何時潰れるか分からない町中華屋ぐらいの広さの部屋で、ジリリリンとレジ横の黒電話がけたたましく鳴る。ここは僕こと
「あ、王ちゃん? 王ちゃんのお店で4課の新人歓迎会やりたいんだけど~、今週どこか空いてる?」
どの店でも敷居が高いと感じたことがなさそうな無遠慮な女の声が響く。この女がこの店に来ると碌なことにならないが、新人歓迎会となれば僕もアイツも憂さ晴らしができるだろう。ご自慢の耳の上の高さで結んだ灰色のポニーテールを手櫛でとかしながら、空欄ばかりの壁掛けカレンダーを眺めて答える。
「今週ならどこでも空いています。今からでなければ大丈夫です」
「それじゃあ明後日の18時で! おいしい牛タンいっぱい準備してね!」
ガチャリと電話が切れたことを確認し、盛大な溜息をついて洗面所の鏡の前に立つ。細めのタレ目に気持ちばかりのアイシャドウを塗って、お造りに乗っている魚のお頭のような黒い目をぱちぱちさせる。相変わらず生きているような気がしなくて安心する。そして公安御用達の黒スーツを着てアイツに声をかける。
「レイエル、仕事の準備だよ」
その言葉に応じるように奥の『特別個室』から白目と黒目が逆転した僕が現れる。奴の名はレイエル。この店の唯二の従業員にして、僕が契約している"嘘の悪魔"の魔人だ。魔人なのに比較的普通の見た目をしているのは、噓の悪魔の能力が関係している。色々条件や制約はあるが、"対象を宣言した状態に変える"というとんでもない能力だ。僕はそんなレイエルと契約して"僕の認識している会話の中で嘘を吐いた人物の舌が爆発する"という能力と、純粋な身体能力向上を手にした。おかげで公安のデビルハンターになった、あるいはさせられた。そんな奴は首をコキコキ鳴らしながら楽しそうに笑った。
「どっちの仕事だ?」
「まずは公安のデビルハンターかな。今朝頼まれたウニの悪魔を倒しに行くよ」
レイエルがデビルハンターならいい車乗りな、と勝手にベンツにしやがった愛車で目的地の海岸に向かう。そこには直径1mほどのウニに10本の人間の脚が生えた悪魔が立っていた。
「知ってっか王ちゃん? ウニって海藻が主食だがキャベツも食べるんだぜ?」
「僕に無駄な知識を植え付けないで。舌が爆発するきっかけが増えるから」
知らないで間違えた情報を言うのは嘘ではない。なのでレイエルと契約してからはなるべく物事を知らないように生きている。なのにコイツは変な雑学を教え込んで来る。知識でマウントが取りたいのか、それとも僕が何かのきっかけで死ねばいいと思っているのか、悪魔が考える事を人間が考えても仕方がない。僕は車から降りて首をコキコキ鳴らし、大きな溜息を一つ漏らす。
「アイツが本物のウニだったら何回お腹一杯ウニ丼食べられたかな」
「アイツは見た目的にムラサキウニっぽいから……半径が20倍になったと仮定すれば体積は8000倍になって、大体80㎏の身が取れる計算だな」
「ウニとご飯の割合が1:1の超贅沢仕様と考えて……80回分かあ。夢があるね」
頭に描いたウニ丼はいつか食べるとして、僕は奴に向かって突進した。僕に気付いた奴はウニらしく刺を飛ばしてきた。躱すのが面倒なので叩き落としてどんどん近づいていく。そして奴のお膝元に潜り込み、ぐっと腰を落として拳を構える。
「万が一にもイカの悪魔と間違われないようにしてあげるよ」
一息の間に両手で10本全ての脚に掌底を撃ち込む。ズチャリと脚が千切れ飛び、ぐらりと倒れてきた奴に向けて折った刺を突き刺した────はずだったが刺がバキリと折れて僕の左肩に刺さった。殻の方が脆いはずだろと思うや否や、刺さった所に激痛が走る。どうやら奴はガンガゼの悪魔でもあるらしい。
「これは遠距離から一気に決めた方が良いか」
再び飛ばしてきた刺を避けながら引き返し、車を盾にして反撃のタイミングをうかがう。刺が車の板金に当たってギンギンと響き、車の中のレイエルがウィンドウを開けて肩をすぼめた。
「おいおい、折角のベンツが台無しだぜ?」
「元は型落ちのクラウンだったから惜しくないね……レイエル、刺が止んだから車から降りて」
僕は窓からレイエルが出たのを確認して、車をドロップキックでウニの悪魔にめがけて思い切り蹴り飛ばした。ウニと高級車が交通事故を起こして見事な高級ウニになり、そのまま焼きウニへと変わった。左肩と両足がジンジンするので上半身だけ起こして一息つく。
「車検が面倒だったから丁度いいね」
「買うのはめんどくさくねえのか?」
「何を買ったってベンツにされるから最安の中古車しか選択肢がない」
「それもそうか……あれっ?」
レイエルがスーツのあちこちのポケットを確認している。そして何かを悟ってガックシと肩を落とした。
「……ケータイ車ん中だ」
「携帯電話なのに? これで今年になってから5回目だよ?」
「年寄りに最新の機械は難しいな……」
レイエルとて僕との会話の中で嘘を吐いたら舌が爆発する。何も起きていないということはこの会話は全て真実、あるいは心の底から真実だと思っているということだ。
「あの中から残骸探して元に戻したら?」
「同一の対象に同一の変身は一回だけなの知ってるだろ……公安呼ぶための公衆電話探してくるわ」
「ケータイが普及したら公衆電話探すのも大変になるだろうね」
「未来の悪魔がそうなるって言ってたぜ……アイツ会うたびヤな未来教えてくるからなあ……」
だったら何故会いに行くのだろう。悪魔同士で積もる話を肴に飲むのだろうか。ともかくデビルハンターとしての仕事は終わったので、早く帰って飲み屋の店主としての仕事を始めたい。かれこれ数週間ぶりの営業になるだろうか。しっかり気合いを入れて掃除や仕込みをして、期待の新人に二枚舌の流儀を教えるとしよう。戻ってきたレイエルも悪そうな笑みを浮かべている。
「『二枚舌』、営業開始だ」
「せめて店に着いてから言いなよ。それに営業するのは明後日だからね? もし言いたいなら営業準備開始だ、の方が良いと思うよ」
「じゃあ改めて……『二枚舌』、営業準備開始だ」
「だから店に着いてからにしなって」
なお、左肩に刺さった刺の毒の影響で営業準備開始できたのはまるっと24時間後になった。