エデンの戦士が彷徨うのは間違っているだろうか   作:ノマド

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さらば、ひのきのぼう。もうお前はこれからの戦いについてこれない。悪いが役目は終わりだ……。


3話:始マリ

 エレベーターを降りた瞬間、鉄と火の匂いが鼻腔を刺激する。鍛冶屋の店が並ぶ階層というだけあって、どこからか聞こえてくる金槌の音が絶え間なく響き、外観からは想像もつかないほどの賑わいを見せていた。

 

「すごい……まるで別世界だ」

 

 思わず呟いてしまう。現代日本の商店街ではまず見られない品々がずらりと通路から目にすることができる。どうやら色々な工房がテナントのように構え、その場で武器や防具を調整・販売しているようだ。とはいえ、店自体の装飾はお世辞にも良いとはいえない。担当している人も如何にも駆け出し職人といった感じだ。客層も同じくおそらくレベル1の冒険者ばかり、様々な種族が武器や防具を手に取っては真剣な表情で確かめている。

 

 ローズさんから渡された紙を広げる。達筆だが読みづらい字で店の場所が書かれている。どうやら階層のエレベーターからもっとも離れた位置にあるらしい。大勢の人通りを避けつつ、周りの様子を見学しつつその店を目指す。年柄もなく、わくわくした気持ちで歩き回れる。足取りは自然と軽やかになり、好奇心が胸の中で踊るのを感じた。

 

(ここか……)

 

 やがて通路の奥まった場所に目的の店を見つけた。他の店と比べると、客が全くいない。到着した店は他の店よりもひときわ質素で、看板も擦り切れている。店内は薄暗く、武器・武具が無造作に積まれているし、鉄の錆びた匂いと、木材の香りが混ざり合った独特の空気が漂う。

 

「……客か」

 

 受付には顎鬚を生やしたドワーフが一人、無愛想に座っていた。彼は分厚い帳面を広げ、何やら熱心に記録を取っているようだ。

 

「あの、武器を探しているんですが……」

 

 声をかけると、ドワーフは顔を上げもせず、だるそうに手を振った。

 

「気になったもんがあったら、あそこで。触って振って、しっくりくるかどうか確かめろ」

 

 その一言だけを残すと、再び帳面に向かう。どうやらこれ以上は会話してくれそうにない。指さされた方を見ると、部屋の隅はひときわ広いスペースがある。ここでお試しで振ったりできるらしい。

 

 彼の無愛想な態度に少し戸惑いながらも、指示に従って武器を試してみることにした。

 

 店内には乱雑に値札が掛かれた棚や床の箱に様々な武器・防具が所狭し分けて並べられている。ひとまず今日は武器を見に来たのでそちらの区画を周ってみる。小剣、大剣、槍、斧……どれもこれも初めて目にするものばかりだ。値段は安い物が多いが時折高い値段がある。しかしながら、全体的にあまり整備されたようには見えない。

 

(まずは……剣からか)

 

 試しに様々な剣を手に取ってみる。両刃の剣は重くてバランスが取りづらく、片刃の刀は柄が手に合わない。大きな大剣は重さにすぐに腕が疲れ、細身の小剣は軽すぎて頼りなく感じる。どれもこれも手に馴染まず、違和感ばかりが募っていく。立ち回りも、それは酷いものだった。

 

「剣なんて生まれて初めて握るんだから当然。むしろ()()()()()()の方が……」

 

 ため息まじりに呟きながら、直ぐに頭で否定する。

 

(いやいや、()()()()()()の方が良いってことはないだろう…………まてよ?)

 

 あることを思いつき、直ぐにメニュー画面を出して()()を武闘家と僧侶の組み合わせから、()()()()に変更してみる。

 

 そのあと、最初に握った剣を再度握ってみる。なぜか最初に触ったときより、軽く感じる。

 

(もしかして……)

 

 すぐさまスペースに移動し剣を振るうと、先ほどよりは()()()()()なっている。明らかに自分の中の何かが変わった。まだ完全にしっくりくるわけではない、だがなんとなくこう動くべきだという感覚が湧いてくる。しばらくして、職業をさらに()()()()()に変更して武器が並べられた場所からナイフを取り出して振ってみる。やはり、これも同じ感覚を覚えてた。立ち回りをどうすべきなのかが、何かに導かれるような感覚。

 

(間違いない、()()はステイタス上下や呪文・特技だけが変わるんじゃない……適正のある武器を扱う際に()()がある程度掛かるんだ!)

 

 だから、最初に手にした()()()()()()でも戦えたのだと気づく。

 

(最初にセットした職業は()()()()()。この場合だと棒術の部類に入るのか? 確かにまあ適正っぽい感じはする。僧侶は修行僧のほうがイメージが強いが)

 

 武器の区画から、それらしい棒もいくかあったのでそれぞれの職業のみになるようにセットして振ってみると、明らかに両方の職業をセットした時の方が扱いやすい。加えて、さきほどの剣やナイフなんかよりもひのきのぼうで戦っていた時の動きができて、スムーズに立ち回れる感覚だ。

 

(これは良いことが分かった。今後将来的に、戦闘中の『職業選択の組み合わせの切り替え』戦法の実現を視野に入れられる!)

 

 とはいえ、まず最初は扱う武器は1つに絞るべきだろう。色々考えていたが、攻防と回復バランスの実現を考えるとやはり上級職の()()()()()開放を目標にすべきだ。そのためにも()()()()()、やはりこれをメインに戦おうと決める。

 

 ならば棒術に適した武器が必要だと店内を見回す。

 

 しばらくして、隅の方に埃を被った1本の棒が目に入った。他の武器とは違って、ひっそりと置かれている様子が気になり、近づいてみることにした。

 

 手に取ってみると、剣より長く、槍より短い。両端には八角形の円柱とそれぞれバランス良く突起がついており、所謂(いわゆる)、棍の一種のようだ。埃を払うと、黒光りする金属が現れる。持ち手部分も金属のむき出し状態だが、他の商品に比べて劣化が少ないように見える。

 

 手にした瞬間、なぜか自然と握り方が分かり、体が動き出す。()()()()()の補正、加えて2日間だけだったが()()()()()()をひたすら振るっていた時の感触が湧き出る。

 

 すぐさまスペースに移動し、後ろに構えて立ち、息を整えて振るう。

 

 棍がしなやかに宙を舞う。風を切る音が軽やかに響き、体の動きと棍の動きが完璧にシンクロするのを感じた。振り落とし、振り回し、突き、それに合わせた体捌きと足捌き。この2日間でなんとなくしていた動きを再現してみが、今までにない手ごたえと何かのピースがハマった感覚を覚える。

 

(これだ……これしかない!)

 

 驚きと興奮が込み上げてくる。すぐさま置いてあった場所を確認してみるが、値札が見当たらない。ならばと店主であるドワーフの方を見ると、彼はなぜかこちらのことをじっと観察している。先ほどまでの無愛想な態度とはうって変わり、興味深そうな眼差しでこちらを見つめていた。

 

「すみません、これの値段を教えてください!」

 

 声をかけると、ドワーフはゆっくりと立ち上がり、近づいてくる。

 

「お前さん、面白い奴だな。それは、長いこと誰も選ばなかったのに」

 

 彼は顎鬚を撫でながら、棍を仔細に見始める。分厚い指で棍の表面をなぞり、思い出すような仕草に。

 

「これはなかなり昔、知り合いが気になっていた女の魔法使いのために身を守るための()って試作したもんだ。なんでも魔法を増強する特殊な金属を混ぜ込んでるとかなんとか」

 

「……ただ、奴は馬鹿だった。重さを考えなかった、加えてその女が扱えるようなものでもなかったし、そもそも()じゃないだろうとアホだろと皆から総ツッコミを食らってたわ」

 

 製作者であるそのドワーフは酔っぱらった拍子にこれを思いつき、オラリオ中を走り回って集めた鉱石をベースに一晩で完成させたとのこと。しかも当の本人は酔っ払い過ぎて、何を混ぜ込んだか思い出せない始末。この話は一時期【ヘファイストス・ファミリア】で笑い話として流行ったが、最終的に主神であるヘファイストスの耳に留まり大目玉を食らったらしい。

 

 肝心のこれは、少なくとも頑丈さとバランスは良い物の何を混ぜ込んだかはっきりと分からず売り物ならんと倉庫行きとなり最終的にこの店に並ぶようになったと。

 

「つまり、これは魔法使いが使う杖……」

 

「いや分類は()だろう……お前さん、最初の剣の扱いはへっぴり腰もいいとこだったのに急に動きが良く為ったり、これの扱いのほうがしっかりしていたりと変な奴だな」

 

「……見てたんですね」

 

 さっきの検証していた際の姿は観察されていたらしい。まあ傍から見れば、へんてこりんもいいとこな奇行に見えることだし誰だって目に留まるだろう。

 

「しっかしなぁ、お前さんの防具! 色々言いたいことが山ほど出てくる。駆け出しもいいところだ……なんだこれは」

 

 より近づいて、自身の胸にある先ほどギルドからの支給品の胸当てを叩く。

 

「えっと……ギルドのローズさんからも指摘を受けてこの支給品の防具を渡されたんです」

 

「……ローズ? なんじゃ、あの狼娘(おおかみむすめ)の紹介か、それを早く言え!」

 

 こっちにこいと、カウンターの裏口に案内される。そこには様々な素材が積まれた棚と鍛冶場が用意されていた。それらに目がいくものの、彼は話を続ける。

 

「ワシはゲパルト。おまえさん、レベル1の駆け出しだな。名前と所属は?」

 

「! すみません、自己紹介が遅れました! 【エデン・ファミリア】所属のシキです、よろしくお願いいたします」

 

「はぁ? 【エデン・ファミリア】? 聞いたことないが……」

 

 自己紹介を兼ねて、そもそも今日ギルドに正式認定されたファミリアであること。ダンジョン2回目の駆け出しもいいところな冒険者だと伝える。今日稼いだヴァリスでとにかく武器更新しろとローズさんの案内のくだりを説明したところで、

 

「2回目で9000ヴァリス稼いだか、相場が上がっているとはいえ……なるほど」

 

 そんな説明を聞き、ゲパルドさんは話を切り出す。

 

「お前さんのその『皮防具』。モンスター相手には正直、防御面ではちと心もとない。ただ鎧の裏地に着ける()()()としてだったら駆け出しとして十分だろう」

 

「はあ、緩衝材……」

 

 ゲパルドさんは傍にある素材が入っている棚を見て少し考えた素振りを見せて、

 

8()0()0()0()ヴァリス。『棍』の整備費用込み、加えて『皮防具』一式をその上に着けた『鉄防具』を一体化する費用だ、ついでにその腰に付けた解体用のナイフも研いでやる」

 

「! この()、他の高そうな剣とかと同じくらいなんか素材が良さそうだったんですけどいいんですか? さっき見た同じような素材の剣とかは5桁だったような……」

 

「さっきも言ったように、何の素材を混ぜ込んだか分からない物を売ってる点からだ。ただ少なくとも()()()()()()で通用する頑丈さはある。その分重さがあるから、誰も使わなかったんだが……さっきの動きからして問題ないじゃろう」

 

 正体が分からないものを売るという点でのサービスと補足を受け、加えて本当にまずいものだったらヘファイストス様が鋳つぶしてしまっただろうということから酷いものではないとのこと。

 

「是非、お願いします! 8000ヴァリスで」

 

 当然即決。これほど良い話はないと判断したからだ。少なくとも、騙している雰囲気はないこと、ローズさんの紹介という点で信じることにした。加えて防具の整備もしてくれるというのだ、断る理由がない。

 

「明日の朝にギルドに行くんじゃな。ならその前に来い、夜の内に仕上げておく」

 

 説明を聞いた後、皮のよろいを脱ぎ、それとナイフと一緒に渡そうとする。が、皮のぼうしもと言われた。これも一緒に仕上げてくれるらしい……イメージとしては軽装の兜に整えると。

 

 感謝を示しつつ、それらを引き渡す。加えて採寸を受けてから、ヴァリスを渡し手続きを済ませる。

 

「それじゃ、ワシは作業に入るからもう今日は店じまいじゃ」

 

 と言い店を閉め始めるゲパルドさん。壁の空気口から僅かに見える空模様を見ると確かに夕暮れ時。ギルドでの手続きと、この武具屋での買い物でもうこんな時間だ。

 

「近頃、物騒だ早く帰ったほうがいい」

 

「……そうですね、直ぐに宿屋に帰ります」

 

 ゲパルドさんに別れを告げて、直ぐさま帰宅を始めるが帰りのエレベーターは混んでいた。皆同じ感じで夕暮れ時には直ぐに、ファミリアのホームに帰るように言われているのだろうか? 少し焦っているように見える。

 

ーー✳︎ーー✳︎ーー✳︎ーー

 

 薄暗い夜明けの光が窓から差し込み、宿屋の部屋に静かな朝の訪れを告げていた。目を覚ますと、昨日の出来事が走馬灯のように頭をよぎる。ゲパルドとの出会い、あの金属棍との運命的な邂逅、そして今日から始まる本当の意味での冒険者生活。胸の高鳴りを抑えながら、御年25歳柄にもなくワクワクしながら身支度を整える。

 

 宿屋の食堂で簡単な朝食を済ませると、すぐにゲパルドさんの工房へと向かった。

 

 街路はまだ人通りが少なく、夜の名残をとどめる静けさが漂っている。しかし所々で、夜通し働いていたであろう人々の疲れた顔を見かける。そもそも魔石のおかげで、夜でも明かりが十分に取れるオラリオでは、地球文明が辿った歴史と同じく昼夜を問わず活動できるようになり、それに伴って他種多用な職種が生まれたのだろう。

 

 工房に到着すると、すでに出入口のシャッターが半分開けられていた。

 

「おはようございます。ゲパルドさん、お邪魔します」

 

 薄明かりが差し込む中、期待と不安を胸に足を踏み入れた。鉄と炭の匂いが混ざった独特の空気が、朝の冷たい空気と共に鼻腔を刺激する。

 

「おう、時間通りに来おったな……こっちにこい」

 

 ゲパルドさんはカウンターの奥から現れると、作業用のエプロンを外しながらこちらを手招きする。それに従い、彼について行く。

 

 彼の顔には疲労の色がにじんでいたが、どこか満足げな表情も浮かべている。

 

「これがお前の新しい装備じゃ」

 

 彼が指さした先には、見事に生まれ変わった武具が一揃い並んでいた。まず目に入ったのはあの棍だ。以前の埃まみれの状態からは想像もできないほど全体が美しく磨き上げられ、持ち手部分には青い革が巻かれ、握りやすそうな滑り止めの加工が施されている。

 

「まずは棍から見ていけ、試してみろ」

 

 ゲパルドさんから棍を手渡される。手に取ると、昨日よりも明らかにバランスが良くなっているのがわかる。軽く振ってみると、風切音が清々しく響く。きれいに磨き上げられた両端の八角形の突起が、鈍い光の軌跡を描く。

 

 重量は変わらないはずなのに、なぜか軽く感じる。恐らく重心の調整が完璧になされているのだろう。

 

「すごい……昨日よりずっと扱いやすいです」

 

 思わず声が震える。

 

「当たり前だ。ワシが整えたんだからな」

 

 満足げに顎鬚を撫でながら、次に防具を差し出した。ギルドからの支給品である胸当て、籠手、臑当ては皮のよろいと一体になり、新たな軽装鎧として生まれ変わっていた。一見しただけではもともと別々の装備だったとは思えないほどだ。

 

 ただ明らかに支給品達は形状が変わっていた。恐らく下地の皮に合わせて叩き直したのだ、あんなに頼りなかった金属が鍛えられ、磨き上げられている。しかも背中側にも要所に同じ鉄の()()があり、しかも棍を背中に固定する器具まである。

 

 さらに皮のぼうしも軽装鉄兜と言うべきか、同じく装甲が追加されていた。

 

 それぞれの装備にはこの工房を示すのであろう小さな刻印が施されており、職人のこだわりが感じられる。

 

「さあ、着てみろ。サイズ調整は済ませてあるが、実際に着てみないと分からんこともあるからの」

 

 渡された鎧と兜を装着し、ゲパルドさんが確認を行う。

 

 少し重みを感じるが、それでも軽さを損なっていない。一つ一つのパーツが驚くほど身体にフィットし、動きを妨げない。肩や腕の可動域も計算されており、動きを妨げない設計になっている。

 

「どうじゃ、締め付けたりせんかの?」

 

「いいえ、とてもフィットしています」

 

 次に鉄兜を被る。見た目よりも軽く、頭部をしっかりと保護してくれる安心感がある。腰に着いた支給品の剥ぎ取り用のナイフも抜いて確認するが、同じものとは思えない輝き振り。

 

 最後に棍を手に取る。

 

「鏡を見てみろ」

 

 ゲパルドさんが奥の鏡を指さす。そこに映った自分は、数日前までサラリーマンだった男の面影はなく、きちんとした冒険者としての姿があった。

 

(これが……自分?……か)

 

 胸に熱いものが込み上げてくる。現代日本での平凡な日常が嘘のように感じられる。しかし、この世界で生き延びるためには、この姿が何よりも頼もしい。

 

「やーと様になったな」

 

 ゲパルドも満足げにうなずく。

 

「ありがとうございます、ゲパルドさん。本当に……言葉では表せないほど感謝しています」

 

「感謝するなら、生き延びてこい。それが一番の恩返しじゃ」

 

 彼はそう言うと、奥の棚から黒いバックパックを取り出した。

 

「ついでだ、これも持っていけ」

 

「これは?」

 

「これも受け取れ。餞別じゃ」

 

「え? でもこれは……」

 

「倉庫の在庫処分だし、餞別だ。ファミリアの代表たるもの、しっかりとした姿を見せないとな」

 

 そう言って無造作に差し出される中型のバックパック。革製で、所々に使い込まれた跡があるが、まだまだ使えそうだ。

 

「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」

 

 バックパックを受け取ると、中には小さな工具セットとメモが入っていた。

 

「武具の整備なんてやったことないだろう……それを読んである程度自分でできるようにしろ」

 

 ゲパルドは真剣な表情で私を見つめる。

 

「正直今のオラリオでファミリア結成するということ自体、時期が悪すぎると思う。お前さんの主神が何を考えているやら……が、それでもお前さんならやっていけるかもしれん」

 

 その言葉に、私は深く頷いた。ドワーフは義理人情に厚いというが……その忠告はまさにその通りだ。

 

「自分は、このオラリオでとにかく強くならないといけないんです。この恩は必ず……今後は武具の整備や相談はこの工房に……ゲパルドさんに依頼しても良いでしょうか?」

 

 だけど、落ち着くまで待つとなるとベルが来る時期まで何年も待たなくてはならなくなる。レベルを上げるには、このオラリオの地しかほぼないのに。

 

 ……正直この理不尽な状況に置かれている身としては感謝の気持ちで胸がいっぱいになる。しかし、自身に宿った()()()()、それに目を着けあの手この手で干渉してくるであろう()()達……逃げ道はない、戦うしかないのだ。

 

「いつもこんなサービスするわけじゃないからな、今度はもっと稼いでこい。そうすればもっと良いものをオーダーメイドしてやる」

 

 ゲパルドさんはこちらの何かを察したような表情で頷くと、背中をポンと叩いた。

 

「早くギルドに行って来い。ローズが待っておるだろう」

 

 再び礼を言い、バックパックを背負う。その重みは、単なる物理的な重量以上のものを感じさせた。これはゲパルドの期待であり、信頼の証なのだ。

 

 挨拶を済ませ店を出ると、朝日が差し込む通路に出た。人通りも少しずつ増え始め、街が目覚めつつある。新しい装備を身に着けた自分は、前日とは別人のような気分だ。

 

ーー✳︎ーー✳︎ーー✳︎ーー

 

 ギルドは既に多くの冒険者で賑わっており、魔石の淡い光がざわめく喧騒を柔らかく照らし出していた。鎧の擦れ合う音、笑い声、時折聞こえる金属音――全てが混沌とした活力に満ちている。

 

 窓口には既に赤髪の狼人(ウェアウルフ)が立っていた。鋭い眼光が私を捉えると、微かに眉を上げる。

 

「おはようございます、ローズさん」

 

「……やっとまともな格好になったわね」

 

 ローズさんはの視線が私の装備全体をくまなく探る。特に胸当てに施されたゲパルドさんの工房の刻印に目が留まったようだ。

 

「あの頑固親父に気に入られたと……これでやっとスタートラインに立ったに過ぎないことを忘れないことね」

 

「はい、おかげさまで立派な装備を揃えることができました」

 

 ローズさんは軽く鼻を鳴らすと、カウンターに肘をついて前のめりになる。

 

「それじゃ、今日の予定は? 一応、手ごろな依頼(クエスト)があるけど……その装備慣らしついでにできるやつ」

 

「……そうですね。そういう都合の良いものがあればお願いいたします」

 

 すると依頼書の束から一枚を抜き取り、カウンターに滑らせる。

 

「苔の採取。1階層から7階層までなら採取できる。けど……4階層付近が効率がいい、1から3階層は低級冒険者が殺到して競争が激しいから」

 

「苔の採取……ですか?」

 

「低級ポーションの材料として常に需要があるんだけど……」

 

 これね、とサンプルであろう一欠けらを渡してくる。加えてローズさんの声が突然低くなり、瞳が真剣な輝きを増した。

 

「6階層以降には『ウォーシャドウ』が出現する。新米殺しと呼ばれているモンスターね、だから6階層以降には降りないこと」

 

 その言葉に、思わず息を飲む。背筋が凍りつくような感覚が走った。

 

「……『ウォーシャドウ』」

 

「全身が影のように真っ黒な人型モンスター。遠目には冒険者と誤認しやすく、両腕の先端はかぎ爪のように様に鋭利――第二級でもまともに受けると危険なモンスター」

 

 ローズさんの指が依頼書を軽く叩く。

 

「だから探索は5階層まで。あんな粗末な装備であれだけの収穫……今なら4階層は問題ないはずよ」

 

 確かに初日はそもそも4階にいた……今の装備だったら大丈夫なはずだ。

 

「では潜るのは4階層まで、装備慣らしのついでに苔を採取しようと思います」

 

 ローズがわずかに頷く。

 

依頼(クエスト)の期限はない、いつでもあるものだから。採取した苔はいつでも量に応じて報酬は変わるけど、まずは生きて帰ってくることを考えて」

 

「はい、必ず戻ってきます」

 

 すると突然、ローズさんの耳が微かに動いた。目線は後方、ギルドの入り口付近を見ている。耳を澄ますと、確かに大勢の冒険者を従えた集団の喧騒が聞こえる。

 

「騒がしい連中が来たわね、相も変わらず……賑やかなこと」

 

 その目線を追おうと後ろを見ようとするが……

 

()()()()()()()、あなたのようなぽっと出のファミリアが関わると碌なことにならないから」

 

 その言葉ですぐさま前を向くと……もう行きなさいという目線だ。

 

「ありがとうございました、行ってきます」

 

 姿勢を整えて、ギルドの出口へと向かう。ローズさんの忠告を守り、あくまで自然にその集団には目線を合わせない。しかし、周りににいた冒険者の雰囲気が固まっていることに直ぐ気づく。

 

 ひそひそと話声をして、その威圧感を放つ集団に注目しているだろう。耳を澄ますと、周囲の冒険者たちの囁きが、鋭い刃のように耳に刺さってくる。

 

「【ロキ・ファミリア】か……今日は随分と大所帯じゃないか」

 

「静かにしろ……絡まれたら終わりだぞ」

 

「子供まで連れて……あれが噂の……」

 

 【()()()()()()()()】――その名前を聞いた瞬間、頭の中で歯車が噛み合う。ダンまち本編では強大な勢力として君臨するあの集団が、今この場所にいる?

 

(……やっぱり本編より前の時代に来てしまったのか?)

 

 鼓動が早くなる。冷静になれ、と自分に言い聞かせる。前方へ進む歩みを止めずに群衆の隙間から、わずかに首を傾げて視界の端を捉える。

 

 集団の中心に立つのは小人族(パルゥム)の男性で、その傍に佇むエルフの女性――この二人は、間違いなく団長の『フィン』と副団長の『リヴェリア』だろう。2人は自然体で立っているだけだが、そこからは圧倒的な()()()が波のように押し寄せてくる。

 

(まだ冒険者になって1日目なのに、これだけは分かる……明らかに周囲の冒険者たちとは格が違う。それはレベルだけでなく、身についた戦士の気概までが違う)

 

 そして、その2人の足元に――。

 

 一瞬、息を呑んでしまった。淡い朝の太陽光の下で、金色の髪が細やかに輝く小さな女の子の姿が見えた。場違いなほど可憐なその姿とは裏腹に、無表情で俯いているが、その細い眉の間に宿る鋭さ、そして下を向いた瞳から漏れる気配には、並外れた強さが宿っているのが分かる。

 

(……まさか……『アイズ・ヴァレンシュタイン』?)

 

 周囲の冒険者達の囁きが、疑念を確信に変える。

 

「見ろよ、あの金髪の小娘……」

 

「7歳で加入して3ヶ月目だとか……既に才能の片鱗を見せているらしい」

 

()()

 

 頭の中で時系列の計算が瞬時に行われ、背筋に冷たい戦慄が走った。

 

(本編で彼女が16歳で活躍していることを考えると、今は9年前のオラリオ)

 

 暗黒期と呼ばれる時代――治安が最悪で、闇派閥(イヴィルス)が暗躍し、冒険者・市民問わずの死亡率が異常に高い時代となるのはこれからおよそ2年後。すでにその片鱗はあちこちに見える。

 

 この事実が、重い鉛のように胃の底に沈んでいく。

 

 歩調を乱さないよう意識的に呼吸を整える。

 

 出口まであと十メートルほど。しかしその距離が、無限に遠く感じられる。背後から感じられる威圧感が、首筋を灼くように熱い。

 

(振り返るな……自然に……ただ前を見て歩け)

 

 自分に言い聞かせながら、それでも思考は止まらない。

 

『9年前』

 

『暗黒期』

 

『死の七日間』

 

『大抗争』

 

『アストレア・レコード』

 

 こんなことが起きる場所で生き延びなければならないのか? こんな場所でエデンを? 最低でもこの暗黒期が終わるまでは、オラリオから離れるべきではないのか?

 

 出口が徐々に近づくにつれ、周囲の空気はさらに緊張感を増していく。【ロキ・ファミリア】の集団が動き出したのだ。彼らが通る道に対して、周囲の冒険者たちが反射的に道を空ける。それは当然のことだ。彼らは現在のオラリオを代表するファミリアであり、その統率の取れた様子は、他者を寄り付かせない。

 

 長い時を感じつつも何事もなく、彼らが入ると同時に横の出口を抜け、朝の光が降り注ぐギルド前広場に出る。一瞬目を細めながら、深く息を吸い込む。冷たい空気が肺の中を通り抜け、覚悟を固める。

 

(……逃げたら、これからの全てが駄目になってしまう気がする)

 

 緊張した体の重みを感じながら、ダンジョンへと続く大通りを見据える。ウラノス様から授かった恩情、ローズさんの忠告、ゲパルドさんの期待、そしてこの時代で生き延びなければならない現実――全てが現在の自分を形作っている。

 

(強くならなければならない。エデンを見つけるためにも、日本に帰るためにも)

 

 足取りを固めてダンジョンへと向かい始める。背後では、まだ【ロキ・ファミリア】の威圧感が残っているような気がしたが、もう振り返ることはない。

 

 ――前方に広がるのは、暗黒期を迎えるオラリオ――この地下に広がる隠された狂気の迷宮、そして富と名声を誰もが求める死の地下迷宮(ダンジョン)




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