ボムの爆発攻撃によってできた瓦礫の中で、彼女が両手両足を失い、頭のチェンソーが砕け、焼け焦げたチェンソーマンを持っているのが見えた。半目で見てもヤバい状況なので、一気に駆けよって彼女の腕を天使くんがくれたナイフで切り落とした。
「2人の恋路は応援するつもりだったけど……流石にこうなったら止めさせてもらうよ」
「レイエルは君もデンジくんは用済みだって言っていたけど?」
「気が変わったんだ。女の子の気が変わりやすいのは君も分かるだろ?」
「確かにそうだね」
爆発の勢いを乗せた連続パンチが繰り出される。軌道は予測できるが速度が尋常じゃなく、彼女の実力がかなりのものであると理解できた。
「上手く捌いているのは凄いけど、これならどうかな?」
彼女の左腕がミサイルに変わる。アレは拳その物を避けたとしても爆発に巻き込まれる。ならば────振り下ろされた彼女の腕を左手で掴んで止める。牛タンを焼いているフライパンに触れたかようにジュウウウと僕の手に熱が伝わっていくが、その程度なので怯むわけがない。
「……君、正気?」
「正気な奴がデビルハンターやってるわけないだろ? 女の子相手だから顔は避けてあげるよ」
掴んだミサイルを引っ張って彼女の体を引き寄せ腹部に蹴りを叩き込む。バゴンと先の爆発音に負けないほどの音を上げながら彼女が吹っ飛ばされ、勢いそのままにビル壁数枚をぶち抜いた。
「ありゃ~……これは俺が手助けする必要ないかな?」
いつの間にかやって来た暴力さんが呑気な事を言ったので尻を引っ叩く。
「相手は飛び道具持ちなので2対1で封殺しますよ!」
「遠慮ないね~……ま、王ちゃんは嘘を吐かないだけで卑怯な手は好きだもんね!」
ぶち抜いた穴をくぐって彼女を追跡────ものすごい風が吹き荒れて辺りの建物が崩れる。そして、鼻から上が脳味噌剥き出しになり、その脳で上半身を覆って二足歩行している、巨大な赤ん坊のような化け物が現れた。
「レゼ様! 台風タダイマサンジョウシマシタ! ダイジョウブデスカ!?」
「女の子を待たせるなんて……大丈夫じゃなかったら許さなかったよ」
どうやらアイツは台風の悪魔らしい。ああも巨大だとどうやって倒そうか考え物だ。そう考えている間にヴヴヴとあの音共に、四本足のサメの化け物を、チェーンの手綱で悪身に操っているチェンソーマンが現れた。
「正解!! 正解!! 正解!! 正解!!」
「何がどうなればそうなるんだよ!?」
僕の頭もパンク寸前で考えるのを止めたくなってきた。
「っしゃあ走れビーム!!」
「ああもう! レゼちゃんと決着つけろよ!」
一旦ここで考えるのは止めて、人鮫一体の彼らに任せるとしよう。
僕と暴力さんは勢いを増していく風に耐えるべく道路標識に捕まった。車や電柱が吹っ飛び、何かに捕まっていないと台風に飲まれて木っ端みじんになってしまう。
「大怪獣バトルだ! こりゃ大人しく観戦してるしかないな~!」
「爆発と台風……! 人災と天災組み合わせの中でも、牛タンとレモンサワーみたいな最高のペアリング────」
「わ!」
台風に巻き込まれて飛んで行く天使くんが見えたから咄嗟に左手で掴んだ。何とか胸元を掴めたが、羽やクラシックなロングスカートによって面積が広がっているため引き寄せるのが難しい。
「何かにつかまって!」
「ムリ! 無理だ!!」
彼は能力こそ強いが、本人の怠け癖によって身体能力はほとんどない。風に抗って行動するのは不可能だろう。
「いいんだ……いいんだ! 手を放していい! 死ぬなら死んでいい! 今日が死期だったんだ! 大丈夫……! 死ぬ覚悟は……ずっとできている────わっ!?」
彼の舌が爆発したのを見て驚いて手を放してしまった────瞬間、彼の手を掴む。
「だああああああ!!」
「えっ……!? なぁっ……!?」
驚く彼などお構いなく引く寄せて抱きしめる。
「な……なに────」
そのまま下唇を内側を噛み切って血を出し、彼に口づけをする。お互いの血を飲み合えばばすぐに回復するはずだ。意図が分かったのか反射的なのか分からないが、彼の喉がコクリと鳴る。それを聞きながら僕も血をコクリと飲む。生温かな鉄の味が口や喉や鼻に広がり、思わず吐きそうになる。それでも彼にゲロキスをする訳にもいかないので必死にこらえる。僕の舌で彼の舌が治ったことを確認して唇を離す。
「……なに……? なんで……?」
「僕のメイド服を見るまで死にたくないんだろ……! それに……! 折角できたバディに目の前で死なれたら……! 気持ちよく寝られなくなる……! 君の勝手な都合で……! 僕の数少ない趣味を邪魔しないで欲しいな……!」
本来なら男とキスするぐらいなら死んだほうがましだと思うが、彼は見た目が良いから何も嫌悪感が湧かなかった。だから、この方法で助けるのに一切の躊躇いがなかった。
「僕のバディなら……それぐらい分かって────」
「なんで君の寿命は減らないんだ……? 僕の手を掴んで、キスまでしたっていうのに……」
「……なんだって?」
天使くんに素手で触れたら寿命が減るはずだ。寿命が減らない人間なんて、すでに死んでいる人間かあるいは死なない状態になっている人間────僕はそんな状態にある人間を知っている。レイエルに"生きてる"状態にされている人間だ。以前、レイエルが飲みながらこんなことを言っていた。
「ゲロ女がよお? 早川くんを"生きてる"状態にすれば呪いの悪魔の代償を無効化できるんじゃないか、って猿知恵を言ってたんだ。寿命を減らすことができないから無理だってのによお……全くお笑いだぜ」
その理論で考えると、天使くんの寿命を吸い取るという行為も無効化されるはずだ。つまり────僕は"生きてる"状態にされている。いつその状態にされたのかという疑問は残るが、その状態なら心置きなくあの木偶の坊台風の悪魔と戦える。僕は暴風に負けない大声で叫んだ。
「暴力さん! 天使くんをお願いします!」
「何するつもりだ王ちゃん!?」
「僕のバディを命の危険に晒した奴をぶちのめします!」
「できんの!?」
「じゃなきゃ僕の気が収まらないので!」
「その無茶苦茶さ、レイエルにそっくりだぜ! あとで特上牛タンあーんしてくれなきゃ、お尻叩き返しちゃうぞ!」
暴力さんが天使くんを抱きかかえて安全を確保してくれた。それを見届けて僕は一息吸いこんで、心の内を全て吐き出すように叫び散らかす。
「僕の邪魔をするなら死ね!」
そして奴に向かって勢いよく走り出す。
「無茶だ! 死にに行くようなものだ!」
「大丈夫だって! 王ちゃんはマスクをつけた俺と互角に腕相撲できるコだから!」
道に落ちていた適当な車を持ち上げ、台風の壁面に当てて爆発を起こす。爆発によって生じた綻びを突っ切り、台風の内部に入り込む。
「ナンダオマエハ!?」
「公安のデビルハンター兼飲み屋『二枚舌』の女店主兼────お前が殺そうとした天使の悪魔のバディ、示札王だ!!!」
「ダレデアロウトレゼ様ノジャマハサセナイ!!!」
奴の地を揺らす様な唸り声と共に風が強くなる。いくら"生きてる"状態でも、致命傷にならないのであれば傷は負う。ミサイルを掴んだ時の左手の火傷が動かぬ証拠だ。もし暴風壁に叩きつけられたのならば、死なない程度に全身骨折するだろう。あるいはデビルハンター引退レベルの身体障害を持つことになるか。しかし、僕の胸にある思いはそんな下らないリスクでは止められない。
「だったら僕の憂さ晴らしも邪魔させない!!!」
瓦礫を足場にして勢い良く跳び上がって高度を上げていく。
「タダノニンゲンガカテルトデモ!?」
そのままバスの窓ガラスをぶち割って、座席からシートベルトを何本も伸ばして切り取り結って即席のロープを作る。バスが風の奔流に巻き込まれる前にさらに高く跳び上がっていく。そしてついに上から台風を抜ける。奴を挟んだ向こうのビルでデンジくんとレゼちゃんが戦っているのが見えた────これならいける。僕は一つの瓦礫に乗って一気にビルに近づく。
「ナニヲシヨウトムダダ!」
見上げて僕に向かって吠える奴に見せつけるようにナイフに即席ロープを結び付ける。
「これを見てもそう言えるかな!」
そして鎖鎌のように頭上でひゅんひゅんと回し、ビルの窓に向かって投げる。台風の慣性に乗って前方だけでなく横への力が加わり、窓と窓の間の細い壁にグルグルと巻き付く。それに向かって跳びながらロープを思い切り引き、ビルの側面に着壁する。
「自慢になるんだけど……僕の脚力は高級自動車を蹴り飛ばせる。その脚力で壁を蹴ったらどうなると思う?」
「マサカ……」
見下ろす奴の顔から冷や汗が落ちていく。
「さっきは地面を蹴る勢いで突っ切る必要があったから隙を作ったんだ。100%水平方向への推進力に出来るなら────この足とバディがくれたナイフだけで十分だ」
ビル壁を砕きながら弾丸のように飛び出す。上部の薄くなった風の層を切り裂き、勢いそのままに奴に近づく。
「くるなああアアアアア!!」
「知っているか? どんなに激しい台風でも────台風の目は晴れるんだ」
奴の口を拳でぶち抜いて体内に入る。感想としては一秒でも早く出たいと言った所なので、首をコキコキ鳴らして警告する。
「今日の僕は
胃が激しく動いて僕を吐き出そうとしたのでナイフでズタズタに切り裂く。アニサキスに
「一回ぐらいやってみたかったんだよね!!! バカでかい悪魔を体内からぶっ殺すっていうのをさ!!!」
そのままロープを振り回して辺りを滅多切りにしていく。
「ギャアアアアアアアア!!!」
「そして!!! 人型の悪魔なら臓器の位置は人間と同じ!!! なら、この先にあるはずだあああ!!!」
ある物を目がけてナイフを全力投刃する。スーッと入っていった刃先がザクリと何かに刺さり、ロープを一定の間隔で揺らす。ビンゴだ。一度ナイフを手元に戻して、刺した先目指して道を切り開いていく。そして、ドゴンドゴンと大きな拍動を鳴らす奴の心臓に辿り着いた。聞こえているかどうか分からないが、奴に死刑宣告をする。
「タンは好きだけど……ハツはあんまり好きじゃないんだ」
心臓を思い切り蹴り上げ破裂させる。あれだけの巨体を動かしていた分、凄まじい量の血が流れてきた。その濁流に乗って、倒れた奴の口から脱出する。辺りは血の雨が降った後のように血浸しになっていた。
「さっすが王ちゃんだぜ! 俺の言った通り、心配する必要なかっただろ?」
「……本当に倒しちゃったね」
僕のバディが呆れたような顔で出迎えてくれたので、僕はらしくもない笑顔を見せて応えた。
「約束を破ると舌が爆発しちゃうからね。さっ、今夜はとことん付き合ってもらうよ」
向こうの空では様々な色の爆発が夜空を飾っている。恋の決着は本人同士で行うべきだろうとデンジくんの身を案じ、僕らは『二枚舌』へと向かった。