焼ける。
肺が裂けるように熱い。
エンデヴァーは空中で崩れかけた体勢を、炎で無理やり押し戻す。
眼前の異形――ハイエンド。
「……タリナイ」
炎を叩き込む。
爆炎。
だが、再生。
削りきれない。
高度が落ちる。
呼吸が乱れる。
限界が近い。
その時。
「……やっぱり強いね」
場違いな声が落ちた。
軽い。あまりにも軽い。
「……誰だ」
振り向く。
宙に立つ男。
ナイトメア。
重力そのものが、彼に従っている。
「ごめんごめん、邪魔する気はなかったんだけどさ」
「ヴィランか」
炎が揺らぐ。警戒が一気に引き上がる。
「うん、そう」
あっさりと肯定する。
視線はエンデヴァーではなく、ハイエンドへ。
「それ、“あいつ”の匂いがする」
空気が変わる。
その瞬間。
ハイエンドが動く。
咆哮。
突進。
だが——
止まる。
ぴたりと。
空中で、完全に。
見えない何かに押し潰されるように。
「……グ、ァ……!?」
暴れる。
筋肉が膨張する。
再生が働く。
それでも。
一歩も動けない。
ナイトメアは視線すら向けていない。
「うるさいなぁ」
それだけ。
それだけで、圧が増す。
骨が軋む音が、空気越しに伝わる。
エンデヴァーは理解する。
これは“止めている”というレベルじゃない。
“支配している”。
「……何をするつもりだ」
「ちょっと確認するだけ」
軽い口調のまま。
ハイエンドは未だ、完全に固定されている。
もがく。
無意味に。
「……すごいねこれ」
「ここまで弄るんだ」
興味は完全にそちらに向いている。
数秒。
それだけで十分だった。
「……まあいいや」
その瞬間。
重力が消える。
「なぜ解いた!」
再び自由になる異形。
咆哮。
だが、ナイトメアは振り向きもしない。
「だって」
軽く笑う。
「それ、君の仕事でしょ?」
「……ふざけるな」
「ふざけてないよ」
ほんのわずかに目が細くなる。
「ヒーローなんでしょ?」
遠く。
瓦礫の外縁。
煙の向こうで戦場を見つめるオールマイトは、拳を強く握っていた。
「……エンデヴァー」
距離は問題ない。今からでも間に合う。
それでも動かない。
これは自分の戦いではないと、分かっているからだ。
あの怪物は、彼が越えるべきものだ。
視線を逸らさず、ただ見届ける。
戦場に戻る。
「だったら、ちゃんと倒しなよ」
ナイトメアは背を向ける。
ハイエンドが襲いかかる。
その横を、ただ通り過ぎる。
まるで存在していないかのように。
「僕はどうでもいいからさ」
「あいつの手がかりが分かれば」
空間が歪む。
そして、捉えきれないほどのスピードで消え去る。
残されたのは、異形。
「……ノウム!!」
再び襲いかかる。
「……来い」
炎が噴き上がる。
もう迷いはない。
あいつは関係ない。
これは、自分の戦いだ。
空を見上げる。
遠く。
見ている存在。
言葉はない。
だが、分かる。
炎が収束する。
「——これが」
「俺の……!!」
爆炎が空を貫く。
遠くの屋上。
ナイトメアが戦場を見下ろしている。
「……へぇ」
「ちゃんと立つんだ」
わずかに笑う。
だが、その視線はすぐに外れる。
興味はもうない。
「で」
「どこにいるの?」
低く。
冷たく。
「オール・フォー・ワン」
空間が歪む。
そのまま、消える。
煙が、まだ街に残っている。
崩れたビル。焦げた地面。
戦いの痕だけが、そこにある。
その中で、一人が立っている。
荒い呼吸。
焼け焦げたスーツ。
それでも、倒れない。
遅れて、足音が一つ。
隣に並ぶ。
少しの沈黙。
「……見てたか」
「ああ」
それだけ。
風が抜ける。
遠くでサイレンが鳴っている。
「来なかったな」
「ああ」
短い返事。
間が空く。
その間に、わずかに拳が握られる。
足元のコンクリートに、細いひびが走る。
すぐに力が抜ける。
何もなかったように。
「……まだ、残ってるんだな」
視線は向けないまま。
「ああ」
否定しない。
それだけで十分だった。
少しの沈黙。
風が煙を流す。
「使いどころは、決めてる」
ぽつりと落ちる。
独り言みたいに。
「……そうか」
それ以上は聞かない。
聞けば、全部分かってしまう。
だから聞かない。
「……No.1だね」
少しだけ間があって。
「……まだだ」
今度は、迷いがない。
「そうか」
短く、頷く気配。
二人で空を見上げる。
言葉はない。
だが。
今はそれが必要だった。