「私はチェンソーマンを使ってより良い世界を作りたいんだ」
マキマさんが言った言葉の意味が何も分からなかった。あのチェンソーを振り回すだけの力で、どうやって世界を良くするのだろうか。僕の頭ではどこまで頑張っても森林伐採による環境破壊が限界だった。
「チェンソーマンが食べた悪魔はその名前の存在がこの世から消えちゃうんだ」
彼女曰く、食べられた名前の存在は過去現在どころか個人の記憶からも消えてしまうらしい。だとしたら真っ先に人間の悪魔を食べてもらいたいものだ。そうすれば僕の記憶から消えるどころか人間である僕その物も消える。じゃあダメだ。変態の悪魔を食べてもらうとしよう。
「死、戦争、飢餓……この世にはなくなったほうが幸せになれるものがたくさんあると思うんだ」
あの姫野さんの末路を見た後だと、戦争や飢餓はともかく死はあった方が幸せになる気がする。
「随分立派な考えですね。僕にはパワーちゃんがいればそれだけで十分ですけど」
マキマさんの計画に関して、というか2人の計画に関してはコレが僕の正直な感想だ。何を企んで何をしようと、僕とパワーちゃんがこのまま一緒にいられるなら勝手にどうぞと言った所だ。
「……それがね、もしかしたらパワーちゃんも殺さないといけないんだ」
僕は脊髄反射に近い速度で彼女をネックハンギングしていた。僕の身長では彼女をつま先立ちさせるのが精々だが、握力によって首から血がツーっと流れている。彼女は何も気にしていない様子だったが、協力者である彼は気が気ではなさそうに止めに入って来た。
「おいおい!? 見境なさすぎるだろ!?」
「あなたを殺さなければパワーちゃんが死ぬというなら、このまま首の骨をへし折りますよ?」
「事情を説明しても分かってもらえるとは思っていないけど……一応説明させてもらえるかな?」
「遺言にならないように気をつけてくださいね」
御仏の様な慈悲で彼女から手を離し、ソファーで手についた血を拭う。こんな女にも赤い血が流れているのかと舌打ちをして、話を聞く体制を整える。
「パワーちゃんはレイエルのチェンソーマンへの変身を解ける唯一の存在なんだ」
パワーちゃんはデンジくんが本来のチェンソーマンという事実を知っていて、レイエルの能力に関わっていない状態である存在だから、気付けば変身を解くことが可能なのはわかる。だからと言って殺す理由はどこにもない。僕がキツく言っておけばわざわざ手を出す必要はないと分かってくれるはずだ。
「だったら僕が────」
「……これを見てくれ」
彼がゴロンと乱雑に何かを机の上に置く。2本のとがった角の様な何かがあり、金色の繊維が何十万本ももついた球体に近い────急いで180度回転させると見知った顔が現れた。
「パワー……ちゃん……」
落ち着け。朝起きた時パワーちゃんは息をしていた。目覚めた時からレイエルと一緒だったから、彼がやった線はない。来た時は鍵がかかっていてマキマさんは家にいたはずだから、彼女がやった線もない。つまりこれは偽物だ。冷や汗を両手で拭い、一息入れる。落ち着いた。
「……いくら何でもこれじゃ僕を騙せないよ」
「じゃあ、これが本当にパワーちゃんの頭じゃないって証明できる?」
本物の悪魔の証明を持ちかけてきやがった。でも、僕のパワーちゃんへの愛がこれは偽物だと言っている。
「僕のパワーちゃんへの愛を舐めるな」
覚悟を決めて頭を蚊のように手で挟んで叩き潰す。バチャグチャアと水風船のように血やら脳やらが飛び散り、リビングが一瞬で鮮やかになった。
「……解除」
諦めたような彼の呟きと共に、飛び散った元顔が黒髪の四つ目の顔の勇ましいものに変わった。記憶の中にある暴力さんの素顔と一致した。やはりレイエルのくだらない戯れだったようだ。
「やっぱダメっすねマキマさん。これぐらいじゃ王ちゃんは本気出しませんよ」
「本来のチェンソーマンのお披露目をしたかったんだけど……今の示札ちゃんで大丈夫かな」
「あいつ等もいるからいい余興にはなりますよ」
あの銀狼の僕をお望みの辺り、本来のチェンソーマンは悪魔としての能力だけでなく身体能力もかなり高い様だ。悩んでいても仕方がないからとレイエルがマスター、ではなく白目と黒目が反転した早川くんの姿になった。早川くんもレイエルの計画に巻き込まれ哀れな末路を辿ってしまったようだ。
「マスターの姿でデンジになっちまったから、マスターのままだとチェンソーマンになれねえんだ。デンジ=チェンソーマンだからな」
「一つの対象に同じ変化はできないってそういうパターンもあるんだね」
僕も初めて知った。彼女から手鏡を渡されて彼が自分自身の姿に見惚れている。
「やっぱ早川くんはイケメンだなあ。ゲロ女の彼女じゃ役不足だぜ……んじゃ、始めるか。"俺はチェンソーマンだ"」
そう呟いた彼からヴヴと以前よく聞いた起動音が響き────全身が黒く、腹部から内臓のようなものが出て首にマフラーのように巻き付き、両腕が手から肘にかけて2つに枝分かれしてそれぞれにチェーンソーが生えている、明らかに禍々しくなったチェンソーマンになった。
「んー……やっぱめっちゃ力使うな。ちょっと行儀悪いけど、いただきます」
そう言って彼は床に飛び散っていた暴力さんの頭を食べ始めた。こうなるとこの世から暴力という概念が無くなるのだろうか。
「流石にそんな簡単には無くならねえぜ。一度に8割は食わねえと無くならねえ……何の悪魔で試したんだっけな?」
「銃の悪魔で試したね」
その銃というものが何なのか分からないが、そんな物にも悪魔がいたらしい。概念の悪魔がいるのだから何かしらの物体ならどんなものでも悪魔がいるのだろう。栄養補給を済ませた彼が首をコキコキ鳴らして僕に向かって笑う。
「まずはデモンストレーションだ。ちっと場所を変えるぜ」
そう言ってやって来た屋上には5人の男女がいた。
「初作戦、ちょっとはマキマさんにいいトコみせねえとな」
ぼさついた黒髪にフード付きのパーカーを着た気だるそうな男。
「皆で勝負でもしましょうか? 最初にアレのクビを取った人がマキマさんをデートに誘えるとかね」
金髪で眼鏡をかけたスーツ姿の礼儀正しそうな男。
「じゃあテメエは勝っても意味ねえな。マキマを誘ってもみじめな思いするだけだぜ」
金髪の目つきが悪いそでを通さないでスーツを羽織っているガラの悪い女。
「ん~、みんなホントにマキマさんの事が好きだなあ」
長い黒髪でスーツを着たどこか胡散臭そうな男。
「当たり前だろ? マキマさんは何度も俺達の命を救ってくれた」
スーツを着たモミアゲマン。一人を除いてどいつもこいつも見たことがない奴らだった。誰だと聞く前にマキマさんが説明を始めた。
「彼らはチェンソーマンに食べられながらも唯一存在が許されたんだ。本当はもう2人いるんだけど、その分は王ちゃんがいれば十分だよね」
その2人を見つけたら泣くまで殴り続けようと決め、奴らがそれなりの要求をしたから僕も要求を出す。
「僕はパワーちゃんとの1週間のハネムーン旅行がいいです」
「彼を倒せたら、ね」
「言っておくがその辺の悪魔が霞んで見えるぐらいには強いぜ? なにせ地獄のヒーローだからな」
誰であろうと僕とパワーちゃんの邪魔をするのであればぶちのめすだけだ。僕は首をコキコキ鳴らして左拳を右の手の平に打ちつける。
「そう言えば君と本気で喧嘩するのは初めてかな?」
「酔った時の股間蹴り合い大会を除けば初めてだろうな」
「君の計画に巻き込まれてストレスがすごいんだ、ここで憂さ晴らしをさせてもらうよ」
「まあサンドバッグぐらいにはなってやれるが……それぐらいじゃ俺は倒れねえぜ?」
舌が爆発しないあたり本気でそう思っているのだろう。今回はレイエルに巻き込まれた示札王という人間ではなく、チェンソーマン討伐を依頼された一人のデビルハンターとして戦おう。その決意を口にする。
「『二枚舌』、営業開始だ」