……更新遅くて、ごめんなさいm(._.)m。
─────寒い。
ぼやける視界に動かない身体。大ぶりな雨粒にうたれ、そして身体を伝って水溜まりの中に溶けていく
腕も、足も、胴体も、防弾のはずが破れた制服からは深い傷がいくつも見える。敵の20口径、多分対物狙撃銃。それが肉ごと抉りとっていったんだ。それに多分、額も切れてる。流血に濡れた左の瞼がねっとり重い。
だが、不思議と痛みも熱もなかった。爆発によるやけども、銃弾が掠めて切れた傷も、カッと熱を持っていた貫通痕も、すでに何も感じなかった。
壁に寄りかかっていた身体が、そのままズルズルと滑り落ちていく。尻を着き、手を付き。だが、体に力は入らずそのまま横へ倒れこんだ。べちゃりという音と共に、俺の身体は水溜まりへと着水する。
─────不思議と水の冷たさを感じなかった。
「ひふ、み」
少し離れた所。新調したばかりだというのに砕けかれたスマホが落ちている。そこから伸びるキモイ顔面をした鳥のストラップ、ペロロ様とやらが泥に塗れていた。同じペロロの人形を抱きしめて微笑む幼なじみの顔が思い浮かぶ。
これじゃあ、約束していた来週のモモフレンズのワークショップには行けそうにない。いや、また心配かけちまう。怒られるかと不安になった。
「かずさ、れいさ」
2人もいて4人だったら、ここを切り抜けられただろうか。いや、こんな相手にアイツらを付き合わせるもんじゃない。
心底嫌そうな顔をするカズサと、そんな彼女にじゃれつくレイサのふたり。不良をボコしたカズサを俺が取り締まってやると、すっ飛んできたレイサが一緒に取り締まりましょうと笑う、なんていうやり取りが浮かんだ。
「せりな」
いつも俺を治療してくれる救護騎士団のセリナが、めっと指を立てて怒っている彼女が、今度こそ心配そうにこちらを見ているイメージが浮かぶ。流石の彼女も、ここまでの重症を治療したことはまだあるまい。
……いや、ゲヘナの生徒が潰れた缶詰みたいにされた話を聞いたことがある。もしかしたら、意外と冷静に対処されるかもしれない。
「いちか……つるぎさん、はすみさん……」
委員会ではよく俺とツーマンセルを組んでくれた正義実現委員会の同期が心配そうにこちらを見ていた。俺を鍛えようと袋叩きにするツルギさんとそれに呆れたように笑っていたハスミさんも、きっとこの惨状を見たら肝を冷やすに違いない。
結局、イチカの趣味も見つけてやれなかった。パルクールとか囲碁とか茶道とか、もっと付き合ってやりたかったのに。ツルギさんからは1本も勝てなかった。委員会いちの乙女な先輩は、異性の俺に恥ずかしがりつつもここまで鍛えてくれたのに、応えられなくて。情けない限りだ。それに、そうだ。ハスミさんのあのおっぱいも、1度くらいはこの手で─────。
「─────うっ、ゲホッ」
咳き込むと、粘ついた血が口から飛び出る。喉が粘ついて呼吸が苦しい。吐き飛ばすだけの気力もなくて、唇の端からたらりと垂らす。
試験前夜の詰め込み中みたいに、ガンガンと頭が痛む。それにもかかわらず、脳みそは考えることを放棄していて。今はもう、ぼんやりと向かいの壁を眺めることしか出来ない。
ついに、指先の感覚は完全に消えた。腕も足も、ピクリとも動かすことが叶わない。もはや。感覚のない肉の塊だ。
「もっと、あそびたかった」
「もっと、はなしたかった」
「もっと、もっと。まだ─────」
─────あ。
ふと、足音が聞こえた。水の上を跳ねて進む足音。それも複数だ。音の方へ顔を向けようとする。が、動かない。目も、霞んでよく見えない。
敵だったら、もしかしたら俺は捕虜にでもされるのだろうか。身代金の為に。もしかしたら、ここで殺すつもりなのかもしれない。ここまで痛めつけたんだ。それもありえるだろう。
内容はわからないものの、微かに話す声が聞こえる。そして音が近ずくにつれて、その声ははっきりと聞こえるようになり。
「─────居たぞっ!」
─────あぁ、ツルギさんの声だ。
「ジンヤ……っ!」
「ジンヤ!?大丈夫っすか!」
「これは……っ!セリナさん!」
「は、はいっ!」
「……酷い怪我だな。相手はジンヤがこうまでなるほどに強い。総員、分隊ごとでの行動を徹底しろ。下手人を引っ捕らえるぞ……っ!」
イチカだ。セリナにハスミさん。それに、みんなの声。増援は来たんだ。
「ジンヤ、しっかりして!」
「誰があんたをやったのさ!」
「先輩の私たちがとっ捕まえてくるから、特徴を!」
「離れてください!今はそんな受け答えが出来る状態ではありません!」
いきり立つ委員会の先輩達が押し寄せる中、手際よく寝かされ担架に固定される身体。意識の有無を確認しようとするセリナの声が聞こえる。俺は無事だと、なんとか答えようとする俺だしかし、どうにも口が回らない。
口説きのひとつでもなんとか。だがもちろんそんな言葉が口から出てくることはなく、そもそも考える脳みそが回らない。
「こんな、こんなっ。なんでっ。わたしはっ!」
─────スズミ。
泣きじゃくる彼女の声がぼやけて聞こえた。近づく救急車両のサイレン、セリナとイチカによってストレッチャーに固定された身体にムチを打つ。
─────こんなザマじゃ、“不退転”の渾名が泣くな。
なんとか彼女がいるであろう方向に顔を向け、俺は今できる最大限の笑顔を作り。
「─────たす、かった。すずみ」
「ぁ」
なんだ。喋れるじゃないか。まだまだ俺は、大丈夫そうだ。ついでに、俺の服を切り裂いて傷口の手当をしてくれるみんなに口説きのひとつでも言おうとして。
─────そして、俺は意識を失った。
△
「〜♪」
いい気分のまま口笛をふき、俺は校庭を歩いていく。何度観ても見事な庭園だ。確か今は園芸部と動物愛護部の共同制作だったか、犬や猫、うさぎを模した見事なトピアリーが並んでいた。
暑くもなく寒くもない適温だが、空を見上げればさんさんと太陽が輝いている。天気もいい。吹き抜ける風も心地いい。実に爽やかだ。まるで新しいパンツを履いたばかりの正月元旦の朝のようだ。
ぐぅっと伸びて腹いっぱいに空気を吸い込み、そしてふぅっと吐き出す。程よく暖かい日差しに心地のいい風、そして楽しい放課後という状況に、ぐっすりだった6限の眠気なんてあっという間に飛んで行ってしまって。
「─────待ってっ」
今日はアイリでも捕まえてコンビニのチョコミントアイスでも買いに行くかと考えていると、そんな俺に待ったをかける声。か細く掠れていて、咄嗟に出てしまったような小さな声だった。
「……ん?」
「あっ」
何だ誰だと振り向くと、そこには懐かしい奴がいた。あのころの黒とは違う、白とグレーの制服。白く長い髪に片翼の翼。
自警団に所属する守月スズミだ。
今は自警団でも名を馳せているんだったか。以前までの彼女は
「久しぶりだな。
「……はい、お久しぶりです。本当に」
バディ。そう呼ばれた彼女がせわしなく視線を彷徨わせ、そして静かに目を伏せる。─────まだ、随分と引きずっているようだった。
「なんだなんだ、随分と暗い顔だなぁスズミちゃん」
「いえ、そんなことは」
「いーや、そんなことあるね。去年、ずっとお前の隣で顔みてたんだぜ?気が付かないと思ったか」
「……ずっと、見ていたんですか」
「おう。だからばっちりわかんだぜ」
そもそも目合わせてくんないし。そういうと彼女は眉間に皺を寄せ、さらに顔を暗くしていて。
─────仕方ないか。あんなことになっちまったんだから。
ならば仕方ない。俺はひとつ手を打って彼女に1歩近づき。
「─────ほら、閃光弾みたいな笑顔を見せてくれよ」
「……ぁ」
冗談めかしてそう言ってウィンクをしてやると、スズミはぽかんと口を開け。
だがやがて耐えかねたように小さく吹き出し、口元を手で覆ってくすくすと笑い出す。
「─────もう、相変わらずクサい台詞ですね」
「クサいとかいうなよ。ショック受けちまうぜ?」
「なら、ダサいにしておきましょうか」
「それこそよしてくれ。キメといてその返しは、今度こそ死にたくなる」
「……もう、そんな事言わないでくださいっ」
「おう、悪い悪い」
タチの悪い冗談をこぼしてやれやれだぜとおどけてみせると、頬に赤みのさしたスズミは相も変わらず少しぎこちなさはあるが、ようやく微笑んだ。
「……ふふっ」
「ま、元気そうでよかったぜ」
「えぇ、そちらこそ」
「俺はいつでも元気いっぱいだぜ」
なんてったって委員会にいた頃とさっぱり変わった平和な日常を満喫してんだ。元気にもなる。
「そのようです。……それにしても、去年よりまた一段とテンションが高いというか」
「ん?」
言われて、あーと声が漏れる。
脳裏によぎるのは4人の後輩。それぞれの好きなスイーツを手に笑い合うのは、妹分のクロネコにちんちくりんにロマンバカ。そして、俺を
「……幸せそう、ですね」
「ん、そうか?」
「えぇ、とても。─────悔しいくらいに」
一瞬、目を伏せた彼女の顔が暗くなり、しかしまたそっと前を向いて微笑んだ。
「お互い、変わったということですね」
「そうだな……」
俺は負傷を理由に委員会を辞め、スズミも何かを理由に自警団として活動する道を選んだ。そりゃあ、お互いに変わることは変わる訳で。
「─────胸、おっきくなったよな」
「─────そういう所は、変わっていて欲しかったですね」
「んじゃほら。前よりも大人びて、かわいいよりもキレイって感じの笑顔になったよな」
「……そうでしょうか」
「おう、前よりも─────」
△
「じゃあな、スズミ」
「えぇ、また会いましょう」
「絶対だかんな?」
ニヤリと笑った彼は私に背を向け、ふらふらと片手を振って歩き出す。そんな彼の背中を、私はただ見つめていた。
最初に彼を見かけた時の膝の震えはもうなかった。仕方のなかったことだった、そんな軽い言葉で流すことの出来なかったそれを、彼と話してようやく受け入れられた気がした。
─────思えば、あれから随分と立ち位置は変わってしまった。
「バディ、ですか……」
もう戻ることは無いその関係。トラウマでありながらも時折夢想する、まだ正義実現委員会にいた過去の話。
のしかかるプレッシャー、彼が居なくなったことで馴染みにくくなったあの空気。まるで、私が助けを呼びに─────もしくは逃げ出したがために彼が重傷を負ったのではないかという極小数の意見。
個人で活動できる自警団を名乗るようになったあとも、時折嫌な目で見られることは少なくなかった。
だが、私は間違ったことはしていなかったと断言する。それは、何よりもあの時彼が望み、私も納得した判断だったのだから。
「……今は、そのことを思い出すのはやめましょう」
ベンチに腰掛け、目を閉じて思い出す。
今より少し近かった彼との顔の距離。今のにへらと笑う愛嬌のある顔ではなく、きりりと引き締まった男らしい、カッコうつけたようなあの顔。隣合って座った時に感じた体温と、手を取りあった時にどきりと跳ねた心臓の鼓動。思い出すことは少なくは無い。
しかし、私はまだ自警団として鉄火場に立ち、そして彼は既にそのステージを降りて平和を享受していた。
─────そう、平和。
「放課後、スイーツ部」
1年生4人と彼で構成される部活。曰く、スイーツとロマンのために活動する部活。彼女たちの存在が、彼とのやり取りが、その全てが眩しくて、そして、羨ましかった。
─────もし、あの事件がなければ、一緒にいたのは私だったかもしれないのに。
そんなことを、考えてしまうくらいには。
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