夢を見る。空にはいくつもの扉があり、足元は花畑のような不思議な場所に立っている。全く見覚えが無いのに、どこか安心感を覚えるのはなぜだろう。少し歩いている内に天井の扉の一つが開き、一口齧られた林檎が地面に落ちる。そこからたちまち芽が出てあっという間に大木になり────そこで目が覚める。今までに見たこともない夢について、頬についた畳の痕を撫でながら考える。
「あんな場所僕の記憶にはない……としたら予知夢? だとしてもこの世どこにあんな場所が────」
「王ー! 腹が減ったぞー!」
よく考えても分からない夢の事はどうでもいい、僕の愛しのパワーちゃんに朝ご飯を作る。彼女は僕にねだってくれた5品のリクエストを、ニャーコちゃんに猫缶を、僕は余った材料を適当に炒めた何かを頬張る。
「王の料理はウマいのう! ニャーコにも分けてやりたいぐらいじゃ!」
「にゃーん」
「人間の食べ物は他の動物にとっては有害なこともあるからね。今度調べてニャーコちゃん用の料理も作ってみるよ」
彼女達が幸せなら生の大根だっておいしく食べられる気がする。そんな幸せな時間をぶち壊すように黒電話が鳴り響く。彼女達に見えないように悪態をつきながら電話に出る。
「誰ですか人が幸せな時に電話をかけてくるバカは?」
「おっ、その声は示札さんか。パワ子と上手くやってっか?」
「俺の護衛頼めるか?」
意外な要件に一瞬フリーズしたが、即座に欲望で切り返す。
「最低条件としてパワーちゃんと一緒に護衛、及び前日と終了後に公安が費用持ちでパワーちゃんとデート」
「そういうのはマキマさんに言ってくれねえか? 今いるから代わ────」
「長話になるから直接向かって話す。早川くんの家にいるんだろ?」
不機嫌を抑えきれず受話器をガチャンと叩きつけて会話を終わらせる。流石に彼女達に気付かれて質問される。
「誰からじゃった?」
「デンジくん。僕に護衛を頼みたいんだって。その交渉に行くからパワーちゃんも一緒についてきてくれないかな?」
「えー……イヤじゃ────」
「マキマさんいるって」
「こうしてはおられん。早く行くぞ王」
乗り気になった彼女の指示に従って出発の準備をする。食器を軽く洗って、彼女の髪をきっちりセットし、ニャーコちゃんに店番を頼んで準備万端だ。天使くんには若干申し訳ないが、史上最高のコンビの初陣だ。
やって来た早川くんの家には黒いスーツをきた公安の人間がぎっしりと並んでいた。どかないと殺すと圧をかけて散らし、依頼をしてきやがった張本人と顔を会わせる。相変わらずアホそうな顔をしていてムカつく。
「昨日ぶりっすね示札さん。台風の悪魔倒してくれてありがとな」
「礼を言われる筋合いはあるけど貰うために来たんじゃない。君の護衛って何だ?」
「それに関しては私から説明するね」
マキマさんから説明が入る。連日のチェンソーマンの活躍がついに報道に載り、その存在が世界中に知られてしまった。彼のようなあくまでも魔人でもない存在は珍しく、世界中から狙われることになるから守って欲しいとのことだ。
「すでに色んな人に掛け合っているけど……示札ちゃんが一番力になるだろうからね」
「それは否定しませんけど、依頼を受けるとは一言も言っていませんよ? 僕はパワーちゃんのバディとして愛する彼女に尽くすので忙しいんです」
僕の唐突な告白に丁髷と眼帯が驚く。
「示札さんってパワーの事が好きだったんですか……!?」
「ウッソー!? ずっとマキマさんが好きだと思ってた!」
僕は一度たりともマキマさんが好きだと公言した覚えはない。それによって何かが分かったのか、デンジくんがハッとあからさまに目を見開く。
「も、もしかしてオレを殺しかけたのって……」
「君がパワーちゃんの胸を揉んだからだよ。下賤な欲望で僕の彼女を汚しやがって……万が一にも彼女が悲しんだら可哀そうだから殺さなかったんだ、僕の優しさに感謝しろ」
僕の御仏よりも深い慈悲が分からず、デンジくんのバディであるビームがずんずんと僕に向かってきた。
「オマエ! チェンソー様を殺しかけたのか!?」
「彼の肩を持つなら君を今日の彼女のディナーにするよ?」
「フカヒレスープか! 大好物じゃぞ!」
食材如きでは叶わないと判断したのか、ビームが床にちゃぷんと消えた。改めて依頼の話になったので、電話で言った通りの要求をマキマさんに伝える。
「最低条件として彼女と一緒に護衛、及び前日と終了後に公安が費用持ちで彼女とデートですね」
「それぐらいで良いの?」
「最低条件って言いましたよね? ニャーコちゃん用のベッド、高級猫缶、玩具、血統書付きの配偶猫も用意してもらいましょうか」
「色んな国の刺客相手だよ? デンジくん達には旅行を提供したからもっと言ってもいいんだよ?」
「僕と彼女の結婚式を挙げてください。それに伴って日本で同性婚ができるように法を変えてください」
「…………それはちょっと時間かかっちゃうけどいい?」
「じゃあ今度は彼女の要望を聞いてください」
何故か怯えている彼女にマキマさんとの会話権を譲る。
「……それで、パワーちゃんは何が欲しいのかな?」
「いや……何もいらぬ……」
彼女にしては珍しく謙虚だ。僕が色々貰うから自分は何もいらないのだろうか。人の事を考えられるなんて、悪魔らしからぬ善性だ。彼女のことがますます好きになった。
「それじゃあ依頼成立だね。明日から色々動くことになるから、準備やデートは今日の内に済ませてね」
契約を交わし、パワーちゃんと共に公安この場を後にする。早速デートに行くとしよう。好きな物を奢って、色んな服買って────
「そうそう示札ちゃん……レイエルの事なんだけどさ」
去り際に声をかけたのが誰であろうと、例えそれがマキマさんであろうと僕と彼女のデートを邪魔させない。
「それどころじゃないので後日でもいいですか?」
「……レイエルが言っていたけど、本当にパワーちゃん一筋なんだね。邪魔したら悪いよね、デート楽しんできて」
言われるまでもなくそのつもりだ。
ということで『二道』にやって来たのだが、明らかに様子がおかしかった。店の周りにはカラーコーンと立ち入り禁止のテープの結界が張られ、警官が街行く人に話かけ、まるで事件でもあったかのようだ。とても入店できそうな状態ではないので、警察の人に話を聞いてみる。
「何があったんですか?」
「何でも昨日の夜からここの店主がいなくなったらしくてね。血痕も見つかって、事件性があるって判断されたんだ」
それならこの状況も納得できるが、どうしてそんなことが起きるのかが分からない。もう少し情報が欲しいのでいい感じに会話を続ける。
「ここのランチ美味しかったんですけどね……昨日もランチやってのかなあ」
「やっていたと思うよ。店のゴミ箱に大量の花びらが入っていてね。近くの花屋に聞いたら、金髪の青年が花束を昼ぐらいに買ったんだってさ。花束を渡してプロポーズでもしようとしたのかねえ」
花束を持ってカフェに誰かに会いに行くような浮かれた金髪のバカはデンジくんしかいないし、そんな彼がこのカフェで待つような人はレゼちゃんしかいない。思い返せば、パワーちゃんとのバディを組めた嬉しさでレゼちゃんとの決着を聞くのを忘れていた。なら、次の質問はこれしかない。
「そう言えばここには可愛い女性店員さんがいるんですけど、会いました?」
「いや? 会っていないなあ……もしいたら重要な情報を持っているだろうね」
なんとなく話が見えてきた。あの夜はなんとか凌いで一度冷静になって話し合おうとなり、翌日にカフェで話し合う約束をしていたのだ。殺されかけた女に花束を渡すセンスはよく分からないが、それでも彼は花束を持ってきて彼女を待った。しかし待てども彼女は来ず、気を利かせたマスターが花束を処分した。その後にマスターの身に何かあった、というのがこの事件だろう。ぜひとも護衛ついでにその辺の事情をと思ったが、辛い失恋の傷を弄られるのは嫌なはずだ。この件は一旦ここまでにして、パワーちゃんとのデートに切り替えよう。