【完結】私、ジャブローのモグラ志望って言いましたよね??? 作:むにゃ枕
ジュピトリスの船室には、パプテマス・シロッコをはじめとする一部の人間しか入れない部屋がある。
そこは、旧世紀の家具により節度を持った美しさを保った場所だ。アンティーク調の家具は、一見質素なように思えるが、宇宙世紀では目も眩むような大金が掛かる。
伝統や宗教、貴族主義といった古臭いものは、人類が宇宙に上がったあとでも普遍的な価値を持っていた。
天蓋と天然物で作られた寝具。宇宙では貴重であるそれに覆われたベッドに、メラン・メラーラは横たわっていた。シロッコは狸寝入りをする彼女の隣に座る。それから、その髪を撫でた。
「起きているのだろうメラン?」
メラーラは寝たふりを続けた。シロッコとは会話をしたくないという意思表示だろう。
「眠れる森の美女には口づけが必要かな?」
「……いらない」
物凄く嫌そうな表情を浮かべた彼女を、シロッコは好ましく思った。
メラン・メラーラという女を、パプテマス・シロッコは傑物だと思っている。
連邦軍高官の娘という立場であるならば、普通ならば、軍人になろうとは思わない。彼女は、連邦政府や地球を守るために軍人になり戦場に身を投じた。
そして、自身もモビルスーツに乗り、ジオンと戦った。徹底的な前線主義者であり、ジオンが敗北した後もジオン残党を狩り続けた。ジオン狩りのメラーラの名は伊達ではない。
高潔だ。綺羅びやかな宝石というよりも、硬く粒子が結び付いた金属のような美しさがメラーラにはある。
黄金のように柔らかくはない。ダイヤモンドのように固まり過ぎているわけではない。実用的な磨き抜かれた金属の美しさが彼女の精神にはあった。
この高潔な精神を宿した女を、自分の腹の下で喘がせたら、どんな声で鳴くのだろうか。
パプテマス・シロッコは、純然たるフェミニストではない。
彼は己に精神的に屈した女が、輝く様子を見るのが好きなのである。要するに推しのアイドルと肉体関係を持った上で、彼女の成功を喜ぶ劇団の支配人だ。
だから、本質的には女を見下しているし、高価な道具としか思っていない。メラン・メラーラという女は、パプテマス・シロッコにとっては極上の偶像であった。
「私は、連邦政府が嫌いだ。地球から全てを知った気になって、無理強いをする。肥大化した醜い政府だよ。
木星は過酷だ。連邦政府は、木星船団を代わりの利く手段だと考えているのだろう。スケジュールを無視した強行軍で、かなりの犠牲が出た。
私は、連邦政府に改革が必要だと考えている。だが、ジオン残党のようなテロリズムや、スペースノイドの連中を抱き込んでも意味がない。
老人たちから、権力を奪う。新たな支配者が必要なんだ。メラン。君にはその資格がある。戦場の女神たる君ならば、天才である私と共に内から連邦政府に変革を齎せる」
シロッコの熱意に対して、メラーラは冷ややかな視線を向けた。
「シロッコ。改革も革命も無理だ。連邦政府の体制は多大な矛盾を孕んだまま、ズルズルと地を這いずりながら進んでいく。それで良いだろう。木星船団やスペースノイド、地球で苦しむ貧民には悪いが、私たちは神じゃない。この病人を脅かす外敵は退治した。だからそれで良くないか?」
諦観と泥濘を混じえたような絶望がメラーラの瞳にはあった。生に倦んだ老人のような彼女の姿にシロッコは、何も思わなかった。
「やってもいないのに何に絶望している? メラン、私はお前の行動に価値を置いている。お前がどう思っていようとも、行動が全てだ。私は、メラン・メラーラという女の全てが欲しい。その老人のような絶望など、私が消してやる」
メラーラは、シロッコの熱量に眩しそうに目を背ける。それから、元の淀んだ瞳に戻った。
「……眩しいな。羨ましい限りだ。若者の純粋な熱量というものは、世界を変えるのかもしれない。だが、そんなものでこの仕組みの深さを消せるものか。
私が、どんなに努力しようともメラン・メラーラは、父親の付属物で連邦政府の高官の娘だった。人は分かり合えない。だけど諦めたくはないんだ。殺し合うだけの世界なんてあんまりだろう。だからジオンを狩った。それだけだ」
パプテマス・シロッコは、メラン・メラーラの空虚さが愛おしく思えた。その曝け出された弱さをほじくり返して、泣き叫ぶところを見てみたいとすら思った。
シロッコの直感に間違いはなかったのだ。メラン・メラーラこそ、宝石の原石でありシロッコの片翼である。この女の精神がシロッコに屈することが必要なのだ。
そうすれば、シロッコの魂は歪んだ己の出生や半生を乗り越えられる。本当のニュータイプにして万能の天才になれるだろう。
「また来る。君は私の伴侶だからな。ティターンズを滅ぼしたら結婚式を挙げよう」
そう言い残し、シロッコは部屋を去った。
なんだあれ?? キモすぎる。初対面だよね私たち? シロッコが訳知り顔で、理解のある彼くん面する意味が分からない。
シロッコの言い草からティターンズはまだ滅んでいないようだ。
シロッコからすごい過大評価されてて謎だ。私は引退後のスローライフでコロニーとか隕石が降ってきたら嫌だから、ジオン残党を狩っているだけだ。
自分に出来る能力があればするだろう? こちとらニュータイプ能力というチート持ちの転生者だぞ。未来に怯えて暮らすのはまっぴらごめんだ。
チート転生者にチート使えて偉いねって褒めるのは、日本人に箸を使えてすごいと褒めるくらい空虚だ。
チート持って転生したのに、何もしないわけないだろうが!
シロッコの誘いに少し心が動きかけたのは事実である。彼は後方プロデューサー面したいやつだ。しかしアイドルとは肉体関係を持っておいて、ファンに優越感を感じていたいタイプの厄介プロデューサーでもある。
ブレックスとジャミトフを殺した責任、アクシズに核弾頭を撃ってズムシティにぶち当てた責任を、私たちティターンズに被せようと思っている屑だ。騙されてはいけない。
多分、女だし誑かして弾として確保しておきたいくらいは思っていたのだろう。しかしガチ恋されているのは謎だ。
まあ、我ながら見てくれは良いしシロッコのアイドルになるポテンシャルはあると思う。
というか他に擁立する女がいない。レコア・ロンドは無名だし、サラ・ザビアロフはそもそもシロッコと出会っていないのではないか? ハマーンは地雷系でアムロにぞっこんだ。
消去法で、私になるのも分からなくはない。
「ちょっと、あんた。パプテマス様にどうやって取り入ったのよ!」
「誰?」
「パプテマス様の恋人のサラよ。パプテマス様があんなに感情を剥き出しにするなんてどんな手を使ったの?」
あっ! 自分を恋人だと思っているパターンだ。多分、向こうはサラ・ザビアロフを恋人だとは思っていない。ティンと来ない。
「シロッコはプロデューサー気取りの自分を天才だと思っている顔が良いオタクだから、厳し目の態度を取ると良いんじゃない? オタクに優しいギャルになると良い」
「そうなのね! 勉強になったわ!」
めちゃくちゃ適当なことを言った。しかし、サラは純粋なのかそれを信じているようだ。
私は年下のオタクに優しい妹系ギャルを生んでしまったのか??
「私はシロッコに興味がないんだ。むしろ誘拐されてから、監禁されていて困っている」
「それくらい知っているわよ。私が着替えさせたんだから」
サラは私の監視役兼侍女であるらしい。
「ちなみにシロッコと肉体関係は?」
「なっ、なんてことを聞くの! まだないけど、いずれは愛していただけるはずよ」
なるほど。いや、何がなるほどなのだろう。
「私は逃げたいんだが、逃がしてくれるか?」
「ダメよ。そんなことしたらパプテマス様に怒られるわ」
「そこをなんとか」
「ダメなものはダメよ」
「ここで私を逃がせば恋のライバルが減るぞ」
ちょっと迷ったサラ。しかし、折れなかった。偉い。私としては不都合であるけど。
「恋は戦争なのよ。でも、戦争にもルールはあるわ。私は自分のやり方でパプテマス様の寵愛を勝ち取るの」
あんなヘアバンド野郎のどこが良いんだ? 顔か? 顔だよな? それ以外に良いところがない。
「おっ?」
「きゃっ」
ジュピトリスがズンと揺れた。爆発だ。事故の可能性は低い。おそらく攻撃を受けている。
(アムロ〜、聞こえる?? 助けて〜)
(メラーラ中佐、こんなこと出来たんですか?)
(聞こえたなら切るね)
ニュータイプ能力は便利だ。自己開示したくないから、めったに使わないけど。
もしかして、シロッコの詰めが甘かったパターンか? そもそも核弾頭でアクシズを吹っ飛ばして、ズムシティも巻き添えにすることを連邦政府が満場一致で望むとは考えにくい。
これはもしかすると、もしかするかもしれない。
「サラ、シロッコを援護する。格納庫まで案内してくれ」
「えっ!?」
「パプテマス様をここで失ってはいけない。私は逃げない。約束する」
ぬるりと心の中にサラの思錐が入り込んでくる。本心から言っているから大丈夫。ニュアンスが違うだけだ。
「嘘はないみたいね。分かったわ」
シロッコは(暗殺やアクシズ、ズムシティ崩壊の責任を取ってもらうから)ここで失ってはいけない。私は(ここでシロッコと戦うから)逃げない。それを約束しただけだ。
所詮、ニュータイプ能力なんて戦場の道具よ。