オレは素晴らしき日々を送っている。でも、今日より最悪な日はねえと思う。パワ子の代わりにうざいサメの魔人がバディになったからじゃねえ。マキマさんとデートの約束をしたのに、急用が入ってマキマさんが来なくなったからだ。代わりの人が来るらしいがマキマさんの代わりなんていねえ。どんな奴がきても俺の心が動いたりは────
「早くない? まだ朝の7時だよ? いつからここにいたの?」
ふと小学生みてえに幼くて高い声が俺を呼んだ。そこには灰色の長い髪を真っ直ぐに下ろして、漫画でしか見ねえような銀の丸い眼鏡をかけて、お嬢様が着るような白いフリフリのワンピースを着て、高そうな黒いヒールを履いた、死んだ目をしているのにカワイイ女がいた。
「……誰……?」
「……舌が爆発してないから本気で言ってるね」
舌が爆発。俺の知り合いで舌を爆発させるようなヤツは一人しかいねえ。
「まさか……示札さん、なのか……?」
「そうだけど……何?」
示札さんは絶対にこんな女の漫画から出てきそうな格好をしねえ。いや、見たことがないだけで私服は意外とこういうのを着るのか? あれこれ考えていると示札さんは長い髪の先をジリジリと捻じりながら淡々と話し始めた。
「お腹空いたから朝ごはん食べに行こ。今日のお代は気にしなくていいから」
「あ、は、はい……」
こうして俺は示札さんとデートすることになった。もしかしたら素晴らしき日々の一ページになるかもしれねえ。
マキマさんから私の代わりにデンジくんとデートしてきてと言われた時は何を言ってるんだと思ったが、今日の費用は全部私が立て替えると言われたので即座に了承した。大学生時代の一張羅を引っ張り出してピッタリ着れた時は少し嬉しかったが、相変わらず体の成長が起きていない事への失意で上書き保存された。その上でレイエルに揶揄われたら出かける気力がなくなるので、朝6時に店を出て目的地の映画館に向かった。
「……野郎とデートしたってロクなことにならないのに……」
そういえばこの服は元カレと別れた日も着ていた。そしてあのクソデンジと一緒に────この調子では駄目だとかぶりと髪をバサバサと振る。折角人の金で豪遊できるというのに気が滅入っていては何も楽しめない、なんて思っているとワイシャツにジーンズという無骨すぎるデンジがいた。声をかけたら僕だとも分からない始末だ。ともかくお腹が空いたので近場の牛丼屋で朝食を済ませることにした。
「
どう受け取ってもやる気のない店員の案内に従って、カウンター席に隣り合って座ると同時に注文をする。
「牛丼並盛一つとメガ盛りつゆぬきネギぬき一つ」
「手慣れてんなあ。よく来るのか?」
「朝ごはん作るのが面倒な時はよく来るかな」
「
ものの十数秒で提供できるあたりあの店員はプロだ。並の牛丼をデンジに渡す。
「まずは並が食べ切れるかどうかだ。君、食欲の割には食べられないじゃないか」
「ガキの頃からロクに食えてなかったからなあ……おっ! ウメえなコレ!」
CMに出たらいい販売促進になるんじゃないかという勢いでガツガツと食べてくれた。奢り甲斐があるというものだ、と思っていると僕の分も来た。両手で作った輪っかより二回りほど大きな丼にはもっさりと肉と米が盛られている。軽く両手を合わせて頂きますをして、一心不乱に口の中にかきこむ。ここの牛丼の味や食感が牛タンに勝てるわけないのでとにかく胃に入れていく。
「あ、おかわりしてもいいっすか?」
「僕もしようかな。すみません牛丼並盛一つとメガ盛りつゆぬきネギぬき一つ」
店員が顔をしかめたが、朝の準備時間に手間のかかる注文をして合法的に嫌がらせをするのが目的なのだからいいのだ。以前、別の店でネギぬきは出来ないと断った店員の舌が爆発した時はレイエルと一緒に大笑いしたものだ。楽しい思い出で多少明るくなったところで完食し、お代を払って腹ごなしに散歩をする。
「この後はどうすんだ? 女性と遊んだことねえからさ~」
「あったら付き合った女性の目を疑うね。とりあえず僕が見たい映画見てから決めるよ。9:30から始まるから今から行くよ」
最初の映画館に戻ってみたかったアニメの劇場版を見る。ロボットによって監視される社会で超能力者が活躍する作品だ。
「死んだ人は蘇らねえ! 例えどんなに大切な人だったとしてもなあ! 別れを告げたなら受け入れるべきなんだよ!」
「バカナ……キサマニハ……コノニンゲンハ……キレナイハズダ……」
「あーしは別れを告げた!!! もう
主人公の彼女が元カレの人格を移植されたロボットを泣きながら超能力の剣で一刀両断した。そのままスタッフロールに入り、主人公達に抱きしめられながらフェードアウトして終わった。僕は涙でぐずぐずになった目元を拭いながら隣のデンジを見る。僕と同じようにボロボロに泣いていた。
「かっ、カフェに行こうか……そこで感想会だ……」
「お、おう……」
近くのカフェに行って2人分の紅茶とチーズケーキを頼んで感想会を始める。
「まず今回の劇場版だけ見ても分かりやすいのが良かった」
「だよな! なんも知らねえ作品だったけど世界観が分かって良かったぜ!」
「そして超能力の演出が力入ってた。主人公の蒼いオーラの揺らぎとか彼女の剣が空間を裂いて現れる所とか」
「あれすっげえカッコよかったよな! く~っ、悪魔の力で再現してえ!」
「強いて気になる点を上げるとすれば本編にどう繋げるかかな。あれだけの心の傷を負ってどう立ち直るんだろ」
「んなもんウマいモン食って寝りゃいいだろ? 俺だったらこの紅茶とチーズケーキで立ち直れるな」
お前なあと言わんばかりに紅茶を啜って睨みつける。コイツのバカとしか言いようのない単純さが羨ましくなる。
「……僕も君みたいだったら、こんな悩むことなかっただろうな」
様々な思いが心に渦巻き、かき混ぜ過ぎた紅茶のように愚痴が零れる。
「なんか悩みあんのか? 奢ってくれたお礼に相談乗ってやるぜ?」
お前のせいで悩んでるんだよ、とは言わず紅茶のカップをコトリと置いて溜息交じりに吐き出す。
「ここで話せるような話じゃないからカラオケ行こうか」
「歌を歌う所か? 俺あんま曲知らねえぜ?」
「適当に聞いて適当に合いの手入れてくれればそれでいい。たまには大声を出して発散したい」
適当に歩いて適当なカラオケに入店する。僕は流行りの曲を数曲叫び散らかして、彼はドリンクバーの炭酸でスッキリした所で本題に入る。
「……最近、好きな人に纏わりつく鬱陶しいヤツがいてね。ソイツを殺したいんだよ」
「示札さんの好きな人って確かマキマさんだろ? 最近マキマさんに出来た纏わりつくヤツ…………誰だ?」
「君だよ」
「オレかあ……」
事態は良く飲み込めていないくせにメロンソーダは飲めるらしい。でも、すぐに飲み込めたようで口含んだメロンソーダを噴き出した。
「えっ、オレ!?」
「君ってどうやったら死ぬかな?」
「いやいや、言わねえからな!? まだマキマさんとエッチもしてねえのに死にたくねえよ!」
ロクでもない欲望を口にする割には意外と純情派のようだ。その夢をぶち砕く様にシートに横になる。
「一女性の意見として言うけど、張り切った童貞ほど乱雑な性行為をする奴はいないよ。初めてで気持ちよくできるなんてAVの中だけだ。僕と練習して経験値を積んでからにしたほうがいい」
「えっ……!?」
「気持ちよくなれたらマキマさんもエッチにハマるかもしれないね。そうなったら……君とのエッチ三昧の日々になるかもしれない」
「ま、マキマさんとエッチ三昧……!」
淫魔のような誘いに連れられて彼が僕に向かって歩みを進める。これはもう貰った────
「い、いや! それでも俺の初めてはマキマさんじゃなきゃ嫌なんだ!」
首をブンブンと振って叫び、面倒臭い女のような強情さを見せてきやがった。絶対に恋愛うまくいかないぞお前、と思っていたら僕のケータイがピリリと鳴り響いた。弄ぶのはここまでかと諦めてぬっと起き上がり3コール目で出る。
「仕事の依頼や店の予約は店の方の電話番号にお願いします」
「急用だからこっちであってるね」
相変わらずミステリアスな声のマキマさんだ。急用で出かけているのに何故か僕に電話してきた。とても嫌な予感しかしないので気を引き締めて返答する。
「急用が終わったんですか?」
「その急用で示札ちゃんとデンジくんが必要になったんだ。『二枚舌』まで来てくれるかな?」
「断ったら今日のお代が全部僕払いになりそうなので行きます」
返答も聞かずにシートから立ち上がり、やっとマキマさんと会えるとウキウキしている彼と一緒に部屋を出る。ケータイで時間を確認してみたら15時を過ぎていた。いつの間にか時間を忘れていた原因を考えようとしたが、面倒なので思考を止めて『二枚舌』に向かうことにした。