エデンの戦士が彷徨うのは間違っているだろうか   作:ノマド

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こちらの閑話は本編1話から5話間の裏話になります。


監視<後>

 ダンジョンの薄暗がりの中で、フェルズはまるで影そのもののように佇んでいた。黒衣が周囲の闇と溶け合い、その存在はほとんど感知できない。空洞の眼窩は、一点を見据える──シキと呼ばれる青年の背中を、決して離さない。

 

(先ほどの魔法……あれは一体何だったのか)

 

 心の中で呟く。記憶を辿るように、黒衣の下の指が微かに震える。先ほど、シキが唱えた魔法。詠唱はおろか、魔法陣さえ現れない。ただ、淡い光の粒子が舞い、幾何学模様が一瞬浮かび上がっただけ。通常の魔法体系では説明がつかない。いや、この世界の魔法の常識そのものを揺るがす現象だ。

 

 長い年月を生きてきたフェルズですら見たことがない、聞いたことすらない。まるで別世界の法則が、このオラリオに紛れ込んだかのようだ。シキという存在そのものが、疑問の塊だった。極東出身らしい風貌だが、その言動や振る舞いは、どこか浮世離れしている。丁寧すぎる口調、誰に対ても敬意を払う態度。

 

(ウラノスは……あの青年をどう見ているのだろう)

 

 かの神の判断は、常に計算尽くされている。だが、今回ばかりは読めない。いや、読もうとしていないのか。ただ、かつての功績に免じて、あるいは……何か別の思惑があってのことか。

 

 思考が巡る中、シキはゆっくりと歩みを進める。どうやら、今日の探索を終え、地上への帰還を決めたようだ。足取りは慎重で、常に周囲に気を配っている。

 

(警戒心は強い……やはり、ただ者ではないな)

 

 フェルズは微かに舌打ちしたい衝動を抑える。いや、舌があるかどうかすら定かではないが。ともかく、この監視は予想以上に骨が折れる。シキの動きは予測不能で、かつ学習速度が異常に速い。

 

神々の恩恵(ファルナ)による更新なしに、これほどの成長が見られるとは)

 

 常識では考えられない。いや、あり得ない。神々の恩恵(ファルナ)こそが、人がモンスターに対抗する唯一の手段だ。それの更新なしに、ここまでの急成長を遂げるなど、不可能に等しい。だが、現実は眼前にある。シキは確かに、強くなっている。戦闘スタイルだけでなく、魔法的な能力までをも、着実に自分のものにしている。

 

 シキが突然足を止め、杖を構える。前方の分かれ道で、新たな魔物の気配を感じ取ったようだ。フェルズも微かに身を潜める。次の瞬間、シキの周囲に淡い光が舞い──

 

「──バギ!」

 

 小声ながらも、力強い詠唱が響く。いや、詠唱と呼ぶにはあまりにも簡素だ。むしろ、呪文名を叫んだだけに等しい。それでも、風は渦を巻き、複数いたフロッグ・シューターを飲み込んでいく。

 

(やはり、詠唱なし。しかも風の攻撃魔法も……)

 

 フェルズの驚きは深まる。通常、魔法を発動させるには長い詠唱と集中力が必要だ。それなのに、シキはただ呪文名を叫ぶだけで、これほどの威力を発揮する。ましてや、魔法陣すら現れない。これはもはや、魔法とは呼べない何かではないか。

 

(無詠唱魔法……駆け出しのレベル1であろう冒険者が)

 

 監視を始めてから、幾度となく疑問が頭をよぎる。シキの正体。そして、彼が持つ力の源泉。ウラノスでさえ完全には掌握できていないこの力が、オラリオに何をもたらすのか。かつてないほどの興味と、同時に強い警戒心がフェルズの胸を駆け巡る。

 

 シキは魔石を回収すると、何事もなかったように歩き出す。その背中は、少しだけ自信に満ちているように見えた。わずか2日で、これほどの変化を見せるとは。フェルズは静かに息を吐く。いや、吐くふりをする。実際には、呼吸すら必要としない体だが。

 

(明日も……とにかく監視を)

 

 黒衣を翻し、フェルズはシキの後を追う。足音は立てず、気配すら消しつつ。まるで、影そのものが移動しているかのようだった。

 

 フェルズはその日の監視を追えて、4層にフロッグ・シューターが出現している件をウラノスを通してギルドに報告し対処を任せた。原因は大量発生の対応が不十分だったとのことで、ギルドでは責任追及と対応の会議で阿鼻叫喚になっていた。

 

 

ーー✳︎ーー✳︎ーー✳︎ーー

 

 

 翌日は昨日と同じく、採取をしつつも戦闘をこなし同じくギルドと道具店に換金をする変わり映えしない姿だったため夜は、宿泊中の様子も見るべきだと判断したフェルズ。シキが宿泊する宿屋の食堂に潜んでいた。壁際の影に溶け込み、じっとシキの様子を観察する。

 

 シキは1人で食事を取っている。質素なメニューだが、礼儀正しく、静かに食べ進める。

 

(姿勢を伸ばし器用にフォークを扱い綺麗に食事をする姿はやはり、教育の受けたそれだな。どこぞの上級階級出身か?)

 

 内心で呟きながら、フェルズは考察をする。戦闘中のあの激情とは似つかぬ姿。普段の生活で出る仕草は人の成り立ちを表すというが、この騒然の他の冒険者とは明らかに違う。

 

 周りの騒音を気にせず、ゆっくりと食事を味わっているのだろう。本人にとっては穏やかな時間が流れるが、その平穏は長くは続かなかった。

 

「おお、兄弟! 一人で寂しそうに食事か?」

 

 突然、楽器を持った酔っ払い。恐らく吟遊詩人らしき人物がシキに絡み始める。リュートを抱え、千鳥足で近づいてくる。シキは困惑した表情を浮かべるが、丁寧に対応する。

 

「いえ、特に寂しくは……」

 

「ははっ、遠慮するな! どうだ、一曲聴いていかないか?」

 

 周囲の客たちも、その様子を見て集まってくる。どうやら、この吟遊詩人、顔なじみでもない赤の他人のようだ。シキは困ったように周囲を見渡すが、誰も助け舟を出そうとしない。むしろ、面白がっている者ばかりだ。

 

「さあさあ、兄弟も何か演奏してみろよ!」

 

「そうそう、みんなで盛り上がろうぜ!」

 

 周囲の煽りもあり、シキは仕方なくリュートを受け取る。その手つきは明らかに不慣れだ。フェルズも少し興味を引かれる。戦闘や魔法とは違う、彼の別の側面が見られるかもしれない。

 

 シキは最初、ぎこちなく弦を弾き始める。音はまるで調子はずれで、周囲から失笑が漏れる。

 

「おいおい、それじゃあねえよ!」

 

「もっと上手く弾けよ!」

 

 シキは恥ずかしそうに俯くが、諦めない。何度か失敗を重ねるうちに、少しずつではあるが、音がまとまり始める。

 

(……おや?)

 

 フェルズは微かに驚く。シキの指の動きが、明らかに変化している。最初の不慣れさが少し改善され違和感はあるが確な動きへと変わりつつある。それに合わせて最初は散々だった旋律が、少しずつ違和感のない調べへと変化する。周囲の嘲笑も、やがて関心の声へと変わる。

 

「おっ……!? 少し上手くなったか!?」

 

「いや、変わってないだろ……」

 

 シキ自身も、自分の上達ぶりに驚いているようだ。しかし、指は止まらない。ほんの少しずつだが滑らかに動き、簡単な旋律を奏で始める。

 

(この学習能力……戦闘時と同じだ)

 

 フェルズは深く考察する。シキは、何かを学ぶ際、最初は不慣れでも、驚異的な速度で適応し、習得していく。魔法、戦闘、そして音楽……あらゆる面で、この異常なまでの適応力が発揮される。

 

(いったい……何者なのだ?)

 

 疑問は深まるばかりだ。通常の人間では、あり得ない成長速度。いや、神々の恩恵(ファルナ)を受けた者でさえ、ここまでの適応力は見せない。

 

 シキの演奏は、まあ素人の域を少し超えた程度のレベルにはなった。最初はからかっていた客たちも、ぼーと酔いと共に見守っている。酔っ払った吟遊詩人ですら、驚きの表情を浮かべている。

 

「……兄弟、引いたことあるのか?」

 

「いえ、初めてです……」

 

 演奏が終わると、食堂は聞きいっていた数人に拍手に包まれる。シキは照れくさそうにリュートを返し、席に戻る。その表情には、少しばかりの充実感が浮かんでいた。

 

(……ますます、興味が尽きん)

 

 フェルズは静かに影の中で呟く。シキという存在は、戦闘や魔法だけでなく、あらゆる面で非凡な才能を発揮する。いや、才能と呼ぶにはあまりにも異常だ。

 

 監視を始めてから、幾度となく感じた疑問。そして、今日の観察で、その疑問は確信へと変わりつつある。シキは、オラリオの常識を覆す存在だ。おそらく、彼の持つ力は、この世界における神々の恩恵(ファルナ)とは全く別の体系に基づいている。

 

(まだ1日残っているが一旦ウラノスに報告する必要があるな……)

 

 フェルズは静かに食堂を後にする。影の中へと消えながら、最後にシキの姿を一瞥する。彼は再び1人で食事を続けており、先ほどの熱狂はまるで嘘のようだ。

 

(あの青年……一体何を考えているのか)

 

 直接問いただしたい衝動を抑え、フェルズは闇の中へと消えた。

 

 

ーー✳︎ーー✳︎ーー✳︎ーー

 

 

 地下神殿の奥深く、漆黒の玉座に座するウラノス神の前に、影から静かに姿を現したフェルズ。その動きは微風よりも軽く、石造りの床に足音一つ立てることはなかった。ウラノスは玉座に深々と座り、目を閉じたまま微動だにしない。周囲を囲む灯篭の炎だけがゆらめき、不気味な影を壁に映し出していた。

 

「監視は終わった」

 

 フェルズの声に反応し、微かに顎を動かすだけで応えた。深い皺に覆われたその目は開かれないが、確かに最も信頼する部下である者を捉えている。

 

「現時点では、闇派閥(イヴィルス)の手先である可能性は低い」

 

「その振る舞いは世間知らずと言っても過言ではないほど純粋である。誰に対しても丁寧な言葉遣いを忘れない。食事の際の所作や日常の動作からは、きちんとした教育を受けたことが窺える。おそらくは上級貴族、あるいはそれに類する家系の出身だろう」

 

 フェルズは黒衣の袖から手を差し出し、指を一本立てた。

 

「だが、そこにはどうしても拭いきれない違和感が付きまとう」

 

「ふむ……」

 

 ウラノスがようやく口を開いた声は、地下神殿の冷たい空気を震わせた。

 

「現時点では、目立つことを避ける傾向が強い。加えて自らの異質さを自覚し、他の冒険者のとの接触も最小限に留めようとしている」

 

 そういった注目はされたくないと考えているのだろうとフェルズは補足する。

 

「しかし」

 

 フェルズの声にわずかな緊張が走る。

 

「それでも問題は彼の持つ力だ。あの異質な能力は、いずれ必ず誰かの目に留まる。特に闇派閥(イヴィルス)の連中が気付けば、碌なことにはならないだろう」

 

 祭壇の間には重い沈黙が流れた。部屋を照らすともしびの炎が揺らめき、壁面の影がゆっくりと動く。ウラノスは深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。その息は、千年の時を超えた神のため息のように聞こえた。

 

「このオラリオで冒険者が認知される経緯には、神会(デナトゥス)が重要な役割を果たす」

 

 ウラノスは目を開けずに話し続けた。その声には、この街の仕組みを熟知している者だけが持つ確信があった。

 

「神々が冒険者の2つ名を命名し、ギルドがレベル到達と共にそれを公表するが……」

 

 一呼吸置いたウラノスに対してフェルズは答える。

 

「……参加資格は、レベル2以上の上級冒険者を擁するファミリアの主神に限られる」

 

 フェルズは、黒衣の下で微かに体を硬くする。その様相はウラノスが言いたいことを察しているようだった。

 

「【エデン・ファミリア】に関しては、これに参加する以前にエデン自身が不在。直ぐには認知されまい」

 

 ウラノスの声には揺るぎない確信があった。その歪みによる弊害が、このオラリオを包んでいるともと言わんばかりだったが。

 

「神界の頃から交友のある神々同士の交流、様々な系統のファミリア間でのやりとり。神会(デナトゥス)の場であっても主となる多くは自らのファミリアを成り立たせる眷族の誇示し合い。これこそが、このオラリオでの富や名声、地位の礎となる根幹部分」

 

「……そして今地上に降臨している神々で、エデンを知るのは私くらいだ」

 

 ウラノスの指摘に、フェルズはどうなるかを今一度考えて答える。

 

「人の口には戸が立てられない、いやこの場合は()()()()()()()()()()()()()……か」

 

 フェルズは、長い時を生きた中で見てきた神々のそういった傲慢さ、軽々しさ、楽観さを思い出す。全ての神々がそうだとは言わないが、神としての権能を制限されているが故に自らの存在を表現するために愛する眷属(子どもたち)の誇示に固執する歪さも。そして、眷属のレベル到達や達成した偉業を宣伝する神々の()()は、人より噂話の伝達の速さは勝るとも。

 

 逆にそれがなければ冒険者として名が知れ渡るにはそれなり時間を要する、それらを連想するフェルズに対しウラノスは話を続ける。

 

神々の恩恵(ファルナ)の更新や報告ができない以上、どれだけ力を付けようとも、功績を上げようともギルドが正式に記録し公表することもない。これがあの者の望むところなら、むしろ好都合だろう。我々としても、表立って干渉する理由はない」

 

 ウラノスは瞑想し続けていた姿勢を崩し、目を開けて再度フェルズを見つめる。その内心を見透かすかのように。

 

「お前の言う通り富や名声なども興味を持たず、その身に宿った力を異質さを自覚し自身を守れるように奔走している」

 

 何度か遠目で、ギルドに訪れた際に確認したがと補足するウラノス。

 

「神々含めて注目される頃には、ある程度自衛し一定の優位が立てる()()()には至っているだろう」

 

「……ウラノス、あの青年が持つ力について何か知っているんだろう?」

 

 フェルズは腕組みをし、長い間仕えてきた神にも臆せず問う。最初から知っていたのはフェルズもうすうす気づいていた。そこまで断言できるとするならば、自ずとみずから白状しているようなものだと。

 

「ここで貴方(あなた)に魔石を渡す際も使用していた、物を出し入れするスキルでも魔法の類でもない()()。使う魔法に至っても詠唱が必要なし……これはエデンによる特殊な神々の恩恵(ファルナ)によるものなのか?」

 

「私が知る神々の恩恵(ファルナ)は、経験値《エクセリア》を神が抽出し、それを『器』である眷族の背中に刻み、その成長を『更新』という形で()()()するというものだ」

 

 フェルズは黒衣の下で指を絡めながら、ゆっくりと考察を口にする。彼の声は低く、石造りの壁に反響して、どこか冷たく響いた。

 

「魔法やスキルは、その過程で『発現』する。魔法の詠唱や魔法陣、スキルの発動条件はそれらを制御し引き出すための『回路』として機能する。しかし……」

 

「奴が作った()()は違う」

 

 ウラノスの声が響いた。フェルズは微かに眉を上げる。

 

「奴が見せたそれには、そのような『回路』は必要なかった。魔法や、スキルは『言葉』や『意志』だけで発動した。またそれらは『発現』という過程ではなく、最初から内包されていた。まるで……人という器の中に、最初から設計図が組み込まれ、経験がそれを『解錠』していくようなものだった」

 

「……設計図」

 

 フェルズはその言葉を噛みしめる。長い年月、魔法と神秘を探求してきた者として、その意味の重大さを理解していた。

 

「自らの()を分け与えることで授ける神々の恩恵(ファルナ)。それは我々神々の()()を以て、人の潜在能力を()()させるものだ。しかしそれは一種の……祝福であり、同時に枷でもある」

 

「枷?」

 

 フェルズの眼窩の光が一瞬、強く輝いた。

 

「成長の方向性をある程度規定することによって効率を高めるが、同時に可能性の幅を無意識の内に狭めてもいるのだ」

 

 ウラノスの声は低く、冷静な分析の調子を保っていた。

 

「しかし、エデンが考えていたのは違った。奴は言っていた……『神の血などなくとも、人は自らの力で()を満たし、溢れさせることができる。必要なのは、きっかけだけだ』と」

 

 フェルズの黒衣の下で、指が微かに絡み合った。長い年月を生き、無数の魔法や冒険者の成長過程を見て来たものにとって、これは極めて興味深い、そして危険な香りのする話だった。神の関与を最小限に抑えた成長?それは、今日におけるこの世界そのものの否定に繋がるからだ。

 

「つまり……神々の恩恵(ファルナ)は、あくまで()()()()に過ぎないと? 本来、人は自力でそこに到達できる可能性を秘めているのに、神がそのプロセスを短絡化しているだけだと?」

 

「加速装置……か。なるほど、良い喩えだ」

 

 ウラノスの口元が、かすかに、ほとんど認識できないほど緩んだように見えた。それはこの厳格な神が示す、最大級の感情の表れだった。

 

「現在の神々の恩恵(ファルナ)は、神の()を媒介として、眷族のステータスを()()し、それを()()する。そして、蓄積された()()――()()を以て、その器そのものを拡張する。まさに、神の手によって設計された、効率的で安全な成長システムと言える。迷いも、遠回りもない」

 

「だがエデンが目指したものは、それとは逆だった。神の手を極力排し、人が自らの内に眠る()()()の種に気付き、自らの力でそれを育むこと……ただ、その()()()のきっかけを、ほんの少しだけ与えること。あとは、本人の選択と努力に委ねる。失敗の可能性も、道に迷う可能性も、現在の体系よりはるかに高い。しかし、成功した場合の()は、規格品とは比べ物にならないほど個性的で、強靭かもしれない」

 

 フェルズは深く考え込んだ。シキの姿が脳裏に鮮明に浮かぶ。ダンジョンでの、あの異常なまでの学習速度。魔法陣も詠唱も必要としない、本能的な魔法の発動。楽器でさえも、わずかな時間で扱い方を覚えてしまう適応力。まるで……あらゆることを吸収する無色透明の海綿のようだった。

 

「つまり、神々の恩恵(ファルナ)は、人が本来持つ『設計図』を読み取り、神の力で無理やり『更新』と『最適化』を施すことで、その成長を加速させるもの……」

 

「神々が、まだ地上に降臨せず観察していたあの時代。地上に現れたモンスター達に立ち向かっていた()()()。あれに誰もが惹かれる中で奴だけは違っていた」

 

 ウラノスの声には、かすかなため息が混じっていた。

 

「誰もがこぞって直接的な導きを与える中で、人が本来持つ()()()を少しだけ後押しし、それが如何なる花を咲かせるか──ただ静かに見守るべきと……しかし」

 

 そしてウラノスは少しの間、沈黙した。灯篭の炎がゆらめき、彼の無表情な顔に刻まれる陰影が、神々の集う広間の荘厽さを一層際立たせる。フェルズはそこで、ここまで長い間話すウラノスは今まで数えるくらいしかないことに気づく。自分を見ているようでどこか遠くを見ている錯覚も覚える。

 

「奴は下界に降り立つ前から……それを唱えていたが、多くが賛同しなかった」

 

 再度沈黙を破り、ゆっくりと再び話始めたウラノス。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()と、()()()()()()()()()だと、周りからは責め立てられな」

 

「……」

 

 フェルズは長い時を生き、確かにそうとも思えるような場面に何度も遭遇している。しかし今のオラリオの状況を引き起こしているのは……昨今の神々の行動にも思うところもある。故にエデンの考えと、他の神々の言い分はどちらも的を射ていると。

 

「その考えを持ち続けた故に孤立し……最終的に友人であり奴から持ち掛けられた後共に共同開発していた私が引き継ぐ形となり、地上に降り立った後神々の恩恵(ファルナ)を定義付けた」

 

 加えて最終的に経験値(エクセリア)を主神が抽出し、己が眷属の()を更新して最適化(導いていく)する今の形となったがなと補足するウラノス。表情と声は依然として変わらないが、長い付き合いのフェルズにとっては己自身を皮肉るような悲壮さがほんの少し見えた気がした。

 

 長い付き合いだとは思っていたが貴方(あなた)にもそんな雰囲気が出せるのか……と言うことは出来なかったフェルズ。この神の名は世界中に知れ渡っている。初めて地上に降臨した神であり、神々の恩恵(ファルナ)の生みの親でもあるこの世の眷属の生みの親とも言える。

 

「その孤立した神の眷属が、今のオラリオに現れた……これが偶然と言えるのか?」

 

 明らかに友人と言える以上の関係だったのだと確信したフェルズ。これが全てではないのだろう。しかしひたすらに冷静沈着かつ荘厳かつ厳格な目線で物事を図っていた神に、初めて別の側面を見せたウラノスに対して……直接的な言い回しはできなかった。

 

「……言わんとすることは分かる。友人であった私の言葉では信用ならんかもしれんが奴は戦神の系譜でありながら、()()の神格に至った者。その性格は温厚篤実。ひたすらに相手の立場を考えて献身的に務める、愛の化身と呼べる神だった」

 

「表裏なく実直な性格故に計略や策略など、とてもだが実施などできまい……加えてところどころ抜けている部分もありそんなことをすれば逆に喜劇とも言える惨事を引き起こす。奴が引き起こしたあれらの鎮圧にどれだけ苦労したことか……」

 

 フェルズは黒衣の袖の中に両手を隠し、指を絡めながら思考を巡らせた。800年という長い時を生きてきた彼ですら、このような話は初めてだった。神々の恩恵(ファルナ)の本来の原型の力。人が神に頼らず、自らの内なる可能性を開花させるシステム。それは彼が賢者の石を求めて探求してきた道――神秘の高みに到達しようとする試みの軌跡を辿った者としては否定できなかった。

 

 しかし現在の冒険者社会は、神々の恩恵(ファルナ)を中心に、精巧に、そして堅固に回っている。ファミリアの階層構造、ギルドによる冒険者管理とダンジョン統制、神々の絶対的な権威……全てが、神が与える恩恵という一点を前提として成立している。それは一種の生態系であり、そのバランスは千年かけて築かれてきた。

 

 そこに、神の力を必要としない、神の管理さえも受けない成長体系を持つ者が現れたら? もし、その方法が再現可能かもしれないと知れ渡ったら?

 

「シキがその力を完全に掌握し、周知されることになれば……神々の間にも、大きな波紋が広がるだろうな」

 

 フェルズは呟いた。

 

「賛同する神もいれば、脅威と感じる神もいる。特に自らのファミリアと権威を何よりも重んじる神々は……」

 

「故に、静観する」

 

 ウラノスが言った。その声には、揺るぎない決意が込められていた。

 

「少なくとも、自らの足で立つだけの力をつけるまでは。エデンとの旧交もあり、また……私個人としても、あの頑固な友が最後まで拘ったものが、どのような結実を見せるのか、純粋に興味がある。神々の恩恵(ファルナ)という『完成された答え』以外の道が、果たして存在しうるのかを」

 

「それは……」

 

神々の恩恵(ファルナ)の原型を作った功績と……神々の思惑によって不安定になった今のオラリオを予見し警告もしていたであろうエデンへ向けての、ギルドが示す公平性だ」

 

「しかし、闇派閥(イヴィルス)が気付いた場合――」

 

 フェルズは警告するように言った。

 

「奴らは、そのような力を利用するためなら、手段を選ばない。拉致し、実験材料にすることも厭わないだろう」

 

「その時は、適切に処理する」

 

 ウラノスの声に、冷たい、しかし確固たる確信が宿った。周囲の空気が一瞬、僅かに震えた。神の威圧が、無意識の内に漏れたのだ。

 

「今のこのオラリオに残る選択をした以上覚悟はしているはずだ。あの者が力を扱いきれず過ちを犯した時を含めて、このオラリオを管理するものとして私情は挟まずに裁定を下す」

 

 フェルズはその言葉を噛みしめた。今回ばかりは、単なる計算や興味だけではない何かが感じられた。古き友への、静かなる思いやりか。あるいは、かつてエデンと共有したかもしれない、『別の道』への淡い期待か。

 

「異論はない。……監視は続けるのか?」

 

 しかし、ウラノスは計算尽くの神だ。常に冷静に状況を俯瞰し、感情に流されずに最適な手を打つ。少なくとも、この言葉でそう判断したフェルズ。

 

「ああ。ただ、しばらくは良い。ひとまずはこれまで通り闇派閥(イヴィルス)の調査含めて、異端児(ゼノス)らと共にダンジョン内の対応に当たれ。お前が先日報告したフロッグ・シューター含めて明らかにバランスが崩れつつある」

 

 ウラノスはゆっくりと目を閉じ、再び深遠な瞑想の姿勢に戻った。微かに光る魔晶灯の明かりが、彼の神々しい横顔を浮かび上がらせ、また深い影を落とした。これが会話の終了の合図だった。

 

 フェルズは深く一礼すると、その場に佇む影が微かに歪んだ。次の瞬間、彼の姿はぼやけ、闇そのものと同化していった。黒衣が周囲の暗がりに溶け込み、その不気味な存在感は祭壇の間から完全に消え失せた。残されたのは、ウラノスだけが発する微かな気配と、石壁から滴り落ちる永劫の水滴の音だけだった。

 

 地下神殿の複雑な迷路のような回廊を、フェルズは音もなく移動していた。彼の足は地面に触れず、まるで闇の上を滑るように進んでいく。

 

(原初の恩恵……人が神に頼らず、自らの内なる可能性を開く力)

 

 その概念は、フェルズの胸中で複雑な反響を呼び起こした。彼自身、永遠の命という究極の可能性を求めた。賢者の石の完成――それは人間が持つ可能性の頂点とも言え、神々の領域に人間の力で到達しようとする試みだった。

 

(シキ……お前は、エデンが夢見た()()を体現する者なのか? それとも、単なる偶然が生み出した、危険な異物なのか?)

 

 彼の心には、相反する感情が渦巻いていた。鋭い警戒心。燃えるような好奇心。そして、長らく忘れていた、微かな期待の灯り。暗黒期と呼べる今のオラリオ。ダンジョンのバランスが崩れ、モンスターの脅威が増し、闇の勢力が蠢くこの時代に、新たな光――いや、光というよりは、既存のあらゆる色に染まらない()()の存在が現れた。

 

(彼が成長し、その力を知る者が増えれば、オラリオは確実に変わる。神々の恩恵(ファルナ)を絶対の前提とする現在の秩序は、根本から問い直されるだろう。それは混乱を招くかもしれない。しかし……同時に、新しい可能性を開くかもしれない)

 

 フェルズは地上付近の出口に近づいた。階段の上方から、街の喧騒がかすかに聞こえてくる。人々の笑い声、商人の呼び声、様々な生活音……それら全てが、神々の恩恵(ファルナ)という土台の上に成り立つ日常の音だった。

 

 影のような存在は、階段を上り、再び活気に満ちた街路へと戻っていった。太陽の光が差し込むが、フェルズは建物の影や路地裏を選んで移動する。彼の監視は続く。表の世界の喧噪の裏側で、暗がりに身を潜めながら。そして、やがて訪れるであろう波乱の日まで。

 

(これから、オラリオはどうなっていくのか。シキという()()は、この街を、そして世界を、どこへ導くのか……)

 

 フェルズは深くため息をつき、その場からゆっくりと離れていった。その姿は人混みに紛れ、やがて完全に見えなくなった。監視はまだ終わらない。いや、むしろ、本当の監視はこれからなのかもしれなかった。




独自解釈マシマシな内容になってしまいました。この世界における神々の恩恵(ファルナ)と、エデン印の神々の恩恵(ファルナ)の違いをどうしてもそれとなく説明したくて……色々考えていたらまた時間掛かってしまいました。まあもしドラクエ形式が広まっていたら普通にヒャッハーな世紀末世界になってたと思うので普通に英断です(なお、邪神や神々による暗躍被害)。

ホント、時期が悪いんです。ベルが訪れる頃だったら一部の神に気を付けて、こそこそ力をつければそれなりの余裕を持てるはずだったんです……。というわけでタイムリミットありの異世界攻略となります。

ひとまず、これで本編に戻ります。
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