30代男性Vtuberが、自分を愛せるようになるまでの話   作:物怪相談

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番外編12_初めての修学旅行_就寝

 緊張と癒しが共存した入浴を終えて、軽くスキンケアを済ませるとお互いに備え付けの浴衣を着た。

 リスナーにも肌が綺麗と褒められたが、ミコトに言われて学生の頃から行っていた習慣だ。

 

 する必要があるのだろうか……と当初は思っていたのだが、するとしないでは肌の様子がまるで違ってくる。

 身嗜みを怠れば周囲に侮られやすくなるため常に気を付けていたが、その範囲が肌の方にまで伸びた形だ。

 

 

 もっとも、仕事を辞めた今は現実で直接会う相手はほぼミコトだけになってしまったのだが……それでも恋人相手にはやはり一番いい状態で会いたいとも思う。

 

 それに、今でも大学生と言って差し支えないほど若々しいミコトだ。

 隣に立つならなるべく俺も若く見えるようにしておきたい。

 

 

 スキンケアを済ませて自分の髪を手早く乾かすと、次にドライヤーでミコトの髪を乾かしていく。

 旅館備え付けではなく、自宅から持ってきた私物だ。 俺にはそこまで違いは分かっていないのだが、ミコトはいろいろと試してこだわっている一品らしい。

 

 ある程度髪が乾いたことを確認すると、冷風に切り替えて風を当てていく。

 涼しい風に吹かれるミコトは気持ちよさそうで、俺はたなびく髪を眺めながら、ドライヤーにかき消されないように少し大きな声で話しかけた。

 

 

「これだけ長いと、毎日大変だろう」

「まーねー……。 でも、キミが可愛いって思ってくれるなら、全然苦じゃないかな」

「可愛いよ、俺にとっては世界で一番。 ……キレイだとも思うし、カッコいいとも思ってる」

「なにそれー。 適当だなぁ……」

 

 

 俺の言葉にそう笑うミコト。

 しばらくそのまま風を当てていく。

 髪に手で触れて乾いてることを確認すると、俺はドライヤーを止めた。

 大事なことだから、静かな場所できちんと伝えないといけない。

 

 

「適当じゃなくて本心だよ。 普段は綺麗で美人だなって思ってる。 笑ってる顔は可愛いし、皆を楽しませようとしてるところはカッコいい。 全部のミコトが俺は好きだよ」

「…………ありがと」

 

 

 しばらく固まった後に、目を伏せてポツリとミコトがお礼を言う。

 鏡に映ったその姿は、湯上りであることを差し引いてもなお赤く染まっていた。 

 

 

「キミの言葉はいつもまっすぐだよね。 確か……月がきれいですね、だっけ? あんな感じでちょっと違う言い回しにしたりしないの? なんか……恥ずかしくなっちゃう。 そりゃあもちろん嬉しいけどね」

「……俺は口下手だから。 大事なことはまっすぐ、ちゃんと全部口にした方がいいと思ってる」

「…………もしかしてキミ、ボクに昔言ったことをまだ気にしてるの?」

 

 

 俺はコクリと頷く。

 

 学生の時、俺のために無理して女性らしく振舞っていたミコトを窘めるつもりだった言葉。

 そんなことを望んでない、と冷たく突き放してしまったあの言葉は、きっとミコトを酷く傷つけた。

 

 今でも時々夢に見るし、もっと良い伝え方があったはずだ。

 例えあの言葉しか出てこなかったんだとしても、そのすぐ後に、もっと自分の考えてることを全部伝えれば良かったと後悔している。

 

 

「ふふふ、アレはただのボクの勘違い。 キミは気にしなくていいのに」

「言葉は刃物だよ。 ……俺が伝え方を間違えたんだ」

 

 

 例えそんなつもりがなかったとしても……それでミコトを傷つけてしまったのなら、気にするなと言われても無理な話だ。

 ミコトはこちらに体を向けて、座ったまま俺と正面から向き合った。

 

 

「まったく、しょうがない人だなぁ……。 じゃあ、一度謝ってみて?」

「……言葉が足りなくて、傷つけてごめんなさい」

「いいよ! はい、許しました!」

 

 

 まるで小学生がするように、これでおしまい! と手を一度叩いてミコトは締めくくる。

 

 

「全部上手くいって、恋人になれたんだからさ。 いつまでもそんな後悔抱えないで行こうよ」

「……ありがとう」

 

 

 俺の手を握って、ミコトはそう笑いかけてくる。 俺はその手を両手で包み込みながら、少し軽くなった気持ちで礼を言った。

 

 

「あ、でもこれからも可愛いとか好きってことはちゃんと口に出してよね。 嬉しいからさ」

「わかった」

 

 

 俺は片膝をついて、椅子に座っているミコトと視線を合わせる。

 

 

「……大好きだよ」

「もう……今言えってことじゃないよぉ……」

 

 

 鏡越しに背中からではなく、視線を合わせて正面から伝えた言葉は思ったよりも届いたらしい。 顔を真っ赤にすると腕に顔を埋めて呟いた。

 

 

 

***

 

 

 

 入浴の後ミコトと、観光して楽しかったところを振り返っていると、食事の時間がやってきた。

 

 ホテルスタッフが運んでくれた料理が所狭しと机の上に並べられていく。

 今回のメインは海鮮らしく、俺達は並べられた料理を思い思いに楽しんでいく。

 

 

「わ、この焼き魚美味しい……。 京都って湯豆腐とか湯葉のイメージが強かったけど、海鮮も美味しいんだね」

「確か海もガイドでは観光名所として載ってたな。 ……あ、そういえば、浦島太郎も京都が舞台だったか」

「え、そうだったの!?」

丹後国風土記(たんごのくにふどき)……今でいう京都の舞鶴当たりのお話に、浦の嶋子って人の話があるんだ。 それが浦島太郎のモデルと言われてる。 だから京都には浦嶋を祀った浦嶋神社もあるらしい」

 

 

 話をしながら、出汁巻きを口に運ぶ。

 京都の名物とも言える料理だが、出汁の味とふわふわな感触がとても美味しい。

 ミコトも満足そうに味わっているし、家で再現できるように少し頑張ってみようかな。

 

 

「海と言えば、確かガイドブックにビーチがあったよね。 来年はどこかに海水浴とか、行ってみる?」

「そりゃミコトと海はちょっと行きたい、けど……」

 

 

 俺は一度食事を止めて、正面に座るミコトの水着姿をイメージする。

 ミコトのアバターのバリエーションの一つ、男装水着スタイルはハーフパンツタイプの水着に、フロントジッパーのパーカーを着て髪も男性で通じる長さになっている。

 だが、リアルのミコトは長髪で顔立ちも相まって、より女性的に見える。 もしもミコトアバターと同じような衣装を着ていたとしたら、周囲の人は驚いてしまうだろう。

 

 

「あ、水着姿も独占したいとか?」

「そう思わなくもないけど……流石にそこまでは言わない。 ただ、周りが驚くだろうなと思って」

「まぁ確かにボクは客観的にみて美人で可愛いからね……。 いっそ、女性ものの水着でも着ようか? 胸もフリル付きのチューブトップとかにして、下はパレオとかにすれば何とかなると思うんだよね」

 

 

 お吸い物を飲んでいるときにそう言われて、思わず零してしまいそうになる。

 女性ものの水着だってそりゃ似合うだろうけど……。

 

 

「あはは、冗談冗談。 流石にそういう姿はキミにしか見せないよ」

「まったく……」

 

 

 頭の中にいくつも浮かぶ、女性ものの水着を付けたミコトの姿を必死に打ち消しながら、楽しい食事は過ぎていった。

 

 

 

***

 

 

 

 食事も歯磨きも済ませた二十一時。

 寝室の窓からは月が覗いている。 上弦とも三日月とも言えない、これと言った特徴も無いいつもの月。

 だけど普段と違う場所で見るその姿が綺麗で、ミコトと一緒に見たくなった俺は周囲を見渡して……見つかったミコトの姿を見て、声をかけるのをやめる。

 

 ミコトは壁を背にして、こちらを見ながらも少しウトウトと眠そうにしていた。

 

 普段ならここから配信だってする時間帯だが、始発でたどり着いた京都旅行。 新幹線の中で少し仮眠を取っていたとはいえ、流石にミコトも眠いのだろう。

 寝室はシングルベッドが二つ隣り合う形になっていて、実質的なダブルベッドだから余裕をもってくつろぐことが出来る。

 

 俺はベッドへと移動して横になると、隣のベッドをポンポンと叩いてミコトを呼んだ。

 

 

「ミコト。 今日はもう寝ようか」

 

 

 眠そうなミコトに、無理せず眠るように促す。

 本当にただそれだけの何でもない行動のつもりだったが、ミコトの目は一度驚いたように見開くと、すぐに鋭く細められて大きなため息をついた。

 

 

「どうした?」

「……カクシ君。 恋人をベッドに誘うって意味わかってる?」

 

 

 立ち上がったミコトは、先ほどまで使っていた部屋の明かりを消していく。

 周囲が少しずつ暗くなり、明かりが灯っているのは俺のいる寝室だけになった。

 

 

「この際だから言うけどね。 ボクはキミの広い背中とか、引き締まった体も、僕より大きな手とかも全部えっちだなぁ……って思ってるよ」

「そ、そうか……」

 

 

 突然のカミングアウトに、俺は戸惑いを返すことしかできない。

 ミコトみたいな体ならわかるけど、俺で……?

 

 

「恋人の裸なら違うってキミも言ってたでしょ。 好きな人の体はそういう風に見えるものなの」

「あぁ、なるほど……」

「一緒にお風呂入った時、ボクもちゃんとキミをそういう目で見てたんだからね?」

「う、うん……けど、ちゃんとってなに?」

 

 

 明かりを消し終わった後に、ミコトはこちらへと歩いてくる。

 寝室の明かりに照らされたミコトの目は鋭く、普段見てる表情とまるで違う。

 親の話をした際に見せた敵意ともまた違って、こんな顔も出来たのかと思わずドキドキする。

 

 

「今もそんな、湯上りで旅館浴衣なんて着ちゃって……えっち」

「もうそこまでくると言いがかりじゃないか……?」

「言いがかりじゃない。 普段ピシッとした着こなしの癖に、慣れてないから胸元はだけてるし……そんな恰好でベッドに誘うなんて、襲われても文句言えないよ?」

「そんなことは、無いと思うけど……」

 

 

 ミコトがじりじりとにじり寄ってくる。

 ベッドへと膝が沈み込み、スプリングがぎしりと音を立てる。

 ミコトはそのまま俺をベッド端まで追いやると、ベッドボードに右手を当てて、俺の逃げ場を塞いだ。

 いわゆる、壁ドンの姿勢。

 

 3Dお披露目で候補に挙がっていたポーズの、最後の一つ。

 これ、俺がされる側なんだ。 と少し間の抜けたことを思った。

 

 ミコトの左手が俺の肩に添えられ、鴨川でキスをしたときと同じく、ミコトの顔が近づいてくる。

 あの時は俺から近づいて、今回はミコトの方から近づいてくる。

 思わず俺も、あの時のミコトと同じように目を閉じた。

 

 

 ……だが、しばらく待っても唇に何かが触れる気配はない。

 恐る恐る目を開けてみると、ミコトは何か葛藤するように悩ましい表情をしている。

 

 視線の先は……ベッドボードに置いた旅のしおり。 ずっと前、旅館を予約したときから作っていた雰囲気づくりのための小道具。 ネットで調べた名所の場所や地図が載った、家庭用のプリンターで印刷しただけの小冊子だ。

 しばらく悩み続けたミコトは、がっくりと肩を落としてため息を吐いた。

 

 

「はぁ…………。 そうだよね、修学旅行だもんね。 ……ガマンするよ」

「そ、そうか……別にキスぐらいは」

 

 してもいいのに、と口にしようとしたが、ミコトにピシャリと遮られた。

 

「今のボクがそれで止まれるわけないでしょ、カクシ君のバカ」

 

 

 バカバカバカ、ボクもバカ……と残念そうに小さく呟きながら、そのまま俺の隣にゴロリと横になった。 どうやらミコトはこのベッドを使うらしい。 俺は隣接するベッドへと移ろうとして、ミコトが俺の袖を軽く引っ張って制止させた。

 

 

「ダメ。 そっちを使うのは禁止。 今日はこのベッドだけで、一緒に寝て欲しい。 このくらいなら……いいでしょ?」

「………………わかった」

 

 

 先ほどまでの捕食者じみた目つきではなく、可愛く甘える恋人の表情。

 俺は明かりを消すと、ミコトと同じベッドに二人で横になった。

 

 

 二人が使うには少し窮屈で、どうしても相手の体温や呼吸を感じてしまう。

 優しい月明かりに照らされた室内で見る、至近距離にいる愛おしいミコトの顔。

 ……今日はちゃんと眠れるだろうか。

 

 

 

***

 

 

 

 向かい合って目を閉じるカクシ君の姿を、ボクは月に照らされた室内でじっと眺めている。

 

 

 彼にそんな気はなかったのだろうけど、殆ど据え膳食わねば……というような状況を、ボクは何とか鉄の意思で我慢した。 自分で自分をほめてあげたい。

 

 でも、自分だけが我慢させられてる気がして、彼に一緒のベッドで寝てもらった。

 以前同じベッドで寝た時、ボクは彼に背を向けて眠っていたけど、今日は彼にボクを意識してほしくて向かい合うように布団に包まっている。

 

 

 ボクと目が合っては視線を彷徨わせるカクシ君の姿に、作戦が成功したとほくそ笑む。

 敢えて少し胸元を緩めれば、面白いぐらいに戸惑っていた。

 

 

 ボクの気持ちがわかったか。 男同士でも好きな人の胸なら見ちゃうし、そう言う気持ちになっちゃうんだよ。

 ……まぁこれまでの視線でも、ボクをちゃんとそう言う目で見てくれてることはわかってるけどね。

 

 

 ボクから手を出すことはしない、我慢するよ。 だってこれはキミがずーっと楽しみにしてた修学旅行だからね。

 修学旅行でそういうことをする人は……まぁ中にはいるかもしれないけど、ほぼいないだろう。

 ……でも、キミが我慢できなくなってボクに手を出そうとするなら話は別だ。

 喜んで君の相手をさせてもらうよ。

 

 

 そう考えていると正面で向かい合っていたカクシ君の腕が、僕をギュッと胸元に抱き寄せてくる。

 ……苦しくはない、彼の胸にボクの頭が僅かに触れ合う程度の優しい力加減。

 

 

「カ、カクシ君……?」

 

 

 まさかホントに……? そう思って、ドキドキしながらカクシ君の顔を見上げれば、彼は目を閉じて穏やかな寝息を立てていた。

 

 

「あ、もう寝てる! ……ホントにこの人は……!」

 

 

 あわよくば、彼が手を出してくれないだろうか……なんて思ってたのに。

 

 

「これなんだもんなぁ……」

 

 

 ぷにぷにと彼の頬を優しく突くが、起きる気配は全くない。

 諦めて彼の胸に耳を当て、トクントクンと優しい音を刻む心音を聞く。

 はだけた胸元からする彼の香り。

 シャンプーもボディーソープも、ボクと同じもの。 彼と、彼の身の回りにあるものがボクに染まっていくことに幸福感に包まれる。

 

 

 優しくてカッコ良くて、ボクを守ってくれた最愛の恋人。

 奥手すぎる気はしてたけど、今日は初めてボクにキスをしてくれた。

 

 

 ……うん、それを考えれば彼を襲おうとしたボクの方が段階を飛ばしすぎていたのだろう。 ちゃんとゆっくり進んでいるのだから、安心して待つべきだった。

 

 

 彼がボクを本当に大事にしてくれているのは伝わってくる。

 例え眠りの中の無意識でも、彼は寝返りでボクを押しつぶすことは無い。

 ボクを抱きしめるこの腕も、まったく苦しくない力加減だ。

 

 

 ……それに、先に寝ちゃうのは当然だよね。

 ずっと楽しみにしていたことだろうし、始発の新幹線に間に合うように今朝車を運転してくれたのも、大きなキャリーバッグを積み込んで運んでくれたのも全て彼だ。 多分新幹線でもボクが先に眠ってしまったから、彼は眠れなかったんだと思う。

 

 

 ボクを抱いて安心しきったように眠る表情をしばらく眺めて、愛おしい彼の頬を優しく撫でる。

 

 

「まったく、キミを襲おうとしてる一番のケモノはボクなんだぞー?」

 

 

 平野ママなんてかわいいものだ。

 あの人は感性がぶっ飛んでるだけで、本気で拒めば反省するし、カクシ君に対してやらかした後は、自己嫌悪で半泣きになりながらボクに連絡してくる。

 だけどボクは違う。 早くキミとそういう仲になりたいと思ってるし、近づく敵は排除するつもりだ。

 

 一番危険な相手を懐に入れながら、安心して無防備に眠る彼に思わず苦笑する。

 

 鳩尾、胸元。 そして鎖骨と順番にキスを落とす。

 キスマークは付けない。 ……むかし暴力を振るわれてたであろう彼に、内出血の痕なんて付けたくないから。 彼にボクの印を付けたくはあるけど、ピアスとか噛み跡とか、そんなずっと残り続けるものじゃなくていい。

 

 買い物をするときにボクが好きな物を思い出すとか、その程度でいいんだ。

 何かをするときにボクのことを思い出してくれるようになれば、それだけでも十分な印だろう。

 

 

 ……とはいえ、このくらいは許してくれるかな?

 ボクは彼と目線が会う位置まで体を動かすと、そっと彼の唇にキスをする。

 

 セカンドキスは、彼が眠って気付かないうちに。

 

 その感触で、今日の昼に彼がしてくれた幸福を思い出す。

 頭の中がふわふわとした気持ちに包まれ、もう一度彼の胸にボクは頭を預けた。 規則正しい彼の心音と、優しく抱きしめる彼の腕の温かさ。

 

 うん、普段と違う慣れないベッドだけど、今日はゆっくり眠れそうだ。




 離れ客室を借りることが出来る京都の旅館は実際に存在します。

 二人の修学旅行は二泊三日で、これからも観光をしてから家に帰るのですが旅行描写はここまで、次回は大晦日配信です。
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