思考の深度(しんど)を一段階下げ、脳内に思考を張り巡らせ始めた。

 

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世界は、単一の地殻によって構成されているのではない。

彼の持論では、この現実は九つの重層的位相(ナイン・レイヤー)によって構築されており、我々が知覚できるのはその最表層、わずか一皮分に過ぎない、と推察している。

 

乱堂は、窓の外で成長を続ける黒い柱を見つめた。

その噴煙は、まるで何者かがこの世界の「皮膚」を無理やり引き裂き、その下に隠された真実を露呈させようとしているかのようだった。

 

「……震源其の物が、地下を移動しているとでも言うのか?」

乱堂自身の、根も葉もないような不確証の状態の思考が、不意の独白として発露した。

周囲の研究員たちが一瞬、手を止めて彼を見る。

 

「…或いは、何だ。まるで、『此処が一番浅く、脆い』という地点を、震源自体が意識的に探り、選択しているような……」

意識的な発露による、震源の沸点。

それは地球物理学という学問に対する、明確な反逆(パラドックス)であった。しかし、乱堂の脳裏には、九つの層が複雑に噛み合い、軋みを上げる巨大な歯車の機構が明確に描かれていた。

 

彼は怪しげな笑みを僅かに深め、窓の向こうの噴煙を一瞥する。

その瞳には、恐怖ではなく、未知の数式を解き明かそうとする狂気的歓喜(エクスタシー)が宿っていた。

 

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