武門の名家に生まれたある官僚の話 ~ 銀河英雄伝説より   作:五色鍋

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第六章 戦役の後始末

内戦の硝煙が収まった帝都オーディンに、新たな主が君臨した。 ラインハルト・フォン・ローエングラムは公爵へと昇叙し、帝国宰相と帝国軍最高司令官を兼任。名実ともに帝国の全権を掌握した。この若き独裁者のもとで、古い皮袋は次々と破られ、新しい皮袋に新しい酒が注ぎ込まれようとしていた。

 

財務省では、拘束されたゲルラッハ子爵の後任として、調整型の次官が尚書へと繰り上がった。当面の間、組織の混乱を避けるための暫定的な措置ではあったが、ヨアヒムにとっては、かつての「脅し」の影が消えた分、以前よりも淡々と業務に集中できる環境となっていた。

 

一方、父ミュッケンベルガー元帥は、自らの引き際をさらに鮮明にした。

彼は官庁街にあった広大な屋敷を売却し、家族の思い出が詰まった郊外の別荘を正式な本宅として、本格的に隠遁生活に入った。かつての宇宙艦隊司令長官が、中央の政治からこれほど潔く身を引いたことは、ラインハルト体制にとっても「無害な長老」として歓迎されているようだった。

 

しかし、すべてが円満に進んでいるわけではなかった。兄エーリッヒと彼の妻マルガレータの実家シュレーゲル子爵家のことである。

 

シュレーゲル子爵家は、内戦当初、元帥の指示通りに中立を宣言した。しかし、その地理的な不幸が災いした。子爵の領地はリッテンハイム侯の軍に無理やり接収され、補給基地として利用された挙句、その後を追撃してきた故キルヒアイス提督の艦隊によって制圧されたのだ。

 

子爵領の返還自体は速やかに行われた。

 

もっともヨアヒムが財務省の同僚や、内務省に勤める学友たちから収集した情報によれば、この「慈悲深い返還」の裏には、新政府の切実な台所事情があった。

 

「リップシュタット盟約に参加して没収された貴族領が多すぎるんだよ」

 

昼食を共にした内務省の友人は、隈の浮いた目で嘆いていた。

「辺境行政を担う内務省も、占領統治を行う軍部も、圧倒的に人手が足りない。統治の実務を丸投げできる元の領主がいる惑星は、審査を簡略化してさっさと返還してしまった方が、帝国宰相府にとっても都合がいいのさ」

 

だが、返還されたからといって、すべてが元通りになるわけではなかった。

義姉の実家の惑星は、リッテンハイム侯の略奪に近い接収と、その後のキルヒアイス艦隊による制圧という、二度の軍事行動の舞台となった。宇宙港、通信基地、エネルギー精製所といった主要なインフラは無残に破壊されていたが、新体制は「ローエングラム公支持を明確にしなかった責任」を暗に突きつけ、一切の戦災補償を認めなかった。

 

「……兄上は、ご機嫌斜めだよ」

 

帰宅したヨアヒムは、テレーゼが用意してくれた晩酌のグラスを手に、力なく笑った。

 

「領地が戻りましたのに、怒ってらっしゃるんですか?」

 

「ああ。インフラの修復費用が膨大な数字になっている。兄上にしてみれば、父上の言いつけ通り中立を守ったのに、略奪され、破壊され、最後は『自分で直せ』と突き放されたのだから、やりきれないんだろう。人事局のデスクで不機嫌を撒き散らしているそうだよ」

 

ヨアヒムは一口、酒を含んでから言葉を継いだ。

 

「だが、口で文句を言うだけでは何も始まらない。私は、お義父上の実家や、妹の嫁ぎ先のフーゲンベルク伯爵家に協力を仰ごうと思っているんだ。あちらの領地は幸い無傷だ。余剰の資材や技術者を融通してもらえるよう、私から掛け合ってみる」

 

「まあ、それはエーリッヒ様も助かるはずですわ」

 

「そう思ってくれるといいんだがね。兄上も、誇りだ名誉だと言う前に、少しは実務的に動けばいいものを。……もっとも、そんな世俗的な交渉を嫌うからこそ、あの人は『ミュッケンベルガーの軍人』なんだろうけれど」

 

ヨアヒムは、財務官僚として培った人脈と、義理の両親との良好な関係をフル活用するつもりだった。兄が守ろうとする「名誉」を、その陰で「実利」によって支える。それが、自分の役割だと割り切っている。

 

「テレーゼ、明日、お義父上に連絡しておいてもらえるかな。資材の融通について、僕から具体的な提案を送りたいと」

 

「ええ、喜んで。お父様も、音楽以外でも親類の役に立てるのなら、きっと喜んでくださるわ」

 

ヨアヒムはテレーゼの穏やかな微笑みに、今日一日の疲れが洗われるのを感じた。

不器用な兄、隠居した父、そして激変する帝国。その狭間で、一族という名の脆弱な艦隊を沈ませないために。ヨアヒムの計算機は、今夜も休まることがなかった。

 

 

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