今回の話はアニメ一期第七羽をベースに書きました。
「ありがとうございました〜!」
ルミナモールのスーパーマーケット。店員さんの明るい声を背に受けながら、僕は買い物袋を持って歩き始めた。
足りない食材を補充し、ついでにプリンとリンのお菓子も買って、いざ帰ろうとした、その時。
「あっ、アキラさーん!」
聞き慣れた声がして振り返ると、ココアが駆け寄ってきた。
よく見れば、彼女が着ているのはラビットハウスの制服だ。チノからお使いを頼まれたのだろうか?
「やぁココア。君も買い出しを頼まれたのかい?」
「実は、ちょっと……」
言いかけて、ココアは視線を逸らす。
その様子からして、何やら訳ありのようだ。
「僕でよければ、力になるよ。」
僕は彼女に一歩歩み寄り、少しだけ目線を合わせるように屈む。
ココアは少し驚いたようで、まん丸な目をさらに開いていた。
「困ってる人は、放っておけない性分でね。」
「い、いいの?」
「もちろん。ココアの友達として、ね。」
そう言って軽く笑うと、ココアの表情が少しだけ和らいだ。
「じゃあ……お願いします。」
通路の中央にあるソファに腰掛けながら、ココアはゆっくりと打ち明けてくれた。
「実はね……チノちゃんのジグソーパズル、ちょっとだけ手伝おうと思ったんだけど……。」
「ちょっとだけ?」
「気づいたら、けっこう進んじゃってて……。」
ココアは申し訳なさそうに視線を落とした。
「それで、チノちゃん、すごく悲しんじゃってたみたいで……。」
「なるほど。それで新しいのを?」
「うん……。でも、どんなのにすればいいか分からなくて……。」
ココアはぎゅっと拳を握りしめる。
「わぁぁぁん!これじゃお姉ちゃん失格だよぉ〜!」
「そこまで落ち込むことじゃないよ。」
僕は苦笑しながら、泣き叫ぶココアの肩にそっと手を置いた。
「むしろ、チノのことをちゃんと考えてる証拠だ。」
「ふぇ……?」
「まだ間に合うよ。」
手の甲で涙を拭うココアに笑いかける。
そして僕は立ち上がり、彼女に手を差し伸べた。
「行こう、ココア。一緒にチノが喜ぶパズルを探そう。」
「アキラさん……!」
ココアは涙を拭うと、いつもの明るい笑顔を見せた。
その手で僕の手を取り、立ち上がる。
「やっぱりアキラさんって、お兄ちゃんみたいで頼りになるね!」
「そうかい? ありがとう。」
そうして僕とココアは、チノへのプレゼントを買いに、おもちゃ屋へ向かった。
「アキラさん、早く早く!」
下ろした手を掴まれ、そのままぐいぐいと引っ張られる。
……さっきまで泣いていたのは、いったい誰だっただろうか。
「アキラさん、今日はありがとう!」
「どういたしまして。」
ジグソーパズルを包んだ紙袋を抱えながら、ココアはニコニコと笑う。彼女自身もチノも喜ぶパズルを買えたと喜んでいた。
「これならチノちゃんも喜んでくれるはずだよ!」
「その前に、勝手にパズルを進めたことを謝るんだよ?」
「はーい!」
そして僕たちは並んでルミナモールを出る。
外は、すでに夕焼けに染まり始めていた。
オレンジ色の光が街を包み込み、昼間の賑わいは完全に落ち着いていた。
「……あれ?」
ココアが空を見上げて、きょとんとする。
「もうこんな時間……?」
手に持った紙袋と、沈みかけの夕日を交互に見て――
「はっ……!?」
ぴたりと動きが止まった。
「わ、私……仕事中だった……!」
「やっぱりか……。そんな気はしていたよ。」
今更感が半端ないが、思わず苦笑いがこぼれる。
「ご、ごめんなさいアキラさん!私、夢中になっちゃって……!」
「いや、僕も付き合わせた側だ。おあいこだよ。」
しかしココアはバタバタオロオロしている。
いずれにしろ、早く帰らなければ。
「ラビットハウスに戻ってみんなに謝らないと!」
「僕も一緒に行くよ。」
「えっ、アキラさんも!?」
「多少なりとも責任はあるからね。」
そう言いながら、ポケットから車のキーを取り出す。
「送るよ。急いだ方がいいだろう?」
「あ、ありがとうございます!」
ぱっと顔を明るくしたココアは、僕の後をついてきた。駐車場に停めていた車に乗り込み、エンジンをかける。
「アキラさん!めいいっぱい飛ばしてー!」
「さすがに法定速度は守らせてもらうよ……。」
ゆっくりと走り出した車内で、ココアの慌てた声が止むことはなかった。
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その後、僕とココアは六分街に戻り、チノとリゼに頭を下げた。2人はココアを心配していたようで、無事だったことに安堵していた。
時間は流れ、夜の七時。リンと夕飯を食べ終え、一緒にのんびりテレビを見ていた時だった。
ピコン♪
リンのスマホに通知が入る。音からしてノックノックの通知だった。
「どうしたんだい?」
画面を見つめたまま固まるリンに、尋ねる。
「なんかね、ココアから連絡があって――」
「“協力してほしい”んだって。」
その画面には、『協力してほしいことがあるの!チノちゃんの部屋で待ってる!』というココアからのメッセージが表示されていた。
「事情は分からないけど……行っておいで。」
「え、お兄ちゃんは来ないの?」
「年頃の女の子の部屋に、成人男性が入るわけにもいかないだろう。」
「ヒュ〜!さすがは紳士なお兄ちゃん!」
「至って普通のことじゃないかな?」
揶揄うリンに軽く返し、送り出す。ドアが静かに閉まり、部屋に一人の時間が戻ってきた。
イアスたちもすでに充電という名の眠りにつき、機械の微かな駆動音が小さく響いていた。
「……さて。」
手持ち無沙汰になった僕は、小さく息をつく。
「久しぶりに、お邪魔しようかな。」
そう呟いて、ズボンを履き替える。
夜の空気を感じるように、ドアを開けて部屋を後にした。
夜の六分街は静まり返っていた。日中のざわめきが嘘であるかのように、物音ひとつしない。響いているのは、僕の足跡と六分街を駆け抜ける風の音だけ。
そして、僕が向かったのはラビットハウス。“チノの部屋”ではなく“ラビットハウス”だ。
扉を開けると、『カラン♪』と優しい音が鳴る。店内は薄暗く、カウンターのライトだけが静かに灯っていた。グラスに反射した光が、わずかに揺れている。
「いらっしゃい。……おや、アキラ君。」
カウンターに立っていたのは、店のマスター兼バーテンダーのタカヒロさん(香風タカヒロ)。チノのお父さんだ。
「こんばんは、タカヒロさん。ティッピーも。」
僕は1人と1匹に挨拶をして、カウンター席に腰を下ろす。タカヒロさんは拭いていたワイングラスを棚に戻し、代わりに一つのグラスを取り出すと、水を注いで僕の前に置いた。
「ありがとう。」
礼を言ってグラスに口をつける。冷たい水が、ゆっくりと喉を通っていった。
「夜のラビットハウスで会うのは久しぶりだね。」
「そうだね。最後に来たのは……2ヶ月くらい前かな。」
「リン君は一緒じゃないのかい?」
「リンはチノの部屋に呼ばれてね。今日は僕一人だよ。」
「アキラ君も一緒に遊んで構わないよ。そこから家に入れる。」
冗談めかした口調に、思わず苦笑する。
「いやいや、若い女の子の部屋に入るのは気が引けるよ。」
「君もまだまだ若い方さ。」
「……どうだろうね。」
グラスの水を軽く揺らす。
「少なくとも、あの子たちと同じようには遊べないよ。」
カラン、と氷の音が静かに響いた。
「何か飲んでいくかい?」
「話し相手が欲しかっただけなんだけど……何も飲まないというのは、マスターに失礼だね。」
メニュー表を手に取り、軽く目を走らせる。
「……それじゃあ、ウイスキーを水割りでもらおうかな。」
「かしこまりました。」
タカヒロさんは静かに頷くと、棚からボトルを一本取り出し、手慣れた様子でグラスに氷を落とす。
コツン、と小さな音が響いた。
続けてウイスキーを注ぎ、水を加える。
マドラーで軽くかき混ぜると、琥珀色がゆっくりと揺れた。
「お待たせしました。ウイスキーの水割りです。」
「ありがとう。」
グラスを受け取り、軽く口をつける。
ほんのりとした香りと、柔らかな苦味が広がった。
「……飲みやすいね。」
「アキラ君に合わせて、軽めのものを選んでみたよ。」
短いやり取りのあと、店内には再び静けさが戻る。
グラスの中で氷が触れ合う、小さな音だけが響いていた。
「最近はどうだい?店の方は。」
先に口を開いたのはタカヒロさんだった。
「ぼちぼち、かな。電気代は相変わらず高いけど……常連さんには助けられてるよ。」
「それは何よりだ。」
「タカヒロさんの方は?昼と夜で忙しさも違うだろう?」
「昼はいつも通りさ。娘はしっかりしているし、リゼ君とココア君がいるおかげで店も明るい。」
そう言って、タカヒロさんは小さく笑う。
「夜は……こうして静かにやっているよ。」
カウンターに手をつきながら、淡々とした口調で続けた。
「バーを始めた当時に比べたら客の数は多くないが……その分、一人一人と向き合える時間がある。」
「なるほど……。」
グラスを傾けながら、僕は頷く。
「それもまた、いいものだね。」
そう言って僕はウイスキーを一口、喉へ流した。
と、その時。
ピコン♪
スマホに届いたノックノックの通知。
ポケットからスマホを取り出すと、そこには――
『お兄ちゃん!今すぐにチノの部屋に来なさい!』
「お、怒っている……!?」
リンが命令文で連絡して来るなんて……。
どうやら、今の彼女は相当お冠らしい。
スマホを握りしめたまま、僕は小さく息をついた。
「……これは、行かないとまずいね」
グラスに残っていたウイスキーを飲み干し、カウンターに置く。
ポケットから財布を取り出し、1000ディニーを静かに置いた。
「アキラ君?」
「ちょっと、呼び出しを受けてしまってね……。お釣りは後で取りに来るよ。」
苦笑しながら立ち上がる。
「そこから入ってもいいのかい?」
「ああ。チノの部屋は2階に上がって一番奥の部屋だよ。」
タカヒロさんの穏やかな声を背に、僕はラビットハウスを後にした。
ドアを開けた先にある階段を上り、奥の部屋に向かう。ドアの隙間からは光が漏れていて、何やら声が聞こえてきていた。
部屋の前に立ち、軽くノックをする。
「アキラだ。入ってもいいかな。」
「どうぞ。」
中からチノの声が返ってくる。
扉を開けた瞬間――
「おっそーい!!」
リンの怒声が飛んできた。
「やっぱり怒ってる……。」
思わず一歩たじろぐ。
部屋の中には、チノ、ココア、リゼ、千夜、シャロが揃っていた。そして床一面には、例のジグソーパズルが広がっている。
「おっ、来た来た。」
「アキラくん、こんばんは〜。」
「アキラさん!」
「こ、こんばんは。」
全員の視線が僕に向けられ、口々に挨拶が飛ばされる。
「アキラさん。すみません……こんな時間に。」
「いや、それは構わないけど……。」
ふと、視線を落とす。
改めて見ると、やはり異様だった。
「……これは、想像以上だね。」
「でしょ!?」
リンが勢いよく腕を組む。
「8000ピースだよ!?お兄ちゃん何考えてるの!?」
「最終的に選んだのはココアだよ……。」
「そ、それはそうだけど……!」
ココアがしゅんと肩を落とす。
「だ、だってチノちゃんが悲しんでたから……!」
「違うのココア、問題はそこじゃないの!」
リンはびしっと僕を指さした。
「一緒に選んでた
リンの鋭い指摘に、言葉が詰まる。
彼女は深くため息をつくと、僕の方を見た。
「ほら、お兄ちゃん。責任取って。」
「……やっぱりそうなるよね。」
苦笑しながら靴を脱ぎ、部屋へ上がる。
そして、床いっぱいに広がるピースの海へと足を踏み入れた。
「アキラくん、今夜は寝かさないわよ〜?」
「千夜、それは洒落にならないから……。」
まだ夜の八時。
けれど――
長い夜が始まりそうだった。
無自覚人たらしお兄ちゃんのセリフを考えるのが難しい。