ζ(Zeta)   作:AllZ:M

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呉爾羅組曲(ゴジラ・スイート) 楚歌(そか) 爾来交響(いふくべのうた) (いでたし、まことの災相よ)

 

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呉爾羅の巨躯が、顕れる。

阿蘇の峻烈な稜線から僅かに乖離した空間に穿たれた、仮称・槻御輿新火口の陥没より、沸騰する火砕流の粘性を強引に排斥しながら、其の全貌を現世へと顕現させた。

 

阿蘇外輪に位置する、火口周辺に展開されていた火山噴火の警戒監視施設、及びNEO:GQの前哨拠点は、流出する火成岩漿の圧力に抗う術もなく嚥下(えんげ)され、構造体としての分子結合を喪失。

既に地図上の座標から、其の痕跡は完全に抹消されている。

 

呉爾羅は、糜爛(びらん)に近いケロイド状の皮膚組織が幾重にも堆積した其の巨躯を(もた)げると、遥か南東の地平に漂う『予感』の所在を、不可視の視線で射抜いた。

 

其の眼窩には、現生生物が保持すべきレンズや虹彩(こうさい)といった視覚器は依然として構築されていなかったが、頭蓋の深奥より漏出するチェレンコフ放射の指向性(しこうせい)によって、空洞は不気味な白濁を帯び始め、擬似的な白眼の如き様相へと変質を遂げつつある。

 

其の口腔に列を成すのは、那がかつて夢寐(むび)の境界で視認した獣の牙を遥かに凌駕する、超硬度の多列歯(たれつし)

それは物理的な咀嚼(そしゃく)を目的とした器官というよりは、高エネルギーを外界へ指向させるための、不規則に生え揃った、エレクトロードの群体。

 

頭部後方から尾の先端にかけて、峻烈(しゅんれつ)な突出を見せる伍列の『鰭』が存在する。

まるで太陽の光へと向かって伸び勇む植物のように、垂直に天へと怒張し、周囲の大気をプラズマ化させ続けていた。

 

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呉爾羅は、いよいよ其の前途を上色見神宮という最終目的座標へ向けて、蹂躙(じゅうりん)侵攻を開始する。

 

頭頂高から脚爪にかけて、凡そ二百五十メートルという、現世の重力加速度を無視した体躯。

 

其れが一度、また一度と地表を踏み蹴る度に、大地は破局的な地鳴らしを誘発し、地質学的な絶滅を予感させる振動波を撒き散らす。

地は圧壊(あっかい)し、天すらも粉砕せんとする暴力的な轟音が、槻御輿村周辺、及び阿蘇カルデラ内の閉鎖された空間を反響し、既存の音響概念を破壊していく。

 

夜の帳は未だ明けていないにも関わらず、空は異常なまでの朱赤へと染まり、巨大な獣が世界を白亜紀へと「遡行」させるという、逆転のハルマゲドンの予感を、確固たるものとして固定させていた。

 

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時間という概念が融解(メルト)し、十数刻という微細な刻を経て、呉爾羅は外輪山最奥の秘域、第三千里ヶ浜(だいさんせんりがはま)付近へと到達した。

 

呉爾羅の足許では、数世紀の刻を掛けて根を張った古木が微塵(みじん)に薙ぎ倒され、地表には巨大な獣の足跡の刻印が刻まれていく。

其の度に大地は呻吟(しんぎん)を上げ、呉爾羅の背後に開口した火口の噴出口より、火砕流の残滓が微かな余韻を含みながら、再び吹き荒れる。

其の熱波は周辺の家屋を瞬時に炭化させ、文明の残滓を灰燼(かいじん)へと帰していく。

 

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真っ直ぐに、南東へと侵攻を続ける呉爾羅。

激しい地鳴りに魂魄(こんぱく)を削られ、其の異形を網膜に捉えた槻御輿村の住人達は、もはや逃避という選択肢を喪失し、自らの世界が再定義される瞬間を、否が応でも直視する事となった。

 

「な、何だ…っ、あれ」

一人の若者が、震える手に持っていた携帯機器を天へと掲げ、其の巨体を記録映像に捉えようとした。

 

だが。

「う、嘘だろ…っ」

眼前の破壊は、一面の真実であった。

薙ぎ倒された木々も、外輪山に深く刻まれた獣の足跡すらも、其れは現実を侵食する痕として、確かに現世へと刻印されている。

 

「目の前に、居る筈だろ…っ!?」

其の機械の光学レンズは、其の巨体を物理的な存在として認識していなかった。

 

液晶画面に映し出されるのは、其の巨躯が完全に透析され、実体の存在しない背景の中で、ただ熱波と火砕流だけが荒れ狂い、被害とともに燃え盛る無人の絵図。

呉爾羅という高次個体は、現代のデジタル観測系における量子閾値(りょうししきいち)を逸脱していた。

其れは、肉眼という原始的な観測器にのみ「意味」を強制する、情報の暴力。

 

地鳴りとともに、終焉が加速する。

ζの許たる、高次存在──呉爾羅が、歩を進める。

 

其の巨体が織り成す四面楚歌は、常に彼の眼窩より下方に在る。

 

元来の肉体が水泡に帰し、死を迎えた以後も、其の崩れゆく肉体の一部が空間歪曲へと呑み込まれ、其の圧倒的な再生力を以て、第零次元で進化を重ねた。

 

再び其の肉体が現世に顕る事を望んだ、嘗ての『ゴジラ』の肉片は、数多の並行的世界の只中で、人類という種の希望を、等しく塵芥(じんかい)へと帰し続けていた。

 

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