気付いたら僕は朝日が照らすどこかの一室で横になっていた。確かパワーちゃんを泣かせた奴をボコボコにしたはずなのだが、その後どうなったかが全く分からない。とりあえず情報を集めるために扉を開けて────ものすごい数の犬が僕に群がって来た。
「ぎゃあぉあああああ!?」
乙女らしくない雄たけびを上げて犬の波に飲まれた。僕は犬の人にへーこらする態度に虫唾が走ったりしないので嫌いでははないが、ここまでくると流石に驚きが勝る。
「おはよう、示札ちゃん。紅茶と緑茶と玄米茶、どれがいい?」
同じく犬だるまになっているマキマさんはやけに平然としている。察するにここはマキマさんの家だろう。とりあえず玄米茶を頼んで何とかソファーに腰掛ける。マキマさんが酌んでくれた玄米茶を啜りながら話を始める。
「流石マキマさん、お茶汲みの才能も有りますね。ところで昨日の僕の身に何があったんですか?」
マキマさんはわざとらしくうーんと唸って眉をひそめた。
「私もよく分からないんだよね。レイエルからも示札ちゃんのとっておきだとしか聞いていないし……」
「そこじゃなくて、パワーちゃんを泣かせたヤツを倒した後です」
「それなら簡単かな。レイエルから示札ちゃんが意識を失ったら回収してほしいって電話が来たの。色々聞きたいことがあったから私の家に連れてきたんだ」
マキマさんと面と向かって話す機会は中々無い。僕もレイエルについて色々聞きたかったから丁度いい、玄米茶のおかわりと茶菓子を要求して話す体制を整える。
玄米茶とティラミスの相性は意外と悪くないことを知ったので僕から話を始める。
「レイエルって嘘の悪魔じゃないらしいですけど、本人から何か聞いていますか?」
「示札ちゃんも知ってるんだね。でも、私も彼が嘘の悪魔ではないって事しか知らないんだ」
彼女でもレイエル関連の事はほとんど分かってないらしい。ただ僕の中では2人の仲が悪かった印象はなく、レイエルはちょくちょくマキマさんを狙っているとも言っていた。僕の知らない所で(物理的な意味も込みで)意外な繋がりがあるかもしれない。一問一答形式だから今度は私の番ね、とマキマさんから質問が来る。
「レイエルの計画について何か知っているかな?」
口元に手を当てて思い返す。度々計画がどうのと言ってはいるが、その詳細を聞いたことは一度もない。とりあえずロクな物ではないという想像しかできなかった。こうなると僕は感想か推理しか言えなくなる。
「……残念ながら何も知りませんね。僕のこれからを滅茶苦茶にしようとしているんじゃないでしょうか」
「……そっか。示札ちゃんに伝えもしないで進めるなんて、とんでもない計画なんだろうね」
アイツにとって僕は都合のいい玩具なのだろう。今までも再三ひどい目に遭わされたし、これからも酷い目に遭わされるはずだ。体の関係がないのが唯一の救いだが、求められたとしても受け入れてしまいそうな自分が憎い。今度は僕の番なので今回の護衛任務で気になった事を聞いてみる。
「本物のデンジくんは無事なんですか?」
マキマさんは何も気にしていない様子で犬を撫でていた。
「無事だよ。レイエルに"生きてる"状態にしてもらって、"生きてる"状態にした最高の護衛をつけて、ほとんど人のこない所で過ごしてるよ」
入れ替わったタイミングも誰に護衛させているかも不明だが、彼が無事なら僕から言うことはない。入れ替わっていたレイエルがよく知っているだろうからから後で聞いてみるとしよう。ティラミスと一緒に事態を飲み込み、マキマさんからの質問に備える。
「もしもの話だけど、パワーちゃんがいなくなったらどうする?」
「世界中の人間を犠牲にしてでもパワーちゃんを見つけます」
「人を殺してでも?」
「人殺しだけで済むと思ってるんですか?」
もし彼女との未来が確約されるなら、空を飛ぶことだって、湖の水を飲み干すことだって、全人類の心臓を持ってくることだってできる。僕のパワーちゃんへの熱は常識という枠には収められないのだ。
「……この話は止めよっか。私が2つ質問して示札ちゃんが1つ質問したから示札ちゃんの番だよ」
レイエル、デンジくん、パワーちゃんときたらもう一人聞いておきたい人物、もとい悪魔がいる。
「天使くんはどこ行きました?」
またもマキマさんは何事もないかのように、犬にクッキーを上げながらさらりと言った。
「レイエルに殺されちゃった」
持っていたフォークがキンと地面に落ちる。殺された? 何のために? そんなの一つしかない。僕に嫌がらせをするためだ。僕と天使くんがバディを組んだ段階でこの結末を思いついていたかもしれない。あるいは思いついたからマキマさんと協力してバディを組ませたのか。だとしたらマキマさんに見せてもらったあの手紙は嘘だったはずだ。僕の能力は会話にしか適応されないから、紙の上には幾らでも嘘が書けるのか。アイツにまたしてやられたという事か。
「これに関してはレイエル本人から聞いた方が良いんじゃないかな。私もある程度関与したけど……レイエルに計画に必要って言われて、天使くんを呼んでその死体を運んだだけなんだよね」
マキマさんが天使くんを呼んだ日なんて忘れるわけがない、僕とパワーちゃんのバディ結成の日だからだ。僕が浮かれていた裏で彼がレイエルに殺されていたという事実に、流石に苛立ちが湧いてくる。犬たちが怯えて全員マキマさんに集まるほどだ。犬を宥めているマキマさんが私からの質問はこれが最後ね言われた。
「謹慎はどれくらいが良い?」
アイツを倒すのに街を壊滅させたのは記憶に残っている。その責任を取れと言う話だろう。あの行動に一点の後悔もないため、僕は堂々と言い放ってやった。
「パワーちゃんと一緒にいられるなら喜んで謹慎しますよ」
「それじゃあ……とりあえず様子見で1週間謹慎してもらおうかな。因みにデビルハンターとしての謹慎だから、『二枚舌』の経営は自由にしていいよ」
それなら謹慎中に護衛成功の宴を開くとしよう。そして早く『二枚舌』でパワーちゃんと一緒に謹慎したいので、僕からも最後の質問にする。
「パワーちゃんは無事ですか?」
「あんまり無事じゃないかな。3時間おきに叫んで暴れてレイエルが死にそうって言ってた」
「なんでそれを早く言わないんですか。早く『二枚舌』まで送ってください」
ティラミスと玄米茶を胃に流し込んで窓から飛び降り、足早にマキマさんの車に寄りかかる。遅れてやってきたマキマさんに露骨な舌打ちと眼光を飛ばして急かす。
「パワーちゃんに何かあったら承知しませんよ」
「示札ちゃんって社会性がほとんどないよね」
「先生の教えで頭のネジ全部外してますから。デビルハンターやってなかったら犯罪者になってますよ僕」
レイエルに唆されて様々な犯罪に手を染めていた事だろう。悪の女帝になったか、あっさり警察に捕まったか。想像するのは自由だが想像した所で何にもならない。そんなことよりもどうやってパワーちゃんを慰めるかが重要だ。後部座席に乗り込んでケータイでレイエルに連絡する。
「パワーちゃんは?」
「や……やっとさっき落ち着いた所……早く来てくれえ……強力な変化を使った後、何も補給してねえから死にそうだ……」
「だそうなので早く行ってください。歩道走っても僕が許しますので」
「示札ちゃんが許しても法律が許してくれないよ?」
「未来の大統領が許してくれます」
マキマさんの溜息はエンジン音にかき消された。溜息をついている暇があったら1秒でも早く、時速1キロでも速く走らせて欲しいものだ。