ご注文は終わらない日常ですか?   作:ツカッチ

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プロキシのみなさん、うさぎのみなさん、こんにちは。

4月に入り忙しくなるので投稿ペースがかなり落ちると思いますが、できる範囲で頑張ります。


第五羽 やさしい余韻の中で

 夜。お兄ちゃんの部屋。

 

 久しぶりに、2人きりで他愛もない話をしていた。

 話題はもちろん、明日公開の映画――「うさぎになったバリスタ」について。インターノットにも沢山の声が溢れていて、『小説でも十分泣ける作品。映画になったら確実に涙が枯れる』とか『今年のナンバーワン映画』とか、好印象の評判ばかりが耳に、目に入ってきて、期待は膨らむ一方だった。

 

「どんな映画なんだろうね〜。」

 

 お兄ちゃんの膝に寝転がりながら、私は足をぱたぱたさせた。

 

「今回ばかりは、展開が読めないね。」

 

「映画マニアのお兄ちゃんもお手上げ?」

 

「上げざるを得ないな。」

 

 そう言ってお兄ちゃんは両手を挙げる。

 

「バリスタのお爺さんがうさぎになると聞いて、『小さな体、大きなトラブル』のようなコメディ映画を想像したけど……喫茶店の経営難って設定を見る限り、その線は薄そうだ。」

 

「ふむふむ。」

 

「果たして……“変わってしまった存在”がどのように物語に関わってくるんだろうね?」

 

 お兄ちゃんは映画を見過ぎているせいか、過去の作品とリンクさせて先の展開を読むことができる。観察眼が鋭いのはお兄ちゃんのすごいところだけど、そのせいで先が読めちゃうのがちょっともったいないんだよね。

 

 でも、そんなお兄ちゃんが先を考えることを諦めた。

 

 それは、つまり――

 

「とっても期待できる映画だね!」

 

「ああ。これまでにない、新しい展開が見られそうで楽しみだ。」

 

 さらりと私の髪を撫でて、微笑んだ。

 その顔を見た瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなる。

 

(よかったね、お兄ちゃん。)

 

 久しぶりに、お兄ちゃんが本気で楽しめそうな映画が来たんだなって思うと、なんだか嬉しくなる。

 気づけば、私はお兄ちゃんの頬にそっと触れていた。

 

「リン?」

 

 私の手に、お兄ちゃんの手が重なる。

 その時の顔がちょっとおかしくて、思わず笑っちゃった。

 

「なんでもないよ♪」

 

 私は体を起こし、立ち上がる。

 明日は早いし、今日はもう寝よっと。

 

「おやすみ、お兄ちゃん!明日はちゃんと早起きしてよね!」

 

「いつも寝坊するのはリンの方だろう? おやすみ。」

 

 お互い小さく手を振って、私は自分の部屋に戻った。

 どうか明日は、楽しい日になりますよーに!

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 翌朝。ルミナスクエアの映画館「GRAVITY」。

 すぐ近くの有料駐車場に車を停めて、僕とリンは足取り軽く映画館に向かう。

 

 公開初日ということもあって、映画館の前には同じ目的であろうお客さんたちでそれなりに賑わっていた。

 同じように映画館へ向かう人たちに混じりながら、入口へと向かう。すると、リンが肘で僕の腕をつついてきた。

 

「ねぇお兄ちゃん、ポップコーンは塩とキャラメルのハーフ&ハーフでもいい?」

 

「ああ。最初からそのつもりさ。」

 

「やった!」

 

 そう言ってリンは小さくガッツポーズ。

 ポップコーンは買うけど、もちろんジュースは買わない。映画の途中でトイレに行くなんてことはしたくないからね。

 

 と、その時だった。

 

「あれっ!アキラとリンだ!」

 

 幼い声に呼ばれて、僕たちは揃って足を止める。

 

 振り返るとそこには――

 

「マヤとメグじゃん!おはよう!」

 

 濃紺ショートヘアのマヤ(条河麻耶(じょうが まや))と赤いおさげのメグ(奈津恵(なつ めぐみ))がいた。

 

「2人も映画を観にきたの〜?」

 

「そうだよ。今日から始まる『うさぎになったバリスタ』をね。」

 

「わぁ〜!私たちと一緒だね!」

 

 リンが答えると、メグは分かりやすく喜んだ。

 

「私はアクションものがいいって言ったのに、メグがさぁ。」

 

「たまには感動ものの映画も見るのもいいことだよ? 涙を流すのは、ストレス発散にもなる。」

 

「ストレスなんて感じてないもん。」

 

 どこかツンとした言い方のマヤだけど、表情は笑っていて、ワクワクが隠せていない。本当は観たかった作品なんだろうな。

 

 そんな軽い会話を交えながら映画館に入る。

 するとメグが僕たちを呼び止め、少し遠慮がちに言った。

 

「も、もしよかったら、一緒に観たいなって……!」

 

「それいいな!せっかく会えたんだし、一緒に観ようよ!」

 

 すぐにマヤが乗っかり、並んでこちらを見上げてきた。

 

 俗に言う上目遣い。それを受けてリンがぱっと顔を明るくしたかと思えば、2人に聞こえない声で耳打ちしてきた。

 

「幼い子の頼みは断れないよね?」

 

「幼い子って……2人は中学生じゃないか。」

 

「そうじゃなくて、断る理由がないよねってこと!」

 

 まぁ……それは確かにそうだ。

 実際、断る理由なんて特に思い浮かばなかった。

 

 僕は2人に目を向け、にこりと笑う。

 

「感想を共有できる仲間はたくさんいた方が楽しいからね。一緒に観ようか。」

 

 僕がそう言うと、2人はハイタッチして喜んだ。リンが言うように、幼い子と表現するのは強ち間違っていないのかもしれない。

 

 するとリンが突然、人差し指で頬をぐりぐりしてきた。

 

「お兄ちゃ〜ん、なにカッコつけちゃってるの? 一言『一緒に観よう』でよかったのに。」

 

「失礼だな、リン。僕は事実を述べたまでだよ。」

 

「はいはい。ほら、早くチケット買ってきて!」

 

 そう言われて僕はチケット販売機の前に立ち、画面をタップ。ちょうど4人分の席が空いていた。

 

 そしてその料金は、大人2000ディニーと子供1000ディニーの合計6000ディニー。……また値上がりしている。

 ただでさえうちは電気代が高いのに、娯楽でもお金が飛んでいくのは少し凹む。

 

「アキラ!私たちの分のディニーだよ!」

 

 僕を間に左右から顔を出すマヤとメグ。2人は1000ディニーを僕に手渡してくれた。

 奢る奢らないにせよ、自分の分はちゃんと払うあたり、いい子たちだ。

 

「……リンとニコは2人を見習ってほしいものだよ。」

 

「私をニコと一緒にしないでよ……。私はお兄ちゃんの妹だからいいの。」

 

「どんな理屈だい……。」

 

 リンの持論に呆れながらも、受け取った2000ディニーと僕たちの4000ディニーを入れて購入を確定。やがてレシート共に、席の場所が書かれたチケットが流れ出てきた。

 

 切り取ったチケットを3人に渡す。すると――

 

 マヤが僕の袖を引っ張った。

 

「“お兄ちゃん”、ポップコーン買ってよ!」

 

「「!?」」

 

 唐突で意味のわからないマヤの言葉に、僕は困惑するしかなかった。

 

「えっと……僕はマヤの兄ではないかな?」

 

「でも私の家にもお兄ちゃんがいるから、妹だよ!」

 

 その言葉で、なぜ彼女がそのようなことを言い始めたのかを理解した。

 

 リンは自分のチケット代も僕に払わせた。妹だから、という理屈で。

 ならば同じ“妹”として振る舞えば、ポップコーンも奢ってもらえる――そう考えたのだろう。

 

 ……うん、無理があるね。

 

「マ、マヤちゃん!アキラさんを困らせたらダメだよ!」

 

「そうだよ! お兄ちゃんの妹は世界で私だけなんだから!」

 

「ちぇー。」

 

 リンも、普段からマヤと行動しているメグもさすがに『待った』をかける。だけど……せっかく一緒に映画を観るなら、ポップコーン1つでは足りないだろう。

 

「ポップコーンは買ってあげるから、“お兄ちゃん”ではなく“アキラと”呼んでほしいな。」

 

「やった!ありがとアキラ!」

 

 ニコッと満面の笑みを浮かべるマヤ。

 うまく乗せられた気もするけど、特に考えないことにした。

 

 

 その後、売店でハーフ&ハーフのポップコーンを受け取った僕たちは上映スクリーンへ向かった。

 指定された席に腰を下ろす。場内はまだ明るく、上映前のざわめきが広がっていた。

 

「キャラメル味美味しい!」

 

「メグちゃん、まだ映画始まってないよ……。」

 

「ポップコーンって、映画が始まる前に無くなるんだよねぇ。」

 

「映画館あるあるだね。」

 

 上映前だというのに早くもカリカリと音が鳴る。それも含めて、映画館らしい空気だった。

 

 その隣で、僕は入場者特典のパンフレットを眺めていた。

 1ページ目にあるのは、著者のプロフィール表。名前は……“青山ブルーマウンテン”さん。ツッコミどころはあれど、妙に響きがいい。思わず口にしたくなる名前だ。

 

 パラパラと読み進めていると、『ここから先は鑑賞後に読んでください』と書かれたページに辿り着いた。少し気になるけど、自らネタバレの道を歩むのはビデオ屋店長として許されざる行為。パンフレットをそっと閉じ、ショルダーバッグにしまった。

 

「メグ、食べ過ぎだって!もうほとんど残ってないじゃん!」

 

「マヤちゃんがいっぱい食べるからだよ〜!」

 

 声に釣られて隣を見ると、マヤとメグのポップコーンは見事に無くなっていた。まさか、この短時間で2人のお腹に消えていったのだろうか……?

 中学生は育ち盛りとはいえ、まさか暗くなる前に食べ切ってしまうとは。2人が食いしん坊なのか、はたまたポップコーンが美味すぎるのか。

 

 すると、リンがちらりと僕の方を見た。彼女が何を言いたいのか、その目を見るだけで分かる。

 僕は小さく頷くと、リンは僕たちのポップコーンを2人に渡した。

 

「ほら、これあげるから。」

 

「いいの!? ありがとう、リン!アキラ!」

 

「リンさん、アキラさん、ありがとうございます!」

 

 僕に向かって元気に返事をして、マヤとメグはポップコーンを受け取った。

 

 リンが2人を躾けるその姿は、まるで姉のようで――いや、母親のようですらあった。普段は絶対に見られないであろう彼女の一面に、思わず頬が緩む。

 

「なにニヤニヤしてるの?」

 

「なんでもないよ。」

 

 適当に誤魔化すと、ゆっくりと照明が落ち始め、館内が静まり返る。

 

 やがて真っ黒なスクリーンに、光が灯った。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 気がつけば、エンドロールが流れていた。

 

 1時間半という時間は、驚くほどあっという間だった。

 その余韻が強すぎて、僕も、リンたちも、そして館内にいる誰もが、すぐには席を立てずにいた。

 

「お兄ちゃん、外出よっか。」

 

 リンに言われて、ようやく僕は我に返ることができた。

 

 物語にかなりめり込んでいたからか、足取りが、どこか現実に追いついていないように感じた。この感覚を味わうのは、本当に久しぶりだった。

 

 ポップコーンの箱をゴミ箱に捨て、映画館を出る。空からは日光が振り注ぎ、僕たちを包み込んだ。

 空気が冷たくて、とても心地よかった。そこでようやく、現実に帰ってきたのだと心が理解する。

 

 すると――

 

「……ねぇみんな。どっかで休憩しない?」

 

 そう言ったのは、マヤだった。

 彼女の目元はなぜか赤くなっていた。でも、誰もそれを指摘しなかったし、気にすることもなかった。

 

 近くの自販機で飲み物を買い、ガーデニングショップ『朝露』の裏手にあるベンチに腰を下ろす。目の前に広がるビル群と大河川を進む船を眺めながら、僕たちは黄昏れた。

 

「……すごい映画だったね。」

 

 僕の呟いた言葉は、あまりにも曖昧すぎる感想だった。

 だけど、それ以外言葉が見つからなかった。あの作品を、言葉で説明することなんてできなかった。

 

 僕の言葉に、誰も何も言わない。でも、全員が同じ思いを抱いていることはすぐに分かった。

 

 なぜ、バリスタのお爺さんはうさぎになったのか。その答えは最後まで語られなかった。

 

 けれど――

 

 自分が開いた喫茶店を、

 対立していた息子を、

 一人ぼっちの孫娘を、

 

 そのすべてを見守るためだったのだと、僕は感じた。

 

「……うん。すごく、優しい映画だった。」

 

 リンが言うと、

 

「思わず泣いちゃったね〜。」

 

「泣くつもりなかったのになぁ。」

 

 メグとマヤもようやく言葉が出てきた。

 

「アキラとリンは泣いた?」

 

「冒頭5分に少し……かな。お兄ちゃんは?」

 

「僕は泣いていないよ。物語に集中しすぎて、それどころではなかった。」

 

 胸にグッとくる、感動できるシーンはいくつもあったけど、涙を流すまでには至らなかったかな。

 

 すると、リンとマヤがじっと僕を見つめてきた。

 

「本当に〜?」

 

「こっそり泣いてたんじゃないの?」

 

「そんな暇はなかったよ。それに、ほら。目は腫れていないだろう。」

 

 どうしてそこを疑うのかは分からないけど、僕は泣いていない。それは自慢ではなく、ただの事実だ。

 すると、リンとマヤ、そしてなぜかメグも僕に近づいて、様々な角度から目を確認し始めた。

 

「赤くなってないね〜。」

 

「ちぇっ、つまんないの。」

 

 勝手に呆れられてしまった。

 そんなに僕が泣くところを見たいのだろうか……。

 

 と、その時。

 

「やっぱりお兄ちゃんを泣かせるには、ホラー映画しかないのかな。」

 

 リンの一言で、話の雰囲気が一気に変わった気がした。

 今のマヤの前でそれを言ってしまったら――

 

「えっ!アキラ、ホラー苦手なの!?」

 

「えっと……どうしてそんなに嬉しそうなんだい……?」

 

 マヤは、目をキラキラさせて僕を見ていた。

 

「今度一緒にホラー映画観ようね!」

 

「いや、それは……。」

 

「マ、マヤちゃん!アキラさんを困らせちゃダメだよ〜!」

 

 リンとマヤは楽しそうに笑い、メグは僕を守ろうとワタワタしている。

 そんなやり取りをしながらも、頭の片隅には、さっきまで観ていた物語が、静かに居座り続けていた。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、私たちはそろそろ帰るね。一緒に映画観てくれてありがとう!」

 

「2人と映画を観れて楽しかったよ〜。」

 

 マヤとメグが立ち上がる。

 

「送っていこうか?」

 

 僕がそう言うと、2人は顔を見合わせて――

 

「うーん……よくわかんないんだけど、ゆっくり帰りたい気分なんだ。」

 

「気持ちだけ、受け取っておくね。」

 

 少しだけはにかみながら、そう言った。

 

「そっか。2人とも、気をつけて帰るんだよ。」

 

「マヤ、メグ、またね!」

 

 僕とリンは小さく手を振り、2人の背を見送った。

 

 そして、2人の姿が見えなくなった頃。リンが、そっと肩に寄りかかってくる。

 

「どうしたんだい?」

 

「……変なこと言うんだけどさ。」

 

「あのお店の雰囲気、ラビットハウスみたいだったね。」

 

 リンの言葉に、僕は少し息を呑んだ。

 喫茶店の雰囲気だけじゃない。その店にいる一匹のうさぎ。そして――映画後半に出てきた、バリスタの勉強を始めた幼い少女……。

 

 探そうと思えば似ている点ばかりだった。

 だけど、僕は――

 

「……そうかもしれないね。」

 

 それだけを、静かに返した。

 

 僕は、断定しない答えを選んだ。仮にそうだったとしても、それ以上踏み込む必要はない。僕たちは、彼女の友人として接するだけでいい。

 

 その答えに、リンは満足そうに小さく笑った。そして、静かに立ち上がる。

 

「ねえ、お兄ちゃん。『うさぎになったバリスタ』の小説、買いに行かない?」

 

「……ああ、それはいいアイデアだね。」

 

 僕も立ち上がり、並んで歩き出す。

 

 さっきまで観ていた物語の余韻を胸に抱えたまま、僕たちはいつもの日常へと歩き出した。




プロキシ兄妹とマヤ、メグはラビットハウスで出会いました。歳は大きく離れていますが、とても仲良くしており、よくランダムプレイにビデオを借りに来るそうです。

途中、「バリスタの勉強を始めた幼い少女」と書きましたが、青山さんのキャラソン「うさぎになったバリスタ」でチノを見守ると受け取れる歌詞があったので、書きました。

そのキャラソンに因んだ余談……と言ってもいいのか分かりませんが、チノのお母さんは旧都陥落で亡くなられた設定です。
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