ご注文は終わらない日常ですか?   作:ツカッチ

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プロキシのみなさん、うさぎのみなさん、こんにちは。

リゼがお兄ちゃんとのんびりするお話です。


第八羽 やさしい時間の過ごし方

「それで、相談って?」

 

 午後の陽気が窓から差し込む店内。

 僕とリンはココアに呼ばれて、ラビットハウスのカウンター席に腰を下ろしていた。

 

 店の雰囲気は、いつもと変わらない。

 コーヒーの香りと、穏やかな時間。

 

 ――ただ。

 

 目の前にいるチノとココアの様子だけが、少し違っていた。

 

「えっとね、リゼちゃんのことなんだけど……。」

 

 ココアが、珍しく声を潜める。

 

「最近のリゼちゃん、少し疲れてるような気がして……。」

 

 言いながら、ちらりとチノの方を見る。

 チノは小さく頷いて、それから静かに口を開いた。

 

「学校の勉強、部活の助っ人、そしてこちらの手伝いが重なっていて……。ちゃんと休めてるのか、ちょっと心配なんです。」

 

 不安の言葉に、僕はカップを持ったまま少しだけ視線を落とした。

 

 ――なるほど。

 

「つまり、『どうにかしてリゼを休ませてあげたい』と言うことだね?」

 

「うん。」

 

「それなら――」

 

 口を開きかけて、隣を見る。

 

「リンの方が向いてるんじゃないか?」

 

 そう言うと、リンはニヤリと笑って僕を見た。

 

「そうかな? そういうのはお兄ちゃんの得意分野だと思うけど。」

 

「……得意かどうかはともかく。」

 

 僕は小さく息を吐く。

 

「別に、面倒だとかそういうことじゃない。ただ――」

 

「相手によっては、落ち着かなくなることもあるだろう。」

 

「えー? リゼならとても喜ぶと思うけどなぁ。」

 

 そう言ってリンが軽く肩をすくめる。

 このような話は異性の僕ではなく同性のリンが前に出た方が良いと思うんだけどなぁ。

 

「そういうわけだから、はい決定ー……でいいんじゃない?」

 

「いや、決定って。僕は納得していないよ。」

 

 思わずツッコミを入れる。せめて、僕が出ることのメリットを教えて欲しいものだ。

 

「じゃあさ、チノとココアはどっちがいいと思う?」

 

「「えっ」」

 

 突然振られて、二人は少しだけ目を瞬かせる。

 それから、ちらりとこちらを見て――小さく視線を落とした。

 

「……アキラさん、です。」

 

 先に口を開いたのはチノだった。

 それに続くように、ココアもぱっと顔を上げる。

 

「うん、私もアキラさんがいいと思う!」

 

「ほらね!」

 

 リンがくすっと笑う。

 

「……理由を聞いてもいいかな。」

 

 僕の名前を出すのは簡単だ。せめて、僕を選んだワケを知りたい。

 

 少しの沈黙の中、チノは少しだけ考えてから静かに答えた。

 

「……無理に休ませようとしないと思ったので。」

 

「えっとね、私はねー。」

 

 ココアが身を乗り出す。

 

「なんかこう……一緒にいて落ち着きそうっていうか、“お兄さん”っぽいから!」

 

「……それなら、“お姉さん”のリンでもいいんじゃないか?」

 

「リンちゃんはほら、休ませるんじゃなくて楽しませちゃう側だから!」

 

「それは……確かにそうだね。」

 

「お兄ちゃ〜ん?」

 

 リンがジト目で脇腹を突いてくる。痛い。

 自分から僕を推薦しておいて、理由を聞けばこの仕打ちだ。

 

「とにかく。二人もこう言ってることだし、任されちゃってよ。」

 

 リンが楽しそうに背中を押してくる。

 そのまま、ふと前を見る。

 

 チノとココアが、こちらを見ていた。

 チノは静かに、ココアは少しだけ不安そうに。

 

(断れる空気じゃないな。)

 

 小さく息を吐いて、カップに残ったコーヒーを一口飲む。少しぬるくなったそれを飲み干してから、カップをソーサーに戻した。

 

「……分かったよ。」

 

 視線を上げる。

 

「この件は、僕が引き受ける。」

 

 一瞬の間。

 それから、ココアの表情がぱっと明るくなった。

 

「ほんと!?」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 チノも、ほっとしたようにわずかに肩の力を抜く。

 その様子を見て、リンが満足そうに笑った。

 

「最初からそう言えばいいのに。」

 

「……言い方の問題だよ。」

 

 軽く返しながら、もう一度だけ息を吐く。

 

 ――さて。

 どうやって、彼女を休ませようか。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 お昼過ぎ。約束していた時間より、少し早く着いた。休日のルミナスクエアはたくさんの人で賑わっている。

 

 ――落ち着かない。

 普段より少しだけ整えた服装が、妙に気になってしまう。 無意識にスマホのカメラを開いて、前髪を整えた。

 

 こんなことで気を取られるなんて、私らしくないな……。

 

「お待たせ、リゼ。」

 

 声をかけられて顔を上げると、アキラさんが立っていた。

 

「い、いや。私も今来たところだ。」

 

 そう返しながら、どこかドキッとする。

 アキラさんの格好は、いつものジャケット姿だった。

 

(……これじゃあ、私だけ浮いているみたいじゃないか。)

 

 少しだけ肩の力が抜けた、その時。

 

「その服、とても似合っているよ。」

 

「え?」

 

「髪型もいつもと違って、新鮮な気持ちだ。」

 

 あまりにも自然な口調で言われて、思考が一瞬止まる。

 

「……っ。」

 

 反射的に、顔を隠すように視線を逸らした。

 

「な、なにを……急に……!」

 

「急に?」

 

 きょとんとした声が返ってくる。

 顔の熱が引かない。

 

 こんな不意打ち、聞いていない。

 

「そんな言葉を言って……恥ずかしくないのか……?」

 

「まさか。」

 

 あっさりとした返答。

 

「見たままの感想を言っただけだよ。」

 

 悪びれもなくそう言われて、言葉に詰まってしまう。

 

 ――なんだろう。

 いつもと同じはずなのに、少しだけ調子が狂う。

 

「それじゃあ、行こうか。」

 

 何事もなかったかのように歩き出す背中を、少しだけ遅れて追いかけた。

 

 

 

 並んで歩き出してから、しばらくは会話がなかった。

 

 人の流れに合わせて歩く。

 足音と、周囲のざわめきだけが静かに続く。

 

 ――落ち着かない。

 

 理由は分かっているはずなのに、うまく言葉にできない。ただ、隣を歩く距離感が、少しだけ意識に引っかかっていた。

 

 視線の置き場に困って、前を向いたまま歩き続ける。

 この沈黙を、どう切り出せばいいのか分からない。

 

「……その。」

 

 それでも、先に声を出したのは自分だった。

 

「今日は、どこへ向かうんだ?」

 

「特に決めてないよ。」

 

 一瞬、足が止まりかける。何を言ったのか分からなくて、思わずアキラさんの顔を見た。

 

(あのアキラさんが行き先も決めていないなんてこと、あるのか……?)

 

 思わずそんな考えがよぎる。……でも、何かこの後の計画を考えているわけでもなく、目的は既に決まっているように見える。

 

「な、何か買う予定は?」

 

「特にないかな。」

 

「店に入るわけでも?」

 

「それもない。」

 

 きっぱりとした返答。言葉が続かない。

 隣を歩く足音だけが、一定のリズムで続いていた。

 

(――じゃあ、どうして?)

 

 問いかけは、喉の奥で止まる。

 

「強いて言うなら――」

 

 アキラさんが、少しだけ視線を前に向けたまま言う。

 

「のんびりすることかな。」

 

「のん……びり……?」

 

「ああ。」

 

 変わらない調子で、続ける。

 

「今日は2人でゆっくりしよう。」

 

 その言葉に、わずかに息を呑む。

 

 ――ゆっくり、しよう。

 

 それはただの提案のはずなのに、妙に引っかかる。

 休め、と命令されたわけではなく、ただそうしようと言われただけ。

 

 なのに――どうしてだろう。

 

 少しだけ、肩の力が抜けた気がした。

 

 

 

 しばらく歩いたところで、アキラさんがふと足を止める。

 

「少し休もうか。」

 

 視線の先には、小さなカフェスタンドがあった。

 

「何か飲む?」

 

「……ああ、そうだな。」

 

 軽く頷く。

 

 並んで注文して、受け取ったカップを手に取る。

 

 自分の方には、ミルクの入ったやわらかい色のアイスコーヒー。ひと口飲むと、ほんのりとした甘さが広がった。

 

「……美味しい。」

 

 思わず溢れる。

 

「よかった。」

 

 隣から返ってきた声に目を向けると、アキラさんは無糖のアイスコーヒーを口にしていた。

 

「それ、苦くないのか?」

 

「慣れれば苦くなくなるよ。」

 

 いつも通りの調子で答える。いわゆる『大人の味』というやつなのだろうか。

 

 そのまま階段を下り、川沿いのベンチに腰を下ろす。目の前では、ゆっくりと船が進んでいた。

 

 ――静かだ。

 

 さっきまで感じていた落ち着かなさが、ほんの少しだけ薄れていることに気づく。

 

「……こういうのも、悪くないな。」

 

 ぽつりと零す。しかし、返事はない。

 少しだけ気になって、隣を見る。

 

 アキラさんは、変わらない調子で前を見ていた。

 ――いや、ほんのわずかに口元が緩んでいる。

 

 とても穏やかな表情だった。

 

 それだけのことなのに、なぜか視線が外せなくなる。

 

「……どうしたの?」

 

 不意に声をかけられて、はっとする。

 

「い、いや……なんでもない。」

 

 慌てて前を向く。

 その理由は分からない。

 

 ただ――

 

 なんだか、心が安らぐ感覚があった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 川の流れを、ぼんやりと眺める。水面に反射する光が、ゆっくりと揺れていた。隣では、アキラさんが静かにコーヒーを口にしている。

 

 会話はない。それでも――さっきまでとは違って、落ち着かない感じはなかった。

 

 カップを手にしたまま、小さく息を吐く。あんなに入っていた肩の力が抜けていることに、ようやく気づく。何かをしなければならないわけでも、話さなければならないわけでもない。

 

 ただ、こうしているだけでいい。

 

 ……ああ。

 

 そうか。

 

(アキラさんが、私を呼んだ理由は――)

 

 そこまで考えた、そのとき。

 

「……リゼ?」

 

 不意に、聞き慣れた声がした。

 振り返ると、そこにはクラスメイトの姿。

 

「やっぱりリゼだ! すごく可愛い服だね!」

 

「髪型もいつものリゼと違――アシンメトリーなのだわ!!」

 

「はいはい落ち着いて。」

 

 さっきまでの静けさが、音を立てて崩れていく。

 唐突の出来事に言葉がうまく出てこない。

 

 すると、隣から穏やかな声が差し込む。

 

「リゼの友達かい?」

 

「あ、ああ。クラスメイトだ。」

 

 答えた瞬間――

 

(しまった……!)

 

 自分で言ってから気づく。

 これでは、彼が“自分の関係者”だと認めたようなものだ。

 

 クラスメイトたちの視線が、一斉にアキラさんへ向く。

 

「なになに? もしかしてリゼの彼氏さん?」

 

「――っ!?」

 

 思わず息が詰まる。

 

(まずい……この流れは……!)

 

「ということは、これはデート!?」

 

「まぁ……!リゼも隅に置けないのだわ!」

 

「ち、違う! 彼とはそんな関係ではない!」

 

 反射的に声が大きくなる。

 顔が、体が熱い。

 

(落ち着け……冷静に……!)

 

 頭の中で必死に言葉を探す。

 変に取り繕えば余計に疑われる。かといって、このままでは――

 

「か、彼は――」

 

 興味津々に私を見つめるクラスメイトを前に、一瞬だけ言葉が途切れる。何か無難な答えを探し、思いついたのは――

 

 

 

「し、親戚の兄貴だ!」

 

 

 

 勢いのまま言い切る。瞬間、場が静まった。

 クラスメイトたちは、ぽかんとした表情でこちらを見ている。

 

「……え?」

 

 その空気を受けて

 

「初めまして。」

 

 アキラさんが、優しく声をかけた。

 

「僕はリゼの義理の兄です。いつも妹がお世話になっています。」

 

 落ち着いた声と、自然な所作。

 あまりにも堂々としていて、思わず言葉を失う。

 

「え、あ、どうも……?」

 

「こ、こんにちは。」

 

 戸惑いながらも、クラスメイトたちが小さく頭を下げる。アキラさんはやわらかな口調のまま、続けた。

 

「久しぶりにこちらへ戻ってきていてね。こうして二人で少し散歩をしているところなんだ。」

 

 穏やかな笑み。

 

 けれど、その言葉の奥にある意図は――はっきりしていた。

 

「……なるほど!」

 

 一人が気づいたように頷く。

 

「邪魔をしてしまって申し訳ないのだわ!」

 

「また学校でね、リゼ!」

 

 どこか慌てた様子で、クラスメイトたちはその場を離れていった。

 

 足音が遠ざかっていく。

 

 再び、静けさが戻ってきた。

 

 

 

 クラスメイトたちの足音が遠ざかり、再び静けさが戻る。少し間が空いた後、私は小さく口を開いた。

 

「その……ありがとう。話を合わせてくれて。」

 

「気にしないでくれ。」

 

 いつも通りの調子で返ってくる。

 

「リゼが困っているように見えたから、そうしただけだよ。」

 

「……そうか。」

 

 少しだけ視線を落とす。突発的に『親戚の兄』なんて言って困惑させてしまうかと思ったけど、アキラさんは戸惑うどころか柔軟に対応してくれた。

 

 彼のような人物を演技派と言うのだろうか。私が同じようなことを言われても言葉に詰まる未来しか見えない。

 

「……でも、助かった。」

 

 彼の顔を見て素直にそう言うと、アキラさんはにこりと笑う。

 

「それならよかった。」

 

 あっさりとした返事。

 

 ――本当にこの人は。

 でも、あまり気にしていないようで助かった。

 

 そう思った、そのとき。

 

「それに――」

 

 アキラさんが、言葉を続ける。

 

「リゼに “兄貴” と言われたのは、悪くなかった。」

 

「………。 ふぇっ!!?」

 

 思わずアイスコーヒーのカップを落としそうになり、慌てて両手で持ち直す。落ち着いていたはずの体がまた熱を帯び始めた。

 

 顔を上げれば、流し目でこちらを見るアキラさん。揶揄っているようで、本気で言っているようで、うまく言葉が出てこなかった。

 

「えっ……ええっ……!?」

 

 思考が追いつかない。それなのに、視線を逸らしてもさっきの一言が頭から離れない。

 

「またいつか、呼んでもらいたいな。」

 

「〜〜〜ッ!!」

 

 さらりとそんなことを付け加えられて、私は――

 

「アキラさんっ!!」

 

 彼の名前を叫ぶしかなかった。

 

 しかし、ようやく出せたその声は自分でも驚くほどに上擦っていた。恥ずかしさを隠すために出した大声のせいで、さらに恥ずかしくなる。

 

 そんな私を見て、彼は『ふふっ』と小さく笑った。どうしてこうも平気な顔ができるんだ……!

 

「そ、そういう冗談は感心しないな!」

 

 言い切るようにそう返してから、逃げるようにカップを持ち上げる。視線を逸らしたまま、ストローに口をつけた。

 

 冷たいコーヒーが喉を通る。

 

 けれど――全身の熱はすぐには引かなかった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 空になったカップを片手に、二人でルミナスクエアを歩く。もうすぐ15時だけど、通行人の数は集まった時と大差なかった。

 ゆっくりと流れる時間の名残が、まだ身体に残っている気がする。だけど、不思議と気まずさはない。

 

 ルミナの商店街に繋がる階段を登り、少しだけ振り返る。さっきまで座っていたベンチが少し遠くに見えた。

 

「リゼ?」

 

 アキラさんが名前を呼ぶ。私は彼に歩み寄り、尋ねた。

 

「……アキラさん。今日誘ってくれたのは、チノたちに何か言われたからだろう?」

 

 視線を向けると、アキラさんは小さく頷いた。

 

「前にチノとココアに言われたんだ。『ちゃんと休めているのか心配だ』って。」

 

「……そうか。」

 

 短く息を吐く。

 あの二人らしい優しい気遣いだ。ただ、少し余計な心配をさせてしまったかな。

 

「久しぶりに、のんびりできた気がする。」

 

 今日やったことと言えば、1時間ほどぼんやりと川を眺めていただけ。その中でクラスメイトに出会ったりアキラさんの言葉に左右されたりしたけど……その時間が、私の心を癒してくれた。

 

 私は一度姿勢を正し、ぺこりと頭を下げた。

 

「ありがとう、アキラさん。」

 

 色々あったけど、リフレッシュできたのはアキラさんのおかげだ。それなのに――

 

「それは僕ではなく、チノとココアに言ってあげてくれ。」

 

 穏やかな声が返ってくる。

 意外な言葉に、私は少しだけ頭を上げた。

 

「僕は二人の頼みを聞いただけさ。それがなければ、こうしてリゼと出かけることもなかった。」

 

 相変わらず、飾らない言い方だなと思う。助けてもらった本人が『ありがとう』言っているのだから、素直に受け取ってくれたらいいのに。

 

 ……でも、アキラさんらしいな。

 

 少しだけ歩き出してから、彼は静かに口を開いた。

 

「必要ならいつでも呼んでくれ。リゼのためなら、そのくらいはするよ。」

 

「っ!」

 

 一瞬、言葉が止まる。

 

 けれど、今度はちゃんと顔を上げた。

 

「……言ったな? その時は本当に呼ぶからな。」

 

「ああ、約束だ。」

 

 互いに笑顔を見せ合いながら、商店街を進む。

 その足取りは、ここに来た時よりも少しだけ軽かった。




リゼの服装、髪型はロゼと同じと考えていただければ良きです。
お兄ちゃんは平気で高校生にもキザなセリフを言う、とんでもないインキュバスです。

次回は久しぶりにエージェント回にしようと思います。
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