貴方にとびきりの悪夢を   作:甘党派

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プロローグ

神野。

崩れかけた街の中心で、空気が軋んでいた。

 

瓦礫の山、その頂点。

対峙するのは――

 

オールマイトと、

オール・フォー・ワン。

 

一撃ごとに街が揺れる。

誰もが、その決着を固唾を飲んで見守っていた。

 

そのときだった。

 

——ミシ、と。

 

音がしたのは、地面ではない。

“空気”だった。

 

瓦礫が、落ちない。

落ちる代わりに――沈む。

 

押し潰されるように、ゆっくりと。

 

「……?」

 

わずかな違和感に、オールマイトの視線が揺れる。

 

対するオール・フォー・ワンは、わずかに首を傾けた。

 

「この圧は……」

 

次の瞬間。

 

重力が、歪んだ。

 

 

「いや〜、派手にやってるね」

 

軽い声だった。

 

場違いなほどに、明るい。

 

瓦礫の中央。

歪んだ空間の中から、一人の男が歩いてくる。

 

夢乃拓人。

 

ヴィラン名――ナイトメア。

 

ポケットに手を突っ込んだまま、ゆっくりと歩み寄る。

 

「俺も混ぜてくんない?」

 

その言葉に、誰もが一瞬だけ状況を見失う。

 

だが。

 

拓人の視線が、“それ”を捉えた瞬間。

 

空気が変わった。

 

 

「……ああ、いた」

 

笑っていたはずの口元が、止まる。

 

瞳だけが冷える。

 

「ずっと探してたんだよ」

 

向けられる先はただ一人。

 

オール・フォー・ワン。

 

 

沈黙。

 

そして、わずかに。

 

AFOが笑う。

 

「久しいな」

 

その声音は穏やかだった。

 

「随分成長したようだ」

 

拓人は、肩をすくめる。

 

「そりゃどうも」

 

一歩、踏み出す。

 

その足音と同時に。

 

世界が、重くなる。

 

 

「グラビティ」

 

それだけだった。

 

次の瞬間、オール・フォー・ワンの身体が沈む。

 

見えない圧が、全身を押し潰す。

 

地面がひび割れ、陥没する。

 

「……ッ」

 

わずかに、AFOの動きが鈍る。

 

初めてだった。

 

明確に“止められる”感覚。

 

 

「逃げてたよな?」

 

拓人は笑う。

 

その笑みは、どこか楽しげで。

 

どこまでも歪んでいた。

 

「俺から」

 

AFOは静かに答える。

 

「合理的判断だ」

 

「君から個性を奪うのは――リスクが高い」

 

 

「はは」

 

拓人は笑う。

 

「マジでムカつくなお前」

 

一歩、また一歩と近づく。

 

重力が、さらに増す。

 

 

「なあ」

 

声が落ちる。

 

「今はどうだよ」

 

空気が沈む。

 

街が軋む。

 

「逃げ場、ないだろ」

 

 

その瞬間。

 

拓人の周囲の空間が、歪んだ。

 

いや、“落ちた”。

 

 

「――BLACK HALL」

 

低く、告げる。

 

 

一点。

 

ただ一点に。

 

すべてが引きずられる。

 

瓦礫が、空気が、衝撃が。

 

そして――オール・フォー・ワンそのものが。

 

 

「これは……」

 

AFOの声が、わずかに沈む。

 

逃げ場がない。

 

身動きがとれない。

 

ただ中心へと、引き込まれる。

 

 

拓人は動かない。

 

動けない。

 

それでも笑っていた。

 

「これならさ」

 

「逃げらんねえだろ」

 

 

空間が悲鳴を上げる。

 

街が崩れる。

 

限界が近い。

 

それでも、拓人はやめない。

 

 

「なあヒーロー!!」

 

叫ぶ。

 

視線は横へ。

 

その先にいるのは――

 

オールマイト。

 

 

「今だろ!!」

 

 

その一言。

 

託すようで。

 

突き放すようで。

 

どこか、期待しているようで。

 

 

重力の中心で、オール・フォー・ワンが歪む。

 

逃げ場はない。

 

回避もない。

 

すべてが、止まっている。

 

 

そして。

 

オールマイトが、踏み込む。

 

 

物語が、収束する。

 

重さも、怒りも、すべてを乗せて。

 

 

その一撃が、振り下ろされた。

 

踏み込みの一歩で、地面が砕ける。

 

オールマイトの拳に、すべてが集約されていく。

 

残された力。

背負ってきたもの。

そして――今、この瞬間に託された“重さ”。

 

 

「――――ッ!!」

 

声にならない咆哮。

 

拳が、振り抜かれる。

 

 

衝突。

 

いや、それは“叩き込まれた”と言うべきだった。

 

重力に縫い付けられた中心へ、

逃げ場を失った一点へ。

 

 

世界が、弾ける。

 

 

衝撃は外へ逃げない。

 

すべてが、内側で炸裂する。

 

「BLACK HALL」によって閉じ込められた空間で、

力は余すことなく叩きつけられる。

 

 

オール・フォー・ワンの身体が、大きく歪む。

 

「……お見事というべきかな。ナイトメア、、いや、拓人」

 

その声は、かすれていた。だが、どこか不気味な静かさを含んでいる。

 

「あれほどの力を持った個性をここまで制御するとはね」

 

「だけど........やはりその力、大きすぎるようだ」

 

 

次の瞬間。

 

重力の“穴”が、限界を迎える。

 

 

「……っ」

 

夢乃拓人の膝が、わずかに沈む。

 

視界が揺れる。

 

指先の感覚が薄れていく。

 

 

(……やば)

 

内心で呟く。

 

分かっていた。

 

この技は長く保たない。

 

 

「まだだろ」

 

自分に言い聞かせるように、笑う。

 

「終わってねえ」

 

 

だが。

 

“穴”が、軋む。

 

空間そのものが耐えきれず、歪みを戻そうとする。

 

 

 

その瞬間。

 

 

「もういい」

 

低い声が、割り込んだ。

 

 

視線の先。

 

拳を振り抜いたままのヒーローが、そこにいる。

 

オールマイト。

 

 

「君が抱える想いはわかった」

 

その言葉は、不思議と静かだった。

 

戦いの最中とは思えないほどに。

 

 

「だが」

 

一歩、近づく。

 

「それはここで君が終わる理由にはならない」

 

 

拓人の眉が、わずかに歪む。

 

「……は?」

 

 

「コイツのために、君まで消える理由はない」

 

 

その一言。

 

軽いはずの言葉が、やけに重く落ちる。

 

 

一瞬だけ。

 

ほんの一瞬だけ。

 

重力が、揺らいだ。

 

 

「……っ」

 

“BLACK HALL”の中心が、ぶれる。

 

引力がわずかに緩む。

 

 

その隙を。

 

オール・フォー・ワンは、見逃さない。

 

 

「君は甘すぎるよ、オールマイト」

 

わずかな動き。

 

だが、それで十分だった。

 

 

衝撃。

 

内側から、力が弾ける。

 

 

“穴”が崩壊する。

 

 

轟音。

 

爆風。

 

重力の歪みが、一気に解放される。

 

 

拓人の身体が、吹き飛ぶ。

 

 

「がっ……!」

 

瓦礫に叩きつけられ、息が詰まる。

 

視界が白く弾ける。

 

 

それでも、無理やり顔を上げる。

 

 

視線の先。

 

煙の向こうに立つ影。

 

 

オール・フォー・ワンは、崩れていない。

 

だが。

 

確かに、ダメージは通っている。

 

 

「……今回は危なかったよ」

 

低く、呟く。

 

「だけど、次はこうは行かない」

 

 

その身体が、揺らぐ。

 

空間が歪む。

 

 

「逃がすかよ……!」

 

拓人が叫ぶ。

 

手を伸ばす。

 

AFOの周囲の重力が変化する。

 

だが、あまりに足りない。

 

「次会う時を楽しみにしているよ、オールマイト、そして、夢乃拓人」

 

AFOは淡々と言う。

 

「それでは、また会おう」

 

その姿は、消えた。

 

 

静寂が落ちる。

 

 

遠くでサイレンの音。

 

瓦礫の崩れる音。

 

誰かの声。

 

 

その中で。

 

夢乃拓人は、仰向けに倒れたまま、空を見ていた。

 

 

「……チッ」

 

小さく舌打ちする。

 

 

「逃がした」

 

 

悔しさは、確かにあった。

 

だがそれ以上に。

 

 

「……でもまあ」

 

息を吐く。

 

少しだけ、笑う。

 

 

「届いたか」

 

 

視線の端。

 

立ち尽くすヒーローの背中。

 

オールマイト。

 

彼は何も言わずにこちらを見ている。

 

気配を探る。

 

どうやらヒーロー達が近づいて来ているらしい。

 

「……アイツは」

 

ゆっくりと、目を閉じる。

 

 

「俺が終わらせる」

 

 

そう言って彼はその場を離れた。

 

 

 

ナイトメアは、まだ消えない。

 

むしろ――

 

ここからが、本当の悪夢だった。

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