30代男性Vtuberが、自分を愛せるようになるまでの話   作:物怪相談

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16_ミコト:TACでの日々

 TAC企画、三日目。

 

 

 ボクは配信開始ボタンを押して、挨拶をするとゲーム内の町を歩き始めた。

 

 切り抜きが大きく伸びた影響か、同時接続者は二万人。 登録者もかなり増えて八十五万人になっている。

 個人勢で、しかも記念日の配信ではないことを考えれば破格の同接数だ。

 

 個人勢の登録者数に対するアクティブユーザー数の比率は、企業のそれと比べればかなり低い。

 

 例えばこのTAC企画で一緒に遊ぶことになった一条レイ君は、以前までの登録者は十二万人で、普段の同時接続数は二千人ほどだ。

 この比率で行けば、登録者八十五万人であるボク、睦実ミコトの普段の同時接続者数は、約七倍の一万四千人と考えるだろう。 ……だが実際には、四千人から五千人程だ。 それでもかなり多い方だと言える。

 

 ユーザーには登録して興味のある配信だけ来る層、動画だけを見る層、すでに飽きてしまったけど解除するほどでもない層など様々な人がいる。

 だが企業Vtuberの場合は公式企画や横のつながりなどで飽きさせず、アクティブユーザー層を広く抱えることができる。

 

 同時接続数という目に見える数字は、企業のバックアップを受けた人への視聴者の期待と、個人で出来る活動の限界を表していた。

 

 だけど、このTAC企画は企業勢も個人勢も、参加者全員が平等な立場だ。

 企業が行うような、いや、それ以上の参加者である大規模な企画。

 そして、ただ参加しているだけで常に次々と様々な相手とコラボしているかのような、視聴者を飽きさせない刺激。

 

 一条君が伸びる方法を欲してボクに声をかけたように、ボクにとってもこの世界での活動は伸びるチャンスだった。

 

 ……だけど、注目度が高いことや新規が増えることは良いことばかりではない。

 

 

>コメント:今ゼロイチ君が255番エリアにいますよ

>コメント:強盗してるみたいです

>コメント:ご飯食べないの?

>コメント:一緒にギャングやりなよ

 

 

 コメント欄には、相手の状況を伝えてくる鳩行為や、指示コメントが一気に増えた。 そしてそれらは全て、ボクにとって名前に覚えのないコメント達。 つまり新規のリスナーたちだ。

 

 

 うーん……あまりやりたくなかったけど、仕方ないかぁ……。

 

 

 ボクは内心でそうつぶやくと、配信画面に表示していたコメント欄を消し、コメントを見ないようにした。

 

 一つ一つ迷惑なコメントをブロックすることもできる。 だけど、この注目度だと次から次へと湧いてくる。

 

 ファンと交流できなくなるのは少し寂しいけど、コメントを見ない方が配信を楽しめそうだし、指示コメントを不快だと思う層も楽しませられる。

 

 ボク、睦実ミコト改め、キャラクターとしてのマコトは店長からパンを受取ると、一緒に収録した宣伝ソングを流しながらパンの移動販売を行っていく。

 

 同じくこの世界を楽しむ配信者たちも切り抜きを見ているらしく、楽しみにしてると声をかけられることも増えた。

 彼らに対してもありがとうと愛想を振りまきながら、商品のパンを手渡していった。

 

 積み荷が残り少なくなったころ、ボクはパンを補充するために店へと戻ろうとした。 だけどその最中、遠くからサイレンの音と、物陰に隠れながら移動するゼロイチ君の姿が目に入る。

 

 ボクは思わず笑ってしまい、そのすぐそばに車を停車させると声をかけた。

 

 

「やっほー。 暇ならこのマコトさんとデートでも、どうかな?」

 

 

 

***

 

 

 

 助手席へゼロイチ君を乗せて、車は走り出す。

 

 

「お仕事は良かったんですか?」

「予定より早く売れたし、残りのパンは十個ぐらいだからへーきへーき。 ……あ、どうしても気になるって言うなら、全部ゼロイチ君が買ってくれてもいいよ?」

「ありがたく買わせていただきます、タクシー代にデート代込々で」

「ふふふ、やったね」

 

 

 ギャングであることを隠して白市民と付き合っているというロールプレイだ。 状況的に犯罪帰りであることはバレバレだが、それについてゼロイチ君は口に出さないし、ボクもそれを聞き出すことは無い。

 

 ただ恋人らしくデートをする。

 ……とは言っても、現実のように美味しい食事やショッピングは難しい。

 

 ゲームのシステム上、料理はインベントリの小さいアイコン。

 服はディスプレイされているのを選ぶのではなく、キャラメイクと同じようにただボタンを押して別の衣装に切り替えるだけだ。

 これではデートイベントとしての風情が無い。

 

 

「それじゃ、今日はどこへ行こうか。 行きたいところとかある?」

「海辺の桟橋とかどうです? 釣りが出来るらしいですよ」

「へぇ……いいね、それじゃ勝負と行こうか!」

 

 

 選ばれたのは釣り場。

 一番のデートスポットは塔の屋上と遊園地だが、それらは最終回間近で行う方が適した場所なので、そこを外した形だろう。

 

 桟橋の近くにある販売所でNPCから釣竿を受け取り、魚を釣り始める。

 どちらが大きい魚を釣り上げられるかという単純な勝負ではあるが、ミニゲーム風のシステムと、釣り上げた際の魚に一喜一憂する。

 

 

「わ! イシダイだね。 五十五センチ、これはマコトさんが勝利は貰ったかな?」

「いやいや、勝利条件は値段じゃなくて大きさだから! ……ほら! アナゴ釣った! こっちの方が大きい六十センチですよ!」

「いや、大きいっていうか長いっていうか……。 くっ、でもルール上はそうか! 重さ対決にすればよかった!」

 

 

 悔しがるボクに、ゼロイチはエモートで勝ち誇りながら提案を付け足した。

 

 

「勝ったほうが負けた方に食事おごりってことで」

「あ! 勝ちそうだからって報酬追加したでしょ!? …………ま、いっか。 ボクが負けたらこのお魚を加工してキミに美味しい料理を作ってあげるよ」

「やった手料理! ……って、え、この世界って魚食べれるんですか?」

 

 

 思わず素に戻った口調で問い返すゼロイチ君にボクはくすくすと笑う。

 

 

「システム上はね。 それに、ボクも魚を裁くくらいは出来るよ? これでも一人暮らししてる期間はかなり長いし、喜んでもらいたくてお料理だって色々覚えたからね」

 

 

 主にカクシ君に食べて欲しくて学んだ技術だけど、流石にそれ口に出さない。 料理をするときの基本が朝配信なので、あまり手の込んだ料理が皆の目に触れることはないけど、気分転換も兼ねて様々な料理は覚えている。

 ……まぁ、カクシ君が忙しいから、たまに会えた時は外食になることが多いので振るう機会もまだ来てないのだけど。

 

 そう思って自嘲していると、ゼロイチ君が話しかけてくる。

 

 

「へぇー……。 なんかマコトさんって、結構モテそうですね」

「羨ましい? 最近はお料理が出来る男の子の方がモテるっぽいよねー。 家事の大変さをわかってる人の方が良いってことかな?」

「そういう事じゃないんですけど……、まぁ良いです」

 

 

 ボクはそう言って十分ほどロールプレイを楽しみ、切り抜きにしやすい尺を作ったころ、ゼロイチ君ではなく、一条としてボクへと話しかけてきた。

 

 

「これは恋人ロールプレイとか関係ないただの雑談なんですけど、企業に所属しようと思ったことはなかったんですか?」

 

 

 ボクはそれに対し少し驚いたけど、この世界はロールプレイをする人もしない人も、状況に応じて解除する人も居る。

 ボクも素の自分……、睦実ミコトに戻して言葉を返した。

 

 

「無いねー、全く。 ……企業だと大きい案件とか多いから、それは羨ましいなーって思ってるけどね」

「どんなのやりたかったんですか?」

「やっぱゲームだね! 自分が好きだったゲーム会社とのコラボタイアップ。 ボクもソーシャルゲームまではコラボしてるんだけど、大作ゲームのタイアップとか、発売前に遊ばせてもらえる案件は羨ましかったなー。 あと、大きなライブが出来ることとか、自分のお披露目に呼べる規模も変わってくるところとか。 ……あれ? 言葉にしてみると結構多いなぁ」

 

 

 企業に所属したいという気持ちが無い、という言葉は事実なんだけど、自分が思ってる以上に企業のメリットは羨ましいものが多かったみたいだ。

 

 

「マコトさんならうちでも普通に通りそうですけど。 元々別で配信してた人が転生してたりしますし」

「それはほぼ公然の秘密だけど、あんま言わない方がいいよー? 前世からのファンでも、名前が変わったら初めましてってのがこの世界だからね」

「そうですか? 最近は企業引退から前の自分を隠さずに個人デビューする人結構いますけど……」

「それはそうだけど、キミの立場で明言するのはちょっと微妙ってこと」

 

 

 悪びれずに一条君が答えるので、ちょっとばかり迂闊な十九歳に、内心ため息をつく。

 

 向こう見ずな年齢でもあるし、先がどうなるかわからないVtuberという世界に飛び込む当たり、元々そういう性格なのかもしれない。

 とはいえ気を取り直して、別の話をする。

 

 

「それでキミは確か、養成プロジェクト卒だっけ」

「そうです、所属して配信の仕方を学んで、歌や踊りのレッスンも受けて、デビューが決まりました」

「君たちの会社って、元々アイドル業やライブも強かったもんね。 登録者百万人越えのユニットも数件あるとはいえ、デビュー前の段階でアイドル方面の技術を学ぶんだね」

「ミコトさんもダンス上手いじゃないですか。 ショートでよく見てますよ、可愛い系もカッコイイ系も。 ウチでやっていけそうですけど」

 

 

 ボクは素直な称賛に、軽く笑って返した。

 

 

「あれはデビューした後で身につけてるんだよ。 自分でレッスン受けに行ってね」

「そこまでやるなら、ウチでデビューして会社の方で教えてもらうでもよかったんじゃないですか?」

「なにー? ボクに後輩になって欲しいの?」

「正直話しやすいので、なってくれれば嬉しいです」

 

 

 素直にそう誘ってくる若者に、ボクは笑いながら忠告した。

 

 

「ざーんねん、歳の離れた人と話しやすいと思った時はね、大体相手が自分に合わせてくれてると思った方がいいよ。 ……ほら、世代が違う話をボクは全然してないでしょ」

「あ、ホントだ!」

「もちろん、お互いに世代の違う話を擦り合わせていくのも面白いんだけどね、今のボクは若い子をおもてなしするモードなのさ」

「あー……、じゃあ、先輩のオジサン達って合わせてくれてたんだ」

「そこは人に寄るっていうか……、うん。 キミはもうちょっと言葉に気を付けたほうがいいと思うよ?」

 

 

 え?どっかおかしかったですか? という一条君に、自称オジサンと若い子からオジサンと言われるのではダメージが違うんだよ。 とオジサンと呼ばれつつある年齢の立場から教えた。

 

 

「……それで、所属の話だっけ? 全くする気はないよ。 収入とか、集まるファンの多さとか、案件とか、もちろん色々魅力はあるけどね」

「魅力に感じてるのに、何で所属する気が無いんです?」

「だってボク、今の体と名前が凄く大事だもん。 これを変える必要があるなら、たとえ他にどんな条件があっても絶対無理だね」

 

 

 この体と名前は、ボクにとって一番大事な相手と作り上げた物。 それが失われることは絶対に考えられない。

 

 一応、長いVtuberの歴史では個人Vtuberがそのまま企業にオファーされて所属するということもあったし、ボクにもそのようなオファーは何件も有った。

 しかし、ボクはそれすらも全て断っていた。

 

 

「企業のコンプラに従わなくちゃいけないのも面倒でね。 知らないかもしれないけど、ボクはまだ登録者一万人だった個人Vに3Dの体を送って、周年に呼んで、何度も一緒に配信してるんだ。 手足やお腹くらいなら実写で映すこともあるし、企業所属だとそれは運営側から許可降りないでしょ?」

「確かに、それは難しいかも……」

 

 

 ボクがファンを楽しませたいという気持ちは本物だ。 企業に所属すればできる事だって増えて、よりファンが喜ぶこともできるかもしれない。 だけどそれ以上に、ボクにとってはカクシ君との約束の方が重要だった。

 企業所属になることで、互いの約束が果たせなくなるのでは意味がない。

 

 

「個人のいいところは、やりたいことを自分の責任で好きにやれること。 その利点を捨てる気は全くないよ。 ……まぁマネジメントも何もかも自分でやるから大変ではあるけどね」

 

 

話しながら、ボクは最後に小さな魚を釣り上げて釣竿をしまう。

 

 

「誘ってくれてありがとね。 ……だけど、ここでの対応は期間限定のお遊び。 ボクは大学の後輩とかにはかなり厳しかったよー? 乗り気じゃなくて良かったね、一条君。 実際に後輩になってたら、マナーに厳しい年上の面倒な後輩が出来てたよ」

「うわー、それはやだなぁ! やっぱ誘ったのは忘れて下さい」

 

 

 ボクは気まずい空気にならないように、茶化して断る。 一条君もそれを理解して、さっきの話は無しでと取り消して笑いあった。

 

 

「……今日は楽しかったよ。 それじゃ、お仕事頑張ってね。 ゼロイチ君」

「ええ、またバリバリ稼いできます」

「車の中が空になったら、またデートしようね」

「それじゃ、速攻でマコトさんのパンを買い占めてデート時間を作りますよ」

 

 

 最後にマコトとゼロイチの役を被って、お互いに別れた。

 

 まだ若い一条君は少し役に引きずられていた部分もあったが、ロールプレイであることを再確認させて認識を元に戻す。

 これは、一条君の為だけでなく、視聴者のためにも行う事。

 

 コメントをもう見ることはできていないけど、視聴者には、Vtuberとしての設定やロールプレイに入れ込みすぎる人も居る。 その人たちの前で明確に、ボクとしての行動とマコトとしての行動を切り替えた。 これで彼等も、あくまで配信内のお遊びだと認識できるだろう。

 

 

 

***

 

 

 

 ……だが、視聴者とは配信をリアルタイムで視聴する人や、アーカイブを見る人だけではない。

 

 

「うーん、ここの本人が出ちゃってる部分は削除して、釣りからそのまま別れに繋げて……、あとこの辺はちょっとエモいエフェクトとか入れて盛り上げる感じで……」

 

 

 ファンが作った切り抜き"だけ"を見る層も存在するのだ。

 

 ただ推しの良さを伝えたい。 そのために取れ高の低い部分は削り取って面白い部分だけを残す。

 それも一つのファン活動であり、決して悪いことではない。

 悪いことではないのだが……。

 

 

>コメント:ゼロマコ尊い

>コメント:もうゼロ君ガチ恋しちゃってるじゃん

>コメント:早く続き作って!!

 

 

 待ちきれないからとアーカイブを追うのでも、配信を見るのでもなく。

 ただRP部分だけをドラマ仕立てにした切り抜きだけを見て、自分たちの考えるゼロイチとマコト像を作り上げた視聴者層が、ミコトたちの知らないところで生まれ始めていた。

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