R8.3.28 前後編から短編に変更、今回はラーメン編へ。
─────伊落マリーというかわいい後輩がいる。
いやもう正直、かわいいなんて言葉で表していいのかわからないくらいとにかくかわいい。
シスターフッドというトリニティの中でもトップクラスに黒い噂のある組織に属する1年生でありながら、非常に謙虚で誠実な対応から周囲からの信頼が厚く、1年の中にはシスターフッドは不安だけどマリーなら、なんて理由で相談や懺悔を受けたりもするくらいだ。
俺だってあの優しい微笑みと落ち着いた雰囲気、柔らかな物腰で来られたら骨抜きにされちまう。
それにシスターをやっているだけあって非常に清楚。もう本当にキヴォトスの生徒なのかと疑いたくなるくらい女神なのだ。
謙虚で誠実で、優しくて清楚な女神。そんな存在がこのキヴォトスで、他に存在するだろうか。否、しない。
そして今日、俺はそんな彼女と─────。
「え、ジンヤさん……!?」
「おっ、来たかマリー。おはよ」
「お、おはようございます……」
彼女の声に振り向くと、そこには伊落マリー、彼女の姿があった。
あわあわと時計の時間を確認するマリー。それもそうだろう、
なにせまだ待ち合わせ時間の
「な、なんで……。まだ、待ち合わせの1時間前ですよね……?」
「まぁな。でもほら、マリーも1時間前に来るかなって」
「それは……」
まさにその通りだったわけだ。恥ずかしそうに
「ま、お互い相手のことを思ってのこの時間だ。その分、楽しもうぜ」
「ぁっ……。えっと、はい」
「それに、だ」
珍しいこともあるものだ。彼女の服装は、珍しく私服である。
グレー系のタートルネックに黒のロングコート。オーバーサイズな黒いプリーツスカート。ミドル丈のブーツ。そしてベージュのトートバッグ。
普段はシスター服か、もしくは本当に時々トリニティの無改造制服を着用しているだけの彼女にしては、非常に珍しいファッションに思えた。
「その服、どうしたんだ?」
「その、クラスの友人が、先輩と出かけるのなら着ていけと……」
選んでくれたのか、はたまた貸してくれたのか。どちらにせよマリーのかわいさが際立つナイスファッションである。その友人には感謝してもしきれない。
「あの、先輩……」
「ん、どうした?」
「手を、そろそろ……」
そう言われ、優しく撫でていた手をそっとどける。たしかに、少し不躾だった。だが、マリーは恥ずかしそうにしてはいるが、嫌がっているわけではなさそうで。
「その、彼女さんたちに、申し訳ないですからっ。そういったことは、ちょっと、困ります……」
「─────?」
潤ませた瞳をそっと伏せ、顔を背けるマリーに首を傾げる。一体彼女は何を言っているのだろうか。
だが、彼女たち。まさかとは思うがスイーツ部のことだろうか。
「─────ま、まてっ、俺は何もあいつらと付き合ってるとかそんなのじゃねぇぞ!?」
「─────違うんですか!?」
「どう見たらそうなんだよ!?」
猫耳をぴんと逆立てて驚くマリー。そこまで驚かれると逆にこちらが驚いてしまう。
だが驚いたかと思えば、今度は再びしおらしく、控えめにだがなんだから怪しい笑みを浮かべたきがした。
「そ、そうですか。違うん、ですね……」
「マリー……?」
「いえ、なんでもありません。お気になさらないでください」
「なら、いいんだが……」
「はい。─────それよりも、今日はどんなお店に連れて行ってくれるんですか?」
どうやら、気のせいだったようだ。再び花が咲いたように笑うマリーに、俺はササッとスマホを見せる。
“マリーが行ったことの無さそうなお店に行く”。少し前にシスターフッドの買い出しに付き合った際、そういう約束を俺とマリーは交わしていた。
どうにもスイーツ部のみんなは
「んー、ストイックなマリーが行かなさそうな、こう、欲望的なとこ?」
「欲望的、ですか……?」
「そそ。なんて言うかなぁ、欲望解放っ!みたいなとこ。伝わるかなぁ、このニュアンス」
「欲望を、解放……。……そ、それって……」
「まっ、いいから行こうぜ。どんなとこかは、着いてからのお楽しみだ」
「………………は、はい……」
スマホのナビを頼りに、何故か顔を伏せたままのマリーの手を取って歩き出した。
△
─────大変なことに、なってしまった。
私の手を取り、前を歩くのは少し前に知り合った高山ジンヤ先輩。
清潔感のある短髪に整えられた茶髪に左耳のシルバーのピアス。そして、あまりこう言うのもいい気はしないのだが、どこか軽薄そうで、常にヘラヘラとした軽いノリの男の子、というのが最初の私のイメージであり、私の周囲の共通認識だった。
トリニティ、それどころかキヴォトスでも珍しい男子生徒。それだけでも身持ちの固い方々は彼のことを毛嫌いしているほどで、特に彼が今の放課後スイーツ部の方々と創部された際は一部が拒絶反応を起こしたほどだった。
当然のようにシスターフッドにいた私のもとにも、そういった相談が舞い込んで来ることがあった。
そのため、初めて会った時は警戒したものであったが……。
『おっ、君が噂のマリーちゃん?』
『あっ……はい』
その日、彼は友人だというシスターヒナタに会いに来たんだと笑って言った。だが、どういう訳かその日、シスターヒナタは非番の休日であり、彼のモモトークでは既に帰宅してしまったのでまた後日、という話になったようだった。
しかしどういう訳か、彼は帰ることなく、ニヤニヤと笑いながら私に話しかけてきて。
『ねぇマリーちゃん、キミもシスターなんでしょ?もしよかったら俺のそーだんにも乗ってよ』
一瞬ヒヤリとした。それでもどこか、軽薄そうに見える笑いの中でも、瞳だけは真剣にこちらを見ていることに気がついた。
意外と悪い人じゃないのかも?そう思った私は思い切って彼の相談を受けることにした。そして─────。
『いやぁ、よかったよかった。ヒナタちゃんが上手くやれてるよーで』
『いえ、シスターヒナタにはいつも物品管理でお世話になっていますから。シスターフッドでそういったことにいちばん明るいのはシスターヒナタなんですよ』
『へぇ、そりゃすげぇ。あいつドジっぽいのによくやってんなぁ』
やはりと言うか、心配は杞憂で。彼はシスターヒナタの話を聞いてケラケラと、それでいて心底安心したように笑うだけでした。
それからというもの、私は彼にすっかり気を許してしまい、時折顔を合わせれば談笑したり、時には私のお仕事を手伝っていただくこともありました。
そんな中、彼は私に笑って言いました。
『マリーちゃんさ、ストイックすぎだって』
『ストイック、ですか?』
『そーそー。なんかほら、欲望とかないわけ?』
少し悩んだけれど、私はないと言い切った。そんなものに気をやられていてはいけないと、そう思ったから。
それでも彼はにへらと笑うだけだった。
『なら俺が、マリーが行ったことのないような店に連れてってやるよ。そこで、欲望を解放する気持ちよさってのを教えてやる』
『は、はぁ……』
付き合ってもらった買い出しの荷物の袋をまたひとつ、私の手から取り、最後に爽やかに笑った。
─────と、言うことがあったのが少し前のこと。
「んでさマリー、今日行くとこなんだけど」
「ひゃ、ひゃい!」
─────変な声出ちゃった……っ!
あの日私の手から荷物を取ったその大きな手で、私の手を包み込んだままの彼は不思議そうにこちらを見下ろしていた。
「どったん、ハライタ?もう少し先にエンジェルあるしトイレ寄っとく?」
「い、いえ、大丈夫です」
「そう?ならいいんだけど」
微妙にデリカシーのない彼。だが、そんなことはもはや関係ない。
彼は何かと私に“欲望の解放”という言葉を使っていて、私は特になんの考えもなくそれを受け入れてきた。
しかし、しかしだ。よくよく考えるとそれは、欲のなかでも
─────
そう思い、しかし私は彼を信じることにした。もしも、万が一のためにも身だしなみはきちんと整えてきたし、
だが、こうしていざとなると酷く緊張してしまっている自分がいた。これまでの付き合いでどこか彼に惹かれていた自分もいた。そして、そんな彼になら、と思ってしまう煩悩に負けた弱い自分もいた。
それでも。彼がたちどまり、ここだと言って建物に向かう。その声に、覚悟を決めた私はがばりと顔を上げた。
「─────っ!」
「ここが、俺のお気に入りだ」
─────そこには、手を解いた彼が、至って普通のラーメン屋を背に立っているだけだった。
△
「その、ゆっくり食えよ」
「………………」
「ほ、ほら、紙エプロンもあるんだし、汚れとか、気にしなくていいだろ?」
羞恥のあまり店の前でしゃがみ込んでしまった私は、重い足を引きずるようにして彼に連れられて入店した。
気がつけば彼と同じもの─────ラーメンとギョーザを注文してしまい、今は配膳されたそれを無言で食するだけだった。
確かに、なんとも“欲望に忠実”な食べ物だ。麺は炭水化物だし、スープもまた脂の浮いた豚骨というハイカロリー。そこにとろとろとしたチャーシューと少しのほうれん草、そして2枚の大きな海苔。
そして、少なめとはいえ、彼に入れられてしまった“ニンニク”が、これまたおいしいものにしているのだ。
「……マリーってさ」
「……なんですか」
彼は決して悪くはない。むしろ紙エプロンも水もササッと用意してくれた紳士なのだが、私は彼に少しキツくなってしまっていた。
─────悪いのは、勝手に勘違いしていた私だと言うのに。
「その口元隠して食べるやつ、かわいいな」
「─────っ!」
突然投げかけられた言葉に、思わず口にした麺を吹き出しそうになる。不意打ちに何を言い出すのだろうか、この人は。
「と、突然何をっ」
「いや、スイーツ部のやつらとかレイサとかマシロとか、色んなやつとラーメンは食いに行くけどさ」
……それはそれで釈然としないが。以外に真剣そうな彼の様子に続きを促す。
「マリーほど上品にラーメン食うやつもいないから、なんかすごいかわいく見える」
意図せず顔が暑くなる。傍から見ればきっと真っ赤になっていることだろう。しかし彼は、マシロは飛沫飛ばしながら食うし、だなんて何の気なしに笑っているだけ。
─────この人、1度痛い目に会わないとダメなんじゃないだろうか。
そんな黒いことを考えていると、気がつけばマリーの器から麺は無くなり、スープだけが残されていた。
「おっ、マリーもなくなったか」
そういう彼のラーメンも当然のようになくなっており、それを見て彼はニヤニヤと悪どい笑みを浮かべていた。
まだ食えそうだな。そういうと彼は店員に声をかけ何かを注文した。
「その、たしかにまだ多少は食べられますけど、一体何を……?」
「ん?今日の主役、的な?」
ラーメンを食べに来たのに、ラーメンが主役じゃない。また不思議なことを言い出したなと首を傾げていると、先程の店員がお盆を片手に戻ってくる。
そのお盆の上には、ご飯の盛られた小さなお茶碗がふたつ。それぞれ、を彼と私の前に置いた。
「えっと、これは……」
「ダイブ飯」
「だい、ぶ?」
こうするんだ。そう言って彼は残ったスープの中にお茶碗のライスを落とし込んだ。
そのままレンゲでそれをかき混ぜ、所謂おじややおかゆのようなものにし、それを一気にかき込んだ。
「ふぅ、こうだ」
あっという間に投入したライスと残ったスープを食べきってしまった彼は、マリーの器を指さして。
「よし、じゃあマリーも行ってみよう!」
「……はい」
─────たしかに、これは欲望的だ。
先程から気になる自身のニンニクの匂いに加え、明日の体重計という真の恐怖からめをそむけ、私ははしたなくない程度に、それでもできるだけ彼の真似をしてダイブ飯とスープを完食した。
お昼寝編とか後々書いてくかも。よろしくね。
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