その悪魔は嘘か真実か?   作:神剣狩刃

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第43話 嘘と真実の本質

 俺達の前に現れた岸辺のオッサンはいつになくマジな雰囲気でナイフを向けてきた。

 

「お前が人類の敵になった以上、殺さなきゃいけなくなった」

 

 そう言えば以前にそんな話をしたような気がする。しかし、俺達7人を相手にしてそれができるとは思えない────

 

「僕に決着をつけさせてくれ兄貴」

 

 彼と同じようにらしくなく本気になっている妹が一歩踏み出した。妹がここまでやる気になっているのに兄である俺がとやかく言うのは無粋でしかないだろう。俺は妹の肩に手を置いて餞別の一言を渡した。

 

「守破離の最終段階だ。気合い入れろよ」

 

 妹は俺の手を優しく払いのけてギリリンと笑って応えた。

 

「ここまで来たら徹底的に勝ってやるさ」

 

 

 兄貴からの激励を受けて、僕は首をギリギリと鳴らし左の掌に右の拳をギンとぶつける。

 

「例え先生だろうと……僕達の邪魔をするなら死んでもらう」

 

 癖か儀式かルーティーンか、どれでもいいが僕がよくやる動作を見て先生の顔が少しピクッと動いた。

 

「その癖は……示札か……?」

 

 いくら先生からであっても色々と質問されるのは面倒だから先生が知りたいであろう情報を簡潔に話す。

 

「僕は嘘の悪魔レイエル。兄貴の計画のために示札王の体を借りて示札王として振舞っていた」

「……お前のとんでもない性格は悪魔だったからってことか? そうだとすれば納得できるな」

「納得して思い残すこともなくなっただろうから……始めようか」

 

 一気に踏み込み右腕で大振りフックのを放つ。彼はダッキングの要領で潜り抜けて僕のボディにナイフを突き刺したが、ギンと刃が折れて無駄に終わった。どうやら嘘の悪魔の体で戦うと戦いにならないようだ。一旦距離を取って対等に戦えるように考える。兄貴ほどではないが頭の回る僕はすぐに名案を思い付いたので兄貴に目線を向ける。

 

「兄貴! 僕を示札王にして!」

「良いこと思いつくなあ! 流石自慢の妹だぜ! "レイエルは示札王だ"!」

 

 兄貴の宣言と共に僕の体がやや白めのペールオレンジに変わり、肉質もタンパク質で構成された柔らかな感触になる。右手を数回ギュッギュと握って調子を確認し、先生に向けてファイティングポーズを取る。

 

「始めましょうか先生。卒業試験って奴ですね」

「っ……相変わらずいい性格しているな」

 

 今度は近付きすぎないように蹴りを主体にして立ち回る。僕の身長が155㎝なのに対して先生は194㎝とかなりの差がある。それに伴ってリーチは先生に分があるが、小回りの利きやすさは僕に分がある。先生のリーチを掻い潜って近づくには僕の中で一番のリーチを誇る脚に頼るしかない。

 

「だっりゃあ! そらぁっ!」

 

 女性特有の柔らかでしなやかな筋肉を利用した流れるような連脚に先生は回避を選んだ。しかし高身長故に体は大きく、捌き切れずに脇腹へ一撃だけ掠めることができた。

 

「ぐっ……相変わらずの馬鹿力だな……」

 

 ビルから落ちても大丈夫な先生でも僕の蹴りは掠るだけでもある程度通じるらしい。ならばこのまま蹴りで攻めたい所だが、僕に戦いを教えた先生ならすぐに対応してくるはずだ。示札王の体では一度も披露した事のない嘘の悪魔の戦い方を見せるとしよう。僕は蹴りを止めて両手を広げて話を始めた。

 

「覚えていますか先生? 僕と先生が初めて戦った時のことを」

「……は?」

 

 唐突な展開に先生も驚きを隠せないようだ。僕はそのまま話を続ける。

 

「あの時の僕はデビルハンターになったばかりで何も分かっていませんでした。おかげで顔以外がズタボロになるまでぶちのめされましたね」

「喋ってる余裕ねえだろ」

 

 先生が仕掛けてくる攻撃を喋りながら捌いていく。小回りが利くなら自ら攻めるよりも受けに集中してカウンターを狙った方が良い。

 

「初めて一緒に倒した悪魔は牛の悪魔でしたね。イケるかと思って食べてみたら吐き出すほどマズかったんですよ」

「……ふざけているのか」

 

 先生の顔色は何も変わっていないが僕の余裕も何も変わっていない。拳、脚、ナイフと様々な攻撃を見切っていく。

 

「その後に本物の牛タンを食べましたね。アレはとっても美味しかったです。そこでおいしいお酒も教えて欲しいと言ったら、お前みたいなガキにはこれで十分だってレモンサワーをお勧めされましたね。アレで僕はレモンサワーにハマったんです」

「…………よく覚えてんなそんなこと」

 

 示札王との記憶を揺さぶられてか先生の攻撃の軌道がややブレる。その揺らぎを見逃さず素早い手刀を叩き込み確実にダメージを与えていく。

 

「だから『二枚舌』は僕から先生への感謝の意味も込めて作ったんですよ。先生が納得するようなお酒と牛タンを楽しめるようにって」

「…………っ、そいつはどうも」

 

 僕の発言に嘘がないのは言うまでもないことで、心からの言葉に流石の先生も動揺を隠せなくなってきた。どう考えても当たる訳の無い蹴りを両手で掴み勝機を作る。

 

「遂にクールさを欠きましたね……舌戦が僕の真骨頂なんです」

「…………してやられたよ」

 

 諦めが見えた先生を空に放り投げる。いくら先生でも空中で自身の動きを制御することは出来ず、重力に身を預けて僕に向かって落ちてくるしかなかった。僕はそれを満足そうに眺めながら右拳を握り締めた。

 

「これで日本最強のデビルハンターは僕だ」

 

 先生のボディに全力のアッパーを叩き込む。両腕で防御されたがボキリと折れて意味をなさず、先生の口から呻き声と血が漏れ出した。

 

「……ちくしょう」

 

 先生はそう呟いて僕の拳からずるりと落ちて仰向けに倒れた。

 

 

 先生を物理的に見下しながらその顔を拝む。いつも通りのなんとも言えない顔をしていて、とても敗北者の顔とは思えなかった。だから先生に確認することにした。

 

「僕の勝ち……で良いですよね」

「……誰がどっからどう見てもそうだろ」

「じゃあ、僕の質問に答えてくれますか?」

「……それで死なねえで済むならな」

 

 それは回答次第ですねと軽く微笑んで、僕が唯一先生の中で気に入らなかった言葉を問いただす。

 

「今は90点じゃないですよね?」

「今も90点だ……情に絆されて……一撃で仕留められなかったからな……」

 

 あっさりと即答されてしまった。最後の最後まで先生は先生のようなのでせめてさっさと葬って────

 

「だが……悪魔としては100点だ……今まで戦ってきたどんな悪魔よりも強かった……」

 

 元日本最強のデビルハンターからお墨付きを貰えたので葬り方を考える事にした。この姿で殺すか嘘の悪魔の姿で殺すか────

 

「なあ……お前は示札王なのか……? それとも嘘の悪魔なのか……?」

 

 どうやらアルコールで脳がやられると物忘れが激しくなるようだ。僕は呆れたように溜息をついて事実を述べる。

 

「僕は嘘の悪魔です。嘘の悪魔が示札王として先生に接していた……それが事実です」

 

 変わりようのない事実を聞いて先生は少しだけ口角を上げて笑った。

 

「そうか……やっぱりお前は示札王なんだな……よかったよ……」

 

 どうやら先生の中では僕はどんな姿でどんなことをしても示札王でしかないようだ。だから僕は先生の意思を最大限に尊重するべく僕の理論を振りかざす。

 

「それでいいですよ。先生は僕を示札王だと思って、僕は僕を嘘の悪魔だと思う……人も悪魔も物事を自分にとって都合のいいようにしか解釈しないんです」

「……お前を見ていると心の底からそう思うよ」

「嘘か真実かなんて受け手次第なんです。そいつが嘘だと思い込んだら嘘であり、真実だと疑わなければ真実なんです。だからその心を暴いてしまう嘘の悪魔は恐れられるんです」

「……お前から物事を教わる日が来るとはな……長生きはしてみるもんだ」

 

 積年の思いが叶ったように呟いた先生は目を閉じ全てを僕に委ねた。僕は先生をどうするかを決めて一言告げる。

 

「……今までありがとうございました先生。ゆっくり休んでください」

 

 目を瞑って拳を大きく振り上げて振り下ろす。これで僕と先生に決着がついた。

 

 

 妹の決断を見届けた俺は改めてコスモちゃんに本気のハロウィンが出来るか尋ねた。ややお疲れ気味だったが右手で敬礼してくれたのでやる気は充分だろう。

 

「何でさっさとやらなかったんだ?」

「岸辺のオッサンがハロウィンのことしか考えられなくなるのは可哀想だろ? しっかり妹と認識しながら殺されて欲しかったんでな」

 

 相変わらず趣味が悪いなと褒められたのでギャリギャリと頭を掻く。

 

「これでこの国は大きく変わり、お前達は歴史的瞬間の目撃者になる……さあ、盛大にハロウィンしちゃってくれ!」

「ハ……ロ……ハ……ロ……ウィン……!」

 

 こうして俺の計画は完結を迎え、辺りにはギャリギャリと高笑いが響くのであった。

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