音が、やけに少ない。
足音だけが、乾いたコンクリートに残る。
ナイトメア――夢乃拓人は、ポケットに手を入れたまま歩いていた。
「おい」
呼び止められる。
少しだけ足を止める。
振り向かない。
「なに?」
背後から、複数の気配。
「ナイトメアで間違いねぇな」
男たちが前に回り込む。
スーツ姿。
だが、まともな連中じゃない。
ナイトメアはちらっとだけ見る。
「まぁ、そう呼ばれてるね」
興味なさそうに言う。
「ちょっと来てもらおうか」
「上が話したがってる」
ナイトメアは一瞬だけ間を置いて、
「やだ」
即答。
空気が止まる。
「……は?」
男の眉が歪む。
ナイトメアは肩をすくめる。
「めんどいし」
「興味ない」
空気の温度が落ちる。
「……舐めてんのか」
一人が前に出る。
ナイトメアはその動きを見て、
ほんの少しだけ目を細める。
「いや別に」
「事実言っただけ」
腕が振り抜かれる。
だが――
届かない。
空中で止まる。
男の腕が、その位置で固定されている。
「……は?」
力を込める。
動かない。
ナイトメアが一歩近づく。
足音が、やけに重く響く。
「危ないよ」
軽く言う。
その瞬間。
空気が沈む。
男の体が、地面に叩きつけられる。
鈍い音。
コンクリートが軋む。
「がっ……!」
呼吸が詰まる。
残りの連中が動けない。
見えていないのに、分かる。
何かが押し付けている。
ナイトメアはそのまま歩く。
「で?」
通り過ぎながら言う。
「まだなんかある?」
誰も答えない。
一人が、震えながら口を開く。
「……オーバーホール様を舐めるな」
足が止まる。
一拍。
「誰?」
振り返らずに聞く。
沈黙。
ナイトメアは少しだけ考えて、
「あー……ヤクザだっけ?」
「まぁいいや」
そのまま、軽く手を振る。
次の瞬間。
全員の体が沈む。
一斉に地面へ押し付けられる。
「っ……!!」
声にならない。
肺が潰れる。
視界が揺れる。
ナイトメアは歩き続ける。
「次から絡まないでね」
「邪魔だから」
そのまま、路地の奥へ消える。
重さだけが残る。
誰もすぐには動けない。
「……なんだ、今の」
かすれた声。
答える者はいない。
ただ一つだけ、理解が残る。
触れてはいけない相手だった。
廃ビルの屋上。
風が抜ける。
街の音が、少し遅れて届く。
ナイトメア――夢乃拓人は、縁に立っていた。
「……弱かったな」
ぽつりと呟く。
さっきの連中のことだ。
死穢八斎會
名前だけは覚えた。
それ以上は――
「俺には関係ないかな」
興味がない。
足元のコンクリートが、わずかに軋む。
無意識に、重さが乗っている。
少しだけ力を抜く。
ひび割れが止まる。
「……加減むずいな」
軽く呟く。
手を開く。
小さな鉄片が浮かび上がる。
静止。
指先をわずかに動かす。
鉄片が、ゆっくりと歪む。
潰れる。
形を失う。
音はない。
ナイトメアはそれをぼんやり眺めて、
「つまんないな」
とだけ言う。
投げる。
鉄片は途中で止まり、
そのまま落ちていく。
視線を上げる。
街が広がっている。
光。
人。
音。
全部、遠い。
「……静かだね」
感情のない声。
興味もない。
ただ、そこにあるだけ。
しばらく風に当たる。
やがて、ふっと息を吐く。
「さて」
ポケットに手を入れる。
「どうするかな」
目的はある。
でも急ぐ気はない。
その温度感。
一歩、前に出る。
落ちる。
――はずが、
止まる。
そのまま、体が浮く。
「……ま、いっか」
軽く言う。
そのまま、ふわりと移動する。
屋上の上を滑るように。
そして、ふっと加速。
夜の中へ消える。
誰もいない屋上に、
風だけが残された。
会議室。
モニターには
神野区での映像が流れている。
空間が歪む。
ナイトメア。
その視線の先には、
オール・フォー・ワン。
BLACK HALL。
AFOの動きが完全に止まる。
「……いいか」
相澤消太。
「前提を確認する」
「対象はヴィランだ」
空気が締まる。
「単独行動」
「高い戦闘能力」
「重力操作系個性」
「そして」
一拍。
「オール・フォー・ワンへの強い執着」
誰も否定しない。
「……利用できるか?」
低い声で言うのは
エンデヴァー。
「できるかもしれませんね」
軽く答えるのは
ホークス。
「でも」
その声が少し落ちる。
「信用はできません」
沈黙。
「当たり前だ」
エンデヴァー。
「ヴィランだ」
短く言い切る。
「敵か味方かで言えば、敵だな」
笑うのは
ミルコ。
「ただ、今は別の敵を殴ってるだけ」
「その通りだ」
相澤。
「利害が一致しているだけだ」
「状況が変われば、こちらにも牙を向く可能性がある」
「……だが」
静かな声。
オールマイト。
「彼の行動には、一貫性がある」
「オール・フォー・ワンを狙う」
「それだけだ」
「だから危険だ」
エンデヴァー。
「周囲が見えていない」
「巻き込まれる可能性がある」
「ええ」
ホークスが頷く。
「“止まらないタイプ”ですね」
「目的のためなら何でもやる」
「完全にヴィランです」
沈黙。
「対策を出す」
相澤。
「一つ」
「単独で相対するな」
「逃げられる」
「二つ」
「短期決戦」
「三つ」
「オール・フォー・ワンとの接触を監視」
「最優先事項だ」
「四つ」
「交戦は最終手段」
「だが」
一拍。
「必要なら排除する」
空気がよりはりつめた。
オールマイトが静かに言う。
「……ああ」
「ヒーローとして、当然の判断だ」
だがその表情は、
ほんのわずかに曇る。
画面が切り替わる。
人混みの中のナイトメア。
自然に紛れている。
「……見つけられない」
「捕まえられない」
「逃げられる」
事実が並ぶ。
「……だからこそ」
エンデヴァー。
「厄介だ」
ホークスが小さく呟く。
「しかも」
「こっちのことも見てる」
ナイトメアの視線が上がる。
沈黙。
「監視継続」
「AFOとの接触最優先監視」
「単独交戦禁止」
「必要時は排除」
決定事項が並ぶ。
最後に、相澤。
「——生徒に近づけるな」
会議は終わる。
だが、結論は一つ。
ナイトメアは味方ではない。
“敵であることは確定している”