30代男性Vtuberが、自分を愛せるようになるまでの話   作:物怪相談

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19_傷

 ミコトが合い鍵を使って俺の住居へと入ってきた。

 ここは一人暮らし用の賃貸、玄関から配信に使っているパソコンまで、何の障害も無い。

 

 俺がミコトに何か言おうとするよりも早く、ミコトは手早く、普段履かないようなスニーカーを脱ぎ捨てて、配信PCの前へとやってきた。

 

 

「お前……」

「キミとの話は後でね」

 

 

 ミコトはそういうと、冷たい表情で俺のパソコンのコメント欄を見つめる。

 この状況を見られたくなくて、マウスを操作して隠そうとした俺の手を、ミコトは上から握って制止させた。

 

 

>コメント:なんで配信中にミコトちゃんが来るんだよ

>コメント:やっぱ同棲してんじゃん

>コメント:騙してたんだな

>コメント:ビ○チ!

 

 

 先ほどまで俺に向けられていた言葉が、一転してミコトに向かう。

 口汚い言葉に一瞬で頭に血が上り言い返そうとするが、それよりも早くにミコトが反応した。

 

 

「お前ら、こっちが黙ってれば勝手なことばっかり言いやがって……!」

 

 

>コメント:なに?!

>コメント:男!?

 

 初めて聞くミコトの怒気を孕んだ低い声に、俺も思わず肩がびくりと跳ねる。

 

 

「オレが自分を女だってお前らに言ったことが一度でもあったか? お前らは俺のアーカイブを見たのか? オレは最初っから女装で、男で、好きな奴がいるってことも全部言ってんだよ」

 

 

 その口調と声質は普段聞いているものではなく、初めてあった頃のものだ。

 でもその当時でさえ楽しそうなところしか見ていなかったから、こんな姿は始めて見た。

 

 ミコトは、なおもコメントの荒らしたちに対して続ける。

 

 

「理想を押し付けてくるだけならまだしも、それでオレの大事な人に迷惑かけてんじゃねえ! とっとと登録解除でもなんでもして二度と現れんな!」

 

 

 そしてミコトはそのまま、マウスを俺の手から奪い取った。

 だが、コメントを削除するのではなく、流れるままにしている。

 消すのを辞めて、そのままリスナーのコメントだけを眺めて読んでいるらしい。

 

 

「……紙リスのみんなにはごめんね。 またボクのせいで迷惑かけたね」

 

 

 その声は先ほどまでとは打って変わって、睦実ミコトのもの。

 だけど、普段の明るく元気なものではなく申し訳なさそうな声色だ。

 

 

「……今日のところは、急だけど配信を閉じさせてもらうね。 状況はSNSとかで連絡するから、今は心配しないで」

 

 

 ミコトはそういうと、俺から奪ったマウスで配信を閉じて、スマホを操作しはじめた。

 俺はそんなミコトに問いかける。

 

 

「お前、自分の配信は……?」

「途中で抜けてきちゃった」

 

 

 見れば普段俺と会う時の姿とは違う、本当にただの部屋着と思われる黒のロングTシャツに、少しゆったりとしたズボン。

 きっと、俺の状況を知って急いでこっちへと来てくれたのだろう。

 

 

 普段なら嬉しいかもしれないその行動が、俺の心を締め付ける。

 

 だってそれは、俺がまたミコトの足を引っ張ってしまったということだから。

 

 

「あと数日もすれば、鎮火したんじゃないか……?」

「そうかもね」

「俺を放っておいて最終日まで参加してれば、もっと登録者も伸びただろ。 九十万人だって行けたかもしれない」

「確かに、ボクの対応は周りにも迷惑をかけてるし、間違ってたかも」

 

 

 ミコトはスマホを操作し終えると、椅子に座る俺をまっすぐに見て、真剣な表情で告げた。

 

 

「……でもね、ボクは君が好きだから。 例え間違った対応だとしても、キミが辛いときは助けたいし、傍に居たいよ」

 

 

 俺がその言葉を理解するよりも先に、手に持っていたスマホ画面を俺に魅せた。

 

 

 それは、ミコトのSNSアカウントと、一件の投稿。

 

 

『誕生日配信に来ていただいた紙カクシさんのチャンネルに、不適切なコメントが多く寄せられています。 コメントは今一度、それを送られた相手の気持ちを考えて送るよう心がけてください。

 このような状況では配信に支障をきたすと判断し、睦実ミコトはしばらく活動を休止いたします』

 

 

「お前、これ……」

「そ、休止することにした」

 

 

 そこには明確に、活動休止の文字が躍っていた。

 

 

「キミは、ここまでしないとボクに配信を優先しろっていうからね。 しばらく休むことにしちゃった。 ……今日はキミの家に泊まるよ。 だから、キミが言えなかったこと。 辛かったこと、全部吐き出してほしいんだ」

 

 

 

 ミコトの言葉を、黙って聞く。

 自分が安易に配信を行ったせいで、ミコトの活動を休止させてしまった。

 

 その事実に、俺はミコトに手を引かれるままついていくしかなかった。

 

 

 

 ミコトに促されるまま、俺は自分のベッドに座る。

 俺の借りている部屋は人を招くことを想定していないため、二人して座れる場所は床かベッドしかない。

 

 黙って座る俺のあとに、スプリングがギシっと揺れる音がして、背中に暖かな体温が伝わった。 ミコトが隣に座るのではなく、そのまま背後に回って俺を抱きしめている。

 

 

「相手の熱が伝わるのって、安心するでしょ? ……ボクはキミがどんな人でも、何を抱えてても離れないよ。 だから、キミの全部を話してほしいんだ」

 

 

 俺はそこまでしてもらえるような人じゃない。

 俺のせいでミコトのチャンスを不意にしてしまった。

 ミコトが伸びる様にと背中を押したつもりだったのに、俺の安易な行いのせいで、むしろミコトにもその周りにも迷惑をかけた。

 

 優しくしてもらっていいはずがない。

 

 

「離してくれ……」

「やだ、絶対離さない」

 

 

 今まで、本気で頼めばミコトはそれを尊重してくれていた。 だけど今、それを拒否されて俺は一瞬たじろいだ。

 

 

「ボクはキミの心に踏み込まなかったことを、後悔してる。 本当は大学の時に踏み込んで、たくさん話を聞くべきだったんだよ」

「……それは、お前の優しさだ。 何も聞かずそばに居てくれて、俺は救われてた」

「……ありがとう。 でもね、誰も踏み込まなかったから、キミも傷からずっと目を背けたままになってしまった。 だから多分、キミの心の傷はずっと新しいままなんだよ」

 

 

 ミコトは俺の背を抱きしめたまま、優しくそう語りかける。

 

 

「時間が解決せずに今もキミがその傷に囚われてるなら、一度きちんと向き合わないといけない。 だから、教えて欲しいんだ、キミの過去を」

「……つまらない話になる」

「楽しい話なんて期待してないよ」

「……長くなるかもしれない」

「休止宣言したんだもん、何日だって付き合うよ。 一条君の方にも、もう休止の連絡は伝えてる」

 

 

 今からでも配信に戻ってほしい。

 でも、休止の宣言をしてやっぱり辞めます、なんてことを言うのもまた、ミコトの信頼を傷つけるだろう。

 

 ……それに、優しくしてもらっていいはずがないと思う自分の他に、この熱と感触に確かに心地よさを感じている自分もいた。

 

 

「……ごめんね。ボクがキミより大きければ、親みたいに抱きしめられたのかもしれない。 ……ほんとに、カッコつかないなぁボクは」

「そんなことない。 ……俺は、今お前がそうしてくれてることが嬉しいよ。 ……俺は、親に抱きしめてもらった覚えがないから」

 

 

 そう伝えると、ミコトが俺を抱きしめる力が一層強くなった。

 

 

「……苦しくない?」

「全然、軽いくらいだ」

「……違うよ、その記憶もないくらい、放っておかれたこと」

 

 

 大学に入る前のことから、少しずつ記憶を遡っていく。

 

 

「……最初だけは、辛かったよ」

 

 

 俺は、ぽつりぽつりと、自分の心の奥底に眠らせていた本心を話す。

 

 

「母が初めて俺を、仕事前に図書館の前で下ろしたときのことだ。 カバンの中にはパンが一個入ってて、お腹がすいたら外に出て一人で食べた」

 

 

 図書館の中で辺りを見回してもだれも何も食べてなくて、食べ物を食べていいかわからなかった俺は、外のベンチでパンを食べてる人を見つけて、そこならいいんだと気づいて食べた。

 

 

「閉館した後。 ……多分一時間くらい外で待ってたけど誰も来なくて、次第にあたりが暗くなってきたときに、俺に迎えなんて来ないんだと察したよ」

「……家には、帰れたの?」

「あぁ、図書カードを作ってもらった日、一緒に歩いて帰ったんだ。 だから不安になりながらも家までたどり着けた」

 

 

 きっと初めて図書カードを作った時、車じゃなく徒歩で図書館まで連れて行ったのは、道を覚えさせるためだったんだろう。 迷って警察に保護されると面倒だから。

 

 

「でもその後、俺は体調を崩した。 春とは言え夜は寒かったからな、待ってた時間で体が冷え切ってたんだ」

 

 

 ミコトは黙って話を聞いてくれている。

 

 

「翌朝、寝込んでる俺を見た母はそのまま仕事にいった。 ……俺はその時、何でも自分で出来る様にならないといけないんだって思った。 喉が渇いても手洗い場は背が届かなかったから、風呂場の蛇口から水を飲んだ。 ……頭が冷えると気持ちよかったから、フローリングの床に頭だけ当てて寝てた」

 

 

 淡々と、思い出を話していく。

 ……思えば、俺があの図書カードをいい思い出にしてるのは、まだ本当に子供でいられた最後の日だからかもしれない。

 

 

「多分、俺が本当に体調を崩したのはその時が最後だった。 予防に気を使ってたとか、気を張ってたとか、体質とか色々……、きっと全部が上手くかみ合って、俺は運よく生き延びた。 ……遺品を整理して知ったことだけど、俺は何の予防接種も受けてなかったからな」

 

 

 七つ前は神の内という言葉がある。

 七歳未満のわがままや比例は責任を問われないという意味だが、同時に幼い子はすぐに神の元へ行く儚い存在ということも表す。

 だからあの幼少期を生き延びたのは、本当に幸運だったのだろう。

 

 

「親に助けを期待したのもそれが最後だ。 小学校に入るまでは、毎日パンが二つ。 小学校になったら、毎日五百円。 中学からは毎日千円が机の上にあった。 高校にも通えたし、小学校の給食費はきちんと払われてたから、してくれてるつもりではあったんだろうな」

 

 

 事実、それすらなかったのなら俺はとっくに死んでいた。

 だからそういう意味では、最低限のことはしてくれていたのかもしれない。

 

 

「俺にとって親はそんな人だった。 小学校以降は完全に顔を合わせることも無くなった。 真夜中に寝静まった頃、騒がしさに起きれば姿が見えた。 だけどそれも摺りガラス越しに、酔っぱらって暴れたり、喧嘩したりしてる二人の声とシルエットだけだったよ」

「……進路相談とか、高校を決めるときはどうしたんだよ」

 

 

 ミコトの声も、腰に回された手も、少しだけ震えていた。

 

 

「……ずっと来なかったよ。 先生が初めて怒って、すごい剣幕で電話をかけてた。 成績は良いんだから進学校も行けるとか、子供の将来をどう考えてるんだとか、先生はいろいろ言ってた。 多分、俺に気遣ってスピーカーにしてくれてたんだろうけど、返ってきたのは一言めんどくさそうに、『じゃあ近いところにしてくれ』だった」

 

 

 あの後すぐに通話は切れて、二度と繋がらなくて……、もう何も考えずに願書を書いた。

 

 

「……あの二人が俺をどうでもいいと思ってたように、こっちもそうだよ。 顔も名前もとっくに忘れた」

 

 

 俺は自嘲して笑う。 学校の手続きの時は百円均一で買ったハンコと、筆跡を真似て書いた親の名前で申請した。 死亡届の時に書いた名前すら、ああそんな名前だったか、と思った。 もうこれ以降はずっと使わないだろうなと思って夫婦の名前は記憶から消した。

 

 そういうと、ミコトはさらに力強く俺を抱きしめた。

 

 

「……嘘つき」

「嘘なんてついてない」

「じゃあ、意地っ張りだ」

 

 

 ミコトの声が俺を非難する。

 

 

「隠さないでよ。 ボクだってわかるよ。 キミの話す想い出は、色々と欠けてる。 ……きっと、そこまではキミも話せる内容なんだよね」

 

 

 ぎゅっと、ミコトが俺の服を握りしめる。

 迷うように少しだけ間を置いたあと、口を開いた。

 

 

「……でもさ、学校ではどうしてたんだよ。 キミを放置するような人が、新しい服も勉強道具も買ってくれるなんて思えない。 懐かしいオモチャの話をボクがしたらキミは、見たことはあるって言ってた。 ……それで、友達の輪の中にキミは入れたの? ……学校での生活も、二人が亡くなった時のこともキミの話には出てこない」

「ははは……、ホントに、痛いところを突くな」

 

 

 俺は笑う事しかできない。 確かに、そこは意図的に避けていたところだったから。

 

 

「……話したくないのはわかってるんだ。 ボクがキミにしてるのは、酷いことだと思う。 ずっと蓋してたことを、無理に話させてる。 ……だけど、全部いちど吐き出してほしいんだ。 キミが本当に辛かったこと、してほしかったことを」

 

 

 静かな部屋にミコトの声が響く。

 

 

「それを聞かないとまた前みたいに、勝手に同情してしまう。 キミの気持ちを勝手に想像するのは、失礼なことだから。 ……おねがいだよ」

 

 

 




 カクシ君はミコトに迷惑をかけたショックや、炎上コメントに押し流されて認識できていませんが、カクシを心配するコメントも多く流れています。



「……紙リスのみんなにはごめんね。 またボクのせいで迷惑かけたね」

>お気になさらず
>カクシさんの話を聞いてあげてください
>カミカク大丈夫しか言わないけど、多分大丈夫じゃない
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