突拍子もない思いつきで先の展開なんて何も考えてませんし、国語力が高いわけでもありませんが、楽しんでいただければ幸いです。
第一羽 六分街の小さな喫茶店
店の中に差し込む光が、ゆっくりと床を滑っていく。
天窓から落ちてきた陽の光は、天井から吊るされた照明の白と混ざり合い、どこか曖昧な明るさを作っていた。その光に照らされるように、レンガ造りの壁が静かに佇んでいる。また、黒の腰壁シートが店の空気を少しだけ引き締めていた。
店内には、穏やかな音楽が流れている。主張しすぎない、けれど確かにそこにある旋律が、この場所の時間をゆっくりと整えていく。
入口から見て左側――そこには、壁一面を埋めるようにビデオが並んでいる。古いものも新しいものも、順番も関係なく、ただ“そこにある”という風に。
視線を少し上げれば、壁の隅に取り付けられたテレビが目に入る。流れ続ける広告映像だけが、この店にわずかな騒がしさを持ち込んでいた。
店の内側にある静かな音と、外から流れ込んでくる騒がしさ。そのどちらもが、この場所の日常だった。
――ビデオ屋『ランダムプレイ』
新エリー都、ヤヌス区の六分街にある、こぢんまりとした店。それこそが、僕たちの家であり、拠点とする場所だ。
立地は悪くない。すぐ近くには地下鉄も通っている。ただ、壁が少し薄いのが難点だけれど。
もっとも、そんなものにはとっくに慣れてしまった。
「
『ンナナ!(わかった!)』
ビデオのパッケージを手渡すと、18号は耳をぴょこんと揺らして受け取った。
膝ほどの背丈に、うさぎのような大きな耳。
丸みを帯びたその姿は、どこからどう見ても愛嬌の塊だ。
――ボンプ。
そう呼ばれる、小型の知能機械。
ボンプ語である『ン』『ナ』の二文字を駆使して喋る彼らの言葉は、もちろん僕たちには通じない。……はずなのに、不思議と意味は伝わる。
この新エリー都において、ボンプは必要不可欠な存在。「小さな体、大きな役目」とはよく言ったものだ。
ちなみに、このランダムプレイには18号とは別に、もう3体のボンプがいる。名前は順番に「
そして、その家族の中でいちばん手がかかるのが――
「ふわ……。お兄ちゃん、おはよう。」
欠伸混じりの声と一緒に、階段を降りてくる足音。振り向けば、眠たそうに目をこすりながらリンがこちらを見ていた。
僕にとって、唯一の肉親。
そして、この店を経営しているもう1人の店長でもある。
「おはよう。それよりも、もう開店前だよ。」
「いいじゃん別にー。今日もどうせ暇でしょ?」
「君も店長なら、どうやって売り上げを伸ばすかを考えてほしいな。」
軽口を交わしながらも、その手は止めない。
実際のところ、この店の経営はそこまで悪くない。派手さはないが、常連もいるし、食べていく分には困らない程度には回っている。そこにもう1つの仕事を含めたら、十分過ぎるほどに儲かっている。
少なくとも――あの依頼が舞い込むまでは。
そこまでを思い出し、僕は立ち上がる。
ビデオの棚の準備は終わった。もうまもなく開店時間だ。
「それじゃあ、店番は頼んだよ。」
「お兄ちゃんこそ、そっちの仕事よろしくね。」
そう言葉を交わし、僕は「STAFF ONLY」と書かれた扉のドアノブに手をかけた。
――誰にも知られてはならない、もう1つの仕事をするために。
数時間後、僕はため息をつきながらスタッフルームを出た。
結局、これといった仕事は見つからず。流れてくるのは簡単な依頼ばかりで、僕が動くまでもないものばかりだった。
リンに声をかけようとして――僕は足を止める。
「何を、しているんだい……。」
「だって、誰も来ないんだもん。」
入り口脇のソファ。
そこにリンは、だらしなく体を預けたままスマホをいじっていた。
今、営業中なんだけどな。もしお客さんが入ってきたらどうするつもりだったんだろうか。そんなはしたない格好の妹に呆れながら、すぐに彼女を立たせた。
「こう言うことも教えないとダメなのかい?」
「お兄ちゃんしかいないから別にいいじゃん。」
「そういうことではなくてね……。」
成人となった今でも、自分のことを慕ってくれるのは兄として嬉しい。けれど、せめて座り方くらいはもう少し――と、思わなくもない。
「もう、分かったよ。これから気をつける。それより、お兄ちゃんの方はどうだった?」
本当に分かったのかな……?
……なんてツッコミは控え、こちらの状況を話した。
「どの依頼も簡単すぎるものばかりだった。」
「そっか……。」
リンは短く息を吐いて、また同じようにソファへと体を沈めた。
……って、やっぱり何も分かっていないじゃないか!
「肝心のプロキシ業がこれじゃあ、どうしようもないね。」
気の抜けた声と一緒に、リンは足先をぶらぶらと揺らした。
ーープロキシ。
それは、この世界に発生する特異現象「ホロウ」を進むための“非合法な案内役”。それが、僕たちのもうひとつの仕事だ。
ホロウに足を踏み入れること自体が違法とされている以上、これもまた真っ当な仕事とは言えない。もし治安官に見つかれば――問答無用で連行されるだろう。
片や善良な市民、片や違法行為に手を染めるプロキシ。僕とリンは、その裏の顔を隠して生きてきた。
全ては――『あの日』の謎を解き明かすために。
……もっとも。
「ねえお兄ちゃん、暇だしコーヒー飲みに行こうよ」
共に謎を追うはずの彼女は、呑気にそんなことを言っている。
「今は仕事中だろう。」
「絶対誰も来ないから! いいから、早く行こ!」
言うが早いか、リンは強引に僕の腕を引く。その力が強くて、危うく転倒するところだった。
「リ、リン! 急に腕を引っ張らないでくれ!」
制止の声も虚しく、彼女は止まる気配すらない。
「すまない、18号! すぐに戻る!」
『ナナンナ!(いってらっしゃい!)』
そんな軽いやり取りのまま――
僕たちは、そのまま店を飛び出した。
静かな六分街に、2人の足音と笑い声がこだまする。
ランダムプレイを出ても、僕は変わらずリンに引っ張られていた。自分で歩くと言っているのに、彼女はまるで聞く耳を持たない。
通りをまっすぐに進むと、ビデオ屋の隣にあるラーメン屋の店主、チョップ大将が声をかけてきた。
「よう、2人とも! ラーメン食べていくかい?」
「す、すまない大将。また今度お邪魔するよ」
「そうかい。じゃあその時まで待ってるぜ!」
軽く手を振り合い、その場を後にする。
そして――
視界の先に、小さな喫茶店が見えてきた。
入口の上には、うさぎの形をした看板。
どこか落ち着いた佇まいのその店は、六分街の中でも少しだけ空気が違って見える。
リンはそのままの勢いで、扉に手をかけた。
カラン、と小さなベルの音が鳴る。
同時に、ふわりとコーヒーの香りが広がった。
――さっきまでの喧騒が、嘘みたいに遠のく。
かと思いきや
「みんなー! 遊びに来たよー!」
「リン! 声が大きすぎるだろう……!」
静かな店内に、リンの声が響き渡る。
……とはいえ。
見渡してみれば、僕たち以外に客の姿はなかった。
代わりにこちらを見ていたのは、3人の少女だけ。
僕たちに気がついた彼女たちはすぐに警戒を解き、いつもの調子に戻った。
「リンちゃんいらっしゃーい!」
「やれやれ、朝から元気だなぁ。」
「……いらっしゃいませ。」
そうして、それぞれに僕たちを迎えてくれた。
ここは、喫茶店「ラビットハウス」。年端も行かない3人の少女が営む、小さくもあたたかい店である。
ラビットハウスに入った僕とリンは、そのままカウンター席に案内された。
店に染み込んだコーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。
「大きな声でびっくりしたよ!」
濃いストロベリーブロンドのセミロングで、花形の髪飾りをしている少女ーーココア(
1ヶ月ほど前に高校に通うために1人でヤヌス区にやって来て、現在はラビットハウスにて下宿中。比較的年齢の近いリンとは一瞬で打ち解け、今では親友のようにお互いちゃん付けで呼び合い、タメ口で接している。僕も一応タメ口ではあるけど、アキラ「さん」と呼ばれている。
「そう言うココアも大概だけどな〜?」
ニヤリと笑ってココアをいじるのは、紫髪のツインテールが特徴の少女ーーリゼ(
女の子にしては珍しく軍人気質で、何かと号令をかける姿が目撃されている。加えて力もかなり強いそうで、リン曰く、5kg以上はある業務用のコーヒー豆が入った袋を2つほど軽々と持ち上げていたらしい。もしかしたら僕より力が強そうで怖い。
あと、どう言うわけかモデルガンを制服の下に忍ばせている。
「ご注文はいかがなさいますか。」
淡い青色の髪でストレートの少女ーーチノ(
ラビットハウスでは最年少ながら店主を務めており、バリスタで料理上手。自分より10歳は下であろう少女がここまでスキルを持っているとなると、もはや尊敬の域にまで達している。
そして、彼女の頭には白いアンゴラウサギが乗っている。名前はティッピー。そしてなぜか野太い声が聞こえるのだが……チノは「腹話術」と言っていた。多分違うと思うが、彼女からとんでもない圧を感じたので、それ以上は考えないことにした。
ちなみに、過去にリンが「ボンプみたいな感じ?」と尋ねたところ、ティッピーから「あんなのと一緒にするでない」と割と本気で怒られた。
「それじゃあ、僕はブレンドコーヒーを」
「私はねー、カフェラテをお願い!」
注文を聞いたチノは、小さく頷くとすぐに準備に取り掛かった。
カリカリと、静かな店内に豆を挽く心地よい音が響く。
その規則的な音に、思わず意識が向く。
――不思議と、落ち着く音だ。
「ココア、最近調子はどう?」
「聞いてよリンちゃん!この前ね――」
その一方で、リンは早くもココアと楽しげに話し始めていた。そんな様子を横目に見ながら、ふっと小さく息をつく。
「仕事は、今日は休みなのか?」
チノの隣でカップを用意していたリゼが、何気ない様子で声をかけてきた。
「いや、絶賛仕事中だよ」
苦笑しながら肩をすくめる。
「リンがどうしてもコーヒーを飲みたいって言うから、店番は
言いながら、2人でリンの方をちらりと見る。楽しそうに笑っている姿を見て、なんとなく察した。
……多分、ココアと話したかっただけなんだろう。
と、その時。
「……アキラさんも、大変ですね。」
挽き終えた豆を、フィルターがセットされたドリッパーへと静かに移しながら、チノがそう言った。
ココアに振り回されがちな彼女。リンの様子にココアと似たものを感じたのだろう。
でも、それは少し違う。
「リンの行動は突拍子もないことが多いけど、大変だと思ったことはないかな。」
「どうしてですか?」
「リンは僕の妹だからね。可愛い妹の行動は、つい許してしまいたくなるのさ。」
リンの活発さには幾度となく振り回されて来ているが、楽しそうに笑う姿を見ていると、不思議と悪い気が失せていく。世間的には「甘い兄だ」と言われるのだろうが、それでも構わない。
「おお……。」
僕の説明に、リゼが感嘆の声を漏らした。
「アキラさんとリンさんは、本当に仲がいいのですね。」
チノも、わずかに表情を緩めている。
そして――
「ありがとう。」
僕も、ふっと微笑んだ。
――その時。
ふわりと、香ばしい香りが漂い始めた。
「お待たせしました。ブレンドとカフェラテです。」
チノが静かにカップを差し出す。白いカップの中で、黒い液面がわずかに揺れていた。
立ちのぼる湯気とともに、香ばしい香りがふわりと広がる。
「ありがとう。」
「待ってました!」
僕とリンは同時にカップを手に取り、ゆっくりと口元へ運ぶ。
一口。
――思わず、息を吐いた。
「……美味しい。」
余計な苦味はなく、それでいてしっかりとしたコクが残る。主張しすぎないのに、確かに印象に残る味だった。
「甘くて最高だね!」
リンも満足そうに笑っている。
さすがはバリスタだ。
「チノが淹れるコーヒーは、他のどの店よりも美味しいよ。」
「……っ!」
僕が感想を述べた瞬間、チノの手がほんのわずかに止まった。
「……あ、ありがとう、ございます……。」
視線を少しだけ逸らしながら、小さくそう返す。
その頬は、ほんのりと赤い。
その時だった。
「またアキラさんがチノちゃんを口説いてる!」
「お兄ちゃ〜ん? これで何回目かな〜?」
ココアがチノの前に立ち、隣の妹からはジトっとした視線が向けられている。と言うか、何回目とはなんだ。一度も口説いたつもりはないんだけど。
「誤解だよ……。」
「アキラさんはチノのコーヒーを褒めただけだぞ。」
リゼが苦笑しながらフォローを入れる。だが……
「………。」
肝心のチノが顔を背けたまま何も言わないので、いまいち説得力は無かった。
僕の口説き疑惑が有耶無耶になった頃。僕はもう一度カップに口をつけた。
温もりと香りが、ゆっくりと身体に染みていく。
――その時。
ポケットに入れていたスマホが、小さく震えた。
すぐに画面を見る。
それは、チャットアプリ『ノックノック』からの通知だった。
表示されていた名前に、ほんのわずかだけ意識が切り替わる。そして、そのままポケットにスマホを戻し、席を立った。
「お兄ちゃん?」
「リン、どうやら今からお客さんが来るみたいだ」
「……そっか。それに、そろそろ戻らないと18号ちゃんにも悪いもんね。」
そう言ってリンも席を立った。
「お会計、1050ディニーです。」
レジに立つリゼが礼儀正しく言う。
『別々で』と言おうとしたところで、リンが僕を見た。
「お兄ちゃん、奢って?」
「じゃあ、来月のビデオは僕が選ばせてもらおう。」
「うぐ……! ……わかったよ。」
「契約成立だ。」
そうして僕は1050ディニーちょうどを払った。
「また来るよ。ご馳走様。」
「みんな、またね!」
僕とリンは短く別れの言葉を述べ、扉を開ける。
「次は私たちがビデオ屋に遊びに行くからね!」
「またなー!」
「ありがとうございました。」
そんな楽しげな言葉を背に受け、ラビットハウスを後にした。
3人の姿が見えなくなった瞬間――僕たちの中で、何かが静かに切り替わる。
「……それで、連絡はニコから?」
「うん。また新しいビジネスだってさ。」
邪兎屋の親分、ニコとの関係は古い。
僕たちが駆け出しの頃からの付き合いで、今でもこうして依頼を持ってくる。
……もっとも、その関係がとっくに崩れていてもおかしくない理由が、ひとつだけある。
「そろそろツケも払ってもらわないとね」
軽く肩を回しながら、そう呟く。
何十万ディニーにも膨れ上がった未払い。
今日こそは、少しでも回収したいところだ。
すると、リンが何かを思い出したかのように言った。
「あれ、前もそんなこと言って見事に躱されてなかったっけ?」
「……じゃあリンがやりなよ。」
「じゃあ、奢りの件はチャラにしてね?」
「……やっぱり自分でやるよ。」
あのコーヒーをニコとの話し合いでチャラなんて釣り合わない。その場合は確実に全額返してもらわなければならないだろう。
「ふふっ。お兄ちゃん頑張れー!」
他人事のように笑うリンに、僕は小さく息を吐く。
そして――その額を、軽く小突いた。
プロキシ業に関する話は書きましたが、基本的にビデオ屋の店長として進めていくつもりです。
ゼンゼロエージェントとごちうさ少女。案外面白い組み合わせが作れそうです。