ボムの移動は爆発による殺人的な速度で、あっという間に追いつかれてルーフの上に飛び乗られてしまった。頭の上からボボボと嫌な音が聞こえたが、ゴッと誰かが彼女を蹴り落としてくれた。先ほど助けを求めた、名前に反して優しい暴力さんだ。
「後で牛タン奢ってくれよ王ちゃん!」
「助けを呼んだ段階でそのつもりだったよ!」
彼女を暴力さんに任せて街中に逃げる。夜の混雑にのまれるが、歩道を走る訳にもいかないので流れに乗るしかない。
「はっ!?」
大きな声を出してやっと意識が明瞭になったデンジくんに質問をする。
「レイエルが君を見捨てたらしいけど何があったの!?」
彼が目を瞑って唸りながら思い出している。
「お、俺もよく分かんねえけど……レゼとキスをしたら、急にレイエルの体になって体を乗っ取られたんだ……」
そこから話された内容は全く信じられない物だったが、彼の舌が爆発しなかったから本当の話だ。
花火に照らされながらレゼにキスをされた時、オレはヤバい痛みを口の中に感じた。それと同時に全身から毛が逆立つように生えて、次第に鏡で出来た狼男のような姿になった。
「……え?」
俺は当然、レゼもなにが起きたのか分かっていなかったみてえだった。何かしようとしても体が動かなかった。心の中のレイエルに聞こうとしたら、そのレイエルがギャリギャリ頭をかきながら話を始めた。
「随分と熱烈なキス、文字通り痛み入るねえ……」
(ど、どうなってんだレイエル!?)
(最初の契約で言っただろ。特定条件下でこの姿になって俺に意識を渡すって。その特定条件は舌を切断する事だったんだよ)
そういやそんなことを言ってた気がする。だとしたら、レゼが俺の舌を噛み切ったってことになる。でも、そんなことをする理由なんてなくて────
「……君さ、
また意味の分かんねえことが増えた。レイエルが嘘の悪魔なのは当たり前の事だ。嘘が言えない示札さんが言ってるんだから真実だ。レイエル自身もそう言って────
「昨日食べた牛タンは美味しくなかった」
そう言ったレゼの舌は爆発しなかった。それじゃあ昨日言っていたことが嘘なのか? いや、だとしたら昨日の段階で舌が爆発しているはずだ。つまり、
「これで君が嘘の悪魔じゃないってことが証明できた……それじゃあ、君は何者なの?」
レゼの問いにレイエルは大きなあくびをして返した。
「言うつもりはないってことかな。なら────」
「契約解除」
その言葉と共にオレの視界に地面が映った。地面にうつ伏せに倒れていると分かったと同時に、レイエルが俺を起き上がらせてとんでもない事を言った。
「デンジくんを好きにしていいから……
レイエルに突き飛ばされてレゼにぶつかる。レゼは倒れることなく俺を受け止めた。
「……君はデンジ君の味方じゃないの?」
「俺の計画に必要だからソイツと契約しただけに過ぎない。そして────前から王ちゃんと決めていた事だが、
計画? 用済み? いくら何でも分からないことが多すぎる。
「……良いことを教えてやるよ。
更に訳の分からない事を言ってレイエルはどこかに飛び去って行った。何か聞きたかったがそれを遮るようにレゼがもう一度キスをして、また同じく舌を噛み千切った。スターターを引っ張って治そうとしたら、その手をレゼに切られた。
「痛いね? ごめんね? デンジ君の心臓貰うね?」
もう一度キスをされたて色々起こりすぎてよく分かんなくなった。頭が働かなくなって意識も失いそうになった時だった。
「ダッシュ!!」
偶々いたビームが俺を抱きかかえてレゼから離してくれた。
「アイツヤバいですチェンソー様! あん匂い、アイツボムだああああああ!」
それを聞いて俺の頭はパンクして意識が無くなった。
ひとしきり話してなおデンジくんは頭を抱えていた。
「マジで分かんねえ……レイエルもレゼも何にも教えてくれねえんだよ……」
「そんなの僕だって同じだ……! レイエルが嘘の悪魔じゃない……!?」
運転中は余計なことを考えるなと教習所で習った気がするが、教習所で教わった通りに運転している奴はいないからどうでもいい。レイエルが何か企んでいるのは知っていたが、それにはデンジくんと契約する必要があった? でも、デンジくんを見捨てたということはデンジくん自体ではなく、デンジくんが持っている何かが目的だった? そして今なお見捨て続けているということは、助けに来る気はないという事か? 油をケチったビスケット生地のようにまとまらない考えに苛立ち、クラクションを大きく鳴らす。それでも変わらない車の流れにさらに苛立つ。
「道ぐらい開けろよ! 死ぬぞ!」
「追い打ちをかけるようで申し訳ないけど……ボムガールもう後ろに来ちゃってるよ」
ルームミラーをちらりと見るとトラックが見え、彼女がトラック荷台で構えているということが推測できた。天使くんに運転を任せて僕が戦うかと考えていたらヴウンと聞きなじみのある起動音が聞こえてきた。デンジくんがチェンソーマンになって起き上がり、頭のチェンソーで半オープンカーにしてルーフに上っていた。
「窓ガラス割ってルーフに登るとかにしてくれない!? 修理出すの面倒なんだけど!?」
「んなヒマねえだろ! それによぉ~……!」
僕の制止も意味をなさず彼は彼女と対峙した。
「俺のこんがらがった脳みそでよぉ~く思い返してみたんだけどよ~……オレの知り合う女がさあ!! 全員オレん事殺そうとしてんだけど!!」
そういえば僕もあの人の胸を揉んだと聞いた時に殺しかけてた。
「皆チェンソーの心臓ばっか欲しがっちゃって! デンジーの心臓は欲しかねえのか!? あ~!?」
「私がデンジ君を好きなのは本当だよ」
「えっマジ……?」
火薬の爆発音でよく聞こえなかったが、舌が爆発した音が聞こえたような気がするのでデンジくんにツッコミを入れる。
「一度騙した奴は何度でも騙す! 彼女の言葉に耳を傾けるな!」
「……はっ! 危ね~な!! 危うく騙されるトコだったぜ! どんなワケで俺を殺してえか知らねえが、別にオレいいも~ん! オレにゃあマキマさんがいる!」
他の女の名前を出すなとあれほど言ったし、そもそもマキマさんの事は諦めろとも言ったし、どこまでコイツは恋愛が下手なんだ。
「マキマ…………デンジ君、あの魔女に飼われちゃってるのか……なら一緒に逃げても無駄だったか……はあ……あ~あ」
彼女も呆れてため息交じりに失望している。
「オレもキスすんじゃなかった! あ~あ!!」
もはや下らない意地の張り合いのような口論になり、それを吹き飛ばすように爆発音が劈く。とても走っていられる状態ではなくなってきたので、ハザードランプを点けてから路肩に車を停める。ボンボンボンと光を伴った爆発があちらこちらで起こっている。辺りの建物を巻き込んで人々が逃げまどい、そろそろ阿鼻叫喚が始まりそうになる。僕は盛大にため息をついてから首をコキコキ鳴らす。
「この件が終わったらレイエルに色々聞かないといけないから、その分の体力を残しておきたいなあ……」
「そんな加減する余裕あるの?」
「ないね。僕が戦ってきた悪魔の中で2番目に強そうだから」
「1番目は?」
「本当の姿になったレイエル。アレより強い悪魔を僕は知らない」
最悪な経験はそれから先の出来事を比較的マシに思わせるから質が悪い。レイエルに比べたらどんな悪魔もマシだ、と思い込んでヒートアップしている痴話喧嘩の最中に飛び込んでいった。