十文字の御旗のもとに   作:るいぼすてぃー

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勉強と答え合わせ

 

一夜が明けそれぞれの思惑が混ざり合いながら荀家での2日目が始まる。

まずは顔を洗いトイレを済ませる、さっぱりした気持ちで元の部屋に戻る。

 

「げっ」

 

誰かわかりやすい声を聞くとそこにはやはりしかめっ面の荀彧がいた、思わず苦笑しそうになるが堪えて挨拶を交わす。

 

「おはよう荀彧。」

 

毛嫌いしてる様子がもはや微笑ましくもある、まるで懐かない小動物だなと思いながら挨拶をする。

 

「……ぉ、おはよ……」

 

嫌いと恩人の間で思案し挨拶されたのに返さないというのは自身のプライドが許さなかったのだろう。

不服そうな顔をしながらも返された挨拶をうれしく思う。

 

「荀彧は今日はどんなことをするんだ?」

 

単純な興味で聞いたが、まぁ教えてもらえないと思いながら聞いた。少なくともこちらからは仲良くしたいという意思は崩さずに接しようと考えたからである。

 

「…聞いてどうするのよ、言っておくけど街の案内とかなら御免よ。」

 

予想を裏切って返事が来た、意外だなと顔に出てしまった。

 

「客人として招いている以上は無視はしないわよ…でも態度や言葉は改めないわよ。」

 

荀彧は自身を曲げない、だが礼は尽くすと…そしてそれは荀彧を知っているものからすれば快挙に近い。

一刀も驚きながらもありがたいと感じていた、初めてここに来ての知り合い…せっかくなら仲良くしたい。

しかし相手の思想的に難しいタイプだとは思いながらちょっとでも仲良くできたらと考えていたからだ。

 

「…ありがとう…荀彧。」

 

一刀は心から嬉しく目頭が少し熱くなっていた、どこか感じていた心の寂しさを吹き飛ばしてくれたのだ。

それもそのはず北郷一刀はあくまでも学生だった、普通に生きてきただけの現代人なのだ、多少年齢よりも落ち着きがあってもただの学生なのだ、寂しさや困惑など負の感情が沸かないはずはなかった。

 

成り行きとはいえ頼れる人に出会えた、出来れば仲良くしたいと…笑い会えればと思っていた。

だが相手は異性を…男を嫌う、しかもその男に襲われ命さえ覚悟したのだ、恩人という側面があっても馴れ合いは断るとそう言われても仕方ないとも思っていた。

心細く感じていたのは自分だ、だからこそ嬉しかった。

 

「…次の仕官先への文を書く予定よ。」

 

荀彧は袁紹の元より戻り曹操に文を出そうと考えていた。

本当は帰ってすぐ書こうと考えていたが、戻ってからも筆が乗らず書けずに今日改めて書くことにしていた。

 

「曹操軍に行くんだな、荀彧なら余裕じゃないか?」

 

一刀は三国志の世界だということには気づいていた。

いろいろおかしい部分は大いにあるがそれでも本筋は変わらないだろうと何の気なしその言葉を吐いてしまった。

 

「…アンタいつ私が曹操様に文を出すと気づいたの?」

 

荀彧の態度は警戒と不審が含まれていた。

袁紹軍の帰りとも話していない、いや昨日の発言から様づけをしたのもあるかもしれない…しかし明らかに断言しているのはおかしい、いろいろと違和感しかない男だと考えながらはいたがそれがより深まってしまった。

 

一刀もやってしまったと顔に出ていた、言葉が見つからないのかしどろもどろな様子に荀彧は考える。

服装は見たこともないものだった、裕福な家の出だろう。

持ち物に見たことないものがいくつかあった、これは商人の家系で新商品の類いだろうか?

地域が分からない、この辺りの人間ではない。

そもそもなぜ行く当てないのか?

 

「荀彧、夜に少し時間をもらえないだろうか? 考えをまとめて今わかっていることを正直に話す。疑問にもできるだけ答えるからさ。」

 

荀彧が思案している間に一刀は覚悟を決めていた。あとはできるだけ分かりやすく纏めてから話そうと時間を指定した。

初めて出会った相手だ、誠実に話そうと言う意思だ。

荀彧も少し驚きながら考えた、おそらく親である荀緄も素性を調べているはず。

自分から話すと言っているのだ、嘘かどうかは荀緄が集めた情報と照らし合わせればいいと考えた。

そしてもう一つ頭をよぎったこと、眉唾の噂話だった天の御遣い

という存在だ。

 

「いいわ、夕食後にアンタの部屋に向かうからその時に話しなさい、ただし余計なことをしたら切り落とすわよ。」

 

そう言って荀彧は自室に戻っていった。

 

 

「蔡春さん、教えてほしいことがあるんですがいいですか?」

 

朝食後一刀は情報をまとめるために世話役として居てくれる蔡春に話を振った。

 

「畏まりました。私で答えられることなら何なりとお聞きください。」

 

二つ返事をもらうと早速尋ねる。

 

「地理や常識をまとめてる書物か何かは置いてませんか?どうもそのあたりは疎いものでして…」

 

まずはこの2つが優先順位が高いと考える。

いずれははここ出ていく、帰る方法探すにしても生きていくにしてもいつまでも世話にはなれない。

必要なのは主要都市や基礎の常識、あとは今が三国志のどの時代かなのか…先日の野盗が黄色の頭巾をしていたことからも三国志の始まり【黄巾の乱】と呼ばれた時代に近いことは分かる。

あとはそれがすでに始まっているのか、まだなのか、或いはすでに終わりの残党なのかは押さえなくてはならない。

 

「では書庫に行きましょう。」

 

そうして着いた書庫で驚愕する、文字が読めない。

話せるのだから読めるだろうと高を括り書物を開き絶望。

そもそもなぜ言語は通じているのかもわからない状態だったのだこちらは中国の有名な歴史、日本に居た一刀とは言葉が違う、にも関わらず普通に会話しコミュニケーションが取れていたものだから勝手に読めると思っていた、一刀が考えているよりも現実は甘くなかったのだ。

蔡春が一刀の挙動に完全に置いていかれていたところに荀彧もやってくる。

 

「なにこれ?どういう状況?」

 

蔡春に説明を求めるもこちらもまだ理解できていないのだ。

蔡春は知識のために本を読みたいという一刀を連れて書庫に来たことを説明する。

 

「北郷様が地理や常識についての書物を読みたいと言われましたのでこちらに案内したのですが…」

 

想定外の反応に二人も少し考える。

 

「北郷様、いかがいたしましたか?」

 

やっと聞かれた言葉に明らかな落胆と困り顔で一刀は答えた。

 

「どうやら俺は文字が読めないらしいです、案内してもらったのにすみません。」

 

二人は疑問しかでなかった、書物を読みたいというのに文字が読めない…順序が逆だ。

普通は文字が読めるから書物を読もうとなるはずだ、読めないならその考えにはならない。

 

「北郷様、一度部屋に戻りましょう。」

 

世話役として一旦落ち着けようと行動する蔡春

そして凹む一刀を連れて書庫を離れていった。

荀彧は文の筆が乗らず気分転換に来たがその気も失せてしまっていた。

 

「集中できないわね…」

 

書物を読むが頭に入らない、さっきのことがチラつく

読んでいた書物を戻し部屋の中をぐるぐると回りふと立ち止まった。

しばし考え込むと書庫の棚から書物を取り中身を確認する。

そして数冊を手に持ち書庫をあとにした。

 

 

 

「北郷様、気をしっかり持ってください。」

 

蔡春は声を張った、彼女にすれば珍しく大きい声だ。

活を入れられて一刀は頭を回転させ気持ちを切り替えた。

 

「見苦しいとこを見せました、もう大丈夫です。」

 

蔡春も聞いて良いものか困ったがまだ踏み込むべきではないとし、ここは様子見に徹する。

一刀の方やるべき方針を決めることにした。

まずは言葉や文字以外に違うものは無いか、自身の常識が信用できないのはまずいと考え擦り合わせることに決める。

 

「ここでの常識を確認させていた出せませんか?自分の思っていたより乖離がある可能性が出てきたので…」

 

一刀の語尾は弱くなっていく、無理もない相手からすれば意味のわからないこと言っている。

怪しまれるだろうかとも思ったがこのままでは良くないと言う気持ちのほうが強かった。

 

「…罪に問われると言うなら殺人や放火など実害が有るものに、虚言流布に無許可真名呼びなど口に出して裁かれるものなど多数ですね…他にもありますが罪が大きなのはこのあたりでしょうか。」

 

実害の方は現代と大差はなさそうだ、虚言流布は現代より罪が重いのはこの時代だと国家転覆を企んでいると考えられる、気になるのは最後の聞き覚えのないものについてだった。

 

「真名…とは何でしょうか?」

 

その言葉に蔡春は目を見開いた、そして改めて向けられた目は疑念が籠もっていた。

 

「北郷様は…いったい何者でしょうか?」

 

それは明確な疑いの言葉、しかし一刀も正しい回答なんて持っていない。

「……」

言葉に詰まる一刀に緊張が走る、ありのままに喋るにはあまりにも荒唐無稽な内容になる。

なんとか誤魔化そうと思っていたら勢いよく部屋の戸が開いた。

 

「…明日までにこれに目を通しておきなさい。」

 

そう言って渡された一冊の書物を見るがやはり読めない。

固まっていると荀彧はため息を吐いた。

 

「勉強を見てやるって言ってるのよ。荀家を出ていった時に文字も読めない奴を追い出したと思われたくないのよ。」

 

意外な回答に目を丸くする。

横に居た蔡春も同じ顔である。

 

「いいのか?」

 

男嫌いの荀彧からそんな提案が出るとは思っていなかったので思わず聞き返す。

 

「男からの借りをそのままにしたくないだけよ、蔡春…悪いけれど今日中に簡単に説明を頼めるかしら?」

 

そう言って荀彧は蔡春に顔を向けるとニヤついた顔の蔡春がいた。

 

「もちろんでございます、準備して参ります。」

 

そう言って足早に部屋を出ていった、荀彧は一瞬絶望の表情を浮かべてゆっくりと部屋を出ていった。

その後戻ってきた顔のツヤツヤした蔡春に簡単な常識と読みを習い夕食を迎えた。

そこにはニコニコしながら荀彧と一刀を交互に見る蔡春と荀緄、そして無の表情をしている荀彧…夕食は赤飯だった。

夕食後に荀彧と話をする約束もしたのでなお一刀は気まずくなっていくのであった。

 

 

 

夕食を済ませ汗を流してから部屋に戻る、昼に聞いたことなどを復習するために手持ちに会ったメモ帳に書く。

一刀は真名のこと考えていた、何度か聞いていた名が地雷爆弾とは思わずに口に出さなかった自分を褒めていた。

もし名乗りを聞く前に聞いたなら口に出していただろう、怖い事実だと。

そうこうしていたら部屋の戸が開いた。

 

「来たわよ、詳しく説明できるんでしょうね?」

 

怪しいやつという評価が大きくなる前にきちんと話をしよう、たとえ信じてもらえなくても最初に会って助けられた荀彧には誠実に話そうと考えていた。

 

「まず最初に断りを入れておく、俺は嘘を話すつもりはないが信じてもらえる内容と言われれば正直自信はないんだ…だけど最初に会った荀彧、君には誠実に話したいと思っている…だから最後まで聞いてほしいと思う。」

 

頭を下げて願いを伝える、やばいやつだと追い出されれば路頭に迷うには間違いない。

それでも話すと決めたのだ、しかし不安があるのは事実だった。

 

「あんたが普通じゃないのは理解してるわ、それを理解して聞きに来たのだから無下にはしないわよ…いいから顔上げなさいよ、私が悪いみたいになるじゃない。」

 

顔を上げると呆れ顔の荀彧が座っていた。

 

「私は男なんて存在が嫌いだし、欲求に支配された猿だと思ってるわ…家柄のあるやつも基本的には同じでだから同性だとしてもバカは嫌いなの、その中で恩人とはいえあんたは知性があるほうの猿だと思っているわ、でも同時に知性の偏りが不気味なレベルだわ…だからあんたの答えを聞かせなさい。」

 

そう言ってこちらをまっすぐ見る、一刀は短い付き合いだが彼女が憎まれ口を叩きながらも励ましてくれているのだと感じた。

 

「ありがとう荀彧。」

 

そして一呼吸置き、ゆっくりと話し始めた。

 

「俺はこの世界の人間じゃないみたいなんだ。」

 

この言葉の先を聞いてもらうにはまずこれを言わなければと言葉に出した。

 

「俺はもっと未来の世界から来たようなんだ、この大陸よりも東にある島国が故郷だ…そしておそらくそれは少し正しく無いと思う。」

 

荀彧は一刀に対して恩人ということを別にしても他の男と比べればかなりマシと思っていた。

男ではあるが教養のある話し方をするし馬鹿では無い、急にそれには合わない知識の抜け方があるのも気にはなっていた。

真名を知らないなどその筆頭だろう、以上のことを踏まえてこのような嘘はつかないだろうと考えた。

記憶の欠落などで語るにしても与太話に近い話をする理由が見つからないのだから。

 

「まず俺視点での根拠から答えるよ。」

 

荀彧も真面目に聞く。

 

「1つ目の未来の世界というのは主に文明の違いかな、俺の世界のと技術面の発達はかなりあるかな。」

 

そう言って持っていたメモ帳とボールペンを見せた。

白紙のページに今日習った言葉からは単語を一つ書く。

そしてその紙とペンを荀彧に渡す。

 

「これは俺の世界では広く普及しているもので子供のお小遣いでも買えるレベルの物だ。」

 

その言葉を聞き荀彧は流石に驚愕に表情になる。

荀彧は渡されたペンと紙を見てこれは知る限り上質な紙だとすぐに理解していた。

ペンと言われた品も簡単で使いやすく、墨と筆に比べて圧倒的な利便性を感じる。

この2つが揃うことで遠征先でもすぐに疑問や新たな策をすぐに書き留めておける、こんなに画期的なもの確かに見たことがなかったし噂にも聞いたことはない。

しかもそれを誰でも気軽に入手可能だと言われれば驚かないわけにはいかなかった。

 

「2つ目の国が違うというのは主に有名人が俺の世界では過去の偉人だったからだ、曹操たちは俺の国でも有名な偉人たちだ。」

 

荀彧は流石は曹操様だと聞いていた。

 

「荀彧、君自身も有名な名を残す人物だよ…俺の世界ではこの時代はかなり有名な話として書物なんかに残ってる、だから今後の出来事も断片的だけど分かるかもしれない…言い切れないけどね。」

 

荀彧は疑念に口を開いた。

 

「つまりアンタの知ってる歴史では私は曹操様に仕えていたのね、しかも名を残すほどには活躍してたと言うわけかしら?」

 

仕官先を知っていた、それが未来からの知識だと言うなら名を残す功績を持っていた…筋は通っている。

 

「君はいずれ王佐の才とまで言われた曹操軍筆頭軍師の一人と記録されているよ。」

 

荀彧は自分の能力に自信も持っているし当然筆頭軍師と呼ばれるようになるのが目標の1つだ。

しかしまだ士官さえしてない状況でそう言われるとは思わなかった。

 

「そして最後にその前提が崩れていることがある、ここは過去であって過去じゃないんだ。」

 

 

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