デンジくんに恋愛のあれこれを叩き込んだ翌日、僕は彼と一緒に件のカフェ『二道』に向かっていた。『二枚舌』は天使くんに任せた上、どんな仕事も断れと言っているので問題ないだろう。
「何で示札さんは公安のスーツなんだ?」
「部下からの相談ってことにすれば、カフェでの費用を公安に落としてもらえるから」
「そういや昨日はコーヒーしか飲んでねえな……何食おっかな?」
「僕は全部頼むつもりだからそこから適当に食べればいいんじゃないかな」
「全部!? 最強に楽しそうじゃあないっすか!」
なんて期待を膨らませながら『二道』のドアを開ける。カランコロンと風情のある音が鳴り、落ち着いて趣のある店装が僕達を迎える。意外にもお客さんはおらず、いつもの『二枚舌』のように閑古鳥が鳴いていた。
「いらっしゃい……おや、まさかお連れの方までいるなんて……」
如何にもマスターらしい男性が驚いていた。
「ホントに来た……おや? おやおやおや~? デンジく~ん、女の子を連れて来るなんて聞いてないぞ~?」
僕から見ても滅茶苦茶可愛い女の子がいた。デンジくんへの態度を見るに彼女がレゼちゃんだろう。あの人がいなかったら僕は彼女を狙っていただろう。とりあえずお気に入りの銀のポニーテールを靡かせ発言の準備をする。
「デンジの職場の上司の示札王です。貴女の事を調べるために来ました」
スーツの人間が自信を調べると言ったらそれなりに驚くものだろう。しかし、彼女はケラケラと笑ってお冷を持ってきた。
「もしかして……デンジくんを取られると思って来ちゃいました?」
何をどう解釈すればそうなるのだろう。恋愛方面で誤解されるのはお断りなので早めに宣言しておこう。
「僕は同性愛者なので彼をそういう目で見ておりません」
「そうなんですか? それじゃあ安心してデンジくんと付き合わせてもらいますね」
「つ、付き合う……!?」
早まるなと彼の肩に手を置いて席に着かせる。カフェらしいメニューが勢ぞろいなので早速注文しよう。
「すみません。メニューにある物全部お願いします。飲み物も全部で」
僕の一言にカフェに戦慄が走る。
「ぜ、全部ですかあ!? マスター、全部いけますか!?」
「ぜ、全部かい!? お、お時間を頂いて貰ってもいいかな!?」
「だ、だそうです! よろしいでしょうか!?」
「時間とお金と胃袋には自信がありますので大丈夫です」
黒い肩掛けバッグから茶封筒を取り出し、中身のぶ厚い札束をチラつかせ証明する。折角の利益のチャンスを逃すまいと店員2人が厨房に消える。
「やっぱ示札さんってヤバい人なんじゃねえか?」
「僕はどんな飲食店に行ってもコレをやってるよ。出来ないと言ったら舌が爆発する、出来ると言ったら僕のために必死こいて働く……最高の楽しみだよ」
「コワ~……」
真っ先にやって来たトーストとミルクを楽しみながら他の品を待つ。他者の苦労を見ながらなら、生の大根以外は何でも美味しく頂けるものだ。おおよその品を食べ終えデザートタイムになった頃、疲労困憊のレゼちゃんがデンジくんの肩に頭を預けながら座ってきた。
「うへ~……今日だけで1ヶ月分は働いた気がするよ~……」
「……お疲れさん。よく頑張ったなレゼ」
「膝枕してくれなきゃヤダ~……」
「……俺の膝でよけりゃ貸してやるぜ?」
絶対にレイエルからアドバイス貰ってるとしか思えない紳士ぶりだ。流石に冗談だよと膝枕はしなかったが、それでも頭を預けたままなのはかなり手練れだと見受けられる。傷心中の僕だったら間違いなく惚れていた。
「……なあ、知ってっかレゼ? ナポリタンって────」
「ナポリって名前がついているけど日本で生まれたパスタなんでしょ? カフェの店員さんだったら誰でも知ってるよ」
「……レゼって物知りなんだな」
「それほどでも……あるかな~?」
現時点でレゼちゃんに悪い所は見当たらない。距離の詰め方からして恋愛経験もありそうだ。これならデンジくんと付き合ってもよさそうと言いたい所だが、僕の女としての勘に何かが引っかかる。しかし、誰かに聞かれたらマズい質問をするので、どうにか2人きりになるタイミングを作りたい。
「レゼちゃん、閉店後時間あるかな?」
「ありますけど……どうしてですか?」
「女同士で話したいことがあるんだ。食べたい物なんでも奢るからどうかな?」
「ん~……折角だからお言葉に甘えちゃいましょう」
「2人ばかり……いや、何でもねえ」
レイエルのナイスアシストによって最高のシチュエーションができそうだ。スイーツを食べ終え、迷惑料として若干多めに支払い店を後にする。デンジくんが何か言いたげだったが圧で押し切って話を通す。
「最終判断は彼女と2人きりで話してから決める、いいね?」
「お、おう……レゼの好きなモンとか聞き出してくれよ?」
そんな微笑ましい話をするつもりはないと心の中で呟いて『二枚舌』に戻り、天使くんにレゼちゃんと話してくると伝え、相変わらず趣味の悪い黒いベンツを『二道』に向けて飛ばす。
閉店時間からやや遅れてレゼちゃんが出てきた。黒ベンツに黒いスーツと明らかに一般人ではない組み合わせに気付き、恐る恐る僕に尋ねてきた。
「えーっと……示札さん、ですよね?」
「合ってるよ。車も服も仕事柄こうなっただけで僕の趣味じゃないよ。助手席と後部座席どっちが良い?」
「じゃあ……折角だから助手席で」
彼女がシートベルトを締めたのを確認して車を走らせる。折角だからコンビニスイーツを一杯食べてみたいと言われたので、数軒のコンビニを巡って片手サイズのレジ袋4つがパンパンになるほど買ってみた。
「示札さんってお金持ちなんですか?」
「お堅い職業に就いていて、お金の使い道がこれぐらいしかないんだよね」
「どんなお仕事をしてるんですか?」
「答えたくないって言ったら引き下がってくれる?」
「気になるなあ……公務員とかですか?」
「半分正解、とだけ」
嘘がつけないから適当な所ではぐらかしておく。デビルハンターだと言ったらあれやこれや聞かれて、デンジくんのあれやこれやも聞かれかねない。右手のシュークリームと左手のカステラを交互に頬張って口を埋める。
「……もしかして公安のデビルハンターだったりしますか?」
「
「じゃあデンジくんも?」
「
「……示札さんって、デンジくんみたいに分かりやすい人なんですね」
彼と同類に扱われるのは心底腹立たしいが、答えたくないと答えるしかないレイエルとの制約も腹立たしい。両手のスイーツを口に詰め込んで、ペットボトルのレモンティーで流し込む。
「そうなると……示札さんも何かの悪魔と契約しているんですか?」
「嘘の悪魔と契約しているよ。言うのを忘れていたけど、僕のと会話で嘘を吐くと舌が爆発するから気をつけてね」
「デンジくんとおんなじ事言ってますね。試してみてもいいですか?」
「車汚したらあのマスターに請求書送るからね」
「やだなあ、冗談ですよ、アハハハハハ」
プリンを食べながら笑う彼女はとても可愛かった。こんな笑顔をする娘が悪い人な訳────
『僕と付き合えばワンちゃんの悲しみも少しは癒せるよ』
元カレの優しい笑顔がフラッシュバックする。こういう笑みを浮かべる人間ほど裏に何かあると本能が叫ぶ。
「……レゼちゃんって普通の人間?」
「え?」
こんな甘い雰囲気の中でこんな哲学的な質問をされたら聞き返すのが普通だろう。でも、僕は質問を引っ込めることができなかった。
「だから……レゼちゃんって普通の人間?」
「う~ん……難しい質問ですね……答えたくない、じゃダメですか?」
僕がそう言ってはぐらかしているから真似したのだろうか。しかし、その言い方は不都合な真実がある時に使うもので、普通なら
「……質問を変えるよ、レゼちゃんは犯罪をしたことがある人間?」
「……それならいいえ、ですね」
彼女の舌は爆発しなかった。どうやら僕の杞憂だったようだ。肩の力を抜いてレモンティーで口を潤す。
「変な質問してごめんね。レゼちゃんがどんな娘か知りたくてね。本当は好きな物とか聞くべきだったんだけど、僕の恋愛のトラウマから善悪から聞いちゃった」
「どんな恋愛したら善悪から聞くようになるんですか?」
「自分を便器のように扱ってほしいって奴と付き合えばこうなる」
「うわあ……それはこうなるのも納得ですね……」
こうして一時の女子会はお開きに向かっていった。別れ際に彼をよろしく頼むと言ったら、ハートを手に入れて見せますと笑顔で言っていたので問題ないだろう。この事を早く彼に伝えて、彼女とくっついてもらうとしよう。