『二枚舌』の扉を開けると牛タンのおいしそうな匂いが鼻腔を貫いてきた。声を出すよりも空腹の音が先に出て、店にいた三人が僕に気付いた。
「いいタイミングで帰って来たな王ちゃん。焼きたてと作り立てだぜ」
バーテンダーの服を着て右手に塩牛タンを、左手にレモンサワーを持ったレイエルに、
「ごめんねデンジくん。今からデートでもいいかな?」
公安のスーツを着て座敷に座っているマキマさんに、
「来ちゃったか……後5分経って来なかったら今日は帰って良いって言われたのにな」
同じく公安のスーツを着て座敷に寝っ転がっている天使くん。誰も急を要する事態があるように見えない。僕の舌が爆発する能力は生声を認識していないとダメだから騙されたか、と肩を落とそうとしたのをマキマさんに止められる。
「実はデンジくんにレイエルと契約してもらいたいんだ」
「デンジとビームじゃ知能指数がちと不安なんでな。知識と経験豊富な俺がデンジの中に入ればパーペキよ」
「その間の示札さんのバディに僕が選ばれたんだ。公安のTOP3が組んだら向かうところ敵無しだから仕事も楽になると思うよ」
どうしてそうなったかの経緯は気になるが、レイエルから離れられるし、僕と同じぐらいの面倒臭がり屋の天使くんだったら仕事も程々でいい。僕にとってメリットしかないから、レイエルから牛タンとレモンサワーを受け取りながら首を縦に振る。
「マキマさんに言われたら断れないっすね。それに、レイエルは色々面白えこと言ってくれるから楽しくなりそうだぜ」
デンジもこう言っているからとっとと終わらせてもらおう。レイエル曰く魔人のままでは入れないらしいので、特別個室で真の姿になって戻って来た。鏡で出来た大きな狼男の姿が、牛タンを頬張ってレモンサワーで流す僕の姿を歪んで映す。相変わらず不気味で恐ろしい姿だ。
「デンジの中に住む。その代わりに心の中で俺と会話できて、特定条件下でこの姿になって俺に意識を渡す。これで契約を結ぶぜ」
「その条件って何だ?」
「下手に俺の力を乱用されると大変だから秘密とさせてもらうぜ。ただ、意図的に起こせるようなものじゃないから安心してくれ」
「ならいいか! よろしくなあ!」
「因みに口から入るから鱈のように大きく開いてな」
そう言ってレイエルはデンジの口にギャリギャリ音を立てながら入っていった。わずか数秒ですっぽり収まり、彼は口を開いたまま目をパチクリさせている。そんな彼にマキマさんが彼の口の中を覗き込ん見ながら話しかける。
「どうかな? 心の中でレイエルに話しかけてみて」
「……もっと牛タン食えばよかったって言ってます」
「なら大丈夫だね。それじゃ、デート行こうか」
「はい!」
「示札ちゃん、天使くんと上手くやっていくんだよ」
そう言って2人は店を出て行った。一日で2人の女と遊べるなんて、彼にとって最高の日になった事だろう。その一端を担えた事に少しの嬉しさを────何で今嬉しさ何か覚えたんだ? アイツは僕にとって目の上のたん瘤なんだぞ? 覚えるなら悔しさを────
「それで……僕は何をすればいいの?」
謎の感情は一旦後回しにして、天使くんにこの店の仕事を教えるとしよう。早速レジ横の黒電話を紹介する。僕のケータイは公安からの業務連絡にしか使わないので、この黒電話は僕に仕事をもたらす唯一の存在だ。
「この電話が鳴ったら名前と用件を聞いて」
「鳴らなかったら?」
「仕事がないから適当にのんびりしてて」
「じゃあ鳴らない方が良いね」
「僕もそう思っているよ。今は食器洗いでもしてようか」
2人でパパッと済ませ、暇になったので特別個室のベッドの上で横になる。相変わらずふかふかでふわふわの最高のベッドだ。
「こんないい所で横になったのは初めてかも」
「人生の3分の1は睡眠時間らしいからね」
出来る事なら天使くんも誑かしたい所だが、彼に素肌で触れるととんでもない事になるので止めておこう。それはそれとして、折角バディになったのだからお互いの事を知っておいた方が良いだろう。それと無い会話を始めてみる。
「天使くんの能力ってすごいよね。触れるだけで寿命を吸い取って、その寿命から武器を作れるなんて……僕の嘘を吐いたら舌が爆発するに比べたらよっぽど使いやすいよ」
「どう考えても面倒でしょその能力。言いたくないことはどうやってはぐらかすの?」
「『言いたくない』とか『答えたくない』で乗り切るかな。言いたくないようなことを知っているって情報は与えちゃうけど、嘘を言って舌が爆発するよりはマシかな……ふああ……」
乙女の恥もへったくれもない大きなあくびが出てしまった。今日は朝早くから外出して疲れていて、ベッドの上ということもあり我慢できなかった。目を閉じて天使くんに全てを委ねた。
「お店閉めてきて……そしたら今日の仕事はお終いだから……好きに過ごしていいけど、僕に手を出しちゃダメだからね……」
「それぐらいなら頼まれるけど、2人でこのベッドに寝るの? 体触れちゃうよ?」
「布越しならいいんでしょ……それか座敷で寝て……」
「それじゃあ座敷で寝るよ。このベッドには劣るけど、普通に寝られる寝心地だったからね」
翌朝、僕と天使くんはハンバーガー屋で朝食を楽しんでいた。2人だけで朝のメニューを全制覇するのはとても夢がある行為だ。
「よくそんなに食べられるね。僕なんかマフィン2個でお腹一杯だよ」
「本当はシェイクも頼みたかったけど……朝はやってないんだよね」
他愛もない会話をしながら朝食を楽しんでいた最中、暇そうにジュースを飲んでいる彼が質問をしてきた。
「何で示札さんはデビルハンターになったの?」
バディの事を知っておけば何かと便利だと思ったのだろうか。やや複雑な内容なのでマフィンの油で口を滑らかにしてから話す。
「僕の家族はレイエルに殺されたんだけど」
「急だね。レイエルへの復讐のためかい?」
「ううん。そこでレイエルと契約して力を得たんだ。そして大学で変態の悪魔みたいな彼氏と付き合った」
「じゃあその彼氏への復讐?」
「誰への復讐でもないよ。2人によって僕の人生を滅茶苦茶にされた事への八つ当たりのためにデビルハンターになったんだ」
先生にも話してイカレていると言われた内容を聞いて、彼のぽかっと開いた口からオレンジ色の液体が垂れた。
「……本気かい?」
「舌が爆発してないでしょ」
「……デビルハンターに向いているというか、なれなかったら犯罪者になってたと思う」
「奇遇だね、僕もそう思ってる」
最後のマフィンを食べ終えたところで僕のケータイが震える。手を紙ナプキンで拭って確認をしたところ、発信元は姫野さんだ
った。
「
「あ、王ちゃん? 朝ごはん中だった? 悪魔討伐の依頼が来たんだけど、変態の悪魔ってヤバそうなヤツだから協力してほしいんだ」
民間でも嫌だろうし、いくら男のバディがいるとはいえ2人だけで挑むのは嫌だろう。天使くんに横目を流して意思を訪ねた。朝食奢ってもらった分は働く、と気だるそうに頷いてくれたので色々飲み込んで頷く。
「……僕と天使くんで行くよ」
「天使くんも来てくれるの!? 百人力なんてものじゃないね!」
場所を聞きながら『二枚舌』に戻り、またしてもベンツにされた新愛車に2人で乗り込む。
「いい車乗ってるね。レイエルの趣味?」
「女が関わるものは全部レイエルが高級品にするんだよ……! 僕は特別個室のベッドしか賛成してないってのに……!」
腹ごなしぐらいにはなってくれるといいなと願いつつ、慣れてしまった操作で車を飛ばす。変態の悪魔がどんな奴かは分からないが、新生コンビのお披露目には悪くない相手だろう。