ついに歓迎会当日を迎えた。僕とレイエルは座敷を上手いこと工面して10人用の席に仕立て、一人当たり1キロ食べると換算した牛タンをひたすら仕込み、ありがちなバーテンダーの服を着て彼女らが来るのを待っていた。
「王ちゃん、俺にゲロ女を常に見張らせてくれ。トイレ以外で吐かれたらたまったもんじゃない」
「出禁にしないあたり君は優しいね」
「ブスだったらあの場で殺してた」
「美しいって罪でもあり免罪符でもあるんだね」
そんな話をしているとガラガラと引き戸が横に動いて、右目に眼帯をしたショートカットの女がやってきた。
「王ちゃーん! 久しぶりー!」
うんざりするほど無遠慮な彼女の名前は
「久しぶりー、じゃねえよゲロ女! 前にも言ったがトイレ以外で吐いたら殺すからな!?」
「やーん、レイエルがこわいよー、助けてアキくーん」
そう言って僕から離れた彼女は後頭部の高い位置で髪をまとめた美青年に抱き着いた。
「流石にアレは姫野先輩が悪いと思います」
彼の名前は
「何じゃっていいから早くワシに牛タンを食わせてくれ!」
頭頂部に2本の赤い角が生えている美少女が2人を割って出てきた。彼女の名前はパワー。血の悪魔の魔人で、お風呂にはたまにしか入らないし、トイレもたまにしか流さないし、ナルシストで自己中で虚言へ気持ちで差別主義者で、端的に言うとどうしようもない悪魔だ。ただ、彼女の頭は自分の発言が全て真実と疑っていないので、僕との会話で彼女の舌が爆発したことがない。
「せ、せめて席に着いてから注文した方が良いんじゃないでしょうか……」
常に八の字眉をした薄幸そうで陰気臭い女が後ろから消え入りそうに現れた。彼女の名前は
「は、初めまして! 私は
暑苦しくて堅物そうな体育会系みたいな彼はそうらしい。初めて見る顔だからよく知らない。他にも眼鏡をかけた甘党の
「僕の名前は示札王。公安対魔特異総合補佐のデビルハンター兼この飲み屋の店主。公務員だけど飲み屋を兼業しているのには突っ込まないでほしい。詳しい年齢は言わないけど20以上、身長は155㎝で体重は46.7㎏、趣味は食べることと寝ること。あ、僕と会話している時に嘘を吐くと舌が爆発するから気をつけて。契約している悪魔はこっちの嘘の悪魔のレイエル」
「どーも。名前は紹介されたから省くぜ。歳は覚えてねえ。王ちゃんとの見分け方は目を見ればいい。趣味は人を騙すことと女を抱くこと。"対象を宣言した状態に変える"っていう力を持っている。対象の全体像を視界に入る必要があったり、俺の知っている物にしか変化できなかったり、生物は生物に無生物は無生物にしか変化できなかったり、元の正体を宣言されると変化が解けたりと色々制約はあるが強いぜ。何だったら最強の悪魔にもなれる」
「最強の悪魔ァ!? じゃあじゃあ、なってみろよ!」
金髪のバカが目をキラキラさせてレイエルにおねだりをした。レイエルはやれやれと両手を広げて肩をすぼめた。
「期待しているところ悪いが……俺が思う最強の悪魔になれるだけで、最強という概念の悪魔になれる訳じゃない」
「それでもいいからなれよ!」
「アレはとっておきだ。その時が来たら見せてやるよ……お前、名前は?」
「俺デンジ。歳は確か16! 趣味は食うのと寝るの……あれ、さっき誰かこんなこと言ってなかったか?」
僕と同じじゃんかよ。自分の趣味を高尚なものだとは思っていないが、こんなバカと同じだと思うとなんか嫌になる。そういう時は飲んで食べて忘れるに限る。灰色のポニーテールをシャランと揺らし宣言をする。
「────今宵始まりますは人魔の隔て無き無礼講。噛むは牛の舌か己の舌か、飲むは美酒か紅血か。胃に入れば何でも一緒ですが、吐くぐらいなら嘘を吐きましょう。何故ならここは『二枚舌』ですから」
宣言の後はひたすら注文通りに牛タンと酒を提供する。ワンオペで店を回すのは久々だが、レイエルの身体強化のおかげで何とかなっている。
「何だコレ!? 柔らけえのにゴリゴリしてる!? めっちゃうめぇ!!!」
「これは牛タンって言ってね~牛の舌なんだ~」
「ここでゲロ吐いたら手前の舌で牛タン作ってやるからな! おら、塩牛タン5人前お願いしまーす!」
「この塩牛タンはワシのじゃ!」
「レモンサワー濃い目でお待ちのお客様」
「あ、それ俺です」
「こんなおいしいもの初めて食べました……!」
「じゃあお代は体で払ってもらおうかコベニちゃんよぉ?」
「そういうのは酔い潰してからやってね、ウーロンハイでお待ちのお客様」
「俺でーす!」
「はいはい。それじゃ姫野さんに付き添ってあげて」
「今日……俺……ファーストキスしちゃうんだ……!」
注文が進むごとに場の雰囲気も温まっていく。これは『特別個室』行きの展開もあるかもしれない。レシートに使用料金を書き足そうとしたところでミステリアスな女性の声が響く。
「キス?」
いつの間にかデンジくんの後ろに、長い赤髪に同心円状の瞳が特徴的な女性が立っていた。彼女の名前はマキマ。特異4課のリーダーにして内閣官房長官直属のデビルハンターで、契約している悪魔はレイエルが知っているらしいが、ほぼ機密事項で話してくれない。遅れてやってきたプリマドンナに生ジョッキと若干生焼けの牛タンを差し出す。
「いらっしゃいマキマさん。お通しにどうぞ」
「ありがとう王ちゃん。所で……デンジ君誰かとキスするの?」
「しません────ぼはぁ!?」
デンジ君の舌が爆発した。コイツくだらんところで見え張りやがったな。この後の掃除が大変そうだと溜息をついて、治してくれと頼もうとちらりとレイエルの方を見た。
「……っぐぷ」
「おい!? トイレまで連れてってやるから吐くなよ!? それまでに吐いたら殺すからな!?」
どうやらレイエルはそれどころではないらしい。このままでは新人歓迎会が新人送迎会になりそうだ。どうしたものかと考えている内に、ブウンと何かの機械の起動音が響いた。そしてデンジ君の頭が裂けてチェーンソーが生えてきた。
「っぶねー! こんな風に変身を使うなんて思ってもいなかったぜ!」
いつの間にか爆発した舌も戻っていた。どうやらデンジ君はチェーンソーの悪魔と契約している武器人間らしい。とりあえず一命はとりとめたようなので彼の肩に手を置いて一言声をかける。
「掃除……手伝ってね?」
「え?」
辺りを見渡せば座敷が血みどろになっており、牛タンにも酒にも血が混入している大惨状になっていた。
「……返事は?」
「あ……お、おう……悪かった……」