ご注文は終わらない日常ですか?   作:ツカッチ

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プロキシのみなさん、うさぎのみなさん、こんにちは。

前回は千夜だったので、今回は……


第三羽 小さな秘密、やさしい約束

 その日は、久しぶりに予定のない休日だった。

 

 だからと言って何もしないわけにもいかず、僕は夕飯の買い出しついでに、足りなくなっていた調味料を補充するため、ルミナモールへと足を運んでいた。

 

 休日とはいえ、時間帯が良かったのか店内は比較的空いている。

 人の流れも穏やかで、どこか落ち着いた空気が流れていた。

 

 こういう日は、嫌いじゃない。

 

 特に急ぐ理由もない僕は、店内をゆっくりと見て回りながら、必要なものを一つずつカゴに入れていく。

 

 野菜コーナーを抜け、調味料売り場でいくつか補充を済ませる。

 さて、あとはメインになる食材――そう考えて、僕は精肉コーナーへと足を向けた。

 

 冷蔵ケースの前に立ち、並べられた肉のパックを何気なく眺める。

 

 その時だった。

 

「……高い……いや、でも……」

 

 小さく、しかし妙に真剣な声が耳に入る。

 

 視線を横に向けると、そこには――

 

 金髪の少女が1人、腕を組みながら肉のパックを睨みつけていた。

 

 制服ではなく私服姿。けれど、その横顔には見覚えがある。

 

「……シャロ?」

 

「ひぃぃ!?」

 

 シャロは悲鳴に近い声をあげて数歩後ずさった。

 驚かせるつもりは微塵もなかったんだけどな……。

 

「ア、アキラさん……!?」

 

「やっぱりシャロだ。久しぶりだね。」

 

 そう言って小さく手を振る。

 その少女はやはり、シャロ(桐間紗路(きりま しゃろ))本人だった。

 

「お、驚かさないでください!」

 

「それに関しては本当にすまない。」

 

 驚きで心拍数が上がっているのか、顔を赤くするシャロ。

 声は抑えていたとは言え、驚かせてたのならこちらに非がある。

 

「ところで、シャロも夕飯の買い出しかい?」

 

「えっ、あ、はい。」

 

 どこか歯切れの悪い返事をしながら、シャロは買い物かごを僕から隠すかなように、自分の後ろに回した。その言い方は僕の勘違いかもしれないが……なぜか、そう感じた。

 

 その行動が何を意味するのか。そこまで考えたところで、やめた。

 

 他人の行動を読み取ろうとしてしまうのは僕の悪い癖だ。仕事とは関係ない場所で、ましてや高校生の女の子に仕掛けるようなことじゃない。

 

「邪魔して悪かったね。肉を選んだらすぐに行くよ。」

 

 シャロは何か言いたげだったけど、視線を精肉に移す。

 僕が欲しいのは牛ひき肉で、冷蔵ケースの中にはいくつかのパックが並んでいた。

 

 同じ牛ひき肉でも、微妙に内容が違う。

 

 200グラムで320ディニー。

 350グラムで490ディニー。

 500グラムで660ディニー。

 

 ふむ、これなら断然――

 

「これが安いね。」

 

 僕は350グラムのパックをいくつか手に取った。

 

「え……。」

 

「またね、シャロ。」

 

 そう言って僕はシャロに小さく手を振る。

 彼女はどこかポカンとした様子で僕を見ていた。

 

 そして、彼女に背を向けた、その時――

 

「ア、アキラさん!」

 

 シャロが、僕を呼び止めた。

 

「どうして、そっちの方が安いって思ったんですか……?」

 

 足を止めて振り返る。

 そしてシャロの方へ歩み寄り、3つのパックに視線を落とした。

 

「単純に、グラムあたりの値段だよ。」

 

 200グラムで320ディニーだと、1グラムあたりは1.6ディニー。350グラムの方は490ディニーだから、1.4ディニーになる。

 

 簡単に説明すると、シャロは少しだけ考え込んだ。

 

「……で、でも、複数買うのなら、500グラムの方が安くないですか?」

 

 彼女は500グラムのパックを指差す。

 

 500グラムで660ディニーなら、1グラムあたり1.32ディニーで、これが最も安い。シャロが言うように、350グラムを複数買うのと500グラムを1つだけ買うのでは値段も大きく異なる。

 

「そうだね。」

 

「だったら――」

 

「でも、少し多すぎるんだよね。」

 

「多すぎる……?」

 

 僕の言葉に、シャロは首を傾げた。

 

「僕はいつも、冷蔵庫のスペースを確保するために一度で使い切れる量を選んでいるんだ。」

 

「………。」

 

 シャロは、少しだけ目を見開いた。

 

「シャロはいつも、量が多いものを優先的に選んでいるのかい?」

 

「はい。毎回少量を買うより、多めに買って使わない分を冷凍しておいた方が、結果的に無駄が出ないので。」

 

「なるほど……。」

 

 シャロの考えに、思わず小さく頷く。

 僕は一度に使う量とスペースを理由にグラム理論で考えていたけど、案外、そっちの方が合理的なのかもしれない。

 

 この話は、聞くだけでも大きな価値がある。

 

「……ねぇ、シャロ。もし良ければだけど……シャロの考え、もう少し聞かせてもらってもいいかい?」

 

「えっ?」

 

 シャロは、文字通り目を丸くして僕を見た。

 

「僕はあまり冷凍保存を前提に考えたことがなくてね。せっかくだし、参考にさせてもらえたらと思って。」

 

 そう言うと、シャロは一瞬だけ言葉に詰まった。

 

 それから、ほんの少しだけ視線を逸らし――

 

「……私からも、お願いします。」

 

 小さく、けれどはっきりとした声でそう言った。

 

「いつもは大きいパックの値段を見て選んでいたんです。でも、アキラさんのグラムで考える方法を聞いて、びっくりして……。」

 

 言葉を探すように、少しだけ間を置く。

 

「少し、気になっちゃって。」

 

 その言葉に、思わず小さく笑みがこぼれた。

 

「じゃあ、一緒に行こうか。」

 

「はいっ。」

 

 シャロは小さく頷いた。

 

 さっきまでの距離が、ほんの少しだけ縮まった気がした。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 それから僕たちは、店内をゆっくりと見て回った。

 

 調味料売り場では、無駄なく使い切る工夫を教えてもらい。

 野菜コーナーでは、日持ちを考えた選び方を聞く。

 

 反対に、僕のやり方もいくつか伝えながら――気づけば、買い物かごの中身はすっかり増えていた。

 

「今日は勉強になったよ。」

 

「こちらこそ、すごくためになりました。」

 

 互いに礼を言い合いながら、僕たちはルミナモールを後にする。

 外の空気に触れたところで、ふと気になって口を開いた。

 

「そう言えば、シャロは地下鉄でここまで来たのかい?」

 

「はい。」

 

 短く返ってきた答えに、僕は小さく頷く。

 

 ――少しだけ考えてから、ポケットに手を入れた。

 

「今日は色々と教えてもらったし……良ければ家まで送っていこうか。」

 

「え……。」

 

 車のキーを取り出しながらそう言うと、シャロは一瞬だけ言葉を失った。

 

 迷うように視線を揺らし、それから小さく俯く。

 

「……その……」

 

 少しだけ間を置いて――

 

「お願い、します。」

 

 ほんのりと頬を染めながら、そう答えた。

 

 

 

 助手席に座るシャロは、どこか緊張しているようだった。

 視線は前を向いたまま、ほとんど動かない。

 

 無理もないか、と小さく思う。

 僕とシャロは出会ってまだ日が浅い。今回の買い物で仲が深まったとは言え、『異性の大人と並んで車に乗る』なんて機会はそう多くないはずだ。

 

 それでも乗ってくれたと言うことは、ある程度の信頼関係はあるらしい。

 

「それじゃあ……甘兎庵のお店までお願いしてもいいですか?」

 

「家の前じゃなくていいのかい?」

 

「はい。甘兎庵まで送ってくれたら、後は歩いて帰れるので……。」

 

 それもそうか。例え僕との間に信頼があっても、それはまだ微弱。教えないのは当然のことだ。

 

「わかったよ。」

 

 短く答え、ハンドルを切る。

 

 それきり、車内には再び静けさが戻った。

 流れていく景色と、一定のリズムを刻むエンジン音。

 

 さっきまでの賑やかな店内とは違って、少しだけ落ち着かない空気が続く。

 

 ――数分経った頃だった。

 

「……アキラさん。」

 

 少しだけためらうような声。

 

「1つ、お願いがあって……。」

 

「なんだい?」

 

 短く返すと、シャロは少しだけ視線を落とした。

 

「その……さっきの話なんですけど。」

 

 指先をぎゅっと握る。

 

「私が、節約を気にしていることは……ココアたちには言わないでください。」

 

 思っていたよりも、ずっと小さな声だった。

 

「みんな、私がお嬢様学校に通ってるから……お金持ちだって思ってて。」

 

 そこまで言って、言葉が止まる。

 続きを飲み込むように、シャロは口をつぐんだ。

 

 彼女の顔は見えない。ただ、僕が思っている以上に溜め込んでいるのはすぐにわかった。

 

 少し間を置いて、彼女に伝えた。

 

「約束するよ。」

 

 短く、それだけを伝える。

 

 それ以上は聞かない。

 きっと、それが今の彼女にとって一番いい距離だ。

 

 車内に、再び静けさが戻る。

 

 ――けれど今度は、さっきほど重たいものではなかった。

 

「……あの。」

 

 少しだけ間を置いて、シャロがもう一度口を開いた。

 

「もし、その……」

 

 言葉を選ぶように視線を落としながら、

 

「他にも何か節約の方法があったら……教えてもらえませんか?」

 

 ――その言葉は、やけにスッと胸に入っていった。

 

 僕は、すぐには答えなかった。

 ハンドルを握ったままゆっくりと息を吐く。

 

 視線の先には、いつもと変わらない街並みが広がっている。

 

 けれど、ほんの少しだけ――

 

 隣にいる彼女との距離が、さっきよりも近く感じられた。

 

 秘密を打ち明け、そしてこうして言葉を重ねてくる。それはきっと、ただの遠慮や社交辞令ではない。

 

 ……ならば、こちらも同じだけ応えよう。

 

 自然と、口元がわずかに緩んだ。

 

「もちろん。これは、2人だけの約束だ。」

 

「……はいっ。」

 

 そう答えるシャロの声は柔らかかった。

 

 オレンジ色の空の下を、僕たちは進む。

 その車内は、穏やかな静けさに包まれていた。

 




プロキシ兄妹がシャロと出会ったのは、シャロのバイト先であるフルール・ド・ラパンです。新しいビデオを仕入れた帰り道に見つけた喫茶店で、ココアたちも偶々そこにいた感じです。
リンちゃんは同じ女性なので(ココアと似たような性格もあり)、割と早くに打ち解けました。しかしアキラは異性で年も離れていることもあり、少し距離がありました。
今回の交流をきっかけに、仲良くなれるといいですね。
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