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其のさまは、圧巻の一様である。
呉爾羅の背部から天に突き登る背鰭は、後列から順を成して、『ちぇれんこふ』の光を蓄えていく。
物理的な限界値を超えて励起された光子が、強固な骨組織の隙間から溢れ出し、周囲の空間を不気味な青色へと染め上げていく。
瞳孔に存在する漏れた光が、通常時の幾倍にも輝き始める。
視覚的な光源ではなく、空間そのものが飽和しつつあることの、冷徹な予兆。
呉爾羅が其の強靭な口を徐々に開き、高熱が充満する内部の口腔を露呈させる。
顎は垂直に開かんばかりに開口され、両側を覆う其の強大な
その口腔の最深部には、現世の物理定数では記述不可能な超高密度のエネルギーの渦が定着している。
大気は原子レベルで強制的に分解され、超高温のプラズマと化したガスが、口腔の周辺で渦を巻いていた。
アンの肉体が、一瞬において、硬直する。
呉爾羅の喉奥から口元にまで、その不可逆な光の奔流が達したのを網膜が確認したのだ。
それは、確率論的な回避を許さぬ、絶対的な事象の確定に他ならなかった。
アンが衝動的に、自らの肉体を側方へと翻した、瞬時。
激しい衝撃波と共に、此の世界に於ける絶対的な破壊の一筋が、呉爾羅の口から放射された。
其の発射位置である、上色見神宮から約数キロ離れた其の場の針葉樹林が、重力制御の失効によって地面から剥離するようにして中空へと突き出される。
直後、純白の熱量によって炭化、消滅に至る。
大地は、直線上に放たれた其の破壊的な光と、其れに付随する超音速のブラストの到達とともに瞬時に抉れ、深さ数十メートルに及ぶクレーターを連続的に形成していく。
其れの通過した軌跡は、大気が完全に電離し、真空に近い断裂帯と化していた。
アンは、極限の演算速度によって、辛うじてその絶対的な射程の直線上から身を躱していた。
だが。
──瞬時、呉爾羅は発射体制を保ったまま、其の長大な鎌首をアンの回避座標へと正確に差し向けた。
絶対的な破壊の奔流が、泥濘を駆けるアンの肉体を追従するようにして、其の破滅の射程を扇状に伸ばしていく。
時空を焼き切る光の軌跡が、アンの背後に迫る。
アンの尾の先端と、左脚の一部を、其の超高熱の一筋がかすめた。
激しいエネルギーの干渉により、僅かな火花と炭化した鮮血の一部が夜空へと舞い散る。
肉体を構成する情報の記述が部分的に融解し、伝播した強烈な熱と痛覚のインプットによって、アンは其の場に激しく投げ出されるようにして、泥土の中へと頓挫した。
強固を誇る側面の甲殻すらも熱量によって歪み、その物質的安定性が急速に失われていく。
呉爾羅は其の様子を視認すると、発射を停止する。
口腔を閉じ、不可視の眼で其の様子を視認する。
如何に、如何に、何ゆえであるか。
再び存在したい、という実への叛旗は、如何にしても消し飛ばさなくてはならない。
そう捉えられる、怪獣としての生への渇望。
本能的な衝動を予感させる、呉爾羅の一様の行動は、高次存在が現世への回帰を望むという狂気を、孕み続けていた。
彼れにとって、この地平に刻まれる全ての記述は、自らの完全なる顕現を催促し、同時として阻害する不純物でしかなかった。
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時を僅かに遡る。
「ッだああーーーっ!?」
呉爾羅が、アンに向けて其の光条を発射した瞬間、運転席に座していた凱の視界は、一瞬にしてホワイトアウトした。
此処が昼であるのか、朝であるのか、死の瞬間の現世の残像であるのかさえ認識出来ない、網膜が焼け爛れんばかりの光が、眼前に炸裂する。
セダン車がスリップしそうになるが、死線を潜り抜けた今までの血涙を無駄にはせんと、凱は其のハンドルを強く握りしめた。
タイヤが泥を噛み、車体は強引に直進の軌道を維持する。
「ありゃあなんだ!? 伊藤さん!」
凱が伊藤に訊くと、伊藤は眉を顰めながらつぶやいた。
「…熱線、です…っ」
「…熱線?」
「彼れの、絶対的なまでの、破壊の作用……っ」
那は、第零次元で垣間見た其れを想起する。
呉爾羅──其れに近しい、或いは其のもの、オリジナルの肉体が放った、白熱の光。
然し、之れは其れよりも規模が甚大過ぎる。
現代の因果律において増幅を重ねたその破壊の記述は、かつて芹沢が見た過去の質量を遥かに凌駕し、世界を完全に破滅の位相へと塗り替えようとしていた。
「飛び道具なんて聞いてませんよ!?」
オクヤスが口を挟む。
「…私も、今の彼れが、熱線を放つ、とは…っ、思って、いなかった…っ」
伊藤は、未だ血で霞む其の指先を震わせながら、片腕で頭を抱えるようにして嘆いた。
今の呉爾羅は、其れだけ、人類の予測モデルを遥かに超えた速度で、その記述の深度を深めているのだ。
「…お冠って訳か」
凱が呟く。
「…で、でも…っ、彼にも、なんとか、判ってもらわなきゃ…っ、貴方を、彼れを、完全に殺そうだなんて、思って、いないって…っ」
伊藤は、震えていた拳を握り締めながら、決意を吐露する。
──彼女が編み出したのは、肉体を押し返さない、現世への土着に至るまでのプロセスと、其の凍結。
彼女は『対話』を諦める気など、さらさら無いのだ。
此の絶対的な驚異を前にしても、その瞳には、観測者としての、そして共生を望む者としての揺るぎない意思が宿っていた。
瞬間、である。
那の脚先に、僅かな痺れが疼いた。
神経系を直接微弱な電流が駆け抜けるような不快な感覚。
其れが、アンの傷の証左であることを、彼は勘づく。
高次結合された鎖、そして自らの血を分けた暴竜の肉体が、破壊の熱に晒されたという事実が、那の肉体へとリアルタイムでフィードバックされていた。
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セダン車はやがて、其の山道を潜り抜け、遂に槻御輿村へと飛び出した――筈、であった。
「…んだ、是れは…ッ」
凱は呆気に取られる。
車の制動をかける足が、その異様さに硬直していた。
那も其の光景を見て、思わず瞳を見開いた。
槻御輿――其の村の光景は、天にまで突き抜ける巨大なシダとメタセコイアの巨木によって、完全に覆い尽くされていた。
近代的な建造物や舗装された道路の大部分が地中へと押し流され、代わりに不自然なほど巨大化した古生代の植物群が、濃密な緑の障壁となって視界を遮っていく。
新の生態系が、此処に構築され始めている。
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