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黄金と白銀の閃光が幾重にも交差し、空間そのものが沸騰した。
凄まじい光の質量が場を支配し、那の視界は瞬時にホワイトアウトした。
網膜が焼き切れるような衝撃と共に、全ての感覚が消失し、ただ意識の芯だけが暗黒の中に浮遊する。
だが、死の感触は訪れない。
代りに響いたのは、スキュラのそれとは明らかに異なる、地底の底から突き上げるような重厚な地鳴り。
それは、巨大な物体がこの世界の物理的な基盤を強引に押し広げ、質量を定着させた瞬間の音。
次いで、ファンファーレの如き――甲高く雄叫ぶような、重騎士の活声にも似た咆哮が、張り詰めた神域の空気を文字通り「分かつ」ようにして轟いた。
那の白濁した視界が、ゆっくりと、しかし確実に晴れていく。
砂嵐のようなノイズが引いていき、掠れた視界が物体の輪郭を認識出来るまでに回復したとき。
彼の眼前には、想像を絶する光景が広がっていた。
「……なんだとッ…!」
凱の驚愕の呻きが、遠く聞こえる。
那は一時、己が眼前の光景を理解できずに、ただ虚ろに目を泳がせた。
「あっ、アンちゃん…っ!?なんでっ…なんでっ!?」
伊藤の声には、驚きと共に、祈りにも似た震えが混じっていた。
そこに立ちはだかっていたのは、鉄錆色と銀灰色、茶褐色が混ざり合った、幾層にも重なる棘の鎧。
血の曼荼羅において中央に座し、完全なる球体として描かれていた存在。
『
その肉体は、曼荼羅の記述通りに丸まった躰を、今この瞬間、現実の重力の中で確かに延ばしていた。
獣の姿を形どった、全長約十数メートルに及ぶ、茶銀の
中生代の鎧竜を思わせる堅牢な外殻と、肉食恐竜の敏捷な四肢を併せ持ったようなその御姿。
全身を覆う棘の一本一本が、周囲の光を乱反射させ、まるで神殿を守護する生ける城塞のような威圧感を放っている。
アンは、自らの顕現によって粉砕された石畳の瓦礫を足元で踏みしめると、首をゆっくりと巡らせた。
那と、そして伊藤。
震える手で鎖を握り、自らの血で新たな「接続」を試みた矮小な人間たちを一瞥する。
その瞳には、スキュラのような無機質な狂気ではなく、もっと太古の、あるいは高次の知性さえ感じさせる、深い静寂の
アンは、再び甲高い猛り声をその場に響かせた。
それはスキュラという「主への忠誠の簒奪者」に向けられた、明らかな敵意と宣戦布告。
那の指先から流れた血、そして首に巻かれた鎖が媒介となり、本来なら「彼れ」の都合でしか現世に土着し得なかった概念生物――其れも、「彼れ」に忠誠の許、伊藤に贈られた存在が、那という観測者の意志に歪められ、不完全ながらも「こちら側」の肉体を持ってしまったのだ。
「…私が…呼んだのか」
那の口から、掠れた譫声が漏れる。
指から伝わる激痛と、目の前で展開される超常的な白兵戦の予兆。
彼の思考は完全に
スキュラが、突如現れた巨大な同胞を前に、さらなる憤慨の咆哮を上げる。
軟体動物の頭蓋を揺らし、粘膜混じりの飛沫を撒き散らしながら、巨猪はアンに向かってその巨躯を突進させた。
迎え撃つアンは、地面を深く抉り、低く構える。
背中の棘が、摩擦によって黄金の火花を散らし、空間がミシミシと音を立てて歪むと――其の背部の棘を、震動させ始めた。
神宮の静域は、いまや二頭の巨躯がぶつかり合う、神話の戦場へと変貌する。
那たちのすぐ数メートル先で、この世の物理法則を嘲笑う、肉と鎧の衝突が始まろうとしていた。
那の指先から滴る血は、まだ止まらない。
その血の一滴一滴が、この不条理な戦いを現実へと繋ぎ止める、唯一の糸となっていた。
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