ご注文は終わらない日常ですか?   作:ツカッチ

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プロキシのみなさん、うさぎのみなさん、こんにちは。

最初のエージェント回は、やっぱり彼女です。


第四羽 月と太陽のあいだで

 この世界には、2種類の人間がいる。

 それは、まっすぐにお天道様を見られる人間と、そうでない人間だ。

 

 自分がどちらにいるのかなんて、誰かに教えられるものじゃない。気づいた時には、既にそっち側に立っている。

 

 ストリートで育った私は、太陽の下に長くいることに慣れていない。ああいう場所は、少し眩しすぎる。

 長くいればいるほど、少しずつ、自分の中に違和感が積み重なっていく。

 

 ――ラビットハウス。

 プロキシと行ったその店は驚くほど静かで、驚くほど普通だった。

 

 湯気の立つコーヒー。

 楽しそうな笑い声。

 少し慌ただしいけれど、どこか安心できる空気。

 

 それがすごく心地よかった。

 本当に、心の底から笑えた気がした。

 

 

 だからこそ私は、もう二度とこの店には来ないと決めた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 午後のビデオ屋はいつも通り静かだった。

 「いつも通り」と言うと色々誤解を生みそうだけど、実際静かだった。

 

 リンはイアス、トワと一緒に、新しいビデオの仕入れや食材の買い出しに行ってしまった。ここにいるのは僕とレム、ハツだけ。

 

 やることもないので、棚の並びを一通り確認する。だけど、それは30分前にもした行動だった。そのため、ビデオのパッケージには傾き1つ無い。

 

 カウンターの内側に立ったまま、ぼんやりと外を眺める。通りを行き交う人の流れは一定で、特に変わったこともない。

 

(こうなると分かっていたら、リンについて行くべきだったかな。)

 

 一応リンから誘われてはいたけど、断った。最近はプロキシの仕事ばかりで店番をボンプたちに任せっきりだったから。

 だけど、こうも暇だと後悔の方が強くなる……。

 

 と、その時。ポケットの端末が短く震えた。

 

 ノックノックの通知。連絡してきた相手の名前を見た瞬間、無意識に顔を顰めてしまった。

 

 その相手は、ニコ。

 正直、嫌な予感しかしなかった。

 

『プロキシ!ちょっと付き合ってくれない?』

 

 またビジネスと称して面倒ごとに巻き込まれるのだろうか。何もしない1日よりはマシかもしれないが……それはそれで疲れる。

 

「今度は何のビジネスだい?」

 

『今回は違うわよ!』

 

『あんたのビデオ屋の近くに“ラビットハウス”って喫茶店があるじゃない。そこに一緒に来てほしいの。』

 

 ……なぜ僕なんだ? そんな質問が頭に溢れ出した。

 邪兎屋にはアンビー、ビリー、猫又の、3人の仲間がいる。彼女たちと行けばいいのに、なぜ僕が?

 

 いや、ビリーは知能機械人だからコーヒーは飲めないか。

 

 そんなセルフツッコミはさて置き、その旨を彼女に聞こうとすると、少し早くに彼女から追加のメッセージが来た。

 

『30秒も既読スルーってことは、いいってことよね!』

 

「よくない。勝手に決めないでくれ。」

 

『何がイヤなのよ。どうせ暇なんでしょ?』

 

 それはあまりにも鋭すぎて、否定する材料がなかった。

 

 ……仕方ないか。

 今日はもう、店を閉めてもいいだろう。

 

「わかったよ。ビデオ屋の裏口を開けておくから、そこから入ってきてくれ。」

 

『さすがはプロキシ!すぐ行くから!』

 

 そうして会話は終了した。

 わからないことが色々あるけれど、とりあえずニコが来るまでに、店の片付けをしておこう。

 それと……面倒ごとが起きないよう祈っておこう。 

 

 

 

 

「プロキシ〜!待った?」

 

 ビデオ屋裏口の扉が勢いよく開き、日光を背に受けてニコが現れた。すでにビデオ屋は店を閉めていて、電気もほとんど落としていたから少し眩しく感じた。

 

「随分と早かったね。」

 

「あんたが奢ってくれるって言ったからね。」

 

「出口はそっちだよ。」

 

「冗談よ!」

 

 ずい、と距離を詰めてくるニコ。

 冗談なのはもちろん分かってるけど、こう言って牽制しておかないと本当に払わせられることになるから気が抜けない。

 

「……ところで、どうしていきなりラビットハウスに?」

 

「半分気分、半分行ってみたかったから、かしら。」

 

 とても曖昧な解答。

 でも、それがニコらしい。

 

「何よその顔。ほら、早く行くわよ!」

 

「はいはい。」

 

 ニコに手首を掴まれた僕は、彼女に引っ張られながらビデオ屋を出た。

 

 

 

 ラビットハウスの入り口の前。

 その扉に手をかけながら、僕は一度ニコへ振り返った。

 

「ニコ、何度も言うけど人前で『プロキシ』と呼ばないでくれよ。」

 

「分かってるわよ。あんたを治安局送りにしたくないもの。」

 

 ニコは普段から僕を『プロキシ』と呼ぶ。言い慣れたということもあるのかもしれないが、一般の人間に聞かれれば即通報案件だ。

 

 念押しを終え、僕は扉を押し開ける。

 ――その瞬間、チリンと音が鳴り、外とは違う柔らかな空気が流れ込んできた。

 

 どこか落ち着いた香りと、穏やかな温度。

 ほんの少しだけ、世界が変わったような感覚。

 

「いらっしゃ……あっ、アキラさん!」

 

 店内に入ると、ココアがぱっと顔を明るくした。

 

「それと……」

 

 そこで一瞬、言葉を区切る。

 初めて見る顔に、少しだけ目を丸くしていた。

 

「お友達?」

 

「ああ。リンはいないけど、2人だ。」

 

 そう答えるとココアは咳払いをし、ニコッと笑った。

 

「いらっしゃい!テーブルとカウンター、どっちにする?」

 

「ココアさん、しっかり接客してください。」

 

 奥からチノの少し呆れた声が飛ぶ。

 接客の甘さを指摘されたココアは「えへへ」と笑った。

 

 ――そのやり取りの横で。

 一歩遅れて店に入ったニコが、目を丸くしていた。

 

「……子供?」

 

 どうやらニコは、年端もいかない少女たち働いていることに驚きを隠せないらしい。

 今では慣れてしまったけど、初めてラビットハウスに来た時は僕もリンも驚いた。

 

「見ての通り、ここは彼女たちの店だよ。」

 

「店のことは基本父に任せていますが……。」

 

「あ、そう……。」

 

 ニコはしばらく何も言わなかった。

 店内を見回し、それからもう一度ココアたちを見る。

 

 ……理解が追いついていないらしい。まさかあのニコが、そんな顔をするなんて思わなかった。

 

 その後、僕とニコはカウンター席に腰を下ろした。

 いつもの位置に座ると、不思議と落ち着く。

 

 一方で、隣に座ったニコは――少し様子が違った。

 

 椅子に座ったまま、店内をゆっくりと見渡している。まるで、何かを確かめるように。

 

 と、その時。

 

「はじめまして!私、ココアって言います!そしてこっちは妹のチノちゃんです!」

 

 突然始まったココアの自己紹介。

 立て続けに起こる予想外の展開に、ニコの頭は追いついていない。

 

「妹じゃないです。それに、お客さんを困らせないでください。」

 

「ええっ。でも、アキラさんのお友達だし……。」

 

 ココアは天然で人懐っこい。ニコは僕の友人なのもあるが、初対面の人にも平気で声をかけられるのは彼女の強みだろう。

 

「ココア……だったかしら。私はニコ・デマラ。ニコって呼んで。」

 

 幼い子供に向けるかのように、少しだけ声の調子を落とした。

 

「ニコさん!」

 

 その呼び方に、ニコは小さく頷いた。

 さっきまでの戸惑いは、もう表には出ていない。

 

「ココアさん、仕事してください。」

 

「ごめんね、チノちゃん。」

 

 そう言ってココアは店の裏へ姿を消した。

 チノは小さくため息をつき、ニコへ顔を向け――

 

「……ココアさんがすみません。」

 

 ぺこりと頭を下げた。

 しかし、ニコはひらひらと手を振る。

 

「いーのよ、気にしないで。あれくらい活発な方が対応しやすいし。」

 

 その言葉にチノは――ほんの一瞬だけ、視線を落とした。

 

 通されたお冷を一口運び、ニコはチノに顔を向ける。

 

「確か……チノだっけ? ずいぶんしっかりしてるのね。何歳?」

 

「えっと……13歳です。」

 

 少しだけ言い淀むようなチノの答えに、ニコは「いっ……!?」と声を漏らした。

 

「じゅ、じゅうさん!? てことは……中学2年!? 」

 

「はい。」

 

 驚くニコに対し、チノは静かに頷く。

 僕が13歳の頃は……どうだったかな。

 

「とても13歳には見えないわね……。」

 

「近所に住むおばさんみたいなこと言うね。」

 

 刹那、ニコの両手がすっとこちらに伸びる。

 気づいた時には、僕の首にその指が絡みついていた。

 

「うぐっ!?」

 

「私はまだ20代のレディなんだけど!?」

 

「も、ものの例えだよ……!」

 

「例えでもアウトよ!」

 

 首を絞められること数秒。

 離された瞬間、一気に酸素が入ってきて思わず咳き込んだ。

 

「す、すまなかった。ニコ……。」

 

「全く……。私だから許すけど、気をつけなさいよね。」

 

(その割には指の力がすごかったけど……。)

 

 それは頭の中に浮かべるだけで、口にはしなかった。言ってしまったら間違いなくもう一度やられていたから。

 

 喉の辺りを押さえながら顔を上げる。

 そこには、ぷるぷると震えるチノの姿が……。

 

「ごめんなさい、驚かしちゃったかしら。」

 

「だ、大丈夫です……。」

 

「……完全に怖がってるよ、ニコ。」

 

「元はと言えばあんたのせいでしょーがっ!」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 コト、と小さな音を立ててカップが置かれた。

 

「お待たせしました、ブレンドコーヒーです。」

 

 チノが丁寧に頭を下げる。

 立ち上る湯気とともに、コーヒーの香りがふわりと広がった。

 

「とてもいい香りね。」

 

 ニコはカップを手に取り、まずは香りを確かめる。

 そして、そのまま一口。

 

 その味は想像していたよりも良かったのか、彼女の口角がわずかに上がった

 

「とっても美味しいわ、チノ。」

 

「ありがとうございます。」

 

 ぺこりと丁寧にお辞儀をするチノ。

 落ち着いているようだけど、声が弾んでいるのが分かる。

 

「コーヒーはよくわからないからアンタと同じのにしたけど、正解だったみたいね。」

 

「チノが淹れるブレンドコーヒーは、どの店よりも美味しいんだ。」

 

 そう言って僕も一口。

 いつもと変わらないお気に入りの味。やはり、これが一番しっくりくる。

 

「ねえねえ、アキラさん!」

 

 美味しいコーヒーに舌鼓を打っていると、カウンター越しに身を乗り出しながら、ココアが楽しそうに声をかけてきた。

 

「どうしたんだい?」

 

「裏にも声が聞こえてきたけど、ニコさんとすごく仲が良いんだね!」

 

「……そう見えるかい?」

 

「見える見える!」

 

 にこにこと笑うココア。

 そのまま勢いに乗るように、さらに言葉を続けた。

 

 

 

「2人って、どんな関係なの?」

 

 

 

 一瞬だけ、空気が止まった。

 

 隣を見ると、ニコはお冷のグラスを指先で軽く回していた。横から見える表情は変わらないが、その動きだけがわずかに間を作っている。

 

「仕事で少し付き合いがあるだけだよ。」

 

 余計なことは言わないように、簡潔に答える。

 ココアは「へぇ〜」と素直に頷いた。

 

 その横で、ニコが小さく肩をすくめる。

 

「ま、そんなところね。」

 

 グラスから手を離し、何でもないことのように言った。

 

「ビジネスパートナーってとこかしら。」

 

「ビジネスパートナー……!」

 

 ココアの目がきらりと輝く。

 

「なんだかカッコいい!」

 

「そういうものでもないわよ。」

 

 少しだけ苦笑しながら、ニコは視線を逸らした。

 

 その仕草はどこか軽く、しかしそれ以上は踏み込ませない――そんな線が、そこにはあった。

 

 だが、しかし。

 

 

 

「ビジネスパートナーって、具体的にどんなことをするんですか?」

 

 

 

 チノの何気ない質問。

 それはあまりにも純粋で、あまりにも答えにくい内容だった。

 

 一瞬だけ、言葉を選ぶように間が空く。

 

「そうね……。」

 

 ニコは軽く視線を泳がせてから、口を開いた。

 

「あなたの店は、コーヒー豆を業者から仕入れるでしょ?」

 

「はい。」

 

「それと似たようなものよ。人気のビデオを、優先的にアキラの店に回すようにしてるの。」

 

 その説明に、僕は思わずニコの方を見た。

 ニコは目線だけをこちらに向け、ウィンクをする。

 

 当然ながらそれは嘘だ。けれど――

 

 僕たちの関係を説明する言葉としては、間違いとも言い切れなかった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 気づけば、カップの中身はすっかり空になっていた。

 

 他愛もない会話を交わし、何度も笑い声が店内に響いた。

 

 僕も笑ったし、ニコも心の底から笑えているようだった。

 

 ――それでも。

 

 楽しい時間の終わりは、あっという間にやってくる。

 

「……そろそろ帰らなきゃね。」

 

「もう帰っちゃうの?」

 

「ごめんなさいね。この後は予定が入ってるの。」

 

 名残惜しそうなココアに、ニコは優しく声をかける。

 個別で会計を済ませた後、僕とニコはドアの前で振り返った。

 

「ご来店、ありがとうございました。」

 

「また来てねー!」

 

 そこには、礼儀正しく僕たちを送り出すチノと、早くも次に会う時を楽しみにしているココアがいた。

 

「2人とも、またね。」

 

 僕はそう言って小さく手を振る。

 

「……そうね。」

 

「機会があったら、ね。」

 

 ニコは一瞬だけ間を置いて、笑った。

 だけど、僕にはほんの少しだけ――その笑みが遠く見えた。

 

 

 

 

 

「ラビットハウスは、いい店だっただろう?」

 

 ビデオ屋のスタッフルーム。

 僕は満を辞して、その質問をニコに投げた。

 

「ええ。最初はびっくりしたけど……思っていたより、ずっと楽しかったわ。」

 

 それは、間違いなく彼女の本心だった。

 隣でただ話を聞いていた僕でも分かるほどに、ニコはココアたちとの会話を楽しんでいた。

 

 だが直後、ニコの顔に影ができる。

 

「でも……」

 

「でも?」

 

「……私は、もう行かない。」

 

 その言葉に、僕は驚かなかった。

 ただ、そうだろうと思っただけだ。

 

「私は太陽の下に長くいすぎると、居心地が良くなってしまう。」

 

「そういう場所に、私は向いてないのよ。」

 

 ニコは、どこか他人事のように笑う。

 自分がアウトローだからこそ、ココアたちとはいられないといられないということだろう。

 

「……それなら、僕と同じだね。」

 

 そう言って僕は彼女の隣に腰掛けた。

 僕もプロキシとして活動している身。やっていることはニコたちとは大差ない。

 

 しかし、ニコは小さく首を振った。

 

「それは違うわ。」

 

 そして、少しだけこちらを見て――

 

「アンタは、月だから。」

 

 微笑んだ。

 

「月は、太陽と向き合えるし――闇を見ることもできる。」

 

「この世界で月になれるやつは、案外少ないのよ。」

 

 その言葉に、僕は何かを言いかけて――口を閉じた。

 

「なんて顔してるのよ。別に私は後悔してないから。」

 

 ニコは僕の肩をトントンと叩き、スタッフルームのドアに手をかける。

 

「またね、プロキシ。次は依頼があった時に会いましょ。」

 

 ガチャン、とノブが下がる音が聞こえた。

 そして、ニコが部屋を出るよりも早く――

 

「ニコ。」

 

 彼女を呼び止めた。

 

 ニコが気にしていないのなら、僕が引き留める理由もない。

 だから、彼女の目を見て伝えた。

 

「君は、最高のビジネスパートナーだよ。」

 

 その言葉にニコは一瞬驚いた顔をして――

 

「当然でしょ?」

 

 いつもの調子でそう言って笑った。

 そして、小さく手を振って部屋を去る。

 

 別れ際の曇り無き笑顔を見たからか、僕の胸にあった(かげ)りは、いつの間にか薄れていた。




エージェント回はゼンゼロの雰囲気を強めに出していくつもりです。
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