【閃の軌跡】不変を望む東雲の空   作:№412

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パチリパチリ、と音が鳴る。
紅い揺らめきが、焼けるような光が、夜空を昏く(あかるく)染めている。

"私"はただ、それを見ていることしか出来ない。



崩れていく家だったモノを見つめる、小さな影があった。
両手を真っ赤に染めた子どもの、いまにも消えてしまいそうな背中だった。

誰かが嘲笑(わら)う。
お前のおかげだ、と。

誰かが叫喚(さけ)ぶ。
あなたのせいだ、と。

やがて子どもは走り出した。
何かに追われるように。
あるいは、すべてを振り切るように。



ふわりと揺らぎが広がり、"私"は静かに目を閉じた。



序章~特別オリエンテーリング~
001:入学式前の出会い


S.1204 3.31 WEDNESDAY

 

 

鼻に抜けるコーヒーの香りに、ゆっくり目を開けた。

朝日が差し込むカウンター席。客の少ない店内は静かで、時折抑えた話し声と食器の触れ合う音が聞こえてくる。

 

手にしたカップの中で黒い水面が揺れている。

シエルは小さく息を吐き、まだ細く湯気の立ち昇るカップを一度カウンターに置いた。

 

側の大きな窓から外を眺めれば、ぽつり、ぽつり、と同じ服を着た少年少女たちが歩いている。進む方向はみな同じだ。

 

彼らの服に目を向ける。男女の違いはあれど、全て深い緑を基調とした揃いの制服だった。

 

それに対して――。

 

シエルは自身の制服に視線を落とす。

彼らと違い、赤を基調としたこの制服は随分と目立つ。店内にも制服を着た人はいるが、同じ色を纏う生徒は一人として見当たらなかった。

 

まるで、目印のようだ。

 

再び外を見る。

人の流れは変わらず一つの方向へと向かっていた。

 

――《トールズ士官学院》。

帝都から30分ほどの距離にある近郊都市《トリスタ》。その地に立つその学院は、《ドライケルス大帝》が創立したとされる由緒正しき名門校だ。

揃いの制服たちが向かう先であり、そしてシエルもまた、そこへ向かう一人だった。

 

シエルは周りに気付かれないよう、そっとため息を吐いた。

 

カップの中身は残り少ない。

 

ぬるくなったコーヒーを一息で飲み干して、席を立った。

 

「ごちそうさま。美味しかったです」

 

カウンター向こうの店主に声を掛け、荷物を手に取る。

返ってきた気のいい返事に小さく笑みを浮かべた後、何気なく壁の時計に目を向けた。

 

時間にはまだ余裕がありそうだ。

 

宿酒場《キルシェ》の扉を開ければカランと軽やかな音が鳴る。

同時に、柔らかい風が頬を撫でた。ライノの花と、新緑の匂いを乗せた優しい風だった。

 

シエルは自身の髪を巻き上げた風に鬱陶しそうに眉を寄せた。

 

乱れた髪を軽く整えて、人の流れの先に目を向けて――

 

 

 

赤い制服の少年と、目が合った。

 

少年は不思議そうな顔をしていたが、目が合ったことに気付いたのか、気まずそうに頭を下げてくる。

その律義さに、シエルは肩の力を抜いた。

 

「おはよう。私の顔に何かついてるかな?」

 

店の入り口から距離を取り、少し近くなった少年に声をかけた。

 

シエルの着るモノとはデザインが違う、しかし同じ意匠の施された赤い制服。

背には細長い包みを背負い、外にはねた黒髪が風に揺れていた。

 

目が合った時、意志が強そうに見えた紫の瞳は――今はどこか不安げに揺れている。

 

シエルは少年が口を開くまでの短い間、あくまで自然体でその出で立ちを観察した。

 

「――その、すまない。さっき外の店員さんから「今は準備中」って聞いてたからさ。人が出てくると思わなくて、思わず見てしまったんだ」

 

少年は一瞬、シエルの奥へと目をやった。つられてその先を見れば、シエルが出てきた店先で掃除をする女性店員の姿があった。

 

「あー…、なるほどね」

 

そういえば、そんなことを言っていたっけ。

シエルは昨晩、店主との会話を思い出した。

 

「毎年この日は新入生で宿泊がいっぱいだから、今だけ宿泊客向けに営業してるって言ってたよ。「食事だけの利用は準備中」ってことじゃないかな」

 

店に入った時間が遅かったこともあり、他に客のいない店内で食べた夕食中のこと。

カウンター席に座っていたからか、店主が気を使ってくれたのか、思いのほか彼との世間話が盛り上がった。

その時、話の流れでそんなことを聞いた気がする。

 

シエルの言葉を聞いて、少年は納得したようにひとつ頷いた。

 

「そうだったんだな。…ということは、君も新入生なのか」

「うん、そうだよ。"赤い制服"を着てるってことは君もそうなんでしょ?」

「! もしかして、何か知ってるのか?」

 

新入生であることを当てた少年に、シエルは驚くことなく肯定を返す。そして何とはなしに制服の色に触れてみると、想像以上の反応が返ってきた。

 

その反応を見るに、他とは違う色に不安があったのかもしれない。

 

今度はシエルが気まずくなる番だ。

 

「私も詳しく知ってるわけじゃないんだ。ただ、去年までは白と緑の2色だけって聞いてたからさ。赤色は新入生なんだろうなって…」

 

勘違いさせてゴメンね、と謝れば少年も「自分も早とちりだった」と頬をかいた。

 

間が悪く、風がやむ。

周りの音が一瞬、遠のいたような気がして、何とも言えない沈黙が二人の間に流れた。

 

「…えっと、同じ新入生ってことは目的地も同じだよな」

 

沈黙を破ったのは少年の方だった。

 

「…まあ、そうなるね」

「せっかくだしさ、学校まで一緒に行かないか?」

 

誘われて、シエルは考えるようにその目を見た。

瞬きの間にも満たない沈黙を少年に気取られないよう、口角を上げる。

 

「そうだね。これも何かの縁だろうし、一緒に行こうか」

 

シエルの答えに安心したように少年は息を吐いた。

 

ひと際強い風が吹く。

それを合図にしたように、シエルと少年は目的地であるトールズ士官学院に向けて歩き出した。

 

――ふと、思い出したように少年が言った。

 

「そういえば自己紹介がまだだったな」

 

その言葉にシエルは「確かに」と呟いて、お互いの顔を見て笑い合った。

 

「リィン・シュバルツァーだ」

「シエル・アムゼルだよ。よろしく、リィン」

「ああ。こちらこそよろしくな、シエル」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、リィンはユミルから来たんだね」

 

目的地であるトールズ士官学院までの一本道。

その道中で、二人の会話は途切れることなく続いていた。

 

目的地まで最後の坂道を上るだけとなった時、会話は出身の話まで進んでいた。

 

「ユミルって確か、結構山の方だよね。やっぱり雪とかすごいの?」

「そうだな。今年はそれほどでもなかったけど、ひどい時は郷から出られなくなる時もあるかな」

「それは…かなり大変だね」

「慣れればそうでもないさ」

 

そう言ってリィンは穏やかに笑う。

シエルは先を促すように相槌を打ちながらわずかに目を細めた。

 

今日が初対面とは思えないほど、自然体で話しているように見える二人。

周囲には旧知の仲のように見えていたかもしれない。

 

「っと、悪い。俺ばっかり自分のことを話してるな」

「そうかな? 別に私は気にしないけど」

「それならいいけど……、そういえば、シエルはどこから来たんだ?」

 

坂道を歩く二人の足音が重なる。

目を向けられたシエルは、少し考えるような素振りの後、わずかに視線を外して答えた。

 

「私は一応、オルディス…かな」

 

曖昧なその回答にリィンは首を傾げた。

その反応は予想通りだったのか、シエルは補足のように言葉を続ける。

 

「あー…、かなり北にはずれたところでね。住所はオルディスなんだけど、一般的なイメージとはかなり違う場所っていうか…」

 

だから、オルディスって断言するのは気が引けるんだよね、とシエルは小さく笑った。

 

「へえ…。オルディスと言えば《紺碧の海都》なんて呼び名もあるくらいだし、海のイメージがあるけど…」

「あ、待って」

 

言葉の続きを紡ごうとしたリィンをシエルが制止した。

シエルはいつの間にか道の脇に寄っていて、リィンにも寄るように言う。

 

言われるがままにリィンが動いた直後。

滑らかな駆動音と砂利の音を響かせて、坂の上から導力車が近づいてきた。

 

「……っと」

 

車体の長い"リムジン"と呼ばれるタイプの導力車は、シエルたちの横を抜けて静かに街へと降りていった。

 

朝日を反射する磨き上げられた車体を目で追いかけながら、シエルは感心したように息を吐いた。

 

「すごかったね。結構よさげな導力車だったけど、貴族生徒の送迎かな?」

「あ、ああ。多分そうだろうな」

 

リィンの歯切れの悪い返事に、シエルは小さく首を傾げた。

 

「どうかした?」

「いや……今の、よく気付いたなと思ってさ。俺、全然わからなかったから」

 

言われて、シエルはパチリと目を瞬く。

考えるように目を斜め上へ向け、少しの間を置いて口が開かれた。

 

「ああ……音、かな」

「音?」

 

リィンが聞き返す。

 

「うん。私、結構耳がいいからさ。さっき、坂の上の方から少しだけ音がしてたんだ。砂利を踏む感じの音と、導力の駆動音が混ざったような音がさ」

 

言葉にしてみると、それほど大したことでもない気がしてくる。

シエルは軽く肩をすくめた。

 

「まあ、たまたまだよ。風も止んでたし、聞こえやすかっただけ」

「……いや、それでもすごいと思うぞ」

 

素直に感心したような声に、シエルは小さく笑ってみせた。

 

「褒めたって何も出ないよ」

「別にそういうつもりじゃないんだけどな」

 

そんなやり取りをしながら二人は再び歩きだした。

 

 

 

坂道を登り切って、視界が開けるまではすぐだった。

 

二人を出迎えたのは両脇に校章を掲げる正門。

その奥に建つ、歴史を感じさせる石造りの校舎。

 

正面から見える範囲には限りがあるが、かなりの敷地があることは容易に想像ができた。

 

「……ここが」

 

リィンが小さく呟く。

シエルもまた、その光景を見上げて目を細めた。

 

《トールズ士官学院》。

これから通うことになる場所を前に、二人はしばし言葉を失っていた。

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