貴方にとびきりの悪夢を   作:甘党派

5 / 6
痕跡

 

山中。

 

風に揺れる木々の中に、そこだけ空気が淀んでいる。

 

建物がある。

 

外壁は古い。

 

だが、配線だけが新しい。

 

入口までの地面は荒れている。

 

深く刻まれたタイヤ痕が何本も重なり、土が削れたまま乾いている。

 

出て行った跡。

 

それも、一度ではない。

 

扉の前。

 

電子ロックは焼き切られている。

 

内側から。

 

急いだ形跡。

 

触れる。

 

金属が鈍く軋み、内側へ沈む。

 

無理やり閉じたものを、さらに押し潰す感触。

 

内部。

 

空気が重い。

 

湿っている。

 

薬品と、血と、焦げた匂いが混ざって残っている。

 

換気が止まっている。

 

非常灯が点いている。

 

赤い光が、一定の間隔で瞬く。

 

その下を進む。

 

足音が、やけに大きく響く。

 

床には跡が残っている。

 

台車の車輪。

 

引きずられた線。

 

何かを落とした跡。

 

途中で、途切れている。

 

回収しきれなかった。

 

壁。

 

抉れた傷。

 

爪の跡。

 

内側から叩きつけられた痕。

 

その上から、雑に塞いだ補修。

 

パネルの隙間から、乾ききっていない何かが滲んでいる。

 

通路の端。

 

倒れた器具。

 

ガラスが割れている。

 

中身は空。

 

ラベルは剥がされ、粘着だけが残っている。

 

識別を消した跡。

 

奥へ。

 

扉は開いたまま。

 

ロックは解除されている。

 

閉じる余裕がなかった。

 

そのまま進む。

 

広い空間。

 

並ぶカプセル。

 

いくつも空になっている。

 

いくつも割れている。

 

外側から強引に開けた跡。

 

中身は、もうない。

 

床に液体が広がっている。

 

まだ乾ききっていない。

 

靴底にわずかに張り付く。

 

端に、残っている。

 

いくつかだけ。

 

歪な肉体。

 

未完成。

 

形が安定していない。

 

統一されていない構造。

 

反応する。

 

こちらを認識する。

 

動こうとする。

 

その瞬間。

 

空気が沈む。

 

床が軋む。

 

重さが一気に落ちる。

 

すべてが、その場に縫い付けられる。

 

筋肉が膨張する。

 

骨が鳴る。

 

関節が歪む。

 

それでも、一切動けない。

 

完全な停止。

 

一歩、踏み込む。

 

視線は向けない。

 

横を通り過ぎる。

 

わずかに、床がきしむ。

 

その圧の中で、さらに沈む。

 

奥へ。

 

制御室。

 

モニターは半分が落ちている。

 

残りはついたまま。

 

画面に残るログ。

 

途中で切れている。

 

同じ時刻で止まっている。

 

一斉に。

 

持ち出しの履歴。

 

削除の跡。

 

急いだ形。

 

必要なものだけ抜かれている。

 

残りはそのまま。

 

触れる。

 

一瞬だけ表示が揺れる。

 

追加のログが流れる。

 

断片。

 

繋がらない。

 

それで十分。

 

視線を外す。

 

振り返る。

 

残された個体。

 

まだ固定されたまま。

 

動けない。

 

圧はそのまま維持されている。

 

「........必要ないか」

 

重さが変わる。

 

次の瞬間。

 

全てが潰れる。

 

骨が砕ける。

 

肉が押し潰される。

 

形が崩れる。

 

音は遅れて、鈍く響く。

 

それもすぐに消える。

 

残るのは、潰れた塊。

 

動くものはない。

 

静かになる。

 

さっきまでの“痕跡”だけが残る。

 

視線を戻す。

 

もう見るものはない。

 

外へ向かう。

 

同じ歩調。

 

同じ速度。

 

出口へ向かう。

 

冷たい空気が流れ込む。

 

一歩外へ出る。

 

風が強い。

 

使われていた場所。

 

途中で切り捨てられた場所。

 

足は止まらない。

 

ただ進み続ける。

 

空間が歪む。

 

姿が消える。

 

 

 

 

 

 

夜。

 

人気のない通り。

 

ひしゃげた標識。

割れた舗装。

倒れたまま動かない影がいくつか。

 

息はある。

 

短時間で終わった戦闘の跡。

 

その中心に、立っている。

 

 

「……そこまでだ」

 

背後から声に、彼の動きが止まる。

 

振り返らない。

 

距離を測る。

 

気配を読む。

 

「イレイザーヘッドだね」

 

その声は静かに。

 

ただ、少しの興味が宿っている。

 

「知ってるよ。君、有名だから」

 

沈黙。

 

風が抜ける。

 

その中で、意識がほんの少しだけ向く。

 

「……面倒な個性だよね」

 

2人の間に流れる空気は冷たい。

 

「そう思うなら助かる」

 

短く返す。

 

距離は変わらない。

 

「でも」

 

わずかに間。

 

「止まる理由には足りないかな」

 

 

 

「それで、どう?」

 

「確認しにきたんでしょ?」

 

「……ああ」

 

短い肯定。

 

「どこまでなら切り捨てられる」

 

静かに問う。

 

少しだけ間。

 

「必要なら、どこまでもだよ」

 

気だるく返す。

 

「僕の目的は一つだけ」

 

"知ってるでしょ?"

 

彼の目は言外にそう伝えている。

 

空気がわずかに重くなる。

 

「今日は、戦いに来たわけではなさそうだけど」

 

彼の目が真っ直ぐ相澤を見つめた。

 

「……ああ」

 

2人の間を風が吹き抜けた。

 

「どこまで掴んでるかは、教える気はないよね?」

 

「……ないな」

 

それを聞くと残念そうに笑った。

 

「それじゃあ、さよなら」

 

相澤の横を通り過ぎる。

 

止めることはない。

 

追うこともない。

 

距離が開く。

 

「ただ」

 

短く。

 

「次は止める」

 

それだけ。

 

一瞬、足が止まる。

 

「なるほど」

 

振り返らない。

 

ただ、伝える。

 

「邪魔になるなら消すだけだよ」

 

再び彼は歩き出した。

 

 

 

その姿が見えなくなると、

 

相澤は静かにため息をついた。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。