それは、“勝者のいない戦い”だった。
神野区の戦い
テレビは何度もその映像を流している。
オールマイト
オール・フォー・ワン
そして、もう一人。
空間を歪め、
戦場そのものを捻じ曲げた男。
ナイトメア。
「第三の怪物」「黒い災害」
好き勝手な名前がつけられていた。
だが、事実は一つ。
誰も、勝っていない。
AFOは逃亡。
オールマイトは仕留めきれず。
そしてナイトメアも――消えた。
雄英高校
「ナイトメアってさ、結局何だったんだ?」
教室の中、誰かが言う。
「ヴィランだろ、どう見ても」
「でもAFO攻撃してなかった?」
「いやでもあれ、巻き添えヤバかったって話だぞ」
意見が割れる。
緑谷出久は黙って聞いていた。
(あの人は……)
テレビで見た。
軽い口調で、
あの戦場に立っていた男。
(敵……なのかな)
答えは出ない。
夜 ――
ネオンが滲む。
湿った路地。
人の気配が薄い場所。
「……で?」
ナイトメアが壁にもたれかかる。
「何か出た?」
目の前には男が一人。
明らかに堅気ではない。
「あ、ああ……」
男は視線を合わせない。
「その……例の件だが……」
ナイトメアは軽く首を傾げる。
「例の件って言い方やめてよ」
「分かりにくいからさ」
一歩、近づく。
男の肩がビクッと揺れる。
「……AFOのことだろ?」
その瞬間。
空気が、わずかに沈む。
ナイトメアの目が、ほんの少しだけ変わる。
「で?」
声は軽いまま。
「どこまで掴んでる?」
男は唾を飲み込む。
「……“動いてる”」
「それは知ってる」
即答。
「もうちょいマシな情報ないの?」
軽い。
だが逃げ場はない。
「……関東圏を離れた可能性がある」
「へぇ」
ナイトメアは少しだけ考える。
「で、どこ?」
「そ、それは……」
言い淀む。
次の瞬間。
重力が落ちた。
男の体が地面に叩きつけられる。
「がっ……!!」
「ほら」
ナイトメアはしゃがみ込む。
「焦らさないでよ」
笑っている。
だが、目は笑っていない。
「俺、そういうの嫌いなんだよね」
さらに重力が強まる。
地面がひび割れる。
「言う……言う!!」
男が叫ぶ。
「……西だ!西の方だ!」
ナイトメアは少しだけ力を緩める。
「西、ねぇ」
立ち上がる。
「ざっくりしすぎじゃない?」
「そ、それ以上は本当に……!」
沈黙。
ナイトメアは少し考えて、
「……まぁいいや」
と、あっさり言った。
重力が解ける。
男はその場に崩れ落ちる。
「助かった……」
「別に殺すつもりなかったけどね」
軽く言う。
「使えそうならまた来るよ」
背を向ける。
数歩、歩いてから――
「……あー」
思い出したように振り返る。
「次はちゃんとした情報でよろしく」
笑う。
そのまま、ふっと浮いた。
次の瞬間には、もういない。
⸻
屋上
風が強い。
ナイトメアは街を見下ろしている。
「西、か……」
ぼんやりと呟く。
「ほんと逃げんの上手いよね、あいつ」
空を見上げる。
オール・フォー・ワン
あの日、目の前にいた存在。
「……次は逃がさい」
声は小さい。
だが、重い。
「何を使ってでも、終わらせる」
その言葉だけが、空に残る。
世界はまだ知らない。
あの戦いが終わっていないことを。
そして――
“もう一人の執着”が動き出していることを。
看板の光が途切れかけたバー。
人は少ない。
音も少ない。
カウンター席。
「……派手にやったな」
低い声。
隣に座るのは
荼毘。
ナイトメアはグラスを傾けながら、
「まぁね」
と軽く返す。
氷が、カランと鳴る。
「だけど逃げられちゃった」
あっさり言う。
荼毘が小さく笑った。
「AFOを止めたって話だが」
「どうだった?」
ナイトメアはグラスを回す。
「んー、キツかったね」
「ちょっとだけ」
軽い。
荼毘は呆れたように息を吐く。
「“ちょっと”で済む話じゃねぇだろ」
ナイトメアは肩をすくめる。
「動き止めただけだよ」
「10秒くらい」
荼毘の指先に、かすかに青い炎が灯る。
「……充分だろうが」
低く言う。
ナイトメアは横目でそれを見る。
「そっちは?」
「見てただけ?」
荼毘はグラスを傾ける。
「俺の獲物じゃねぇ」
「お前のだろ」
ナイトメアは小さく笑う。
「優しいね」
「別に」
静かな音楽が流れる。
誰も二人の会話を気にしない。
いや、気づいていないのかもしれない。
「……で?」
荼毘が言う。
「これからどうする」
ナイトメアは少しだけ考える。
「追うよ」
グラスを置く。
「どこ行こうが関係ないし」
荼毘が視線を向ける。
「殺せると思ってんのか?」
ナイトメアは少しだけ笑う。
「思ってない」
「じゃあどうして?」
ナイトメアは少しだけ視線を落として、
「それでも俺は殺すさ、殺してみせる」
と、軽く言う。
だがその言葉は重い。
荼毘は何も言わない。
ただグラスを傾ける。
「……そうかよ」
短く返す。
しばらく沈黙が続いた。
ナイトメアが立ち上がる。
「まぁいいや」
「情報あったらちょうだい」
軽く言う。
荼毘は笑う。
「気が向いたらな」
「それで充分さ」
自然に返す。
ナイトメアが席を離れる。
扉に向かう途中、
少しだけ振り返る。
「……あー」
「死なないでね?」
軽く言う。
荼毘は小さく笑う。
「お前もな」
扉が閉まる。
荼毘は一人、グラスを見つめた。
「……止めた、か」
小さく呟く。
脳裏に浮かぶのは、
神野での光景。
オール・フォー・ワンが
“動けなかった”瞬間。
「……バケモンが」
だがその声には、
わずかに混じる。
認めるような響き。
静かなバーの片隅で。
これから世界を揺るがすであろう二人が、
ただ酒を飲んでいる。
それだけで、
この世界はもう
平和じゃない。