ご注文は終わらない日常ですか?   作:ツカッチ

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プロキシのみなさん、うさぎのみなさん、こんにちは。

うさぎって不思議な生き物ですよね。
なんであんなに可愛いんでしょうか。


第二羽 甘やかな午後と約束

 端末の画面に表示された数字を確認し、僕は小さく息を吐いた。

 プロキシの依頼は無事完了。報酬も問題なく振り込まれている。簡単な依頼だったとは言え、ひとまずこれで一安心だ。

 

 画面を閉じ、ポケットにスマホをしまう。そして、軽く肩を回してから、店内を見渡した。

 

「リン。少し散歩してくる。店番は頼んだよ。」

 

「んー、いってらっしゃーい。」

 

 間の抜けた返事が返ってくる。

 

 視線の先ではリンがイアスたちと戯れていた。

 床に座り込み、何やら楽しげに遊んでいる。

 

『ンナ!(くらえ!)』『ンナナ!(お返し!)』

 

「ちょ、くすぐったいってば!あははは!」

 

 ……どうやら、こちらをしっかり見送る余裕はなさそうだ。

 

 それでも――

 

「気をつけてねー!」

 

『『ナナンナー!(いってらっしゃーい!)』』

 

 遅れて飛んできた声に僕は小さく手を上げて応え、そのまま扉へと向かう。

 ドアノブに手をかけ――外へと、一歩踏み出した。

 

 

 

 店の外へ出ると、僕は一度立ち止まった。

 そして、ゆっくりと息を吸い込む。

 

 肺の奥まで満たされる外気はどこかひんやりとしていて――店内とは違う、街の匂いがした。

 

 そのまま、ぐっと背筋を伸ばす。

 両腕を上げ、大きく背伸びをした。

 

 凝り固まっていた筋肉が、じわりとほどけていく。

 引き伸ばされる感覚が、妙に心地いい。

 

「……はぁ。」

 

 息を吐きながら、腕を下ろす。それだけで、少しだけ身体が軽くなった気がした。

 

 顔を上げ、目を開く。視界の先に広がるのはいつもの六分街。

 大きな変化はない。それでも、どこか穏やかな時間が流れていた。

 

 僕はゆっくりと歩き出す。

 エンゾウおじさんのカスタムショップの前の通りを抜け、工事中のバリケードを避けて進む。

 

 やがて大通りへと出て、足を止めた。

 右か、左か、ほんの一瞬だけ迷い――

 

 僕は、右へと進んだ。

 

 今日の僕は1人で散歩をしている。せっかくなら、あの広場を目指して進むのも悪くない。

 リンには悪いけど、たまには1人で静かに癒される時間も必要だ。

 

 

 やがて、目的地に到着する。

 一面に広がる原っぱ。家族でボール遊びをしても問題なさそうな広さだが――ここではそれは禁止されている。

 

 なぜならそこには、たくさんのうさぎたちがいるからだ。

 

 のんびりと草を食むもの。

 跳ねるように駆け回るもの。

 人に近寄ってくる個体もいれば、少し距離を取っているものもいる。

 

 六分街の一角にあるこの広場は、市が整備した公共施設。うさぎたちが安全に過ごせるよう、周囲は低めの壁で囲まれている。 

 もっとも、その壁はイヌマキの木々に隠されていて、外からはほとんど分からない。

 

 なぜこのような場所が作られたのか。

 その理由は単純。疲弊した心を癒すためだ。

 

 旧都陥落。

 あの日を境に、世界は大きく変わった。

 

 失われたものは数知れない。それでも人は、前に進まなければならなかった。

 だからこそ、こういう場所が必要だったのだろう。

 

 最初は「うさぎなんかで」と言われていたらしい。

 しかし今では、子供たちの笑い声が絶えない場所になっている。

 

 歩調を変えることなく、僕はそのまま入口へと向かった。

 入り口の前には1体のボンプが立っており、小さな屋台のようなものを構えている。

 

『ンナ!ンナナンナ!(こんにちは!うさぎの餌やりはしますか?)』

 

 差し出されたのは、細長く切られた人参。五本セットで100ディニーらしい。

 

 一瞬だけ考える。

 

 ……買ってもいいが、おそらく一斉にうさぎが集まってくるだろう。

 うさぎの総数を思えば、5本では到底足りない。

 

「すまないが、今日は遠慮しておくよ。」

 

『ンナナ!ンナー!(分かりました!では、楽しんできてください!)』

 

 ボンプはそう言って、入口の扉を開けてくれた。

 キィ……と小さな音が鳴る。

 

 中へ足を踏み入れると――そこには、のどかな光景が広がっていた。

 

 走り回るうさぎたち。その周りには、家族連れやカップル、サラリーマンらしき人もいる。

 そしてなにより、子供たちの楽しそうな声。もしかするとこの広場は、子供たちのことを考えての設置だったのかもしれない。

 

 足元に気を配りながら歩いていると、一羽の白いうさぎが近づいてきた。そして、僕の前でぴたりと足を止める。じっとこちらを見上げたまま動かない。

 

「ふふ……君は大人しい子だね。」

 

 そっと抱き上げる。

 腕の中に収まったその身体は、想像以上に柔らかく――もちっとした感触がじんわりと伝わってきた。

 

 思わず、少しだけ力を抜く。

 こうしていると、時間の流れすら緩やかになる気がした。

 

 ――その時。

 

「おいで〜。おいで〜。」

 

 不意に、聞き慣れた声が耳に届く。

 

 その視線の先には――緑の浴衣に白いエプロンを身につけた少女が、屈んでいた。

 

 落ち着いた和装に、さらりと流れる長い髪。

 柔らかな雰囲気を纏ったその姿は、この場の空気に不思議とよく馴染んでいる。

 

 少女は、アイススティックに刺さった栗羊羹を、うさぎへと差し出していた。しかし、うさぎはクンクンと匂いを嗅ぐだけで、口をつけようとはしない。

 

「食べないわね……あら?」

 

 こちらに気づいた少女が、顔を上げる。

 

「やぁ、千夜。そしてそれはいったい……」

 

 軽く手を上げて声をかけると――

 

「うさぎじゃなくて、アキラくんが食いついちゃった♪」

 

 彼女は、にこりと笑った。

 その柔らかな表情と、どこかずれた言葉。

 

 彼女は千夜(宇治松千夜(うじまつ ちや))。

 六分街北にある甘味処「甘兎庵」を切り盛りする看板娘だ。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 うさぎたちが行き交う穏やかな場所。その端にあるベンチで、僕と千夜は並んで座った。

 

「まさかアキラくんに会えるなんて。今日はついてる日ね。」

 

「僕も、千夜に会えて嬉しいよ。」

 

 そう答えると、千夜はくすりと笑った。

 

「アキラくんは、どうしてここに?」

 

 千夜が小首を傾げる。

 

「気分転換さ。少し前まで忙しくしてたからね」

 

「そうなの。お疲れ様」

 

 柔らかく微笑む千夜。

 

 その視線が、ふと僕の手元――いや、例の栗羊羹へと移る。

 

「千夜は……」

 

 一拍置いて、僕は言葉を続けた。

 

「まさかとは思うけど、これをうさぎに食べさせるために?」

 

「さすがアキラくん。正解よ♪」

 

「え……。」

 

 迷いを感じない答えだった。

 

「だって、うちの子は食べるのよ?」

 

 千夜は不思議そうに首を傾げた。

 今の時点で言いたいことが山ほどあるけど、1つずつ情報を咀嚼していく。

 

「うちの子というのは……甘兎庵にいる黒いうさぎのことかい?」

 

「そうよ。」

 

「草食のうさぎが和菓子を食べるのか……。にわかに信じがたいな。」

 

 腕の中の白うさぎへと視線を落とす。当の本人(本兎?)は、のんびりと鼻を動かしているだけだ。

 試しに栗羊羹を近づけてみたけど、全く反応を示さない。

 

「本当よ!」

 

 少し大きな声を出して、千夜はずいっと距離を……いや、圧をかけてくる。

 

「す、すまない。千夜を疑ったわけじゃないんだ。ただ、その光景がどうしても思い浮かばないと言うか……」

 

「……ふふ、アキラくんにも知らないことがあるのね。」

 

「流石に想像がつかないよ……。千夜が言っているのは、ボンプが乗用車を運転すると言っているようなものだからね。」

 

 いくら力持ちのボンプでも、短い手足では座席からハンドルとペダルには届かない。複数体で乗れば可能かもしれないけど、現実味は無い。

 

 そんな話はほどほどに、僕は手にしている栗羊羹を見た。さらっと千夜から渡されたけど、食べてもいいのだろうか?

 

「……千夜。この栗羊羹は僕が貰ってもいいのかい?」

 

「ええ、もちろん。」

 

 千夜は微笑みながら軽く頷く。

 

「実は、それは新作の和菓子なの。もしよかったら感想を聞かせてくれる?」

 

「僕なんかの感想でよければ、喜んで。」

 

 そう言って僕は栗羊羹を鼻に近づける。

 

 濃い茶色の艶やかな表面に、黄色の栗。ほのかに香る甘い匂い。見た目だけでも丁寧に作られていることが分かる。

 

 そして、いただきますと一言述べてから一口かじる。

 

 瞬間、しっとりとした食感が、ゆっくりと口の中に広がった。

 

 上品な甘さ。

 強すぎず、けれど確かに残る栗の風味。

 

 思わず、息を吐く。

 

「美味しいよ。」

 

 率直な感想だった。

 

「本当?」

 

 千夜が少しだけ身を乗り出す。

 

「優しい甘さだね。くどさがなくて重さが残らないのがいい。」

 

「すごく、食べやすい一品だ。」

 

 言葉を選びながらそう伝えると、千夜はほっとしたように微笑んだ。

 

「よかった……!他のうさぎにも気に入ってもらえると思ったんだけど……。」

 

「……とりあえず、うさぎに和菓子を食べさせることから離れようか。」

 

 

 

 それからしばらく、僕と千夜は他愛もない話を続けていた。ふと会話が途切れたタイミングで、僕はスマホに目を落とす。

 

「………。」

 

「アキラくん?」

 

 呼ばれて僕は我に帰る。見れば、千夜は僕の顔を覗き込むようにこちらを見ていた。

 スマホをポケットに仕舞い、千夜に伝える。

 

「すまない、千夜。そろそろ帰らないといけない。」

 

「もう行っちゃうの?」

 

 少しだけ名残惜しそうにしながらも、千夜は微笑む。

 

「これ以上外にいたら、店に置いてきたリンに怒られるかもしれないからね。」

 

 散歩に出てからもう二十分ほど経っている。いい加減帰らないと、きっと何かしら文句を言われるだろう。

 

 ――リンは可愛い妹、ではあるけれど。一度曲がった機嫌を直すとなれば話は別だ。

 

 抱えていたうさぎをそっと地面に降ろし、ベンチから腰を上げる。

 それでもすぐには立ち去らず、僕はもう一度だけ千夜に視線を向けた。

 

「近いうちに甘兎庵にお邪魔するよ。もちろん、リンも連れてね。」

 

「分かったわ。必ず来てちょうだいね?」

 

「ああ、約束だ。」

 

 軽く手を振り、僕はその場を後にする。

 背後では、千夜の柔らかな声が、子供たちの声に溶けるように響いていた。

 

 




プロキシ兄妹と千夜はラビットハウスにて出会いました。ココアと一瞬で仲良くなったリンが千夜とも一瞬で打ち解けた感じです。
アキラが向かった広場は、ココアが青山さんと出会ったあの広場のつもりで書いてます。
あの広場が作られた本当の理由は、子供たちのためです。大人の癒しはいくらでもありますが、子供の癒しはそこまで多くはありません。だからこそ、市長さんが動いた感じです。
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