アメリカの刺客を捌いた日の夜、アキくんの家で護衛メンバーの結束を向上させるために牛タンパーティーを開く運びになった。いつ店を開けるか分からないのでレイエルから送られてきた牛タンを処理したかった、という本音は隠しておくとしよう。早速キッチンに立って牛タンの下処理しようという時だった。
「俺も手伝うぜ示札さん」
シャツの袖を捲くったデンジくんが意気揚々と手を洗いだした。レイエルに料理でも教え込まれたのだろうか、ともかく手伝ってくれるのならありがたい。
「切るのと焼くのどっちやりたい?」
「焼くのがいいな。包丁の入れ方とか示札さんのが上手いだろうし」
「それはそうだろうね。これでも女店主だからね」
「予約全然入ってねえのにか?」
これ以上言うとこうなるぞとタンをズガンと叩き切る。なんとなく分かってくれたようで、彼は黙ってレモンやニンニクやネギ塩だれを準備し始めた。
「まずはタン中からだよ。先や下は君にあげるよ」
「おっ、ありがとな。早パイにタンシチューでも作ってもらうか」
他のタン料理知ってるなんて意外だったが、使い道が分かっているなら安心して譲れる。程々の薄さに切ったタンをデンジくんに焼いていってもらう。パワーちゃんがいるから調味料は個人個人でかけてもらうスタイルだ。焼き上がったタンを大皿に乗せて皆の前に運び、灰色のポニーテールをシャランと揺らし宣言をする。
「────今宵始まりますは人魔の隔て無き無礼講。噛むは牛の舌か己の舌か、飲むは……明日も仕事があるので烏龍茶で。胃に入れば何でも一緒ですが、吐くぐらいなら嘘を吐きましょう。何故ならここは……アキくんの家ですから」
「その口上は『二枚舌』以外だと締まらないみたいだね」
「俺の家だからって嘘吐いてもいいわけじゃないと思います」
「吐くまで食べたら明日の仕事に支障が出てしまう! 皆程々にするんだぞ!」
「いいじゃないですか日下部さん。1国の刺客を退けたんですから」
「今夜もチェンソー様に牛タン!」
「早くワシに牛タンを食べさせるのじゃ、王!」
それぞれの盛り上がりを見せて歓迎会が始まる。
「東京に来てこんなに美味しい牛タンを食べられるとは思っていなかったな……」
「俺らの故郷でもめっちゃ良い所に行かないと食えませんよコレ」
宮城人からお墨付きをもらえるなら問題ない。引き続き『二枚舌』の看板メニューになるだろう。
「ただもう少し火を通したほうが安全ではないかね?」
「これぐらいが一番美味いんですよ。牛は豚や鳥よりも生で食って大丈夫ですから」
確かに断面にやや赤みが残っている、レイエルが好きそうな火加減だ。デンジくんの料理の腕はレイエルによって仕込まれたものだから、こうなってしまうのもおかしくはない。皆で美味しく牛タンを食べ進めていく中、ふと思った疑問を早川くんと姫野さんに投げかける。
「今夜は食べるんだ?」
以前、この牛タンが元悪魔の肉だと聞いて戻したらしいが、今は美味しそうに食べている。2人は顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
「まあ……目を瞑れば美味しい牛タンですから」
「知らぬが仏って言うぐらいだからね。美味しいのは事実だし」
僕は最初から知った上で問題なく食べれていたが、彼等は牛タンの魅力に抗えなくなったようだ。実際、相場の値段で食べたらまあまあのお値段になる本場の牛タンで、再現するためにレイエルと旅行に言った甲斐がある。
「ネギ塩ニンニクレモンにぃ~……それを牛タンで挟んでぇ~……さらに追いニンニクかけちゃお。最強の牛タンができちまったぜ~」
「チェンソー様最高! 天才!」
「折角だからお前に食わせてやるぜぇ~、ビ~ムぅ~」
「チェンソー様の牛タンウマい! 三ツ星!」
あちらはあちらですごく楽しそうだ。レゼちゃんとの戦いで共闘して仲良くなったのだろうか。
「随分と仲いいじゃん。僕とパワーちゃんには劣るけど」
「まーな。コイツは地獄にいた最強だった頃の俺を知ってるらしいからな」
「地獄のチェンソー様最強だった! 黒くてマフラーしてて、今よりカッコよかった!」
レゼちゃんと結ばれなかった以上、更に強くなってマキマさんに振り返ってもらうつもりなのだろう。男の心変わりは恐ろしいなと思いつつ、パワーちゃんに近づかないならいいかと見守る。すると彼はポケットからどこかで見たような携帯を取り出して話し始めた。
「マキマさんですか? 今? 早パイの家で歓迎会やってます。はい、ええ、牛タンウマいっす。マキマさんも来ますか? 忙しくて来れない? 残念だなあ。ちょっとアレの件で話したいので一旦外出ますね」
計画がどうのとか言いながら彼は一旦離席した。早川くんに聞いた所、刺客を退けたら江ノ島に旅行に行くらしい。ただ、度々その件で彼が電話で離席するのはどうかと思うと愚痴っていた。彼も現代人になりつつあるなあと思いながら牛タンを焼き続ける。
「王! ワシの牛タンが無くなったぞ! 早く次を持ってくるのじゃ!」
「待っててねパワーちゃん! 次はお待ちかねのタン元だから!」
ここは僕が全力でやらなければならない。厚めに切ったタン元に格子状に切り込みを入れ更に柔らかくする。ごま油を入れて熱したフライパンに円陣を組ませて並べ、ジャスト40秒でひっくり返し更に30秒待ち、そこから火を切って20秒立てば完成だ。いつの間にか電話から戻ってきたデンジくんに盛り付けた牛タンを任せる。
「じゃんじゃん焼いてくからじゃんじゃん運んで」
「俺に任せればドカンと大丈Vだぜ~。お待ちど~さまっとお」
運ぶのは中々様になっているから文句ないが、あんなノリで提供されて大丈夫なのだろうか。
「待ってました!」
「チェンソー様牛タン運んでる! カッコイイ!」
「デンジ、烏龍茶のおかわりも良いか?」
「ワシのじゃあ!」
「待ちたまえ! ここは平等に分けるべきだ!」
「すみませーん、追加お願いしまーす」
大丈夫そうなのでコンロをフル稼働させて牛タンを焼いていく。この調子なら持ってきた分は間もなくなくなるだろう。僕の食べる分はパワーちゃんが食べてくれるから大丈夫だ。彼女が笑顔になるなら、僕は2日ぐらいなら飲まず食わずで生きていける。
歓迎会が終わり皆で片付けをしている時、僕の携帯が震えて先生が何か伝えに来たと告げたので外に出て応答する。
「どうしました先生?」
「今回の刺客の中でお前に伝えておかなきゃいけないヤツがいる。中国からの刺客で最初のデビルハンターと言われている女だ」
「先生の昔のバディの人ですか?」
何時しかの酒の席で聞いたことがある。確かクァンシという同性愛者の女性だ。僕の知る限り同性愛者でデビルハンターをやっている女性はヤバい奴しかいない。恐らく先生はそいつの女にされないように気をつけろと言いたいのだろう。
「僕はパワーちゃん一筋ですから」
「お前が浮気するかどうかは別にどうでもいい。アイツと対峙したら死なないようにする事だけを考えろ」
「大丈夫です。僕はレイエルに"生きてる"状態にされて不死身になりましたので」
「ッ……そうか……」
微かに何かがギシリと軋む音と共に会話が途切れた。僕は何もしていないから先生が何かしたのだろう。
「……ならアイツは死なない程度に戦闘不能にしてくるだろう、油断するなよ」
「パワーちゃんとの結婚式が報酬なので過去一本気になりますよ」
「お前が本気を出したらレイエルと同じような被害を出しかねないが、その時は公安が何とかするから躊躇うなよ」
「流石にあの時みたいに『二枚舌』をぶっ壊すことはしないですよ」
ひどく酔った時の股間蹴り大会の時にやらかしたらしいのだが、あの時の記憶はぼんやりとしか残っていない。後日レイエルから聞いた時、二度と王ちゃんの逆鱗に触れちゃいけないとしか言われなかったから相当なものだったのだろう。
「それと…………出来る事ならクァンシを殺さないでもらいたい」
昔のよしみだから思う所があるのだろう。しかし相手は本気でデンジくんを殺しに来るので、手加減している余裕があるとは思えない。それでも、恩師の滅多にない頼みだから可能な限りは尽くしたい。
「……善処します」
必ずなどと嘘を吐くことは出来ないので、なんとか最善解を絞り出した。
「…………そうか、頑張れよ」
「先生も頑張ってください」
お互いの健闘を祈って電話を切る。いつ彼女と出会うかは分からないが、間違いなく近い内に会うことになる。恋する乙女同士の戦いはどちらの愛が強いかで勝負が決まるだろう。僕は目を瞑り最愛のパワーちゃんの笑顔を思い浮かべる。地を照らす太陽のように眩しく、夜を照らす月のように美しい。
「……僕は君の為だったら喜んで人を殺せるよ」
太陽や月に手が届かなくていい。彼女に手が届いてほしい。だから、今回の護衛は必ず成功させなければならない。