レイエルが出て行った所で僕とパワーちゃんの時間が終わる訳がない。むしろ、邪魔者が一人減ったから濃密な時間を過ごせる。
「怖いからトイレ一緒に入ってえ……」
「一緒にお風呂入ってえ……」
「一緒に寝るう……」
こんな感じで彼女の生活に僕が付くようになり、僕の生活に彼女が付いてきてくれるようになった。幸せ過ぎる。彼女を怖がらせたことに関しては殺すまで許さないが、この様なまたとないチャンスをくれた事には感謝をしよう。ありがとう闇の悪魔。
「レイエルからある程度聞いてはいたが……お前はソイツの事となると常識が無くなるようだな。岸辺の教え子なだけあるな」
掃除機をかけ終わったであろうクァンシさん達withレイエルが部屋に入って来て、早く退けと言わんばかりに僕を見つめている。従業員が店主にそんな目を向けるとは、レイエルの教育も大したことないなと伸びをする。
「一気に5人も増えちまったからな。大奮発してキングベッド2つだぜ」
「毎日換えることになりそうだね。買い出しはよろしく頼むよ新人さん」
すると彼女達は一斉にレイエルの方向を見て、コイツのせいだから私達は悪くないと言わんばかりに色々言い出した。
「本当はそうしたい所なのだが……」
「私達、契約でこの店から出ることができないの」
「だから買い出しは店主かレイエルがやって」
「ハロウィン!」
「……」
どんな雇用契約をしたのか全く分からないが、店主である僕や悪魔であるレイエルはそれを一方的に反故にすることは出来ない。ただ、僕にも事情があるから彼を睨みつけて言い放った。
「僕はパワーちゃんと一緒に謹慎しなきゃいけないから……レイエル、お願いね」
「……俺の計画に必要とは言え、かなり面倒な事になったなこりゃ」
だったら最初からそんな計画を立てなければいいのに。とはいえ、身から出た錆でしかないのでレイエルはギャリギャリと頭を掻いて現実を受け入れた。
「……俺の計画についてある程度説明するから、何か茶菓子を買ってくる。食べたいものあるか?」
「ドーナツ! ドーナツ100個!」
丸ポニテの娘が遠慮なく言い放った。誰も特に咎めなかったので、一人当たり16個は食べるドーナツパーティーが決まった。流石のレイエルも驚きが隠せないようで財布を覗き込んでいる。
「どうせ王ちゃんが全員で全種食べるって言いだすからそれぐらいは買うと思うが……公安の経費で落ちるか……? 『二枚舌』の売り上げあんま良くねえんだよな……」
実は『二枚舌』の売り上げは公安の収入から維持費を出すほど良くない。牛タンと酒の仕入れは彼の力でやるからほぼタダだが、入客が少ないのが原因だろう。どうにかするかと諦めて彼は黒ベンツでパシられに行った。あの姿でどうやってドーナツを買うのかが気になったが、甘えてくるパワーちゃんの相手に比べたらどうでもいい事だ。
ドーナツ運ぶの手伝ってくれと帰ってきたレイエルの姿は驚くものだった。なんと白目と黒目が反転した『二道』のマスターだったのだ。シャーロックホームズの事件を超えるまさかの犯人に驚きが隠せない。
「お前だったのか……レイエル……」
「それについても説明するぜ。この姿だったらコーヒーを淹れるべきなんだろうが、ドーナツにはアイスミルクと相場が決まってるんでな」
テーブル一面にドーナツとアイスミルクが広げられ話し合いの場が形成される。俺から話さないと始まらないな、とレイエルがわざとらしく口周りに白いひげを作った。
「先にも言ったが、俺を強くするっていうのが俺の計画だ。とある奴を滅茶苦茶にしてやりたいからっていうのが動機だ」
チャイナガールズはソイツは誰だとアレコレ話しているが、どうせ僕の事だろうからツッコまない。その代わりにパワーちゃんのリクエスト通りに口にドーナツを突っ込む。口周りが砂糖とクリームで汚れてしまったので、舌で綺麗に舐め取ってあげる。
「そもそも俺の状態変化の原理は、何かを対象にとって別の状態を被せているんだ。だから対象の本来の性質が残る。俺が別の姿になっても能力を使えたり、対象を指摘したら変化が解けたりするのはそのためだ」
思い返せば彼はどんな姿でもはあの力を使えていた。
「ただ変化元と先がかけ離れていたり、変化先の性能が良すぎると変化できねえ。その辺の草を牛タンに出来なかったり、車をロケットにすることができなかったりみてえにな」
「"生きてる"状態にするのはどうなの?」
「都合よく解釈して現状維持ってことにしているから何とか。でも、結構エネルギー使うから何か食った後じゃねえとできねえな」
姫野さんをあの状態にしたのは牛タン弁当を食べながらだったし、僕も家族を食われた直後にあの状態になったはずだから間違いない。ただ、当の彼自身は"生きてる"状態ではないはずだ。一つの対象に同時に二つの変化をかけることは出来ないからだ。
「それに俺自身に変化をかけちまうと、変化したことあるって判定になって俺が誰かに乗り移ってもその変化が使えなくなっちまうからな。今後ヒーちゃんとマキマさんの力を俺の意思だけで使えねえのはちっと悩ましいが……ああでもしなきゃ突破できねえ状態だったからな」
「あの時は随分と強い悪魔に変化できたが、それはどうしてだ?」
丸ポニテの娘に僕と同じ事をしていたクァンシさんがかなり鋭い質問をした。彼は自分の口周りをギャリギャリ舐め回しながら答えた。
「俺自身がそれなりに強い悪魔になったからだな。それでもあれが変化できるギリギリだから、まだまだ強く成る必要がある。ところで……悪魔は強い悪魔の肉を食べると力を増すってのは知っているな?」
初めて聞いた話だが、その話を聞いて一つの事件が思い浮かんだ。
「だから天使くんを殺したと?」
「ご名答。天使くんの手羽先から手羽元は中々美味かったぜ」
モチモチしたドーナツを食べながら、何一つ悪びれることなく言い放ちやがった。元バディとして思う所はあるが、それ以外にも思う所がある。
「殺した天使くんはどうした? マキマさん以外誰も知らないようだったけど?」
彼が死んだとあったら彼の死体を食われるのを防ぐために公安が動くはずだ。そして4課の人間にはすぐにでも知らされるはずだが、僕はマキマさんから知らされるまで知らなかったし、他の誰も知らされている節がなかった。護衛任務前に不安にさせないためではあるかもしれないが、誰も知らないというのは不自然だった。
「マキマさんから聞いたのか。だったらマキマさんの言った通り殺して運んだぜ?」
「だからどこに運んだ────」
直近で何かを運んだマキマさんを見た覚えがある。新しい黒ベンツと共に牛タンを運び込んでいた。まさかあの牛タンは────残っている牛タンの塊の中に、一抱えぐらいある大きなものがあった。あまりに大きいからどうしようかと残しておいたのが幸い、いや不幸だったか? どちらにせよ僕にはレイエルの変化が解けないので、持ってきて答え合わせをすることにした。
「……クァンシさん、この肉塊に向かって……これは天使の悪魔だって言ってみてください……じゃなきゃクビです」
「……? これは天使の悪魔だ」
不思議がりながら店主のパワハラに従った彼女の発言と共に、その肉塊が────天使くんの頭部に変わった。目はすでに焦点がなく虚ろで、出血こそしていないが生々しい血の跡があり、半開きの口からは舌先がチロリと見えている。例え1+1を0と答えるようなバカが、片目をつぶって半目で見たとしても、死んでいるとしか思えなかった。
「皆の幸せは、天使の肉でできている────ってやつだな」
お前しか幸せじゃないだろと思ったが、天使くんの牛タンを振舞った時は皆幸せそうだった。クァンシさんが言う通り、知らない方が幸せに生きていけるというのには違いない。知りたくも、気付きたくも、分かりたくも、認めたくもなかった。
「因みに、もう牛タンには戻せないぜ? サーロインにでもするか? それともヒレが良い?」
「……シマチョウにしてくれ。イヤな事はホルモンの脂とレモンサワーで流すのがいいって先生が言っていた」
「岸辺らしいな。そろそろドーナツにも飽きてきた頃だし悪くないだろう」
「んじゃあ俺に任せてくれよ! ガツンとニンニクのきいた、悪魔的ホルモンをご馳走してやるぜ!」
天使くんの頭をブンブン振り回しながら彼は厨房に消えていった。その後振舞われたホルモンはとても美味しく、最後の一片が争奪戦になるほどだった。僕は元バディとして、彼の死を糧にしてでも進まなければならなかった。パワーちゃんのおねだりに何とか打ち勝って、彼を血肉にして供養した。
「何でホルモンの中でもシマチョウにしたかって?筆者が一番好きな焼肉の部位なんだって」
「若気の至りで良いからシマチョウだけで腹一杯になってみたいです」
「そんなんだから体重が75キロを下回らねんじゃねえのか?」