エデンの戦士が彷徨うのは間違っているだろうか 作:ノマド
1話:目覚メ
冷たく湿気を含んだ岩肌の感触が頬全体に密着する。
そんな感覚の中、まぶたをゆっくりと開けた。重たくて湿った暗い空気が鼻から肺の奥まで染み込み、天井の岩棚から滴り落ちる水滴が地面の小石に叩きつけられる音だけが、狭く閉ざされた洞窟の中を不気味に往復している。
横たわる地面の硬さと骨身まで染みる冷たさは、まるで自分が墓場の棺桶の中に閉じ込められたような絶望感を、胸の奥底からギュッと押し上げてきた。
「……ここは、どこだ?」
喉の奥がカラカラに渇きながら、囁くように声を出した。最後に記憶に残っているのは、深夜のオフィスで期限が迫った書類と格闘していたことだ。パソコンの青い冷たい光が疲れ果てた目を刺し、半分残ったブラックコーヒーのカップが机の端にグラグラと転がりそうに置かれていたはずだ。
なのに今、横たわっているのは小石と埃まみれの洞窟の地面で、身に着いているのは肌にザラつく粗末な麻の布地の服と、みすぼらしい革靴。手のひらには何げなく木の棒が握り込まれており、その表面に刻まれた木目の凹凸が指先にくっきりと伝わり、この状況が夢ではないことを否応なく認めさせた。
(……夢なのか? でも、この冷たさも木の棒の感触も、あまりに現実的だ)
不安が胸をギュッと締め付ける。鼓動が耳元でどんどん高鳴り、冷や汗が首筋を伝って背中の麻の服に染み込んでいく。暗闇の中を手探りで体を起こし、壁に寄りかかりながら前を見ると、遠くの洞窟の奥からかすかな明かりが漏れているのが見えた。その光は、暗闇の中に浮かぶ一粒の星のように、わずかな希望を心に抱かせてくれた。
足元の小石が靴の底でキュッキュッと軋む音だけが洞窟に反響する。壁に手をつきながら一歩一歩と進んでいたが、突然、暗闇の影からギャオッという鋭い咆哮が響いた。次の瞬間、人間大な影が飛び出してきた。
「え!?」
それは人狼のような姿をした二足歩行の怪物だった。灰色の粗い毛皮が体全体を覆い、頭からは三角形の尖った耳がピンと立っている。赤く獣のように輝く目が自身を睨みつけ、開いた口からは鋭い牙がギラギラと光り、荒い息遣いのハアハアという音が鼻腔を刺激する。爪先が黒く尖った手をパチパチと鳴らしながら、足音を立てずにこちらの方に忍び寄ってくる。
本能的に振り向いて走り出した。洞窟の壁に肩が擦りむけても気にならないほど、足を奮い立たせて暗闇の中を疾走した。背後からは怪物の軽やかな足音がすぐに迫ってくり、鋭い爪が背中の麻の布をガリッと裂き、肌に細かい痛みが走った。慌てて曲がり角を回り、その先には厚い岩盤が立ちはだかる行き止まりが見えた。
「くそ……逃げ場が……」
背中を冷たい岩に押しつけ、退路を断たれた絶望が胸を締め付ける。怪物がゆっくりと曲がり角から姿を現し、赤い獣目をギラギラさせながら囲い込む。覚悟を決めて手に握っていた木の棒を構え、震える腕を必死に抑え、慌てた呼吸を整えようと胸を大きく膨らませる。
「来い! かかってこい!」
怪物は咆哮を上げて一気に飛びかかってきた。鋭い爪が顔面のすぐそばをかすめ、髪の毛が切り取られるチクッとした感触を受けた自身は、咄嗟に体を横に避け、木の棒を全力で振り回した。ゴンという鈍い衝撃音が響き、怪物は一瞬怯んで後ろに一歩ずさりした。手首に伝わる衝撃は予想以上に強く、腕が痺れるような感覚が残った。
「効いた……のか?」
しかしその隙も一瞬、怪物は怒り狂ったように再び咆哮を上げ、唾液を飛び散らせながら襲いかかってきた。牙をむき出しにした様子は、まるで理性を完全に失った狂戦士のようだった。
「ちっ、しつこいな!」
何度も木の棒と怪物の爪をぶつけ合った。腕の力は徐々に抜けていき、息がどんどん上がってくる。深夜までオフィスで書類を処理していたサラリーマンの体には、こんな激しい運動は到底耐えられない。肺が焼けるような痛みが走り、足腰はガクガクと震えて立ち続けるのも精一杯だった。
「はあ……はあ……もう限界か……」
その時、怪物が一歩踏み出した瞬間、足元の小石につまずいて前足を滑らせ、体が一瞬バランスを崩した。その一瞬の隙を逃さない。全身の力を込めて木の棒を頭上から振り下ろした。決定的な一撃が怪物の頭部に直撃し、ギャーという悲鳴のような声を上げながら地面に倒れ込んだ。ドスンという鈍い音と共に体を横たえ、その後は一切動かなくなった。
(や、やったのか……?)
胸を撫で下ろして安心した瞬間、突然頭の中でファンファーレのメロディーが鳴り響いた。聞きなれたあの曲に、思わず目を見開いた。目の前には、突然半透明の画面が浮かび上がっていた。洞窟の岩の風景が透けて見える不思議な光景に、目を疑って何度もまぶたを揉んだ。
「まさか……これはドラゴンクエスト?」
信じられないまま画面を見つめると、そこにはお馴染みのステータス画面が表示されていた。黒背景・白枠に白文字は、古き良きファミコン風。
ーーーーーー
【シキ】
レベル:2
HP:28/28
MP:3/3
職業:なし
かけもち:なし
ゴールド:10G
習得呪文・特技:なし
【装備】
ひのきのぼう
布の服
布の靴
ーーーーーー
職業……
(装備欄にあるのは、ひのきのぼう……)
手元の頼りない棒を見ると、確かによく見るとゲームのアイテム欄にあったイラスト通り。なんとも頼りない武器だが、あんな化け物を倒せた以上現状自分の命綱と言っていいだろう。
さらに指先で職業の部分に触れると、薄い電気のようなビリッとした感触が指先を伝い、画面がスムーズに反応する。さらにメニュー画面が展開されて、リイマジンドの画面ではない。あくまで黒背景に白文字の昔ながらのレイアウトに置き換わっている。
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戦士 ☆☆☆☆☆☆☆☆
武闘家 ☆☆☆☆☆☆☆☆
魔法使い ☆☆☆☆☆☆☆☆
僧侶 ☆☆☆☆☆☆☆☆
踊り子 ☆☆☆☆☆☆☆☆
盗賊 ☆☆☆☆☆☆☆☆
吟遊詩人 ☆☆☆☆☆☆☆☆
船乗り ☆☆☆☆☆☆☆☆
羊飼い ☆☆☆☆☆☆☆☆
笑わせ師 ☆☆☆☆☆☆☆☆
????
????
………………
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(戦士、僧侶、魔法使い……けど上級職はさすがにない)
基本職はしっかりと揃っている。それより下の細かい項目をスクロールしてみると、?マークがずらりと並んでいる。上級職は条件を満たすと表記される仕様だったから、今の自分にはまだ開放されていないのだろう。この細かい設定までゲームと同じなのに驚きを隠せない。横にはステータスの補正値と自身の各種ステータス値の変化値を確認できた。
幸いなことに、どうやら職業をちゃんとゲーム通りセットできるようだ。この危険な場所で生き延びるためにはこれは必須だ。現代日本サラリーマンなんかがあんな化け物を倒せたのは偶然。この先他にもわんさか出てくるなら選ばない選択肢はない。危険性とか検証とかは二の次。この世界が魔物ひしめく
すぐに指を伸ばし、職業をセットする。すると金色の光が指先から流れ出し、まるで生き物のように螺旋を描きながら腕を伝い、やがて全身を包み込むように広がる。その光は温かく、心地よい重みを伴って肌を撫で、まるで祝福のような感覚が体中を巡った。
「……ッ」
次の瞬間、全身に力がみなぎるのを感じた。筋肉が締まり、これまで感じたことのないほどの活力が内側から湧き上がる。呼吸が深くなり、心臓の鼓動が力強く脈打つ。視界が徐々に明瞭になり、暗闇の中でも今までぼんやりとしていた輪郭がはっきりと浮かび上がる。さらに、周囲の音が少しだけはっきりと聞こえるようになる。遠くで水滴が落ちる音や、微かな風の流れさえも捉えることができ、五感が研ぎ澄まされていくのがわかった。自分自身がまるで別人になったかのような……。
(わずかながらも確実に強くなった実感がある。)
リイマジンドであればダーマ神殿のミレッカの可愛らしい声が聞けたりしたのだが、今回は何の声も聞こえなかった。設定的にはダーマ神殿にいる本人とやり取りをしていたはずなので、淡い期待があっただけに少しがっかりだ。まあ、なんとなくそれは無理だと察していたのだが。
思考を切り替えて、職業画面右上を触ってみると職業画面が閉じられる。
ーーーーーー
【シキ】
レベル:2
HP:27/27
MP:3/3
職業:武闘家★☆☆☆☆☆☆☆
かけもち:僧侶★☆☆☆☆☆☆☆
ゴールド:10G
習得呪文・特技:
→とうこん討ち
→ホイミ
→キアリー
ーーーーーー
(職業変更は無事できたようだ)
武闘家と僧侶。まあ攻防、回復を考えた組み合わせだとするとおのずと一択だ。加えてこの組み合わせは上級職のパラディンに繋がったりと都合が良い。
もう一度職業部分をタップして展開すると、さいだいHP、さいだいMP、こうげき力、しゅび力、こうげき魔力、かいふく魔力、ちから、みのまもり、すばやさ、きようさ、みりょく……これもリイマジンドと完全に同じ項目を確認する。まあレベル2という低さから、どれも一桁のお粗末な数値ばかりだが。
再度職業を「なし」に戻し、その際の値をしっかりと覚えてから、再び武闘家と僧侶に付け替えて確定せず変化を見てみる。
(しゅび力とみのまもりがかなり減る……けどその分攻撃力、力、素早さ、器用さがプラスと)
職業の詳細画面にある、パラメータ補正値の上方・下方の記載を照らし合わせると、武闘家の補正と僧侶の補正分量の合算の形になっている。表記通りにステータスに補正がかかっているのだ。ただ、
これで次に確認すべきは……
ーーーーーー
習得呪文・特技
→とうこん討ち
→ホイミ
→キアリー
ーーーーーー
(これだ……けど)
ホイミを使えるか試したいが、今の自分のMPはわずか8、加えて洞窟の奥にはまだ未知の危険が待っているはずなので、無闇にMPを消費するわけにはいかない。
(そもそも職業選択自体がある程度物語を進めて、レベルが上がっている状態だった。レベル2なのに選択できるという点でありがたいと思うべきとしよう。かけもちに至ってはより物語を進めないと開放できなかったし)
体感できるという感覚がある。といより、職業をセットしてからそれに関する動きというのがなんとなく分かるのだ。
どうしても試すなら、この洞窟から出て安全な場所を確保してからか、傷を負ったときににしようと決める。この画面を消そうと考えると画面が閉じられさらに画面が出てきた。
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どうぐ
呪文・特技
つよさ←
【シキ】
レベル:2
HP:27/27
MP:8/8
【装備】
ひのきのぼう
布の服
布の靴
ーーーーーー
つよさの項目にカーソルが止まっているのを見て、念じてカーソルを動かしてみた。すると思い通りにカーソルが自由に移動した。手をかざす必要もなく、ただ思考するだけで操作できることが分かる。
さらに閉じろと念じると、完全に消えて、再度念じると同じ画面が目の前に。歩きながら操作してみると、画面は自身の視点から一定の距離を保ったまま前に移動し、しかも半透明になっているので視界を妨げることもなかった。
気になったのは下側にある装備欄。職業システムもリイマジンドのかけもちだったのに、レイアウトは古き黒背景白枠。どうやらリマジンドのメニューを古きドラクエ仕様に置き換えたもののようだ。
(とすると……)
試しに手元のひのきのぼうを外すと念じる。するとすっと一瞬でひのきのぼうが手元からすっと消えてしまった。
ーーーーーー
【装備】
布の服
布の靴
ーーーーーー
目を見開いて画面を確認し、どうぐ欄を開くと……
ーーーーーー
【どうぐ】
ひのきのぼう
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黒い背景に白文字でぽつんとぽつんと白文字で書かれた画面が出てくる。やくそうやどくけしなどが入っていると期待したが、無いようだ。この画面で念じてみると、手元にすっとひのきのぼうが出てくる。装備すると念じると、画面の装備欄にの名が戻り、
ーーーーーー
どうぐ←
呪文・特技
つよさ
【シキ】
レベル:2
HP:27/27
MP:3/3
【装備】
ひのきのぼう
布の服
布の靴
ーーーーーー
(魔物と遭遇したときにこの画面を切り替えられるのか?職業の切り替えもできるのか?)
ゲームでは戦闘中には装備切り替えはできたが、職業切り替えはできなかった。けど、これは現実。できるできないの検証は必須だろう。もし職業も装備も瞬時に切り替えられるのならば戦術の幅が増える。
そんな思考の中で、さらに気になったのが先ほどのどうぐ欄。画面を開くとひのきのぼうを出したから、何も書かれていない黒背景が映った画面。試しに足元にある石ころを拾って念じてみると……"石ころ×1"と記載されていた。手元にある石ころがひのきのぼうと同じく消えた。取り出しも自由だった。さらに足元にある石ころを拾わず、念じてみたが何も起きない。手で触れて念じてみると収納できた。ならばと少し離れた位置にある大きな岩に触れてみると……何も起きない。
(どうぐ欄に入れられるものには明確な線引きがある。大きさ?重さ?それとも何か他の条件?これも詳しく検証しなきゃならない)
洞窟の冷たい岩壁に背中を預け、荒い息を整えながら考えた。この奇妙なメニュー画面――ドラゴンクエストのシステムが、この生死をかけた状況で唯一の希望だ。どうぐ欄に石ころを収納できるなら、遠距離攻撃の手段が増える。次にモンスターに遭遇した時、少しは有利に戦えるかもしれない。
「まずは準備だ。使えるものは何でも活用しなければ」
足元に転がる小石に目を向ける。大小様々な石が散らばっているが、"どうぐ"に収納できるのは手のひらに収まる程度の大きさのものに限られるようだ。拳大の石を手に取り、念じてどうぐ欄へと収納する。半透明の画面に"石ころ×2"と表示される。
さらに別の石を拾い、同じように収納していく。5個、6個と増えていくが、10個目辺りで手ごろな石が見当たらなくなる。
(そろそろ移動しよう)
暗闇の中、耳を澄ますと遠くから水滴の落ちる音が規則的に響いている。湿った冷気が肌に張り付き、布の服の薄さを恨めしく思う。オフィスでの書類仕事が懐かしい――そんな感傷に浸っている暇はない。生き延びるためには、この洞窟から脱出しなければならない。
慎重に歩き出す。ひのきのぼうをしっかりと握りしめ、どうぐ欄から石ころをすぐに取り出せるよう準備する。視界は暗く、前方数メートル先までしか見えないが、職業としての能力を得たおかげか、以前よりは暗闇に目が慣れている気がする。
(そうえば、さっきの狼男は何の魔物だったのだろう……リカントだっけ? でも服は着てなかったような)
そう思いながら、曲がり角まで来た時だった。不気味なうなり声が前方から聞こえてくる。複数の足音が接近している――間違いなく、先ほどの暫定リカントと同じ見た目。
息を殺して岩陰に身を潜める。心臓の鼓動が耳元で激しく鳴る。3つの影が闇から現れた。赤く光る目、鋭い牙、そして獲物を狙うような不気味な息づかい――恐ろしい。
(3対1は明らかに不利。正面から戦うのは無謀……)
戦略を練る。どうぐ欄の石ころを使い、距離を保ちながら戦う――それが最善策だ。まずは一つ、石ころを取り出し、構え……力一杯投げつける。
リカントの1体が「ギャッ!」と悲鳴を上げ、額に赤い跡がつく。ダメージは軽微だが、十分に注意を引くには足りた。
「こっちへ来い!」
大声で叫びながら後ずさる。リカントたちは怒り狂って追ってくる。計画通りだ――さっき通りかかったあの狭い通路へ誘導する。
足早に後退し、細い通路に入り込む。ここならば、相手は一列にならざるを得ない。一対一の状況を作り出せる。最初のリカントが迫る。鋭い爪が風を切る。咄嗟にひのきのぼうで受け止めるが、衝撃で腕が痺れる。
(強い……!けど、戦える!)
明らかに職業をセットしてから、薄っすらと感じる体に宿った戦いの感覚。
第2のリカントが後ろから飛びかかってこようとするが、狭い通路ではうまく距離が取れない。先頭の個体に集中して、ひのきのぼうを振りかざすが、リカントは軽快に跳んで避ける。思った以上に動きが俊敏だ。
(攻撃が当たらない……っ)
その時、ふと脳裏に『とうこん討ち』の文字が浮かぶ。習得特技の一つだ。どう使うのかわからないが、とにかく試してみる。発動と念じたと同時に、体が独自の動きを始めた。意識するよりも先に、足が滑るように動き、視界が一瞬ブレる。まるで他人の体のように、流れるような動きで正面のリカントの死角に滑り込んで普段の自分では考えられない速度でひのきのぼうを振りかざす。
「な……!?」
自分でも驚くほどの速さと正確さ。正面のリカントは勢いよく頭から地面に叩きつけられた。
(っう!?)
しかし、その瞬間、何かが体内から失われていく感覚があった。MPが減ったのか、それとも別のものか――確認する暇もない。
2体目が迫る。先ほどと同じように『とうこん討ち』を発動しようとするが、先ほどのような滑らかな動きは出ない。代わりに、体が重く、動きが鈍った感じがする。
(やっぱりさっきの感覚は消費MP……とうこん討ちの消費MPは2。残りMPは1だから使えない!)
2体目のリカントが倒れた1体目のリカントの上を飛び越えながら腕を振りかざす。爪が自身の肩をかすめ、布の服が裂け、肌に浅い傷がつく。痛みが走るが、致命傷ではない。
「くっ……!」
ひのきのぼうで応戦すると、明らかに最初より自身の体から力が湧いてくる。
意識的にどうぐ欄を開き、石ころを取り出す動作をする。ほんの一瞬の隙だが、リカントの動きが止まる――その瞬間を狙って石を投げつける。石がリカントの顔面に直撃し、一瞬の隙ができる。その隙を逃さず、ひのきのぼうで何度か強打する。やはり、『とうこん討ち』を発動した時よりは劣るが明らかに力が上がっている。
2体目が倒れる。息を整え、3体目に視線を移す。最後の1体は、少し離れた位置で警戒しているようだ。仲間が倒されたことで、戦意を失いつつあるのかもしれない。
(逃がすわけにはいかない……援軍なんか呼ばれたら最悪だ)
こちらから仕掛ける。石ころを手に取り、投げる構えを見せる。リカントが怯んだ瞬間、全速力で駆け寄る。
「うおおおおっ!」
必死の叫びと共にひのきのぼうを振り下ろす。リカントは避けようとするが、必死の攻撃が辛うじて届く。最後の一撃が決まり、3体目のリカントも倒れた。
戦いが終わり、緊張の糸が切れる。余裕が出てきた分、手元の嫌な感触がより感じられる。
「はあ……はあ……」
その瞬間、頭の中でファンファーレが鳴り響く。目の前にメニュー画面が表示される。
ーーーーーー
【シキ】
レベル:3
HP:35/35
MP:12/12
職業:武闘家★☆☆☆☆☆☆☆
かけもち:僧侶★☆☆☆☆☆☆☆
ゴールド:40G
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レベル3。ステータス値も少し上がっていると確認できた。加えて、レベルアップするとHPとMPが回復している。これはドラクエと同じ仕様のようだ。肩を見ると、血濡れしていたシャツの下にあったはずの傷が消えていた。加えて少し、息を整えていると体から沸き上がった力が収まる。「とうこん討ち」の効果を確認してみると、【敵1体を攻撃し、自分には闘魂を注入、攻撃力を上げる】とある。恐らくこれの効果なのだろう。
しかしながらさきほどの戦闘で一番気になったのは「とうこん討ち」を発動した時の、体が独自に動く感覚。あれは明らかに通常の動きとは違っていた。武闘家としての能力が、自身の体に宿ったのだろうか。
(職業を選択したことで、その職業の技術や知識が本能レベルで刷り込まれたのかもしれない)
考えるほどに、このシステムの奥深さを感じる。単なるゲームのステータス画面ではなく、実際の能力が付与される――この世界で生き延びるためには、このシステムを最大限に活用しなければならない。
そして気になった点はもう1つ。『とうこん討ち』発動時の何かが体内から失われていく感覚。あれがMP消費の感覚なのだろうか? レベルアップの恩恵でMPが回復したので確認できず、これは次の機会に再度確認しなければならない。
ふと、リカントの死体に目を向ける。
(もしかすると……)
死体に近づき、念じてメニュー画面を開く。どうぐ欄を確認するが、新たなアイテムは追加されていない。触れても何も起きず、"どうぐ"欄に入らない。がっかりしつつも、それはそれで納得する。システムも完全に同一というわけではなさそうだ。
(そういえば、
さきほどのひのきのぼうを出し入れした時のように念じてもうんともすんとも言わず。なぜか何も起きない、実際にどこかお店で利用した際はクレジットカードのように消費されるのか?と疑問に思う。
次の行動を考え、このまま洞窟を進むべきと判断。決意を新たにし、立ち上がる。ひのきのぼうを握りしめ、どうぐ欄の石ころの残り数を確認する。補充しつつ再度慎重に歩き出す。先ほどの戦闘でだいぶ体力を消耗している。足取りも重い。だが、ここで止まるわけにはいかない。実際ステータスを見ると万全だが、疲労感は残っている。やはりゲームではなく、あくまで現実なのだと意識する。
洞窟の通路は複雑に入り組む。分岐点では常に注意深く選択する。可能な限り、上り坂を選ぶようにした。地上へと続く道である可能性が高いからだ。
(いつまでこの暗闇が続くのだろう……)
不安が頭をよぎる。このまま洞窟の中で迷い続け、力尽きるのではないか――そんな恐怖がよみがえる。
(いや、そんなことではダメだ。必ず出口はある。諦めずに進まなければ)
自分に言い聞かせる。現代日本でのサラリーマン時代、締切に追われ、徹夜で仕事をしたこともあった。それに比べれば、この状況は――いや、比べるまでもなく過酷だが、少なくとも諦めない心構えは同じだ。
ーー✳︎ーー✳︎ーー✳︎ーー
洞窟の奥深くを進むにつれ、空気はさらに冷たく湿り気を帯びてきた。岩肌から滴り落ちる水滴が時折首筋に触れ、思わず身震いしてしまう。細い水の流れが岩壁を伝い、暗闇の中でかすかに光を反射している。
喉の渇きを潤すため、岩の割れ目から滲み出るわずかな水分を舌で舐め取る。鉄のような味が口中に広がり、決して美味しいものではないが、水分補給のため我慢する。
「はあ……まだか……」
吐息が白く曇り、疲労が蓄積していくのを感じる。足取りは次第に重く、岩だらけの地面は歩くたびに靴底に不快な感触を伝えてくる。ステータス上ではHPもMPも全回復しているはずなのに、精神的な疲労は蓄積する一方だ。オフィスで徹夜した時のあの感覚に似ているが、こちらの方がはるかに過酷だ。暗闇がもたらす心理的な圧迫感、未知の生物との遭遇の恐怖──これらが重なり合い、心身ともに消耗させていく。
突然、前方離れた位置に動く影。咄嗟に壁肌の影に隠れる。リカントの群れだ。しかも
魔物を見送り、再び前進を始める。無駄な戦いは避けたい。できるだけ体力を温存し、本当に必要な戦いに備えなければならない。それからしばらくして、また3体のリカントと遭遇した。腐ったような臭いが先立ち、毛皮をまとった人型の影が暗闇から現れる。鋭い牙をむき出しにし、低いうなり声をあげながら近づいてくる。
さきほどと同じく狭い通路に逃げ込み、石ころで牽制しつつ戦うという戦法をまた行う。心臓がバクバクと鳴り、冷や汗が背中を伝う。
(流石に3回も繰り返せば慣れてくるものもある)
と自分自身に言い聞かせるように戦う。一つの判断ミスが死につながる、現実のゲームとは違ってここにはセーブデータなど存在しないのだから。
逃げ、隠れ、時に戦いを続けて8体目となるリカントを倒した瞬間、お馴染みのファンファーレが頭の中で響いた。
ーーーーーー
【シキ】
レベル:4
HP:45/45
MP:22/22
職業:武闘家★☆☆☆☆☆☆☆
かけもち:僧侶★☆☆☆☆☆☆☆
ゴールド:120G
ーーーーーー
「よし……また強くなった」
拳を握りしめ、力がみなぎるのを感じる。筋肉の一つ一つがより強く、よりしなやかになったことを実感する。レベルアップのたびに、確実に成長している実感がある。とはいえ、HPは上がるものの、疲労感はやはり消えない。やはりHP=体力ではないのだろう。
その後さらに進んでいくと洞窟の通路は次第に幅が広がり、天井も高くなっていく。そして、前方から微かな風の流れを感じた。湿った冷気の中に、ほのかな外気の気配が混じっている。
(風か……? もしかして、出口が近い?)
希望に胸が高鳴る。足を早め、慎重に曲がり角を回ると、そこには広い空間が広がっていた。その空間の奥には、巨大な岩を削って作られたかのような階段が、上方へと続いていた。
(あれが……出口への階段かもしれない!)
しかし、その安堵も束の間だった。階段のふもと、広い空間の中央に、二つの不気味な影がうごめいている。その姿を目にした瞬間、背筋が凍りつくような悪寒が走った。
2体の巨大な蛙型モンスターが、階段を塞ぐように佇んでいた。その大きさは、大型犬の倍近くもあろうか。緑がかった粘液で覆われた皮膚は、微かな光に照らされて不気味に光っていた。最も特徴的なのは、顔の中央に一つだけ存在する巨大な単眼。瞳が不気味に動き、キョロキョロを視線を変えている。
「「ゲロオオオ……」」
低く、湿ったような鳴き声が洞窟に響く。その声は、喉の奥で粘液を絡ませたような不快な響きだった。1体がゆっくりと前足を踏み出し、地面にドッと重い音を立てる。体重は相当なものだ。近づけば、その巨体そのものが凶器になるに違いない。
(……あのサイズ、正面から受け止められる気がしない)
離れた距離を観察する。1体はゆっくりとこちらに向かってくる。もう1体は少し離れた位置に留まり、長い舌をチロリと舐めている。その舌は、非常に長い。先端は粘液でぬるぬると光り、獲物を絡め取るのに十分な太さだ。
(近距離は瞬間的なジャンプで突進、遠距離はあの舌か……。2体同時は絶対に無理。なんとか分断して、1体ずつ倒すしかない)
手元の石ころはまだ12個残っている。ひのきのぼうを握りしめ、特技『とうこん討ち』の使用を考える。的確な攻撃とその後少しの間だけ力が上がる技だ。総MPは10、消費は2。使用するタイミングは絶対に間違えられない。
(石ころで1体の注意を引き、もう1体から距離を取る。狭い通路へ誘導できれば……)
そう考え前に出て、どうぐ欄から石ころを取り出し階段から離れた方の蛙めがけて力一杯投げつけた。
パシン!
石ころが蛙に当たり鈍い音を立てた。効果は薄そうだが、十分に注意は引けた。狙った蛙は「グオッ!」と怒ったように鳴き、巨体を揺らしながらこちらの方へ向き直った。
「よし、こっちへ来い!」
大声を上げ、わざとらしく後ずさる。もう1体は相変わらず階段の前でうろうろしている。距離が十分に離れたところで、走り出した。目標は、さっき通りかかった細い通路だ。あそこなら、巨体の蛙は窮屈に違いない。
背後から地響きのような足音が迫る。振り返ると、蛙の巨体が驚くほどの速さで迫ってきている。単眼がぎょろりと動き、こちらを確実に捉えている。
(早い!)
咄嗟に体を横に飛ばす。次の瞬間、蛙は自身がいた場所を猛スピードで通過し、岩壁にドン!と体当たりした。粉塵が舞い上がる。もし直撃していたら、かなりの痛手になるだろう。
細い通路の入り口まであと少し。もう一踏ん張りだ。しかし、蛙は体勢を立て直し、今度は離れた位置に移動する。距離を取ったかと思うと、口を大きく開けた。
「ッ……!」
本能が危険を告げる。全力で横に飛び込む。
ビュッ!
長い舌が風を切り、一瞬さきほど自分がいた空間を貫いた。舌の先端が岩壁に命中し、鈍い音がする。
「こいつひのきのぼうを狙って……!」
その軌跡は自身の体ではなく、持っている頼りないひのきのぼうを狙ったものだった。偶然かも思ったが、なんとなく知性を感じさせる動き。這うようにして細い通路に滑り込む。ここならば、さすがの巨体も入りにくいはずだ。振り返ると、蛙は確かに通路の入り口で立ち止まっている。体がギリギリ入るサイズ。その巨大な単眼が不気味に瞬きし、口が再び開かれる。
(とうこん討ち!)
咄嗟に、特技を発動。その瞬間、体が軽やかに動いた。まるで地面を滑るように、体勢を低くして横へと流れる。視界が一瞬ブレる感覚。蛙の舌が再び伸びてくるが、その軌道を寸前でかわすことができた。舌は自身の脇をかすめるが、気にせず感覚に従ってひのきのぼうに力を籠め――あの巨大な単眼をめがけて突きを放った。
鈍い音を立てて、ぬるぬると光る眼球の中央に突き刺さる。蛙は「ゲェェ!」と苦痛に似た声を上げ、頭を激しく振る。ダメージは与えられたが、まだ倒すに至らない。すぐにひのきのぼうを引き抜く。
蛙は痛みに狂ったように、頭を振りながらも再び口を開こうとする。舌攻撃の再来だ。しかし、沸き上がった力に従ってひたすらにひのきのぼうを叩き続けようとするが、
咄嗟にひのきのぼうを盾のように構える。舌が木の棒に絡みつき、強烈な力で引き寄せられる。手からひのきのぼうが引き剥がされそうになる。必死に踏ん張るが、足が地面を滑る。
「力が強すぎる……!」
その時、どうぐ欄から石ころを取り出し、蛙の目めがけて投げつけようと念じた。しかし、片手はひのきのぼうに縛られている。もう一方の手でどうにか石ころを掴み、投げる。
石ころは蛙の顔面に命中した。眼球への直撃は避けられたが、鼻先にあたったようで、蛙は一瞬たじろいだ。その隙に、舌の力がわずかに緩む。
(今だ!)
全身の体重をかけてひのきのぼうを引き剥がし、後ろへと飛び退がる。舌から解放され、ひのきのぼうを再び握りしめる。しかし、息は上がり、腕は震えている。蛙は再び体勢を整え、通路へ無理やり侵入してこようとしている。巨体が通路の幅いっぱいに迫る。
(まずい……ここで押し切られたら終わりだ)
覚悟を決め、蛙が体当たりの姿勢に入った瞬間、逆に飛び込んだ。蛙の懐へ。巨体の下へ滑り込むように身を低くし、ひのきのぼうを上へ突き上げる。目標は、あの巨大な単眼の真下――おそらく喉の部分だ。
「これでどうだ!」
ひのきのぼうが、ぬるぬるとした肉質にと詰まったような声を上げ、体を激しく痙攣させる。突き刺さったひのきのぼうを振りほどこうと、首を狂ったように振る。その手からひのきのぼうを離し、後ろへ転がる。
蛙は苦しそうにもがき、やがて巨体を崩すように倒れ込んだ。ドスンという鈍い音と共に地面に伏せる。
少し様子を見てから、念のため足であおむけにしてひのきのぼうを抜き取る。さらに何度か攻撃を加える。振り落とし、刺し、死んだかどうかの確認だ。
すると、中央を刺したときゴリッと何か固い感触をひのきのぼうを通して感じた。
「ん!?」
それが何なのか確かめたかったが、音を立てすぎたのだろう、もう1体の蛙がこちらに気づいて近づいてくるのを確認できた。
「落ち着いて……さっきと同じようにすれば倒せる……」
自分にそう言い聞かせて、ひのきのぼうを強く握る。
ーー✳︎ーー✳︎ーー✳︎ーー
ーーーーーー
【シキ】
レベル:4
HP:32/45
MP:18/22
職業:武闘家★☆☆☆☆☆☆☆
かけもち:僧侶★☆☆☆☆☆☆☆
ゴールド:150G
ーーーーーー
その後、『とうこん討ち』の効果が切れて動揺したところに軽い体当たりを食らいつつも何とかもう1体の蛙を撃破できた。その際再度『とうこん討ち』を使ってしまったが、初めての魔物相手には十分だろうと考える。
リカント1体が10Gだったのに対して、この蛙は15G。単純に強さが1.5倍ということはないだろうが、それでもリカントよりは強力な魔物だった。
「これなんだ……?」
ーーーーーー
【どうぐ】
魔石(フロッグシューター)×2
ーーーーーー
そうさきほど、死んだかどうか確認した際の固い感触の正体。手元の石ころや地面にこすりつけて、胸を割き、得体の知れない液体に吐き気を覚えつつも現れた黒い結晶体。それを取り出すと、蛙の体が急に崩れ始めて塵となって消えた。急な出来事に困惑しつつも、どうぐに入れると確認できたこの文字。さらに説明文を読むと以下の通りだった。
ーーーーーー
フロッグシューターから採取できる魔石。
ーーーーーー
そもそもフロッグシューターてドラクエにいた?とか、そんなアイテムあったっけ?と疑問が尽きないがどうやらこうやって魔石が体内にあるのがこの世界の魔物の特徴のようだ。
気を取り直して目を上げるとその先には、岩を削ったような巨大な階段が暗闇の中にそびえている。不自然なまでに均一な段差は、明らかに人工物だ。あの蛙たちが屯っていた場所。
期待と不安が入り混じる。慎重に階段へと近づき、一歩、また一歩と上っていく。靴底が冷たい石段を踏む音だけが、静まり返った空間に響く。螺旋状に続く階段は、思ったより長い。上を見上げても暗闇が続き、どこまで登ればいいのか見当もつかない。足腰に徐々に疲労が蓄積していく。時折、壁に手を当てて休みながら、それでも登り続ける。なぜか、この階段にはモンスターの気配がまったくない。守られていたからか、それともここは中立地帯なのか。
(あの蛙を倒したんだ。出口はもうすぐのはず……)
そう信じて、最後の一段を上りきった。足元の石がぐらつき、小さな礫が転がり落ちる音が洞窟に反響する。視界が開ける。そして、期待が砕かれる音が、心の中で聞こえたような気がした。
(また洞窟か……)
目の前に広がるのは、さっきまでと大差ない光景だった。岩肌がごつごつと続く通路、天井から滴り落ちる水滴、そしてどこまでも続くような暗闇。ただ、何かが違う。空気の感じが、少しだけ軽くなったような……気がするだけだった。湿り気は相変わらずだが、先ほどまでの重苦しい圧迫感が、ほんのわずか薄らいでいる……気がする。また遠くで水滴が岩盤に落ちる規則正しい音が、奇妙なリズムを奏でている。
「はあ……」
がっかりしながらも、足を進める。少なくとも、ここは先ほどよりは
「……動こう。立ち止まっていても始まらない」
自分に言い聞かせるように呟く。布の服の袖を引き締め、ひのきのぼうを再びしっかりと握りしめる。どうぐ欄を確認する。石ころはまだ8個残っている。魔石は2個。
(リカントの時は気づかなかったけど、魔石は確実に回収しなきゃ。この世界での通貨かもしれない)
決意を新たに、暗い通路を進み始める。足音をできるだけ立てないよう、岩の凹凸を避けながら歩く。耳を澄ますと、遠くからかすかな水の流れる音が聞こえる。リカントのうなり声はしない。少しだけ、安堵する。壁に手を当てながら進むと、岩の冷たさが手のひらを通じて伝わってくる。
しかし、その安堵は長くは続かなかった。
曲がり角を過ぎた先で、異質な気配を感じた。今までとは違う、ざらざらとした皮膚が岩を擦る音。
不意に、足元の小石がカラカラと音を立てて転がった。その先の岩陰から、ざらついた茶色い皮膚を持つ四本足の影がゆっくりと現れた。その動きは鈍重で、岩そのものが動き出したかのようだった。
「!」
体が反射的にひのきのぼうを構える。それはトカゲのような姿をしていたが、そのサイズは小柄な人間ほどもある。皮膚は乾いた岩のようにざらつき、ところどころに瘤のような盛り上がりがあった。横に裂けた口からは細く赤い舌がチロリとちらつく。長い尾はゆっくりと左右に振られ、四本の足でがっしりと地面を踏みしめている。赤い小さな目が、獲物を探るようにこちらを捉えている。その目には知性は感じられないが、確かな捕食者の冷たさがあった。
(動きは……遅そうだ)
距離を測る。およそ十メートル。相手は1体。数で圧倒されるリスクはないが、油断はできない。
こちらから仕掛ける。どうぐ欄から石ころを取り出し、力一杯投げつけた。パシン!と鈍い音が響き、石ころはトカゲモンスターの肩口に命中した。トカゲはたじろいで、再び口を開いた。その動きは機械的で、感情のない不気味さがある。しかしながら、今までて一番手ごたえを感じた。
もう一度石ころを取り出し、トカゲの顔面めがけて投げつける。トカゲは顔を背け、石はまた肩口に当たる。その一瞬の隙に、再び接近する。岩陰を利用しながら間合いを詰め、今度は『とうこん討ち』だ。MP消費を覚悟して、発動を念じる。体が軽くなり視界が一瞬ブレ、流れるようにトカゲの側面へと回り込む。ひのきのぼうが、まるで導かれるように、トカゲの裂けた口の奥――喉元と思しき柔らかい部分を突く。手応えがはっきりと伝わる。
「グギャッ!」
今までとは明らかに違う、苦悶の声が上がる。トカゲの体が激しく痙攣し、四本の足ががくがくと震える。ひのきのぼうを引き抜くと、黒い液体が噴き出した。鉄のような臭いが周囲に広がる。そのまま勢いを殺さず、何度も突きを繰り返す。トカゲはもがき、尾で反撃しようとするが、動きが弱まっている。最後の一撃で頭部を強打すると、巨体がどさりと横倒しになり、動かなくなった。
息を整え、メニュー画面を確認する。レベルは変わっていない。
(よし……次は忘れずに魔石を)
死体に近づきひのきのぼうの消費はいけないと思い、落ちていた比較的鋭利っぽい石の先で胸のあたりを探る。すると、さっきの蛙と同じように、ゴリッと硬い感触があった。取り出すると、やはり黒い結晶。トカゲの体は塵となって消える。手のひらに残った結晶は冷たい。すぐにどうぐ欄に収納し、確認する。
ーーーーーー
【どうぐ】
魔石(フロッグシューター)×2
魔石(ダンジョン・リザード)×1
ーーーーーー
(ダンジョン・リザードか。まあ、そんなものか)
納得し、次に進もうとしたその時、別の気配を感じた。背筋が凍るような、原始的な恐怖が走る。ざくざくという、小石を踏むような足音。そして、甲高い「キキッ」という笑い声のような音。それは複数の音が重なっているように聞こえる。
振り返ると、通路の奥から、小鬼のような姿をした魔物が現れていた。緑がかった肌、尖った耳、貧相な体つき。手には何も持っておらず、細い腕をぶらぶらさせている。身長は子供ほどで、脅威には見えない。しかし、その数は3体。互いにじゃれ合うようにしながらも、こちらの方に向かってくる。
(ゴブリン……ってやつか?)
数は3体。リカントや蛙と比べれば、明らかに小柄で弱そうだ。しかし、油断は禁物。どうぐ欄の石ころを一つ手に取り、構える。複数相手の場合、まずは1体を集中攻撃するのが基本だ。
ゴブリンはキキッと笑いながら、のそのそと近づいてくる。警戒している様子はなく、まるで遊んでいるかのようだ。しかし、その目は鋭く、獲物を探るようにこちらを見ている。
(集団でいるなら、まずはリーダー格を仕留めよう)
石ころを1体の額めがけて投げつける。ゴブリンは「きゃっ!」と驚いた声を上げ、額に石が当たる。さきほどのダンジョン・リザードより手ごたえがあり勢いよく後ろに倒れた。悶えている様子からしばらくは立ち上がらなそうだ。他の2体は、興奮したように手足をバタバタさせ、駆け寄ってくる。
「来い!」
ひのきのぼうを構える。ゴブリンたちは爪も牙もない細い手を振り回し、襲いかかる。単純な殴り合いだが、数がある分だけ危険だ。
ひのきのぼうを横に払う。1体のゴブリンの脇腹に命中し、小柄な体は簡単に吹き飛ばされる。岩壁にぶつかり苦鳴を上げる。しかし、残りの1体は躊躇なく攻撃を続ける。
(弱い……)
素早く体勢を変え、ひのきのぼうで牽制する。ゴブリンは巧みに避けるが、動きが単調だ。切り替えて脳天に一撃。勢いよく前のめりに倒れてぴくぴくと動いたがすぐに動かなくなった。壁にぶつけたゴブリンに駆け寄り、トドメを指す。加えて最初に倒れたゴブリンも。
一方的な対応が出来た一方、嫌な感触と圧倒的な暴力の感覚が妙に頭に残る。
画面を開くと9Gしか増えておらず、1体3Gといままで一番弱い魔物なのだろう。加えて魔石を取り出すと、”魔石(ゴブリン)”の文字。
(ゴブリンなんていたっけ? 11にはオコボルトってのがいたけど)
そう、ゴブリンと明確な名前の魔物はいなったはずだ。もしかしたらいたのかもしれないが、少なくとも平成生まれで色々なドラクエをプレイ済みの身としては記憶にないのだ。とはいえ、これを今考えてもしょうがないとまた探索を始める。
ーー✳︎ーー✳︎ーー✳︎ーー
あれから再度階段を見つけて登り、また洞窟と消沈しつつも再度探索。その過程で多くのゴブリン、ダンジョン・リザード、時々コボルト(リカントと勘違いしていたが魔石の名称で判明)と討伐を続けてまた階段を上り切った後また洞窟。
疲労感と、まだ出口がないのかと軽い絶望に差し掛かった時明らかな変化があった。妙に騒がしい音が反響し、これまでの階層とは明らかに違うと感じる。音にする方向へ警戒しながら進む。
すると、今までずっと感じたことがない光と空気の流れを感じた。目をそらし、前方を見据える。すると、かすかな、しかし確かな光がぼんやりと見えてくる。それは魔物の妖しい目の反射光とも違う、自然で清らかな光のようだ。希望が胸の中で大きく膨らみ、心臓を強く打たせる。
「……出口か? 本当に?」
閉鎖された空間に長くいた身には、そのわずかな風の動きが救いのように思えた。風が流れるということは、どこかに出口が存在する証拠に違いない。
希望が胸に灯り、鼓動が少し速くなる。足を速め、風が強くなる方向へと進んだ。通路は次第に広がり、天井も高くなっていく。苔の青白い光が次第に薄れ、代わりに前方からぼんやりとした白い光が差し込んでくる。
「あれは……!」
思わず声が漏れた。あの光は、洞窟内部の苔などが発する生ぬるい光とは明らかに質が違う。力強く、清らかな自然光だ。太陽の光だ。
駆け出した。疲れきった足に鞭打ち、ひのきの棒を杖代わりにしながら、光へと一直線に進む。光は次第に大きくなり、やがてはっきりと四角い開口部の形を成した。岩をくり抜いたような巨大な門のように見える。門の向こうには、眩しいほどの光の世界が広がっている。
心臓が高鳴り、喉が渇く。出口だ。ついに、この暗く湿った洞窟から脱出できる。
しかし、その喜びもつかの間だった。門の手前には、人影が見える。重厚な鎧をまとった大柄な男が、腕を組んで立っていた。その鋭い眼光が、みすぼらしい自身の姿を捉える。男の顔には、深い傷痕が一つ刻まれており、経験を物語っていた。
「お前、どこのファミリアの者だ? そんなみすぼらしい格好で、しかも装備もまともになしで
低く威圧的な声が岩壁に反響する。男はゆっくりと近づいてくる。その足音は重く、鎧の金属部分が擦れ合う音が甲高く響く。今の服装――粗末な布の服と、ぼろぼろの靴、そして手にした頼りない木の棒を見て、彼の眉がさらに深く潜められた。口元が歪み、疑念の色が濃くなる。
「あ、いえ、それは……」
言葉に詰まる。喉が渇いて、うまく言葉が出てこない。どう説明すればいいのか。下手なことを言っても、狂人扱いされるのが関の山だ。汗が額を伝う。
門番は怪訝な表情でこちらをじっと見つめ、特に手の甲や首筋に目をやる。
「どうやって生き延びた?まさか、
男はいら立ったように、近づいて腕を掴もうとした。その手は大きく、がっしりとしている。
「『ギルド』で事情を聞かせてもらおう。近頃は
その瞬間だった。
ドォオオオオオーンッ!!
地響きを伴う轟音が、背後――
「なにっ!?」
門番の男が叫ぶ。彼の顔に一瞬、本物の恐怖が走った。
「
「逃げろ!皆、外へ逃げろ!巻き込まれるぞ!」
周りから悲鳴と怒号が上がる。さっきまで静かだった門の周辺に、いつの間にか数人の人影がいたのだ。彼らもまた鎧やローブをまとった冒険者たちで、それぞれ武器を手にしていた。その一人が、転びそうになっている自身の背中を強く押した。
「お前も、ぐずぐずしてる場合じゃねえ!外に出ろ!ここはもう危険だ!」
押し出されるようにして、眩しい光の中へと放り出された。転がるようにして地面に膝をつき、鋭い砂利が掌に食い込む。痛みが走るが、それ以上に目が眩んで、しばらくは何も見えなかった。白い光の残像が網膜に焼き付く。
外は大勢の人が混乱し慌てて、外に出る流れだった。それらにもみくちゃにされながらもどんどん進み、やがて視界が戻り、ゆっくりと顔を上げた。
そして、息を止めた。――目の前には、信じられない光景が広がっていた。
まず、視界のほとんどを占めるのは、巨塔だった。
視線を移す。塔の周囲には、広大な石畳の広場が広がり、混乱する人々が行き交っていた。鎧に身を包み、背中には人間の背丈ほどもある巨大な剣を背負った戦士。深い藍色の長いローブをまとい、先端に輝く宝石を埋め込んだ杖を手にした魔導師。耳の尖ったエルフが優雅に歩き、小柄ながらも筋骨隆々のドワーフが酒袋を提げて闊歩する。獣の耳と尾を持つたくましい獣人もいる――まさにファンタジー世界そのものの住民たちだ。
そして、彼らが口にする言葉が、微かに風に乗って聞こえてくる。
「……今日の
「うちのファミリア、新しいメンバー募集を……」
「最近オラリオ、物騒だよなぁ……裏路地は腕に覚えのある奴でも……」
ファミリア。
オラリオ。
その言葉を聞いた瞬間、すべてが繋がった。まるでパズルの最後の一片がはまったように。
「『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか……』」
思わず、口から零れた。あの、かつて何度も読み返したライトノベルのタイトルだ。ここは、まさしくあの物語の舞台そのものなのか? もう一度、目の前の塔を見てみる。
天をも衝くようにそびえ立つその塔。バベル――いや、この世界では『バベルの塔』と呼ばれる、神々が降り立った通天の塔。その威容は、アニメで見るよりもはるかに圧倒的で、見上げているだけで圧倒的なスケールに飲まれる。
混乱が頭を支配する。めまいがする。転移?異世界召喚?小説や漫画ではありふれた設定だが、それが現実に、自分に起こるとは。しかも、なぜ自分が?深夜のオフィスで、ただひたすら書類と向き合っていただけの、ごく平凡なサラリーマンが。
(冷静になれ……まずは現状を把握しなければ。パニックは何も生まない)
ゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡す。爆発があった門の方を見ると、黒煙がもくもくと上がっており、人々が騒然としている。誰も自分のようなみすぼらしい1人の男には注意を払っていないようだ。混乱に乗じて、この場を離れるべきだ。
ふらふらと歩き始める。広場を抜け、石造りの建物が立ち並ぶ街路へと入っていく。建物は中世ヨーロッパ風で、木材と石を組み合わせたものが多い。看板にはなぜか読めるが見たこともない曲線的な文字が記され、店先には不思議な輝きを放つ宝石や、奇妙な形をした薬瓶、刃文が美しい武具などが並んでいる。しかし、街の雰囲気はどこか荒んでいる。白壁には乱暴な落書きがされ、路地裏からはじっと睨みつけるような不審な視線を感じる。武装した者たちが、常に警戒しながら歩いている。子供の姿はほとんど見当たらない。
(もしかして……)
記憶をたどる。あの物語の舞台であるオラリオにも、混沌とした時代があったはずだ。
ただ、作中の設定と違って街中は確かに荒れているがそこまでじゃない。今は一体
(とにかく、何か情報を集めなければ。まずは、この世界でどうやって生きていくか……食うもの、寝る場所、そして何よりもお金だ)
街を見渡す。人々は爆発の混乱の中で。慌ただしい、街のあちこちで武装をまとった人々――おそらく各ファミリアの団員たちが、緊迫した面持ちで駆け巡っている。
まずは安全な場所を探す必要がある。このみすぼらしい格好で、街中をうろついていては、それこそ怪しいやつやら
しかし石畳の道は見知らぬものばかりで、どこへ向かえばいいのかわからない。人々の視線が肌に刺さる。好奇、疑惑、そして時には露骨な侮蔑の目線。
「おい、見ろよあの男。あの服装は何だ?」
「ひどく汚れているな。
「なんか怪しいなぁ……怪しいやつがいるって報告したほうがいいんじゃ」
囁き声が耳に入り、背筋が寒くなる。このままでは、何らかのトラブルに巻き込まれるか、最悪、リンチに遭うかもしれない。
そうだ、ギルド――このオラリオで冒険者達を管理する組織。あそこならば、少なくとも一応の秩序はある。どうにかしてくれるかもしれない。いや、してくれなければ、もうお手上げだ。
勇気を振り絞り、通りすがりの、商人風の中年男性に声をかける。
「すみません! 『ギルド』ってどこにありますか?」
男性は怪訝そうに自分を見下ろしたが、とげとげしい口調で道順を教えてくれた。
ーー✳︎ーー✳︎ーー✳︎ーー
なんとかたどり着いたギルドは、都市の北西、第1区に位置するパンテオン(万神殿)という場所だった。非常に壮観な存在感を放つ。
入り口に入る際に、みすぼらしい姿で注目を集めたが事前にひのきのぼうはどうぐ欄に仕舞って良かったと安堵。あれを持っていたら浮浪児にしか見えなかっただろう。呼び止められるとも思ったが、警戒されているだけで特に話しかけられない。
そんな視線の中問い合わせ口であろう場所を見つけ、そこに赴く。
そのカウンターの向こうには、少し疲れた様子の女性職員が書類に目を通していた。薄い茶色の髪を後ろで一つにまとめ、簡素な事務用のローブを着ている。
ふとこちらに気づいて目線が合うが、今の自分の姿を見て彼女は眉を上げつつもこちらに来て対応を始めてくれた。
「ご用件は?」
「すみません、ファミリアへの加入について、聞きたいのですが」
言葉を発すると、彼女の目がぼろぼろの服と汚れた顔を一瞬で見下ろした。その視線には呆れと、少しの同情が混じっていた。
「……ファミリア加入?」
彼女はため息をつき、手元の書類を置いた。
「最近、オラリオで
彼女の言葉が途切れる。改めてその視線がこちらの服装に集中する。武器も防具もなく、ただの布切れをまとっただけのこの姿が、どれほど異様に見えるか、痛いほど分かる。
彼女の言葉に、胸が締め付けられる。これでは、この世界で生きていくすべさえない。
(どうすれば……)
「そちらの方」
突然、別の声がした。振り返ると、別の職員――より格式高い制服を着た中年男性が立っていた。鋭い目つきでこちらを見つめている。
「こちらへどうぞ。別室に案内します」
「え? 自分ですか?」
「そうです。あなたを」
男性職員の口調にはっきりとした緊張が走っている。周囲の職員たちも、一瞬で静かになり、好奇と警戒の混じった視線を向けてきた。
彼に促されるまま、カウンターの横の小さな扉を通り、職員専用の通路へと進む。重厚な石造りの廊下は、外の喧騒とは対照的に静まり返っている。足音だけが反響する。いくつか厳重な通路を通った後、
「ここを1人で下りてください」
男性職員が、壁際にある階段の入り口を指さした。それは地下へと続いている。薄暗い照明が階段を照らし、冷たい空気が上がってくる。
疑問が頭をよぎるが、選択肢はない。一歩、また一歩と、石段を下りていく。螺旋状の階段は深く、どこまで続くのか見当もつかない。やがて、一段一段が大きくなり、天井も高くなっていく。
そして階段を下りきった先。
巨大な空間が広がりつつも中央にぽつんと玉座に座る傍から見ても異常な長身の老人。その目は、こちらを見つめたまま、一瞬も動かない。無表情で、感情の一切が読み取れない。その視線がより自分に向けられた時、まるで体の奥底まで見透かされるような、錯覚を覚える。
原作とアニメは一通り履修していたから、すぐに分かった。このオラリオを総括するギルドの主神、ウラノス。作中でも最高位の神として物語に度々登場していた重要人物。
「…………」
ウラノスは一言も発せず、ただ自分を見つめ続ける。時間がゆっくりと流れ、緊張が首筋を締め付ける。
「お前は、エデンの
突然、低く、しかし奥行きのある声が響いた。言葉そのものが、空間に重くのしかかる。
「エデン……?」
聞き覚えのない名前だ。
「古の神の名だ。千年前、私がこの世界に降臨する前からの……友人であった」
声に、かすかな、しかし確かな情感が宿る。それは、長い時を経て色あせた、遠い記憶を呼び起こすような響きだった。
「奴は私の後に続いて降臨後、すぐに消息を絶った。どこへ去ったのか、誰も知らない。私でさえも」
ウラノスの目が細くなる。
「エデンの名を知る者は少ない。古参の神の中でも、さらに古き時代を知る者だけが記憶している。今のオラリオで、その名を知る者はほとんどいないだろう」
混乱が頭を駆け巡る。考えられるのはドラクエ7の『かみさま』だろうか? この身に宿ったシステムも7仕様だし、まあ見方によればこの世界の
「……お前は奴に会ったのか? 名は何と言う?」
と質問され、このタイミングで自己紹介とこれまでの大まかな経緯を話す。日本という異世界から来たことは言わず、気づいたら
日本という異世界から来た話をしなかったのはウラノス本人だけの耳に入れば良いが、この世界がダンまちであるならウラノスと交流のあるヘルメスが盗み聞きしているかもしれないと思ったからだ。彼は作中で、ベルを英雄にしようと裏工作したりと気になった相手をとことん干渉していた。そんな彼が自身をどう判断し扱うかが予測できない。また未来にどんな影響があるかも分からないためリスク回避のためだ。
一通り自分の話を聞いたあとそうかと一言いい、少し黙った後ウラノスは話を切り出した。
「すでに
「通常、
ウラノスは淡々と説明を続ける。
「エデンは、そのいずれにも該当しない。行方不明だが降臨していることは確かだ、しかも天界へ送還されていない。したがって、
(つまり……他のファミリアに入ることは不可能?)
絶望が胸をよぎる。では、どうすればいい? この世界で、一人で生きていけるはずがない――
「エデンとのよしみで、私はお前に一つの道を示そう」
その言葉が、自身の思考を遮る。前を向くと真っ直ぐと。やはり神なのだと思わされる眼力。
「通常、『ファミリア』は神とその眷族で構成される。神無き『ファミリア』など、存在しえない」
しかしその眼力とは違って声が、わずかながら柔らかくなった気がした。
「しかし……失踪した神の眷族が、その神を探すために活動することは、過去に前例がないわけではない」
「……認めていただける、ということですか?」
声が震える。希望の光が、かすかに見え始めた。
「ああ、エデンは古き友人だ。その眷族が、路頭に迷うのを看過することはできぬ」
「厳密には『ファミリア』とは呼べぬが、少なくとも、ギルドが公認する『冒険者』としての活動は認めよう」
ウラノスが深く頷く。
「加えて、もう一つ。本来、眷族の【ステイタス】は、その主神が定期的に更新する必要がある。しかし……お前には、それが不要のようだな」
その言葉に、思わず息を飲む。
(見抜かれている……?)
「不思議な
ウラノスは自身が持つシステムの本質を、完全に見通していた。しかし、それについて追及する気配はない。
「ただでさえ、今オラリオは慌ただしい…………混乱や騒動の元になりかねん、表向きはエデンが存在する体として『ファミリア』の結成、活動できるように便宜を図ろう」
しかしここでさきほどからの少しの柔らかさは消え、威厳とした雰囲気とはっきりと突き放した態度となる。
「だがこれ以上の贔屓はできぬ。活動は認めるが、エデンを探すも、この街で生き延びるも、すべてはお前次第だ。ギルドは中立、これ以上は関与できん」
「ありがとうございます」
心からの感謝が込み上げる。少なくとも、公認の冒険者として活動できる。それだけでも、希望が大きく広がった。
「……その実はお願いが」
さらに思い切って、どうぐ欄を開く。念じて、魔石を取り出す動作をする。手の中に、冷たい結晶の感触が現れる。なんとなくウラノスの目線を見てみたが、このメニュー画面はやはり見えないようだ。
「魔石があるのですが、換金はできますか?
掌の上に、コボルト、フロッグシューター等の手持ちの魔石を全て出す。ウラノスの目が、わずかに動く。
「……それも、隠しておいた方がよい」
静かにそう言うと、魔石を受け取り、傍らにあった小さな箱の中へとしまった。そして手元から、いくらかの硬貨を取り出し、手渡す。
「これで、数日の生活費にはなるだろう」
手にした硬貨は見たこともないデザインだが、重みを感じる。この世界の通貨、ヴァリスだ。
「ありがとうございます」
「今のオラリオは、甘くない。生き延びたければ、己の力で這い上がるのだ」
ウラノスは再び目を瞑り祈りのような姿勢を取った。それ以上は言葉を交わす余地がない。部屋を後にし、階段を上りながら胸中に去来するのは、不安と、わずかな希望だった。
エデン。
彼を探し出せれば、どうして
このオラリオで、1人、この目的を達成するために戦い続けなければならない。握りしめた硬貨は直ぐにの感触が、冷たく、そして確かに現実を告げている。これが今の命綱のだ、すぐに我に返り、どうぐ欄に仕舞う。その後、ギルドを出て歩き出す。
日が暮れる時間帯であったので駆け足で先ほど地下室を案内してくれた職員から聞き出した安宿を探した。無事見つけ、幸い、宿泊費は手元のヴァリスは足りる。3日分泊まれるとのことで、会計を済ませる。
案内された部屋は狭く、ベッドは硬いが、雨露をしのげるだけでありがたいと思う。一息ついて、さきほどヴァリスを仕舞う際に気づいた点があるためメニュー画面を出す。
ーーーーーー
どうぐ
呪文・特技
つよさ
よろずや←
【シキ】
レベル:4
HP:32/45
MP:18/22
【装備】
ひのきのぼう
布の服
布の靴
ーーーーーー
……『よろずや』。今まではなかった項目があった。選択し表示してみる。
ーーーーーー
【よろずや】
ゴールド:299G
【どうぐ 】
やくそう 16G
【そうび】
ひのきのぼう 10G
おなべのふた 40G
布の服 10G
たびびとの服 70G
ヘアバンド 150G
どうのつるぎ 220G
ブロンズナイフ 150G
たけのやり 50G
こんぼう 110G
皮の盾 90G
皮のよろい 180G
皮のぼうし 65G
とんがりぼうし 70G
ーーーーーー
表示された画面を見て、一瞬固まるがすぐに冷静になって考察を始める。取り出せなかった
(ラインナップは……ほんとに序盤のものばかり。けどなんでいままで使えなかったのだろう、
また検証項目が増えたと考えつつも、これは利用しない手はない。どれを買うべきか、今日体験した
ーー✳︎ーー✳︎ーー✳︎ーー
ーーーーーー
【シキ】
レベル:4
HP:45/45
MP:22/22
【装備】
ひのきのぼう
皮のよろい
皮のぼうし
ーーーーーー
翌日。手元に残った僅かなヴァリスでまともな衣服と皮靴を買い、さらに昨日の夜見つけた『よろずや』で購入した皮のよろい、皮のぼうし、ひのきのぼうを装備する。なお残った
(とはいえ、さっさと
なお、『やくそう』はゲームでは
ーーーーーー
摂取又は傷口に当てることで、少しずつ回復を促す
ーーーーーー
やはりこのシステムは単にドラクエ仕様ではなく、
(ゲームでは延々と序盤の敵を長時間倒し続けてレベル99とかできるけど……恐らくそういったことでは経験値は得られないしレベルが上がらない気がする)
そんなことを考えながら元々着ていた布の服はうまいこと口を縛って袋替わりにして背負う。魔石をある程度入れる
そして宿を出て朝早い時間帯、バベルの塔へと続く表通りを歩く。作中では賑やか雰囲気だったが、昨日と同じく今のオラリオの雰囲気は非常に暗い。
少なくとも、今の皮装備で固められた姿は駆け出しの冒険者。昨日の注目を集めるような視線は幸い向けられない、まあ極東顔が珍しいのか時折往来する人がこちらを見ているようだが。
この格好で再度、バベルの塔を訪れてギルド職員の監視を通り過ぎて
一歩進もうとすると、足に少し力が入らない錯覚を覚える。
少し立ち止まり、再度歩き出す。
(昨日は命からがら抜け出した場所なのに、今度は自分から入るからか)
現代日本で育った身としてわざわざ死ぬリスクがある場所に赴くなんて経験あるわけないだろう、当たり前の反応と割り切る。
……しかし立ち止まるわけにはいかない、すでに宿代と衣服代で手持ちのヴァリスは消えた。これから生活費を稼がないと、エデンを探すどころではない。
意を決し、歩みに力を入れる。この身宿ったシステムについても、検証するべきことがたくさんある。時折、どこからか聞こえるモンスターの声。ひのきのぼうを握りしめて先の暗い洞窟を進み続ける──
…
……
………
…………
……………
………………
…………………………………………………………
────────────────
「【エデン・ファミリア】の結成ですか、その対応はギルドの立ち場としては少々贔屓では?」
「奴は今日における
────────────────
「器用なのか、不器用なのか……その……あまり……冒険者らしくないというか……」
「……まだ冒険者になって日が浅いのでご容赦を」
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「怪我を治してくれてありがと! 」
「私はアーディ・ヴァルマ! 【ガネーシャ・ファミリア】所属のLv.
(!?)
「……【エデン・ファミリア】所属の……シキ……です」
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「君、面白いね……興味出てきたよ♪」
「まーたなんか言い始めたよ、コイツ……」
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「あなた……私のファミリアと一緒に活動しない?」
「「「「アストレア様!?」」」」
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「貴様、やはり極東の出ではないな。顔つきや所作、味覚こそ似ておるが何かが違う……何者ぞ、答えよ!」
「待ってください、
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「なんや自分、なーんか気に食わんなぁ」
「……どういう意味でしょうか? ロキ様?」
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「思いだした……前に
「……! 驚いたぞアイズ、お前が冗談を言うとは」
「…………いえ、本当です……見てたんですね」
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「『
「貴様……」
「
「自分はイケロス及びルドラを討ちたい。そのためには【イケロス・ファミリア】を筆頭に闇派閥に属するファミリアの討伐及び解体をギルド名義で宣言が必要なんです」
「クノッソスを抑えることは、
「分かっているのか、人の身での
「自分はこの世界の人間ではない、異物です。それに人様の人生を──命を弄ぶような輩を敬う気持ちなんて一切ありませんし
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──この物語の主人公は英雄ではない。
ドラゴンクエスト7リイマジンドプレイ記念、あと最近ダンまちにハマり思いついたので短編投稿です。続きは書きたいなと考えてます、感想・評価頂けると励みになります。加えて投稿するのは2本目ですがほとんど初心者です。
原作は買って現在読んでいます、アニメもNetflixで視聴中です。設定矛盾等はご容赦を。