帰宅と共に2階に上り、自分の部屋へ。鞄を下ろし、服をささっと着替える。畳を踏みながら部屋を出て、一階に降りる。
いつもの道を通って鼻腔をくすぐる、美味しそうな匂い。
(……ケチャップかな?オムライスっぽい)
手を石鹸でよく洗い、皿洗い機の中から乾燥し切ったものを取り出す。
「流石父さん。時間ぴったり」
合理性だけで作られたキッチンを抜け、皿を棚に戻す。そこには、下処理を終えている野菜がトレーに並べられていた。
必要な材料が全て揃っていることを確認し、キッチンから出る。テーブルも清潔だ。
「さ、開店〜」
店の外に出て、ドアに掛かった看板をひっくり返す。
レストラン「ヒスイ」。洋風の看板には、そう刻まれていた。
トレセン学園の近くに作ったことが不幸か、「ヒスイ」にはよくウマ娘のお客さんが来る。ウマ娘サイズの食事を割高にすることで、採算を取っているが、作り手にとってはかなり辛い。
ましてや僕はワンオペ。今日も僕1人でどうにかなる人数しか来ないことを願いつつ、メニュー開発に勤しむ。
「…………」
舌の感覚に頼りながら、顎に指を当て、思考の沼に浸る。
「…………豆板醤だ」
振り返り、冷蔵庫を開く。豆板醤を取り出し、スプーンで少し掻き出す。鍋の中に入れて混ぜ、味わえば、
「…ん!いいじゃんね」
昆布と醤油ベースのスープに、辛味が追加されていいバランス。合う具は、ナスとネギと…
からんからん、とドアが揺れた音を察知する。
「!いらっしゃいませーー!!」
マックイーンは、グルメである。
最早言わずもがなかもしれないが、彼女はメジロの家で高級なものを食べ慣れている。故に。
「…見逃しておりましたわ、こんなレトロな雰囲気のお店があるなんて」
俗世にある食べ物にも、惹かれた。トレセン学園の近くにある住宅街。その路地を抜けた先にポツリと佇む、赤い屋根の店。
メニュー表が貼ってあるわけでもなく、広告が貼ってあるわけでもない。
しかし、どこか心地よい古さが漂う、西洋風の木造建築。
ちょうど減ってきたお腹の調子に合わせ、折角なので来店してみた。
「これも巡り合わせですわ」
「!いらっしゃいませーー!!」
カウンター席が4つ、テーブル席が1つ。はっきり言って小さな、狭い店だった。キッチンの奥から現れたのは、マックイーンと同じくらいの年齢に見える、赤い髪の青年。
ラフな服装の上に、エプロンをつけただけ。それでもどこか似合っていた。
「お好きなところお座りください。初めてですよね?」
「ええ。ご丁寧にありがとうございます。メニューはどちらですの?」
カウンターの右から2番目に座り、周りを見渡す。
「ご説明させていただきますね。当店のメニューは一つ。「シェフの気まぐれ」のみでございます。その日の気分、お客様の様子、自分の趣味。それらによって、出てくるものは変わります。アレルギー等ございますか?」
マックイーンの耳がピクリと動く。この現代に、「気まぐれ」という浪漫溢れたメニュー、しかも店員はワンオペ。なんともまあ、唆る店だ。
「食物アレルギーはございませんわ。では、そちらをお願い致しますわ」
来店したのは薄紫の髪がよく映える、お淑やかなウマ娘。その振る舞いの一つ一つ引き込まれつつ、僕はキッチンに戻った。
(相手はアスリート…栄養には気を遣いつつ、ガッツリ食べてほしい)
(仮に彼女が大食いだった場合……カレーとかは足らなくなる可能性があるな…後から追加で作っても問題ないような料理…)
「!」
ピンときた。閃きに対して僅かに興奮が出るのか、よく僕は早歩きになる。早歩きで材料を取り出し、下処理済みの玉ネギと人参を刻んでいく。
「どっちも千切りだな…特に人参は薄くしたい」
沸騰させておいた鍋に玉ねぎを入れ、後追いでしゃぶしゃぶ用の豚肉を投入。
裏にある冷蔵庫と、カウンターから見える鍋を行ったり来たりしつつ、次を考える。
(15、16、17…)
ナスを乱切りにし、他の材料を鍋の近くに取り揃える。同時並行でもう一つ鍋を取り出し、メインの食材を作る。
(30!ナス投入ー)
それらの具材を適度に煮込み、特に豚肉がいい色になって来たら、醤油と昆布を投入。さらに煮込む。そこに豆板醤、塩胡椒、軽く七味を振り、麺つゆを投入。
「さて」
父親が事前に冷凍しておいてくれた手打ちのうどんを沸騰した別の鍋に入れ、解凍していく。ウマ娘が食べたい平均的な量を茹で、時間を置く。
具材が入ったスープを丼に入れ、うどんの水を切る。うどんをザルに乗せ、ウマ娘のお嬢さんに提供する。
先ほど考案したスープを麺に合うように改良したもの、結構美味しいんじゃないだろうか。
「お待たせしました、野菜と豚肉のつけうどんでございます」
ウマ娘が大食いでも後から量を増やせるのは、つけ麺の特権である。麺を茹でるだけなら、そこまで時間を必要としない。こんなの美味いに決まっている、というやつだ。
「いただきますわ」
出て来たのは、煙を立たせたつけうどん。スープを飲めば、ピリリと辛味のある、それでいて落ち着いた味が体を温める。ナスは長く煮込んでいたからだろうか、よくスープが染みて、深みのあるナスになっている。
(お、美味しいですわ…!!)
メジロマックイーンの舌はかなり肥えている。本人が食事を愛するというだけで、家ではシェフにより提供される最高峰の料理。
(うどんに絡むピリ辛のスープが体に染みて…冬の今は最高ですわ…)
一口進むたびマックイーンの表情は百面相の如く変わる。その様子を見た青年は、くすりと笑う。
「随分美味しそうに食べますね」
やってしまった、と驚きの表情を浮かべるマックイーン。
「いいんです。美味しそうに食べてくれる人は、作り甲斐がありますから」
青年はにへら、と相好を崩す。その笑顔に、マックイーンは刹那、見惚れていた。
「煮込むのとナスの相性がいいのは、ラタトゥイユが証明してくれてます。しかも豚肉の油がスープに染みて美味しいでしょう」
麺が絡んでも当然美味しい。制服が汚れないように気をつけつつ、麺を啜っていく。
「ここにさらに付け合わせを作るなら天ぷらですかね。海老天と、カボチャ…あと白身魚かな」
「!なんて贅沢な…」
普段減量のために一部栄養を制限しているマックイーンからすれば、その組み合わせは犯罪的。
「でしょう?栄養が気になるかと思いまして、天ぷらじゃなくて具材の野菜を沢山にしておきました」
「ちなみに今日のお腹の減りは平均的なものですか?」
「ええ。いつも通りですわ」
まるでお互いの自己紹介を行うように、心地よい会話が飛び交う。
「私はメジロマックイーン。トレセン学園に通っておりますの」
「僕は
真っ赤な髪に、文字通り琥珀色の眼。癖もなくストレートに伸び、センター分けがされたような髪型。背は低めで、163cmくらいだろうか。
「もしかして、一日に接種する大まかなカロリーとか決まってたりする?あったら教えてほしい。今度から配慮する」
「わ、分かりましたわ(完全に意識外でしたわ…)」
「マックイーンさんは、お嬢様なの?」
会話が盛り上がった上、同じ高校生だと分かったからだろう。琥珀の敬語は形を一部残しつつも、少しずつ、自然と外れていた。
「ええ。メジロ家という、由緒ある家に住んでおりますわ」
「ほえー……全然想像できないですね…」
所作の一つ一つがお淑やか。それでいて近寄り難いというわけでもない。琥珀もまた、自然とその雰囲気に惹かれた。
このマックイーンというお嬢様と、やけに気が合う。不思議な感覚だ。会話のテンポに不快感がない。
「私は長距離を走るウマ娘ですの。ステイヤー、というやつですわ」
人差し指を立て、何かを教えているような可愛らしいポーズ。
「レースのことは詳しくないけれど…4時ごろからなら僕もこの店にいるし、話し相手が欲しければいつでも来てくださいね」
そのセリフを聞いた彼女の返答は、僕の人生を崩すほどのものだったらしい。
「琥珀さん…貴方は、とても優しい方ですのね。私、貴方の料理の虜になってしまったみたいですわ」
手を口に添え、笑いながら言葉を紡ぐその姿は、不思議と、動悸が止まらないほど、絵になっていた。
…余計な言葉を並び立てて隠そうとするのはよそう。要するに、その言葉が嬉しくて、その様子が本当に、可愛かったんだよ。
「あれ、マックイーンさん?」
冬の凍てついた風が肌を突き刺すある日。マックイーンと琥珀は、ソフトクリーム屋で遭遇した。
「!琥珀さん」
琥珀は白いマフラーを首に巻き、茶色のチェスターコート。とても寒い今日にぴったりの服装だ。
「2人揃ってこの寒い日にアイスクリームとは…気が合うね」
せっかくなのでと、店外のベンチに座って2人でアイスクリームを食べる。マックイーンはチョコ味。琥珀はイチゴだった。
「………ブドウ入ってるな。面白〜」
「分かるんですの?」
琥珀がこの店を訪ねた理由は、新作の味を確かめたかったから。彼はより広い食材の視野をつけるために、こうして食べ歩きを趣味としているのだ。
「最初は分かんないけど…ちょっとずつ入ってるものに気づけるようになるよ」
「へくちっ」
会話を区切るように、マックイーンがくしゃみをする。店外の寒い場所、その上アイスクリーム。くしゃみが出るのも当然と言ったところ。
「あー…よければこれ、使ってよ」
「!」
琥珀は首に手を回し、マフラーを取る。それをマックイーンの首に掛けた。
ばくん、とマックイーンの心臓が高鳴る。
(あったかい…ですけど、何か、顔が、熱い気がしますわね…)
目をあげる。琥珀の金色の瞳孔が正面にある。
「ッ!!」
咄嗟に後ろへ振り返った。見ていられない。何ですの、その目は。
「マックイーン、さん?」
「あ、あの。そういうのは、やる人を選んだほうが宜しくてよ?」
「……じゃあいいよ。これでマックイーンさんが暖かくなるんでしょ?僕としてはそれが一番嬉しいんだからさ」
「な、な、〜〜〜〜〜!!!」
声にならない声が喉から溢れる。ぼん、と音を立てながらマックイーンの顔が赤くなる。両手で咄嗟にそれを隠し、下を向く。
「大丈夫?体調悪いなら送って行こうか?」
何故自分の感情が理解できないのか、最早苛立ちすら感じてきたマックイーンは、そのセリフに対しキレた。
「い、いや、もう、十分でしてよ!!!自分で帰りますわーーーーーーーーーーーー!!!」
逃げるように走って行ったマックイーン。ウマ娘の走力では当然視界から外れるのも早く、琥珀は数秒、その姿に呆気に取られていた。
「……なんか、可愛かったな」
色々あって、かなりコンスタントに…具体的には週に3回ほどのスパンで、マックイーンはレストラン「ヒスイ」を訪れ、琥珀との会話を楽しみつつ食事をしてきた。
そして。
「太りましたわ……!!」
マックイーンはトレセン学園の食堂で、1人頭を抱えた。食堂での食事量を減らすことで釣り合いを取らせている…つもりでしかない食事量は嘘をつかない。
いくら食堂で食べていなくても、二食を一度に食べるのと凡そ一緒だ。いくらウマ娘といえど、満腹だと言えるくらいには腹が膨れる。
だが、レストランに通うのを止めようとは不思議と思わなかった。美味しい、というのも当然理由として存在するが、それ以上に。
「何なんですの、これは」
千羽琥珀という人間との会話を、マックイーンが求めていた。鮮烈な赤い髪と、琥珀色の眼に魅入られてしまったかのように。
「どしたの?マックイーン、頭抱えるなんてらしくないよ」
正面にはちみーを飲みながら座って来たのは同じウマ娘のトウカイテイオー。マックイーン自身も解釈しきれていない感情について詳しく話してみれば、
「…ねぇねぇ!マックイーン…それってさあ…!」
ニヤニヤと、悪戯っぽい顔を浮かべながらテイオーは体を乗り出す。
「その琥珀?って人のこと、好きなんでしょ……!!!」
「はぁっっ!?」
裏返ったような声が食堂に響き、一瞬注目を集める。すぐさま小声に戻しながら、必死に弁解する。
「あ、あったばかりですのよ!?確かに素敵な方ですが、わわわ私は決して恋なんて…!!」
「でもマックイーンは胃袋掴まれちゃったんでしょ?」
「それは…そうですが」
マックイーンは食には正直である。琥珀の料理はどれも、箸が進む。マックイーン風に言えば、「パクパク」なのだ。
「…にしし!今度ボクもそこ連れてってよ!!マックイーンを任せられるかちゃーんと確かめないとね!」
「こんにちは、トウカイテイオーさん。僕は千羽琥珀。しがない料理人だよ」
「こんにちは!ボクはトウカイテイオー!これからマックイーンをよろしくね!」
開口一番、テイオーはぶっ込んだ。
「……どういうこと??」
「テイオー、貴方というウマ娘は……!!」
元はほとんど人の来ないレストラン。それが今では、少しだけ賑わっている。
「琥珀さんは、マックイーンのことどう思ってるの?」
時間が止まったかのような、沈黙が訪れた。
二次創作のポンコツマックイーンと、公式のお淑やかマックイーンを足して2で割ったような感じになっていれば嬉しい。
ラブコメって難しい…
ちなみに料理は実際に作ったものを題材にしています。うどんチェーン「かかや」様でモデルとなったものを頼めます。美味しいので是非。(手順は結構適当なのでそのままやらないようにお気をつけ下さい)
高評価より感想が嬉しいので下さい!